テルード・ファティ
太陽があり、緑があり、海が満たされている世界にならばどこにでもあるであろう過酷な地帯、砂漠。一面が降り注がれる太陽の光を反射し、まるで黄金の海に見えなくもない黄色の世界で少年は歩き続けていた。
黄金一色の世界だからこそ目立つ薄い黄緑の髪、時折吹き付ける誇り混じりの風は一尾の髪束を揺らし、十代後半特有の幼さの残った顔をしかめさせていた。
「………ぁっ」
踏みしめる足音に消されてしまいそうな程の小さな声で不満を漏らすも、恨むべき相手がいないこの状況ではなんの慰めにもならない。強いて悪いと言えば、ある物を目当てにしてこんな依頼に飛び付いた彼自身が悪いのだろう。今思えば、あまりにも軽薄な考えだったと後悔せざる終えない。通りで受付さんが心配してくるわけだ。等と少年は考えているが心配する理由はその少年の身の丈にあった。砂漠を一人歩きできることからそこそこの実力を兼ね備えていることはわかるが、
それでも心配せざるおえないほどに、彼は小さかったのだ。
数値にすれば148センチ、少年は十代後半だが同い年である存在からでさえ酷いときは一桁代に間違われる。一桁代からの子供達には同い年と思われる。だからこそ受付は心配したのだが、あまりの無言の圧力にゴーサインの印鑑を押してしまった。余談だが、この後受付は少年が同い年だと知って顎が外れたそうな。
数時間がたった、少年は未だにその歩みを止めない。少しずつ緑が見え、オアシスに近づいていることが分かりつつあるからか少年の表情は無のものへと変わりつつあった。少し絡まった髪の事も気にはするが、水分補給以外のことはほとんどしなかった。口数も少なく、他者とのコミュニケーションが稀薄な少年にとって、それ以外に必要な行動は周りに警戒の威圧を撒き散らすぐらいな物だ。
街から出て五時間、ついにオアシスへとたどり着く。砂の波を越えていた時とは違って、目に見えて生物の気配が増えている事に少年も気づくが、特に興味も示すこともなく淡々と水分補給をこなす。存在感さえ稀薄であるが故に草食動物は隣で少年が休んでいることに警戒をしない。だが、チラチラとある物を気にしてはいた。それは巨大な鉄板、無駄な装飾は一切なくあるのは歴戦を示す傷と凹みだけ。裏には短剣が仕込まれているが、名のある物には見えない。盾、ただでかく重いだけの武骨な塊。それだけが少年を目立たさせていた。
もっとも草食動物には大きな塊にしか見えていないが。そんな時、たまたま好奇心の強い幼い動物が鼻をスピスピと鳴らして武骨な盾へと小さな足取りで一歩一歩と近づく。舐めるのかと少年が眺めていたその時だった。
――一斉に動物達が森の中へと消えた。
少年が目当ての来訪を察知し構える前に、次の瞬間には地響きがオアシス全体を揺らした。
巨大な影が豊満な水場を覆い隠す。少年が若い目を上げると、そこにはまさに異端が存在感を撒き散らしていた。
巨人、それも角が生えている所からただの巨人ではなく、その上位種に分類される存在であることがすぐにわかった。名を『ゼウス』、この一帯の原住民からは神と崇められる魔物。その一撃は地盤を砕き、地の底にある霊核すら木っ端微塵にすると言い伝えられている。まさに世界の崩壊を自在に操る異端中の異端。
それを前にしても、少年はただ無表情で盾を手にするのみ。引くこともせず、怯えもせず。迎え撃つ姿勢を、静かにとっていた。そんな彼に怒りを感じたのか、ゼウスもまた無言でそのビルの如く太い腕で必殺の拳を打ち放つ。
絶対絶命と言ってもいい状況、彼はまだ一言も喋らず。
その拳を盾と己で受け止めた。
この日から、最も豊かであったとされるオアシスは、地図からさっぱりとその姿を消すことになった。それと同時に、信じるに値しない噂がほんの少しだけ広まった。
――緑髪の少年、名を『テルード・ファティ』。その守力、神をも凌ぐ。
「…………! ………ゅめ」
「おっ、なぁなぁなぁ! あんたメイン盾だよな?」
「……」
「だよねー! いやぁほんとにいたんだなぁメイン盾なんて命知らずの職業。あ、いやいやバカにしてる訳じゃないって。こっちからすればあんた程喉から手が出るほどほしい逸材なんていないんだからさ! 盾が必要な理由を聞きたそうにしてるから答えちゃうけど、見てみてこの武器じゃじゃーん! なんといってもさ実はガンナーなんだよね! ガンナー、それは最新技術の結晶、職人と担い手が揃うことで初めて天下をとれる素晴らしい職業なのだ!」
「………そぅ」
「うーんあんたやりにくいね。もっとこう嘘でもいいから興味津々な振りを……。あーはいはい話を進めさせていただきますよ全く眼光が怖いったらありゃしない。直球に言うと、パーティーやろうぜ!」
「……ぃぃょ」
「マジかよアリかよノリノリじゃーん! 前言撤回あんたいいよ良よ最高じゃん! うんうん、それじゃあ今後ともよろしく! そんじゃこっちついてきてー!」
「……………懐かしぃ、ゅめ」