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第四部

「あー、疲れた。」

今日一日分の疲れを架は口から吐き出した。なんとか五・六時間目乗り切ったが、五時間目は本当に眠かった。中高生のみんななら分かってくれるだろう。

「架くん、架くん。」

帰りのホームルームも終わり、帰る準備をしていると加奈が駆け寄ってきた。

「ごめん架くん。ちょっと委員会の仕事残ってるから先に帰ってて。」

「うん、分かった。多分六時くらいまで道場にいると思うから。」

「了解しました架隊長。」

「うむ。行ってよし。」

頭の上で斜めに手を添えた加奈に架も敬礼を返す。

「じゃあまたあとでね。」

加奈の出て行った教室に一人とり残された架はそそくさと自分の荷物をまとめ教室を出た。僕も加奈も部活には入っていない。教室から出てすぐのところにある階段を下り、その先にある昇降口で架は靴を履き替える。やりたい部活がなかったわけではない。ただ、架にはレベルが低かった。校庭では陸上部がランニングをしている。

「架、もう帰んの。」

その声に振り向くと、そこには陸上部と同様にサッカー部で練習中の健がいた。

「帰るっていうか、道場に。」

「あー、そっか。大変だな。」

「レギュラーのお前に言われたくないな。」

健は強豪と言われているこの高校のサッカー部で一年生ながらをレギュラーに選ばれている、まさに

「天才だなお前。」

「はぁ?それは俺もお前に言われたくない。」

お前に言われたくない、か。

「じゃあな。」

「じゃあ、また明日。」

健に手を振り返し、架は校門を出た。数分歩き、学校の前のまっすぐな道を少し下ったところにある一つの建物の前で架は足を止めた。南部道場、架はほぼ毎日この道場に通っていた。目の前の引き戸に手をかけ架は扉を開けた。

「こんにちは―」

「キエェェェェー。」

その奇声と共に振り下ろされた竹刀を架は寸前で受け止めた。

「な、なにやってるんですか南部先生!」

「我が愛弟子よ。お前なら受け止められると分かっていたぞ。」

奇声を上げ、突然架に竹刀を振り下ろしたのは南部(なんぶ)(よし)(てる)、その人だった。

「先生、これ結構危ないですよ。」

「うん、そうだな。今気づいた。お前以外にはやらないようにしよう。」

「いや、もうやらないでください。」

どこから見ても出来の悪い大人のように見えるこの人だが現役時代には全国大会で優勝(自称)したこともあるらしい。

「南部、そんなことより始めよう。」

「はい、架先生。あれ?なんか立場に違和感が。」

先生の渾身のギャグをひらりとかわし、架は制服から袴に着替え剣道着を身に着け先生の元へと戻った。

「今日は何からしますか?」

「素振りで正面三十×二セット、左右面に二十回ずつ、片手それぞれ二十回、スナップ百回。」

「分かりました。」

今日のメニューを言い渡された架は早速竹刀をもって素振りを始めた。先生と架しかいない道場に竹刀が空を切る音だけが響いた。

「声出せよ、架。」

「だ、出してますよ声くらい。」

「なんだって?聞こえないぞぉ~。」

この竹刀であの顔を叩き潰してやりたい。だが、いらいらするのは声が出ていないことに架自身も気づいているからだった。

「お前、そのせいで前の全国大会は準優勝だっただろ。悔しくないのか?」

「悔しくないわけじゃないですけど。別に優勝じゃなくたって。」

架はつい三か月前の全国大会に出場した。リアトラ大陸の剣道の選手が集まり大陸の代表を決める世界規模の大会だった。そこでなんと架は決勝まで進んだ。

「本当にもったいない。誰が見てもお前の勝ちだったがな、問題は声だ声。」

「声声声声、うるさいです。」

決勝で架は相手の面を二回、胴を一回、小手を二回叩いた。しかし、声が小さいばかりに一本として認められず、結局判定負けしてしまった。

「終わりましたよ先生。」

「そーか、じゃあ先生とやるぞー。」

「げ、マジですか。」

「げってなんだよ。ほらやるぞ。勝ったら家に帰してやる。」

唐突に始まった先生に勝つまで帰れませんは困難をきわめた。自称と言ってもやはり南部先生は強い。架が気付いたころには八試合目だった。

「おいおい、どうした。このままだと家に帰れないぞ。」

「分かってますよそんなこと。」

架はもう一度竹刀を持ち立ち上がる。次の試合で決める。そろそろ家に帰らないと家にいる機械たちが騒ぎ出す。時刻はすでに六時半を切っていた。

「じゃあ、いきますよ。」

架は右足を前に出し思い切り踏み込み、それに応じるように頭の上から竹刀を振り下ろす。それをいつものように先生は左に逸れながら竹刀で受け流す。この動きはわかっていた。問題はここから。今までこの後は先生の攻撃から身を守るだけで精いっぱいだった。先生が仕掛ける前にこちらから。

「胴ぉ。」

先生が受け流した竹刀をすぐに構えなおし先生の胴に向かって水平に滑らせる。相手がこちらを打つよりも早く打てば相手は守りに徹することしかできないはずだ。

「今は声出てるんだけどなぁ。」

その涼しい言葉通り先生は架の竹刀の俜に近い方で受け止め架のほうに滑らせる。

まずい、架がそう思った時にはもう遅く、先生の滑らせた竹刀が体に当たり、衝撃で後ろに体勢を崩された架は思考を一瞬失った。この一瞬が勝負を決めるのは言うまでもない。

「面っ。」

次の瞬間、先生の竹刀は見事に架の面を打ちぬいた。

「はあ。」

結局負けてしまった。

「まあまあ、そう気を落とすな少年。」

そこには勝ち誇った顔の先生がいた。

「僕いつ帰れるんですかね。」

「うーん、そうだな。」

剣道場に久しぶりの静寂が訪れる。

「架先生、僕もう勝ったので帰りますね。それじゃあ。」

「は?」

「いやさぁ、先生もそろそろ帰りたいんだよ。分かるだろ?」

「あ、はい。」

「じゃあ、そういうことで。今日もお疲れ。」

全国トップクラスの選手をやすやすと退けた男は教え子よりも早く準備を整え裏口から帰っていった。

「じゃあ、僕も帰るか。」

誰もいなくなった道場で架は剣道着を脱ぐ。剣道場の窓から見える月は今日もきれいに夜空を照らしていた。


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