そして、あなたにハッピーエンドを
誤字・脱字があると思います。
殺人描写があります。苦手な人はお引き取り下さい。
弾丸を放ったあとに漂う硝煙の香と、喉を焦がすような鉄の匂い。
男は数歩よろめき、膝をついた。
自分の腹に手を宛て、流れる血を見て目を僅かに見開き、そして、ジニアを見た。
「コ、ネ…リア…?」
それは、ジニアの母の名前だった。
「それは、母の名前です。お父様。」
寒々とした言葉が、ジニアから放たれる。
「母親…?ま、さか…!」
自分の父親の顔が、真っ青に染まった。
ジニアは冷たく嘲笑った。
「ええ、私は貴方とコーネリアの娘です。」
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ジニアの世界は小さい。
彼女にとっての世界は自分が住む森のなか。木々の隙間から零れるように注ぐ太陽の光。光に照らされ宝石のように輝き流れる川。鳥のさえずり、鹿の野を駆ける足音、川を昇る魚たちが造り出す水の飛沫、それらから感じる生命の息吹。そして、唯一の家族と思っていた母親。
たったそれだけのものがジニアにとって世界の全てであった。
その世界の先に何かが存在することを知ったのはいつだっただろうか。
ジニアがまだ四つもいかなかったころ。家の近くに珍しく鹿がやって来ていて、幼いジニアは興奮してその鹿の後を追った。しかし、なりふり構わず追ってしまったため道に迷ってしまった。
いつもは母が連れていってくれた場所しかジニアは行ったことがなかった。外で遊ぶときは母がいつも一緒にいて、知らない場所には一人では行ってはいけないと、母との決まりだったからだ。見知らぬ森の風景にジニアは焦りや不安で泣きそうになった。
そのとき、血相を変えた母がジニアを見つけてくれた。母は決まりを破ったジニアを散々しかりつけた。ジニアは泣きながらも己の行動を深く反省した。一人ぼっちはとても寂しいことだったからだ。
それは、その帰りに気づいた。
母に手を引かれて森を歩いていたとき、ジニアは何かを感じ足を止めた。母はいきなり止まったジニアを不審に思い振り返った。そして、自分の娘が見ている先にあるものに気づき息を止めた。
不思議な音だった。獣が通ってできたのか、それとも別のものが造ったのか、草の生えない道の先から獣の鳴き声でもない木のざわめきでもない不思議と生命を感じる音が聞こえて来たのだった。どことなく自分と母と何かが似ているように感じさせる音だ。
あの音は何なのか、と疑問に思い視線だけで母に尋ねた。
母はそんなジニアの視線を見て、とても苦いものを口に入れた様な顔をした。そしてジニアの見つめていた先に顔を向け、口を開いた。
「あの道の向こうはとっても恐ろしい場所なのよ」
その時の母の顔はなに顔思い出すようにうつろで、切なかった。
「おかあさん。どうしたの?」
ジニアは、母がなぜそのような顔をするのか不思議で、首傾げて母を見上げた。
母は何かに気がついたように数回目を瞬き、隣にいたジニアに視線を向けた。
ジニアを見つめる母の表情が、まるで自分を通り抜けたその先にある何かを見ているようだった。
今にも消えてしまいそうな尊い心情が母から伝わってきて、なぜかとても苦しくて不安になった。
「お、おかあさん!」
思わずつないでいた手を強く握りしめて、母にすがるように身を寄せた。
急に飛びついて来たジニアに、母は目をわずかに見開き数歩後ろに下がった。そして、強く握りしめられた己の手に気づき眉を下げた。
ジニアには分からなかった。母がなぜあの道の先を恐ろしい場所だと言うのか。自分ではない誰かに向けられた視線に不安を覚えるのか。
今思えば、あのときの母の表情がとても儚くて、何処かに行ってしまいそうな程危うく感じたからだった。
その日から、世界の先にある何かはジニアにとって、自分の世界が消えてしまうような恐ろしいものになったのだった。
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世界の終りがやって来た。
ジニアは震えていた。なにが起こったのか理解できなかった。ただ胃の中にある全てのものが逆流してしまいそうなほどの恐怖を必死にこらえようと震えていた。
その日はいつもの日常となにも変わりは無かったはずだった。ジニアが野ウサギを狩りに行こうと弓を持って外に出たとき、森の様子がおかしかった。奇妙な気配を感じたのだ。いままで感じたことの無い生命の気配を。
ジニアは無意識にある方向に目を向けた。
その先には未知の者たちがこちらに近づいて来ていた。ジニアは直観で母と同じだと感じた。なにが同じなのかは分からないが、自分とは異なり母に近い何かがあの者たちにもあると感覚的に悟ったのだ。
近づいてくる者たちは皆森の獣たちとは違いジニアと母と同じように二本の足で立っている。母より頭一つ分程背が高く、胴周りなど身体の一つ一つのパーツが一回りほど大きく感じられた。それだけなら以前母に教えてもらった『くま』なるものかと思ったが。野生の勘なのだろうか、獣とは圧倒的に違う何かを感じた。
刹那の時の長さで思考している間もその者たちがこちらに近づいて行く。このままでは自分か母が見つかってしまう。ジニアにはそれが何故かとても危険に感じた。
妙な焦りを抱え家に戻り母に未知の者たちのことを伝えると、母は青い顔をした。あの者たちに心当たりがあったらしい。
母は何かを探すように部屋中を見回した。そして、ジニアの腕をつかみ農具や狩り道具の入った小さな物置に押し込んだ。
「何かあったら森の外に、黒髪で、詳しくは机の引き出しに、」
母が早口でそう困惑するジニアに言い終えたすぐ後に強く物を叩く音が響いた。母はいつものように、何もなかったように明るく返事をして自分のそばから離れた。
しばらくして戸の開く音が聴こえた。そして、聞き覚えの無い声と母の震えるような声がジニアに届いた。
食器が割れ、家具の砕ける音が響いた。ジニアは不安になり物置の戸にてをかけ僅かに開いた隙間から部屋を覗いた。
そこには腕を掴まれ家から引っ張り出される母の姿とそれを引っ張る母とは異なる人間。母と自分はこの森にいる生き物たちとは根本的な何かが違う。ジニアはその意味がいまいちわからなかったが昔母から聞いた話によると自分たちは人間と言う生き物で種族が違うからと言っていた。自分と母以外の人間にはあったことがなかったからその時はジニアには実感がわかなかった。しかし、今なら分かるこれが人間だ、と。
母と良く似た身体のつくり。獣にはない知的な目。自分たちと同じ言語を扱う者。これが、人間の男。ジニアは新たなる発見をしてその者たちに見とれた。
未知の発見に見とれていたら母が部屋から見えなくなってしまった。あの人間に家から出されたのだ。自分の失敗に気づき状況を理解した瞬間、見えなくなった母にジニアは懐かしくも忌々しい焦燥感を覚えた。母が消えてしまう。
なぜそのように感じたのかはわからない。ただ、このままなにもしなかったら母は自分の届かない所に行ってしまう、とジニアの勘が警報を鳴らしていた。
助けないと、と衝動に任せて飛び出そうと物置の戸に手をかけたとき、部屋に残っていた人間と目があった。
その瞬間、身体が硬直して恐怖が駆け巡った。
口を押さえて息を殺す。みつかってはダメだ、と頭ではわかっているのに部屋にいる人間と目が離せなかった。
ジニアは当たり前のことに気づいた。母に乱暴する者たちが安全なわけがないじゃないか、と。本能がいち早くそれを察し、体に恐怖という警告を流し自分に伝えたのだと言うことを。
ジニアと人間はしばらくの間お互いに目を合わせていた。しかし、ジニアはだんだんと胃から物が逆流するような恐怖に耐えきれなくなり目を反らした。合わさっていたものが外れた瞬間身体から力が抜けジニアはそのまま闇に包まれた。
次にジニアが目を開けたときには、母もあの人間たちもいなかった。慌てて物置から転がるように飛び出し回りを見渡す。しかし誰も見つけることはできなかった。ジニアは家の戸にてをかけ外に出た。
見上げた空は黒く染まっていた。月の照らす僅かな光が地面に注ぎジニアの周囲を明るくする。あれから随分と時間がたっていたのだ。
ーーおかあさんはもういないのかな……?
最悪な結果が頭をよぎる。ジニアは慌てて首を振りその考えを打ち消した。
何処かに、何処かに母がいるはずだ、と回りを見渡す。
ーー何かあったら森の外に、
不意に掠めた、母の言葉。ジニアは母を探す動きを止め、あのときの母の言葉の意味をゆっくりと考えた。
森の外に出る事はジニアにとって禁忌であった。母の許しが出たからといい、そう簡単に破れるものではない。ジニアは躊躇した。森の外に出ようと踏み出そうとした足が重くなった。
ーーなにもしなかったらおかあさんはもどってこないよ
頭の中で一人の少女の声が繰り返される。よく知っている声だった。でも誰なのか思い出せない。
ジニアは少女の言葉の意味を考えた。根拠もない、勘のような事を告げる少女。
そのときジニアの脳裏によぎったのは、見知らぬ人間が母の腕を掴み何処かへ連れていったあの光景。それを認識した瞬間、ジニアの中に焦がすような焦燥と燃えるような怒りが生まれた。その感情に流されるようにジニアは強く足を踏み出し森から出た。
あとから気づいた。あの少女は自分の声とよく似ていた、と。
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ーー夢をみていた
どうやら眠っていたようだ、とジニアはゆっくりと目蓋を開いた。
気だるい身体を起こし視線を周りに向ける。そこには、太陽に光に反射して神秘的に輝く泉があった。
あれから五回季節が過ぎた。
景色は全くというほど違うのに、宝石よりも美しく輝く水を見ていると自分の唯一であった世界を思い出す。
母と自分だけの世界。生まれ育った森にある川。その川もこの泉のように太陽の光に反射して宝石のように輝いていた。
あの場所を飛び出したのはジニアが十のときだった。
故郷の思い出に浸っていたジニアを小さな手が引き戻した。
引かれた袖先に視線を移す。そこには愛しい、愛しい自分の宝物。
「ルイ、ごめんね、寝ちゃった。」
二つもいかない小さくて脆い身体を大事に、大事に抱き上げる。腕の中にある暖かい体温を感じて口を綻ばせた。
ジニアは赤子のルイを抱いたまま立ち上がった。柔らかな風が吹き髪を撫でる。
懐かしいその香りを吸い込み、吐き出す。
「行こうか、ルイ」
そして、ジニアはその場から去った。
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ーー凍えるようだ
肺に入ってくる夜の冷たい空気に、ジニアは思った。足の爪先がもう感覚を感じることが出来なくなってしまっている。
それでもジニアは足を止めることはしない。こんな寒さ、目的の達成に比べたらいくらでも我慢できる。
ジニアが向かうのは人里から離れた辺境にある森の一部。自分にしか感じることのできない忌々しい魔力に覆われている場所。
一見、そこには何もなく、感じることのできない場所のように見える。その場所に行っても、いつまでも目的地にたどり着くことなく、そこには行けない。しかし、ジニアにはそれが可能であった。
彼らと同族のジニアには。
ジニアは進む。その方角に迷いはなく。まるで、見えない糸を手繰り寄せるように進んでいく。そして、ジニアは足を止める。
そこには何もない。少なくとも森の一部である木々が生え拡がっているだけの寂れた景色が有るだけだ。もちろん、その先に道はない。
しかし、ジニアは足を進めた。
身体が弾力のある水のようなものに触れる感覚が伝わり、景色が水面に水が落ちたように歪む。それは徐々に上へ上へと広がり、回りの景色おも歪めてゆく。ジニアの進む道には大きな壁のようなものがその先の景色を覆っていたのだ。
ーー結界
それは、魔力で作り上げた、一部の対象を弾く見えない壁。教会などで秘術として使われ、一般には普及してない魔法技術だ。少なくとも、こんな場所で使われることはない。
しかし、ジニアは知っている。原理は異なるが、似た性質を持った魔法が使える種族を。
進むたびに景色が歪んでいく。そして、絵が剥がれるように景色が紙のように破れ、中心に道が現れた。
その瞬間、ジニアは駆け出した。
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そこは、森の一部を開墾してできた、小さな村だった。畑と家が有るだけの寂れた村。
風が吹き、それに乗って独特な香りが鼻腔を掠めた。血に刻まれた懐かしい香りと雰囲気に息が止まる。
ーー嗚呼、ここは
溢れそうになった不可解な感情を反射的に書き消した。
ジニアは探す。目的の気配を。
不意に目に止めた、村の外れにある小さな小屋。本能的に感じた。目的はあそこだ、と。
ジニアは立ち止まっていた足を進めた。
道として作られていない場所を通り、見つからないよう、気付かれないように慎重に足を進めた。音なんて、立てるのは論外だ。
防寒のマントが草や土でひどく汚れてしまった。
ジニアはそれを払い落とした。そして、目の前の小屋に目を向ける。
心臓の音が聴こえてきた。自分も緊張しているのか、とジニアは胸を押さえた。しかし、ここで止まるわけにはいかなかった。
そして、震える己を叱咤し、小屋の戸に手をかけた。
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小屋にはいると、紅く燃える暖炉の前に一人の男が立っていた。
背の高さは、ジニアより頭一つと少し高い。ジニアは同年代の娘より背は高い。なら、この男は長身の部類に入るだろう。
そして、その男はジニアと同じ赤髪を持っていた。
一歩足を踏み出す。木の板に靴が接触した音が響き、男が振り向いた。
血のような赤が揺れる。
その髪の隙間から徐々に見えてくるその顔にジニアの本能が確信した。
この男は自分の父親だ、と。
その瞬間、ジニアはマントのなかに忍ばせていた拳銃を取りだし、男に向けた。
素早く動いた反動で顔を隠していたフードが取れた。
男は拳銃を向けた瞬間、反射的に構えた。しかし、フードに隠れていたジニアの顔を見た瞬間、驚愕に顔を染め、硬直した。
刹那の間の男の隙をジニアは見逃すことなく、躊躇なく引き金を引いた。
弾丸を放ったあとに漂う硝煙の香と、喉を焦がすような鉄の匂い。
男は数歩よろめき、膝をついた。
自分の腹に手を宛て、流れる血を見て目を僅かに見開き、そして、ジニアを見た。
「コ、ネ…リア…?」
それは、ジニアの母の名前だった。
「それは、母の名前です。お父様。」
寒々とした言葉が、ジニアから放たれる。
「母親…?ま、さか…!」
自分の父親の顔が、真っ青に染まった。
ジニアは冷たく嘲笑った。
「ええ、私は貴方とコーネリアの娘です。」
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結局、ジニアは母を助けることができなかった。
あの日森を飛び出して、母を追った。
先のことなど、考えられなかった。ただ、母に会いたかった。
しかし、世界はジニアを嫌った。
血を吐くような毎日だった。人に騙され、死にかけ、絶望した。
世間知らずの田舎者以上に世界を知らなかったジニアは、世界での生き方さえ分からなかった。
それでも、諦めきれなかった。
絶望する度に、それは強くなった。
ーーおかあさんにあいたい
幼い少女の儚い願望がジニアを生かしていた。もう、ジニアには母しかいなかった。
そして、それは最初で最後に成就した。もう、叶えることは出来ない。
母は死んだ。灼熱に包まれ。
母を拐ったのは、とある貴族に仕えていた兵士。後から知った話だが、母はかつてその領主の屋敷に仕えていた使用人だった。
かつて、母はその貴族の時期領主と身分差の恋に落ち、結婚したそうだ。つまり、ジニアの母は結婚していたのだ。
しかし、ジニアはその貴族の娘ではない。ジニアはある男と母の間で生まれた過ちの子。
男は母と同じくその屋敷に仕える執事だった。そして、母を愛していた。
叶わぬ思い。激しい妄執。思いは深まり、一夜の過ちを犯したらしい。
そして、男はその屋敷を去った。
しかし、それだけでは終わらなかった。
その数か月後、母の身体に変化が起こった。子供を身籠ったのだ。
己の腹に宿る子から感じる生命力に、母はその男との過ちが実を結んでしまったことを、確信した。
そして、母はその屋敷から何もかもを捨てて、逃げ出した。
母は夫を愛していた。しかし、腹の中の子を生かしたかった。
ーー信じることができなかったの。
自分は夫を信じれなかった。母は懺悔した。灼熱に包まれる館のなかで、夫の亡骸を見つめ。
母の夫は最愛の妻が姿を消し、壊れてしまった。
ジニアと同じ様にただ、母に会いたかったのかもしれない。それが、いつしか狂気に変わった。
ジニアには、よく理解できなかったが、母はかつての夫の姿を見て己の過ちに気付いた。しかし、もう手遅れだった。
狂気に憑かれた哀れな男は、数々の恨みを買い、殺された。館にも火を放たれる自分ももうすぐ息絶える。
そんな、母の前にジニアが現れた。
ジニアは五年の月日をかけ母を探しだした。
右も左もわからないかった少女が、一人で隣国にいる母親を見つける。それは、奇跡に近い。ジニアの執着に近い強い思いと、血を吐くような努力がそれを可能にしたのだ。
しかし、ジニアが母のいる屋敷にたどり着いたとき、状況は最悪だった。
屋敷は真っ赤に燃えていた。
最初、ジニアはその光景を受け入れることができなかった。
屋敷が燃えている。それはつまり、なかにいると想われる母は、と想うとどうしても受け入れられなかった。
ジニアには母しかいない。今までジニアがこの世界で生きてこれたのは、母の存在があったからだ。
心の拠り所が無くなってしまったらどうなる。唯一、世界に自分を繋ぎ止めているものが消えてしまったら、自分はどうなる。
ピシリ、と何かが壊れていく音が聴こえた要な気がした。
ーーォッ……ギァ…、
ジニアは唐突に顔をあげた。意識を集中させて、耳をすます。
風に乗って生命の音が聴こえた要な気がしたからだ。
生まれたての、この世に来て間もない、無垢な鳴き声がした要な気がしたからだ。
ジニアは正気に戻る。そうだ、まだ決まった訳ではない。
母は、生きている。ここまで来たのだ、確信を得ないで手遅れにしてどうする。
ジニアは地を蹴り、灼熱の中へ駆けた。
焼けるようだった。気を抜いたら、この炎に身体をもっていかれそうだった。
うまく息ができない。喉が焼けて、視界が霞んできた。
ーーォッ…ギァァァァ、
まただ。生命の音が聴こえる。
ジニアは一度だけ此の音を聴いたことがあった。
「赤子…?」
何故、そのようなものがこの場所で聴こえるのだろうか。
ジニアはわからない。しかし、年を重ね培ってきた勘が彼女に告げていた。
ーーおかあさんがいる。
赤子の声に導かれるように足を進めた。
根拠の無い、本能の歩みであった。しかし、ジニアの胸は高まった。
ーーあえる!おかあさんにあえる!
そして、ひとつの扉の前で足を止めた。
その先に感じる、焦がれていた気配にジニアは歓喜した。
ゆっくりと手を伸ばしノブを掴んだ。
ジニアは感情のままにドアを勢いよく開いた。
その先に、母はいた。
青い夜着を身に纏い。燃え盛って行く業火の中心で、一点を見つめ座り込んでいた。
ーーおかあさん
存在に気づいて貰いたくて、言葉を発しようと手を伸ばした。しかし、それはあるものを見つけ、止まった。
母の見つめる先に人影があったからだ。
目を凝らし、それを見ようとした。
徐々に影が形になり、一人の男の亡骸が映った。
普段のジニアは、そんなものを発見しても何の感情も抱かない。しかし、ジニアは男の亡骸を見つけた瞬間、奇妙で、理解できない、焦燥のような感情を抱いた。
焦りはジニアの動きに現れた。伸ばしかけた手を戻し、後ろに後退したのだ。その時、足下にあった何かを踏んでしまい、小さな音が部屋に響いた。
母はその音に気付き、ジニアの方を振り向いた。
5年振りの母と子の再会であった。
母はジニアを見ると目を見開いた。
ーーおかあさん、かえろうよ
ジニアは手を伸ばした。一度は伸ばすのに躊躇した言葉は、焦がれていた母の顔を見て、堪えきれなく吐き出してしまった。だけど、母はジニアの手をとらなかった。
母は苦しそうに顔を歪め、首を振った。
そして、自分の傍らに横たわる男の亡骸を人なでした。
ーーお母さんはこの人を裏切った罰を、受けないといけないの。
そう、呟くと立ち上がりジニアのそばまで歩いてきた。
手をとるために来たのではない、とジニアは分かってしまった。
母は自分が抱いていた、布に包まれたものをジニアに渡した。それは、産まれて半年もしない赤子だった。
ーージニア
母は唐突にジニアを呼んだ。
ジニアは何故か嫌な想像が止まらなく、悲壮な顔をして母を見た。
母は笑っていた。あの森で幸せそうに笑っていた、ジニアが一番好きだった表情で。
ーーいやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!!!!
駄々をこねる子供のように首を振った。言われるだろう言葉を聞きたくなかった。耳を塞いでしまいたい。でも、赤子を抱えていて両手が塞がっていた。
ーーその子は『ルイ』、あなたの弟よ
そんなジニアに、母は困った顔で口を開く。
ーーお母さんは、ジニアとはもう暮らせないわ。
いやだった。そんなことは言わないで欲しかった。もう一度、あの幸せな日々に戻りたかった。それだけを求めて今まで生きてきた。
ーーひとりにしないでよ
口にした言葉は震えていただろう。でも、どんなに情けなくても一人になりたくなかった。
母はそんなジニアを見て、優しく笑った。
ーーあなたは一人じゃないわ
それはジニアにとっては希望にはならなかった。
ーールイは半分しか血が繋がっていないけど、あなたの家族よ
それに、と母は続けた。
「あなたのお父さんがいるもの」
そして、母は死んだ。
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「私たちを生かすためになけなしの魔力をかき集め、邸にある転移魔方陣を起動させ、私たちを無理矢理安全な場所まで飛ばしました。…急いで戻ったときにはもう遅かった」
邸は崩壊していた。母の死体も、あの男の死体も焼かれて無くなった。
男は瞳にさまざまな感情を浮かべ、ジニアの話を聞いた。何を思ったのか、ジニアにはわからない。
「なにか言いたいことはありますか?時世の句でも聞いておいてあげますよ。」
ジニアは、目の前にいる男を父親だと思えなかった。
こいつのせいで母はあんな終わりを迎えてしまったのだ。こいつがあのとき過ちを犯さなければ、母は幸せになれたはずなのだ。
「私が憎いですか?」
ジニアは銃を掴む指に力を入れた。鉄の軋む音が鳴った。
「ええ、憎いです。貴方さえいなければ母は、幸せを捨てて、あんな森のなかでひっそりと生きることなんてなかった。」
母は不幸になんかならなかった。
「それでは、自分を否定することになりますよ。」
ジニアは鼻でわらった。
「ええ、私は私が憎い。母は私を宿したせいで、あんなことになってしまったのだから。私も、生まれたせいで母の幸せを壊した。…貴方と同じです。」
ジニアは自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。ただ、それを見た自分の父親が痛ましそうに顔を歪めたのは分かった。
「貴方など、私には要らなかった。ただ、母がいてくれればそれでよかった。…なのに、なんで私は貴方を、母を不幸にした吸血鬼を父親だと認めないといけないのですか。すべてをめちゃくちゃにした憎き化け物を父親としてみないといけないのですか。」
ジニアは人外と人間のハーフだった。
吸血鬼とは同族以外の生き物の血液を主食とするモンスターだ。個体の能力は優れていて、寿命も長い。そして、長寿の秘薬の材料にもなる絶滅危惧種だ。
いくら、個体一つ一つが優秀だとしても、数十人がかかってきたらさすがにまける。しかも、長寿のため繁殖能力が低く数が少ない。長寿を求める強欲な人間どもに狩り続けられ、いまでは存在しない幻のモンスターと言われている。
ジニアは母を探している時、吸血鬼だとばれ死にかけたことがあった。その時、自分が人間ではないことを知り、人間として扱われない悲しみと絶望を知った。
そして、その時生まれた怒りは母が死んだ瞬間、自分の実の父親に向かった。
ジニアは気づけない。自分がしようとしている事は八当りでしかないことを。
「私は全てを終わらすためにここまで来ました。」
この言葉に大義など無いことを。
「そう…ですか」
男は何かをこらえるように目を閉じた。
そして、数拍して開く。
ジニアは警戒を強めた。男の目が何かを決意したように見えたからだ。
「私が死んだら、貴女はどうするのですか?」
「…」
ジニアは答えなかった。自分の中で決めていたものが見透かされたからだ。
「『お前を殺して私も死ぬ』ですか…」
「だから、なんです?」
「なぜあなたも死ぬ必要があるのです」
ジニアは大声で嗤いたくなった。身に宿った怒りが沸騰しそうだ。
「なぜ、母を不幸にしたものたちが生きているんですか?幸せであるべきものたちが死に、咎人が生きている?そんなのいらない」
理由はそれだけだった。自分が自分を許せない。殺したいほどに許せない。それだけだ。
ーーそれに、
口に出した言葉は本心だったのか。ジニアには分からない。
「一人ぼっちはさびしいでしょう?」
それは誰に向けてだったのか。
「…」
男はなにも言わなかった。
「さて、不毛な会話はここで終わりにしましょう。…さようなら、レイル」
ジニアは引き金に指をおいた。
「それは出来かねます」
その言葉に構える隙もなかった。
突然、強い魔力が部屋中に流れ出した。
「ーーっ!」
床に紅く輝く文字が浮かびあがり、陣を描いて行く。忌々しいそれにジニアは戦慄した。
「貴様ぁっ!」
状況を完全に理解する前にジニアは動いた。
目の前の憎き存在を消そうと、引き金を引いた。
撃ち込んだ弾丸は男の胸に紅い花を咲かせた。
それを認識した瞬間ジニアの視界がぶれ、次の瞬間飛ばされた。
ーー幸せになりなさい
最後に聴こえたのは、己の父親のせめてもの『らしい』言葉だった。
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レイルが使ったのは『転移魔方陣』だった。
魔方陣とは、特殊な回路を刻んだ陣に魔力を流し込むと、詠唱なしで魔法を発動できる代物だ。転移魔方陣は、魔力を流し込むと陣の中心にいたものを瞬時に遠くへ移動させることができる魔方陣である。
レイルも母同様、ジニアを転移で移動させた。
ジニアは土の上に横たわっていた。ただ、呆然と空を眺める。
ジニアにとって、レイルが転移魔方陣を使ったことは、衝撃だった。信じられなかった。あれはまるで母のようだった。いつも、ジニアを見て幸せそうに笑っていた、子を思う親のようだった。
「ーーっ!」
そんなはずはない。あの男は母を不幸にした悪者だ。自分を愛しく見つめていたなど、愛情があったなど、そんなはずがない。
ジニアは上体を起こした。
ゆっくりと立ち上がり歩き出す。
確かめないと、と何を確かめるのか分からないのに、何故かそんな衝動に駆られた。
ーーあの日のようだ
自分の父親がいた小屋は燃えていた。
何もかもを奪い、燃やした、あの日の業火がそこにあった。
「あ…アッハハハ!」
ジニアは笑った。滑稽だった。分かりたくないものがわかってしまったからだ。
「何なのですか?逝けるわけないじゃないですか、母のところになんて」
男は、母と同じように業火に包まれ息絶えたら、同じ場所に逝けるのではないかと思ったのだ。
滑稽だ。無様だ。愚かだ。だけど、涙が止まらない。
ーー苦しい
突然、胸を掴まれたような苦しさに襲われる。まるで、胸に穴が開いたとようだ。
「ぅ…っぅう」
ジニアは胸を抑え膝をついた。
何故か、とっても虚しかった。
何故か、とっても悲しかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「ルイをみてくれて、ありがとうございました。」
「いいのよ、ちゃんと取るものとって面倒みてるんだからさ。だけど、一晩預けるだけであんな金額を渡すんじゃないよ、いくらなんでも多すぎだよ。」
涙が枯れはてるまで泣いたあと、一番に思ったことはルイのことだった。
ジニアが住んでいるのはとある町外れの山にある小屋だ。そこにジニアはルイと二人で住んでいた。人間嫌いのジニアがなるべく人と関わらないように選んだ場所であった。
しかし、完全に関わらないように、とはいかなかった。
ルイは赤子だ。まだ、まともに食事もできない。世間知らずのジニアはどうしていいのかわからず、仕方なく当時赤子を育てていた経験豊富の人間に教えを乞いに行ったのだ。
しかし、予想外のことが起こった。子育てを教えてくれた中年の人間の女はお節介だった。女は一人でルイを育てるジニアに、何らかの複雑な事情があると勘違いし、度々町外れの山に訪ねては、食材を分けてくれたり、おしめや服の作り方を教えた。
やがて、その人はジニアが信用する唯一の人間になった。
あの男を殺したらジニアは後を追い、死ぬつもりだった。しかし、ルイがいた。自分の弟を殺すなどできない。
だからジニアは、唯一信用できる人間にルイを託そうと考えた。
何時ものように、仕事にいくと言いルイの世話を頼んだ。
何時もと違ったのは、ありったけのお金を渡したこと。それだけあれば、一人子供が増えても困らないぐらい渡した。
だけど、それは意味がなくなった。
ジニアは死ねなくなった。
男は死ぬ前にジニアに二つの呪術を施した。
一つは、ジニアが自害を企てる意思を持つと、身体が硬直するもの。もう一つは、攻撃や必殺と呼ばれる規模の衝撃をはじくもの。
ジニアは後を追えなくなった。
死ぬ以外の道など考えてなかった。ジニアは急に目の前が見えなくなった。
自分は今までなんで生きてきたのか分からなくなった。立ち上がれる気がしなかった。
先の見えない思考の中で最初に思い出したのは、自分の弟ルイであった。
ジニアは死ねなくなった。自害もできない。ならば、ルイを迎えにいかなければと思った。
ルイの存在がジニアを動かし、一時の希望となった。
ジニアはルイを抱きながら、呆然と歩いていた。なにも考えられなかった。手の中にある暖かな体温だけが、ジニアを動かしていた。
いつの間にか町外れの山の入り口に立っていた。朧気に感じてしまう視界の中で白い雪が降っていた。
このままではルイが風邪をひいてしまう。しかし、足が動かなかった。
その瞬間、視界が鮮明になった。そして、滲んでいった。
涙が零れた。そして、溢れていった。
ジニアは気付いた。男が、自分の父親がジニアの生きる理由だったと。父親を憎んでいたから、憎しみを晴らそうとして、生きていられたのだと。
「なんで、なんで、おいていくの……?」
母も父も何故、自分をいつもおいて行く。何故、生きてと言うのだ。こんな世界で、何故生きねばならない。此処はジニアには優しくないのに。
会いたい。お母さんに、家族に会いたい。
父親を失ったときに感じた痛みがジニアをおそった。胸を強く抑える。
「ぁああああああああああああ!!!」
思いの丈を吐き出した。苦しくて堪らない。痛くて堪らない。
誰か助けて欲しい。
「お母さんに会いたいかい?」
聴こえる筈がない。叫び声にかき消されるほどの声量に感じたのに、あらゆる騒音を通り抜けてそれはジニアの耳に入ってきた。叫びはいつの間にか消えていた。
「やあ、はじめまして」
うつむいていた顔をあげると、そこには黒いフードを被った男が立っていた。
「お母さんに会いたいかい?」
男は先ほどと同じ問いをジニアに掛けた。
男の声は恐ろしいぐらいにジニアを惹きつけた。まるで、体中が男の言葉を何よりも最優先に聞き取ろうと動いているように感じた。
「お前は…?」
男を見つめたまま視線が反らせなかった。
やっとのことで絞り出した声はかすれていた。
「名乗るほどのものではないよ。僕らの種族は名など必要としないからね。」
男は恐ろしいほどに惹きつけられる声で礼儀正しく腰を折った。
ジニアはそこらに転がっている普通の人間にはまず負けない自信があった。それほどの力を自分は持っていた。
しかし、目の前にいる男にジニアは本能で勝てないと感じた。次元が違うのだ、傷つけることをしたくないと思わせる、不気味なおとこだった。
「僕の力で君を過去に連れて行ってあげるよ」
男は思いがけないことを口にした。
ジニアは目の前の男を害しようなどの感情などは湧いてこなかったが、警戒心に体を強張らせた。
「あー、過去って言い方が悪かったか。僕は、今まで君をこっそりと見ていてね。あまりにも可哀想で納得いかない終わりだったから同情しちゃってね。君の望みを叶えたくて来たんだ。」
「僕にはね、空間を行き来できる力があるんだ。その力で、この世界同じ時間を刻む世界に君を送ってあげようと思ったんだ。…ん?なんで、それが君の願いを叶えることになるのだって?…いや、会いたいのだろう?」
「この世界が存在する空間とは別の空間に、この世界と全く同じ時を刻む世界が存在するんだ。でもその世界は今から十七年前の時を刻んでるんだ。君のお母さんたちが生きている時代だ。」
ジニアは息を呑む。男の話を、戯言だと笑い飛ばせなかった。
なぜか、男が嘘をついているとは疑えなかった。むしろ、この者が嘘などをつくわけがないと、理解不能な確信が生まれていた。
「そこに君を行かせてあげる。その後は、好きにすればいいよ。母に会うなり、父を殺すなり。」
ジニアは体中にしびれが走るような感覚に襲われた。
理想が、願いが分かってしまった。
自分は母を幸せにしたかった。たとえ、自分が母を不幸にした一因であっても。自分の世界にいたたった一人の家族を幸せにしたかった。
もし、この男が過去に飛ばしてくれるのならば、それが可能になるかもしれない。母が過ちに堕ちる前に、レイルを殺せば、今度こそ母は幸せになれるかもしれない。幸せに出来るかもしれない。
ジニアの瞳に光が戻った。
「…行かせて」
二度目に出した声は震えていなかった。男を見据える瞳は悲しみを断ち切って、希望に燃えていた。
雪が勢いよく舞う。風が強くなったのだ。
それはジニアと男を包み込むように集まり渦を巻く。
「…いいね、その目。やっぱり、命あるものはそのような目をしてないと。」
男はまるでこの世で最も輝く宝を見つけたように、満足気に口角を上げた。
「君の願いを叶えよう。」
その瞬間時が止まった。
吹き荒れていた吹雪はぴたりと止まり。雪も音も、何もかもが制止する。
ジニアが驚き辺りを見回している間に、空中で制止していた雪が集まりだしジニアの足元で巨大な陣を描きだす。
見たことの無い、不思議な回路が足元で画かれ、最後のワンピースがつながった瞬間世界が揺れた。
ジニアは頭部を殴られたような衝撃を受けよろめいた。ルイを落とさないように、足に力を入れて踏ん張る。
世界は瞬きをするたびに色を変えて、大きく揺れた。鐘の音が地の下から鳴り、やがて耳元で大きく響いた。
気づいた時には目の前にあり得ないほどの巨大な魔力を感じた。顔を上げると、そこには何百の人間の魔力を一点に集めた様な大きな魔力の塊が一点に凝縮されていた。
男が指を鳴らすと、魔力が爆発し空間が裂けた。
ジニアと男の地面が割れ、空が紙を破いたように裂けた。
ジニアは空に引かれた。浮きあがり空の裂け目に吸い込まれてゆく。
不安は無かった。
ただ、願った。
どうか、あなたに幸せを
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