第二部
学校まで一キロほど続くまっすぐな国道を架は一人で歩いていた。架が最初に目指していたのは学校ではない。歩いて五分ほどのところにあるこの赤い屋根の家だ。そしていつものようにその家のインターホンを鳴らした。
「ピンポーン・・・」
反応はなかった。知ってた。そしてまたいつものように目の前のドアを開け架は叫んだ。
「加奈ぁ。」
ドタドタドタ。そんな効果音が似合うだろう。二階からは慌ただしい物音が聞こえてきた。そして玄関の正面にある階段から降りてきたのは頭の横に可愛いねぐせを付けた加奈だった。
「はいっ。起きてたよ。起きてたんだよ。」
乱れた水玉模様パジャマが寝起きであることを架に嫌というほど伝えていた。
「頭にねぐせついてるぞ。」
「ふっふーん。甘いね架くん。これはファッションだよ。ファッション。」
加奈の寝言をかわして、架は腕にある時計を覗き込んだ。時計の針はすでに八時を指している。
「加奈。そろそろ時間だからこんな茶番はやめて早く行こう。」
登校時間は八時二十分。学校まではあと五分ほどだから間に合うはずだ。
「茶番とは失礼な。」
「こういうのを茶番以外になんて言うんだよ。」
「毎日のスキンシップだよ架くん。じゃあ着替えてくるから先に行っててもいいよ。すぐに追いつくから。」
二度寝します。加奈の顔にはそう書いてあった。
「二度寝しないか心配だから待ってるよ。」
「げ、なんで分かったの。」
「毎日来てるからな。」
「もう分かったよ。着替えてくる。」
そう言った加奈は二階へと戻っていった。加奈はたいてい遅刻する。その一人暮らしである加奈を起こすために毎日こんな風に家まで起こしに来ている。玄関の外に見える太陽はすでに高く昇っていた。
「はいっ、準備できたよ架くん。」
その声に振り向くとあのパジャマから制服へと姿を変えた加奈が立っていた。
「ごめんね。ちょっと髪の毛直すのに時間かかっちゃって。」
寝起きを物語っていたねぐせは消え、茶色っぽい短い髪の毛が肩の上できれいにそろっていた。
「さっきのほうが可愛かったかな。」
「か、可愛い?な、なに言ってるの架くん。」
事実、加奈は誰が見ても美人だと言うだろう。本当に。ただ―
「ほら!早く行くんでしょ。」
加奈はいつの間にか握っていた架の手を引いて道路へと飛び出した。真夏だというのに加奈の手はひんやりとしていた。架はその小さな手を握り返して走り出した。今日こそは遅刻したくない。しかし、その淡い希望を加奈は簡単に打ち砕いた。
「架くん、私朝ごはんまだだった。」
「え、ああ。(だろうな)」
「食べてくるからちょっと待っててね。」
そう言って加奈は来た道を戻っていった。
「えぇ。」
真夏の太陽降り注ぐ道にただ一人残された架はまた腕にある時計を覗き込んだ。時刻は八時二十分。喜久磨高等学校一年B組の遅刻者はいつものように二人だけだった。