プロローグ
図書室の扉を開け、おもむろにいつもの丸いテーブルの椅子に座った。あの日、何を読むかは決めていた。すでにリアトラの全歴史書を読み漁っていた僕は、リストンの歴史書に手を出そうとしていた。全自動化された図書室に僕以外に人はいなかったが、一人という気はしなかった。よもや本など読む必要もない時代になってしまった。それでも、本を求める人はたくさんいる。あの日の僕のように。
「中世の歴史で。」
そうつぶやくと目の前の本棚に中世の本がそろう。中世の文学、科学、哲学。そして僕の目線がたどり着いた。それは中世の錬金術についての本だった。本を開くとそこにはなぜか四つ折りにされた古ぼけた紙が挟まっていた。この本とは明らかに重ねた年が違っていた。
「僕の研究が沢山の人を救う。
科学には限界がある。この世のすべては科学で説明がつく。そうは言うけれど、だからと言ってすべての問題が解決できるわけじゃない。僕は思った。科学なんて必要ない。この世から悲しみを消せないものなどあるだけ無駄。だから僕は創った。すべてを解決する力を。この世の悲しみをなくすために。」
誰が書いたかも分からないほど古いものらしいその紙を元に戻し本を本棚に戻す。あの日それ以上本を読むことは出来なかった。僕が本をなぜ読むのか。それは―
「ピピピピピピピピ。」
突然、腕に付けていた時計が通知を伝えた。
あれはいつもの通知音ではなく、警告音だった。時計には避難勧告の四文字が表示されていた。避難勧告など初めて見た。机に置いてあった鞄を手に取り慌てて図書室を飛び出した後に残ったのは無機質な機械音だけだった。そういえば僕がなぜ本を読むのかを話していなかった。その理由はただ一つ。
「現実からの解放。」