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とある村の猟師の話

作者: 香坂 志狼

 大陸南西部にある都市国家連合の勢力圏と、大陸中央西部を占める死の砂漠とを、大陸中央と切り分けるように広がる大森林がある。

 大森林を南下すると、大陸中央南部と南西部の間に大陸を抉るように広大な湾が形成され、海で両者を分断している。

 そんな大森林の都市国家郡よりの開拓村、魔物が多く生息する森側の入り口に立つ二人の門番のうち、大柄な男は大きくあくびをすると寝ぼけ眼で相棒に声をかけた。


「暇だなー……。最近は滅多に魔物も迷いでてこねーし、朝一で冒険者たちは出て行っちまうし」


 対するもう一人、やや小柄な少年は困ったような顔で答える。


「そろそろ昼の交代なんですから、もうちょっと頑張ってくださいよ」


「腹は減るし暇だし、俺も冒険者にでもなろうかなー」


 魔物が出没する地域で門番をまかされる程度には腕の立つ男ではあったが、正直冒険者としてやっていけるかと言えば微妙なところだ。本人もそれはわかっているので、ただの冗談で口に出しただけだ。

 少年もそれが判っているだけに、困り顔のままで男を見て、ついで表情を変えた。


「ん? どうしたそんな顔して」


 急に顔色を変えた少年を不思議に思い、男は尋ねる。その声にかぶせるように、背後から声がかかった。


「そうか、お前は今日で退職か。今までご苦労」


「うぇ!?」


 大柄な男のさらに頭上から声が降ってきた。完全に油断していた男は変な声を上げて振り返り、ついで見上げた。

 赤毛の短髪、革鎧を着て背中に両手剣を背負った女性の呆れ顔がそこにはあった。


「た、隊長!」


「どうした。除隊手続きは隊舎でいつでも受け付けているぞ」


「じょ、冗談に決まってますでしょうに!辞める気も冒険者になる気もありませんよ!」


 慌てて抗議する男の脳天に、女の鉄拳が炸裂した。


「ま、じ、め、に、や、れ!」


 頭を押さえて蹲る男に雷を落とすと、女はびびる少年を見た。


「これの影響は受けるなよ。いろんな意味で悪い大人の見本だ」


 未だ痛みから復帰しない男を指差し、女隊長は少年に告げた。少年は素行の悪い相棒の末路に教訓を得て、この隊長は絶対に怒らせまいと心に誓い、何度も頷いた。


「よろしい。ここは交代だ。昼飯を食って来い」


 絶対服従の敬礼を隊長に返し、少年は駆け足で村へ戻っていった。男もよろよろと立ち上がると少年に続こうとして引き止められた。


「お前はもう少し説教だ」


 具体的には少年が戻ってくるまで。男はがっくりと膝を付くのだった。




 夕方、ぽつぽつと森に入った冒険者達が村へと戻ってきた。現在この村を拠点に活動しているのは三組の集団。中堅どころが二組と駆け出しの組が一組。

 中堅二組は既に帰還しており、後一組が戻ってきたらこちら側の門は閉められる。夜は魔物が活性化するので、警戒を一段階上げることになっているのだ。


「どうだ。ひよっこどもは戻ってきたかい?」


 先に戻ってきていた中堅の片方のリーダーの無精ひげの男が、入り口の傍らに立つ少年に声をかけてきた。少年は首を振りつつも視線を森に向けたまま「まだです」と答えた。


「んー……ちょっと拙いかも知れんな」


 顎に手をやり、声のトーンを落として無精ひげの男は腰に佩いた片手剣に手を伸ばした。


「坊主、隊長さんに連絡して来い。やばいのが来るって」


「え?」


 思わず聞き返す少年に無精ひげの男は怒鳴り返す。


「急げ! ひよっこどもがドジ踏みやがった!」


 無精ひげの男の仲間が臨戦態勢で村の入り口の前に陣取る。少年は慌てて隊舎に駆けていった。

 もう一人の門番の男も、腰の剣を抜いて森を睨んだ。野鳥が甲高い鳴き声を上げて空に舞い上がる。


「来るぞ。詠唱準備、矢を番えろ」


 無精ひげの男の後ろで、軽装の優男が弓を構え、杖を持った小柄な女性がぶつぶつと呪文を唱えだした。無精ひげの男は片手剣を抜き、その横で鉄の重鎧に身を包んだ大男が分厚い大盾を構え、無骨な鉄の槍を構える。

 村と森の間は大人で百歩程の距離があり、ある程度は刈り取られた見晴らしのいい平地になっている。平地の境と森の間には背の低い木が生えており、何箇所かは切り取られ、森の中へと続く道が出来ている。その道の奥から、年若い少年少女が必死の形相で駆け出してきた。


「急げ! もうすぐ村だ!」


 リーダーの少年が後ろを走る仲間を励ましつつも、一番に森を抜け出した。後に続いて三人の男女が平地に飛び出してくる。

 その後ろから地響きをさせて何かが飛び出してきた。立ち上がれば大人の倍ほどの背丈をしているであろう巨大な熊が、四足で少年たちを追いかけてきていた。


「マジか。ありゃ鱗熊(スケイルベアー)じゃねーか。それもとんでもなくデカイ……」


 髭面の男は冷や汗を浮かべながら、持っている片手剣を腰に戻した。身体の所々に鱗のような硬質化した体毛を生やし、堅牢な防御力を持つ魔物だ。通常サイズでも身に余る難敵の上、倍以上の大きさの異常個体だ。下手をすれば命が危うい。


「防御に専念! 守備隊の増援まで何とかして時間を稼ぐぞ!」


 重鎧の大男が槍を地面に突き刺すと、両手で大盾を構えて一歩前に出る。無精ひげの男はその斜め後ろに立つと槍を引き抜き、構えた。

 その二人の横を少女が駆け抜け、次いで一人、また一人と村に逃げ込んでいく。仲間が逃げ切ったのを確認して、最後にリーダーの少年が二人の横を通り抜ける。


「さっさと下がれ!」


 無精ひげの男の近くで剣を構えようとした少年を怒鳴りつけ、後ろを促した。責任を感じての行動だとは解ってはいるが、正直足手まといだ。

 それが判ったのだろう。少年は素直に下がった。


「すみません、お願いします」


 下がり際に悔しそうな表情で、少年は頭を下げた。無力が悔しく、情けないのだろう。

 俺にもあんな頃があったなと一瞬だけ懐かしく思い、片がついたら精々たっぷりと先輩風でも吹かせてやろうと槍を握る手に力を込める。背後から轟音を上げて拳大の火球が五つ、鱗熊目掛けて飛んでいった。その後を追って、矢が次々と飛んでいく。


「ダメ! 抵抗(レジスト)された!」


「こっちも大して手応えが無いねぇ」


 矢が刺さり、所々を焦がしてなお速度を落とさず、敵意を剥き出しにして鱗熊は突進してくる。気合を入れて足を踏ん張り、腰を落とした重鎧の大男の大盾に激突し、大男はあっさりと弾き飛ばされた。


「一瞬も堪えられねぇとは……」


 体勢を戻しきれていない大男の目の前で、鱗熊は両手を振り上げて立ち上がった。大柄な無精ひげの男をして見上げる高さから、熊の前足が大男に振り下ろされる。


「やらせるかよ!」


 立ち上がって無防備になった鱗熊の腹に、無精ひげの男の渾身の一撃が突き刺さる。痛みに身をよじり、鎧熊は攻撃を中断して一歩後ずさった。


「急げ! 盾を構えろ!」


 標的を無精ひげの男に変更した鱗熊が威嚇の咆哮を上げて、再び立ち上がった。大きく手を振り上げ、振り下ろそうとしたその時、甲高い風切り音と共に鱗熊の動きが止まった。


「……なんだ?」


 仁王立ちのまま、鱗熊は動かない。警戒したままで無精ひげの男は様子を伺う。

 よくよく見れば、遥か頭上の鱗熊の眉間に、何かが生えている。


「これは、矢か?」


 恐る恐る鱗熊を押すと、バランスを崩したのか大きな音を立てて倒れた。眉間に突き刺さっているのはやはり一本の矢だ。深々と刺さったそれは、確かめるまでも無く頭蓋を突き抜け、内部を破壊している。


「おーい、大丈夫かー?」


 村の壁の向こう側、張り出した木の枝の上から猟師が声をかけてきた。手にはどこにでもあるような木製の狩猟弓を持っている。


「お、おう。大丈夫だ。っつーか、これはお前さんが?」


 額の矢を指しながら、無精ひげの男は訊いた。猟師は身長の倍ほどもある高さをものともせずに飛び降りると、ばつの悪そうな顔で頷いた。


「いやー、邪魔しちゃ悪いかと思ったんだが、あっちのにーちゃん転んじまっただろ?怪我でもしたら拙いかと思って、つい手が出ちまった」


「い、いや……助かったよ」


「そうか! それならよかった!」


 無精ひげの男の答えに喜色満面で答えると、早速とばかりに鱗熊の検分を開始する猟師。


「所でこいつの取り分なんだが、等分でいいか?横から掻っ攫うようで悪いんだが、ちょっと金が要るもんでな」


「いや、俺らは大したことしてねーし。お前さんが一人で倒したようなもんだ。全部持って行っていいぞ」


 ぶっちゃけあそこで手出ししてくれなければ下手すると命が危なかった。倒しきる自信も無かった。これで取り分を主張なんて真似したら恥ずかしくて日の下を歩けない。


「おお、そうか! そりゃありがたい!」


 嬉々として猟師は懐から解体用のナイフを取り出すと、あっという間に皮を剥ぎ、牙や爪を取り外すと腹を割き、いくつかの内臓と魔石(コア)を取り出した。


「いやー、今度子供が生まれるもんでな。色々入用で金がいくらあっても足りん」


 不要な内蔵や部位を麻袋に詰め込むと、食用になる部位を切り取り、別の袋に詰め込んでいく。


「総取りでいいとは言うが、流石に気が引ける。肉ぐらいは持っていくか?」


「いや、俺たちは血抜き(ブレッド)を使えないし、子供が生まれるんだろ?お祝いって訳じゃないが、気にせず持っていけよ」


「んじゃ、今晩の飯の時にでも出すように伝えとくよ」


 肉の詰まった袋の上に手をかざすと、猟師の手が光り、袋から赤黒い塊が浮かび上がってくる。腰の鞄に空いた手を突っ込むと、鞄の容量の倍以上の大きさの瓶を取り出して、赤黒い塊をその中に誘導する。

 全ての肉から血を取り出すと、瓶の蓋を閉めて鞄に戻した。


「自然魔術の無詠唱に加えて拡張鞄とは、普通の猟師じゃねーな……」


「ああ、あの旦那は狩猟の神様に愛された男だからな」


 思わず呟く無精ひげの男の隣で、門番の男が答えた。

 曰く、あの猟師に狩れない獲物はいないらしい。この村の付近が平和なのは、彼が危険な獲物好んで排除しているからだとか。


「まあ、今は嫁さんが身重で村に何かあっても動けないから、特に気をつけてるみたいだけど」


 確かに、ある程度森の奥まで進まないと、危険な魔物は現れなかった。ひよっこどもは調子に乗って奥まで進んであれに見つかった口か。


「おお、猟師の旦那! 手間かけさせてすまないな」


 ようやく女隊長がのんきに姿を現した。伝令に走った少年はばつが悪そうに困った顔で付いてきていた。

 あの少年はいつも困った顔をしている気がすると思いながら、無精ひげの男は女隊長に抗議する。


「随分とごゆっくりじゃねーか。あの旦那がいなかったら今頃この辺りは死体の山だぜ」


「猟師の旦那がすっ飛んでったって聞いたもんでな。慌てるだけ損だと思ったわけだ」


 もっともらしく言っているが、立派な職務放棄ではないのだろうか?


「あんたらこの村の駐屯兵だろうに……」


「あんた顔の割りに細かいね」


「顔は関係ないだろう!」


 めんどくさそうな女隊長に無精ひげの男が食って掛かった。うっとおしそうに手振りで追いやると、女隊長は猟師に声をかける。


「旦那、毎度ご苦労さん。討伐報酬は取りに来るかい? それとも家まで届けようか?」


「取りに寄るよ。兵隊さんたちもこの肉食って英気を養ってくれ。俺一人で出来ることなんて高が知れてる」


「ありがたい。あんたに比べりゃ、微力ながらもこの村のために頑張るよ」


 そう言ってもらえるだけでも安心するってもんだ、と猟師は答えると、不要物を詰めた袋を持って森に向かった。匂いに釣られて村に寄ってこられても困る。


「ちょっと奥のほうで埋めてくる。隊長さん、悪いが宿の女将に肉届けといてくれよ」


「お安い御用だ。討伐報酬も用意しておくよ」


 猟師はひらひらと手を振って森に消えていった。




 夕暮れ時、冒険者も隊長たちも村に戻っていって後は猟師の帰りを待つばかりとなり、門番の男は相棒に声をかける。


「あの人がいる限り、ここの門番は大体暇だ。ありがたい話だけれど、ちょっと情けないよな」


「……ですね」


「いつか旦那に報いることが出来るように、精々頑張ろうぜ、お互いに」


 女隊長に拳骨食らってた男の台詞とは思えなかったが、言ってることは間違いではないのであえて指摘はしない。


「そうですね! 頑張りましょう!」


 森の暗がりからのんびり戻ってくる猟師を見ながら、少年は強く頷くのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


2015/08/23

いくつか修正。

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