第六部
健はあの日、もう死んでいた。そういうことになってしまう。あのニュースが報道された次の日、健はそこにはいなかった。学校では健の話題で持ちきりだった。なぜ死んでいるはずの健が学校にいたのか。なぜ同じ時間に二人の人物がいたのか。架は何も分からなかった。そしてあの健が死んでいるというのに、涙一つでない自分が悔しかった。
「架くん、架くんってば。」
「え、あ、ごめん。」
ホームルームが終わった教室で架は立ち尽くしていた。
「今日委員会の集まりあるんじゃないの?」
「うん、あるね。今から行くよ。」
架は机に置いてあった鞄を肩にかけ教室を出る。健が死んでいるというのにいつも通りの生活を送っている自分が不思議だった。
「じゃあ昇降口で待ってるからね。」
「うん。」
加奈に手を振り、架は小講義室1に向かった。。小講義室1は架達の教室がある二階ではなく三階にある。もう傾いた日が照らしていた三階の廊下は妙に暑かった。
「どうも、架君。」
その暑い廊下で架に声をかけてきたのは架が所属する新聞委員会の委員長である服部先輩だった。
「こんにちは、服部先輩。今日はサッカー部の方は大丈夫なんですか?」
「委員長なんだからこういう集まりの時くらいは仕切らないといけないからね。」
服部先輩は健と同じサッカー部だ。サッカー部が忙しいのであまり委員会に顔を出してはいなかった。
「それよりも、鈴木君だったかな。本当に残念だったね。昨日学校にいたなんて噂もたってるし、先生方もただ事じゃない感じだったね。」
「う、噂なんかじゃないんです。本当に健は昨日学校にいたんです。一緒に帰ったし、話もしました。」
「架君、死んだ人間が学校に来たとでも言うつもりかい?冗談が過ぎるよ。」
「それでも、健は。」
「やめてくれ!」
先輩は小講義室の前で足を止めた。
「鈴木は死んだんだ。もう死んでるんだ。そいつが昨日生きてた?蘇ったとかいうのか?」
「でも昨日サッカー部にもいたはずですよ。見ませんでしたか?」
「見てない、私は何も見てない!」
何かにおびえたような目をする先輩に架はもう話しかけることは出来なかった。
「すまない、やっぱり今日はいけない。急用を思い出した。」
先輩はそう言い残し、近くの階段から下の階へ消えてしまった。何か言ってはいけないことを言ってしまった。そんな罪悪感に後ろ髪を引かれながら架は小講義室に入った。
「おせーぞ、架。」
「お前待ちだよ。」
部屋に入った瞬間、ヤジを飛ばされた。時計を見れば四時十分。集合時間は四時。どうやら先輩とかなり話し込んでいたらしい。
「よーし全員そろったな。あいつは今日もいないか。じゃあ話し合い始めるぞ。」
副委員長がホワイトボードの前で立ち上がった。
「じゃあ、今日は来月の記事の内容決めるぞ。夏休み特集は決定で、他に何か意見のある奴いるか。」
教室が静まり返った。意見などでないのが当たり前。この新聞委員会ではあの副委員長がすべて記事を考えていると言ってもいいほど意見が出ない。
「おーい、また何にもなしか。」
「じゃあ、はい!」
珍しくA組の一年が手を挙げた。
「最近、喜久磨市で起こっていると噂の幽霊事件はどうでしょう。なんか死んだはずの人間が現れて人を襲うとか。結構面白そうじゃないですか?」
死んだはずの人間、架にはそれが健に思えて仕方なかった。
「ふむふむ、オカルト系か。候補に入れておこう。」
珍しく意見の出た新聞委員会の話し合いはその後、結局副委員長がすべての記事を決めてしまい、集まった理由も分からぬまま幕を閉じた。喜久磨市で起きている幽霊事件。もしかしたらあの健も幽霊だったのかもしれない。本当に健が死んでいて、昨日のが幽霊だったとしたなら。どうしてあいつは、さよならみたいなことを言ったんだろうか。まるで明日消えることが分かっていたかのように悲しげな表情で。ただもっと不思議なことは、健がどうして死んだのかということだ。
「もー架くん。元気出してよ。」
「別に元気ないわけじゃないよ。」
「ふっふーん、私に嘘は通用しないよ架くん。だって顔に書いてあるもん。」
「えぇ。」
委員会の話し合いが終わり学校を出た架は昇降口で待っていた加奈と合流しあの一本道を下っている。今日は道場もお休みなのでこのまま家へ帰る。
「じゃあ、加奈が元気が出る魔法をかけてあげるよ。」
「はぁ、魔法?加奈の魔法とか絶対効かなそうだな。」
「むむむ、じゃあ見てなさい。今から唱えるからね。」
その言葉通り加奈は目を閉じ、何かをささやき始めた。
「チチンプイプイ、アブラカタブラ、ソーメンとヒヤソーメン、チンジャオロースとホイコーロー。元気よ出ろ!えい!」
その力を込めたような手を加奈は架に向かって振り下ろす。するとなんと。
「やっぱり、なんも起きない。」
「ええ、ちゃんと魔法おぼえたんだよ。元気出たでしょ。ねえねえ。」
「ああ、出たよ。(いろんな意味で)
てかなんだよさっきの詠唱みたいなやつ、食べ物の名前が入ってた気がしたんだが。」
「ええ、気のせいだよ。」
「あはは、そっかー。(嘘つけ)
でも、ありがと。」
「いえいえ、どういたしまして。」
そして架は気付く、自分の隣には加奈がいたことに。今もこうして一緒にいてくれている加奈がどれだけ大事なのかということに。