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第五部

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剣道着を脱ぎ、袴からまた制服に戻った架は道場を出て、自宅への道をまっすぐ下っていた。今日はいつもより遅くなってしまった。いつもなら道場の前で待っているはずの加奈もいなかった。

「おーい、架。」

ペダルをこぐ音と共に聞こえてきたのは健の声だった。

「なんだ。まだやってたのか。加奈ちゃん帰っちゃったんじゃないの?」

「ああ、いなかったよ。」

そんな健もまたこんな時間まで部活をしていたのだろうに。

「じゃあさ、お前家帰ってもどうせ暇なんだからあそこ行こうぜ。」

「なんで決めつけんだよ。俺はソロ充だ。隣に女がいなくたって家でやることくらいたくさんある!まあ暇だがな!」

「ハア?お前には加奈ちゃんがいるだろアホが。その幸せに気付け!」

「モテモテのサッカー部のエースに言われたくねぇな。どうせ女なんて何人も手玉に取ってんだろ。」

「まあ、家で毎日ご飯作って待っててくれる女の人はいますけど。」

「それは、母親だろ!」

「ほらほら、こんな楽しい話をしているうちにもう見えてきただろ。」

健が言っているあそことはコロッセオの事だろう。道場の前の道を少し下ったところにある十字路を左に曲がればすぐに見える。

「てか、何しに行くんだよ。」

「まあまあ朝まで語り合おうじゃないか。」

そして健は目の前に現れた喫茶店コロッセオの扉を開けた。

「こんばんは~。」

「おお、いらっしゃい。」

いつものようにカウンターの中からマスターが答える。

「好きなところに座りなさい。」

夜六時半を過ぎた店内はガラッとしていた。架は健共にカウンター席に座った。

「ご注文は?」

「俺はモーニングセットで。架は?」

「お前、いま夜だぞ。なんだモーニングセットって。というか夜でも出せるんですかマスター?」

「地球の裏側は朝だ。」

「そうですねぇ。(何言ってんだこいつ)」

「ほら、早く決めろよ。」

「じゃあ、オムライスで。」

「分かりました。少々お待ちを。」

そう言ってマスターは厨房へ消えて行った。

「で?何を語り合うんだよ。」

「そうだな。これからの事とか。」

健は突然真剣な顔になった。

「これからの事って?」

「架、聞いてほしいことがある。」

「なんだよ改まって。」

健は今までに見たことのない暗い顔をしていた。

「はい、お待たせしましたー。」

喫茶店内の重い空気を振り払ったのは一人の少女だった。

「モーニングセットとオムライスになります。」

架の目の前にオムライスが置かれた。

「ああ、ありがとう。胡桃ちゃん。」

「いえいえ、しごとですからー。」

この子、瀬川胡桃は架の中学時代の後輩である女の子だ。この喫茶店コロッセオでバイトをしている。

「いやー、今日も胡桃ちゃん可愛いねー。」

「えー、そうですか?よく言われます。」

このナルシスティックなところがかなり厄介である。

「じゃあ失礼します。」

頭の後ろで束ねた髪を揺らしながら少女は厨房のほうへ戻っていった。

「で、聞いてほしい話とは?」

「んー、やっぱりいいや。」

「なんだよ、気になるだろ。」

「ほら冷めちまうし早く食おうぜ。」

さっきまで暗かった顔は元の明るい顔に戻っていた。いったい何を話そうとしたのか。やはり架には分からなかった。

「てかさあ、お前加奈ちゃんのことどう思ってんの?」

「加奈のこと?」

「あの雰囲気は普通に見れば完全にリア充だぞ。」

「リア充?付き合ってないし。」

「じゃあどう思ってんだよ。これからどうするつもりなんだよ。」

「どうって、言われても。」

これからの事。そう、高校生活も永遠に続くわけじゃないってことくらいは分かっていた。いつかは別れが訪れるということくらい分かっているつもりだった。

「あーもう。じゃあ加奈ちゃんのこと好きなのか嫌いのなのか、どっちだ?」

「そ、それは。」

あの時、中学二年生の春。僕の目をまっすぐ見てくれた加奈が。

「だ、大好きだよ。心の底から。」

「ヒューヒュー、お熱いね~。」

「お幸せに。」

いつの間にかカウンターに戻ってきていたマスターも架いじりに加わっていた。

「う、うるさい。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ。」

「そりゃそうだろな。ていうか好きじゃなくて大好きとは大胆な。」

「わ、悪いかよ。」

「いや、予想通りだった。」

健の目はもう、すべてを見透かしているようだった。

「じゃあ、俺そろそろ帰るわ。マスター、ごちそうさま。」

「またのご来店をお待ちしております。」

健はサッカー部のユニフォームなどが入っているらしい重そうなショルダーバックを背負い、扉の前に立った。

「じゃあな、架。加奈ちゃんのこと守ってあげろよ。」

「そ、そんなこと言われなくても分かってるよ。」

「そっか、頑張れよ架。何があってもくじけるなよ。前だけ見て走れ。」

「なんだよ急に。」

「じゃあな、架。元気にやれよ。」

「別れの前みたいなセリフやめろよ。」

「はは、そうだな。じゃあまた明日。」

「うん、また明日。」

あの日、店から出て行った健はあのバック以外にもなにか重いものを背負っているようだった。




「いやー、やっぱり仕事の後のビールはうまい。」

午後七時半、架の自宅のベッドに寝っ転がっているのは、架に博士と呼ばれる人物、その人である。

「博士。テレビの電源をONにしますか?」

「うん、つけてつけて。」

博士が家に帰ったとき、家にはまだ明るい部屋がなかった。

「架くんは帰ってないの?」

「はい。まだ帰宅しておりません。」

「ほー、架くん。私以外の女とデートでもしてるのかな。」

少しばかりのつまみを口に入れ、ビールで流し込む。不意にテレビを覗き込むが面白いものはやっていない。だが、あるチャンネルで博士は手を止めた。

「あれ?これってうちの近くじゃ。」

博士はベッドから乗り出し画面をのぞき込む。

「今日午前六時ごろ、喜久磨市の住宅街の一角で火災がありました。警察によると、一棟が全焼し、隣の家に燃え移ったとのことです。また、その全焼した家の焼け跡から一人の遺体が見つかりました。警察は現在連絡が取れなくなっている―」

「やれやれ。」

博士は立ち上がりテレビに背を向ける。

「喜久磨市も物騒になったもんだね。気をつけなくちゃ。お風呂入るからお湯沸かしてもらえるかな。」

「了解しました。」

二人が出て行き、暗くなった寝室にはテレビの音だけが残されていた。

「次のニュースです。先日、河川敷で発見された焼死体の身元が判明しました。焼死体の身元はクシマ州立喜久磨高等学校に通っていた一年の鈴木健さんでした。」


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