北の海へ
「船長、今日はどこかの民宿に泊まって行くんですよね?」
「は?誰がそんなこと言ったんだ?」
船長の眉間にシワがよる。
しまった、機嫌を損ねたぞ。
「え……、いや、誰も言ってないですけど、でも」
「今日はすぐ出航する」
やっぱりそうか。
船長、やたら食料を買い込んでくからおかしいと思ったんだ。
でもモティック島に帰るにしては食料が多いような…?
「あの、目的地は?」
「北の海だ。とりあえずラバ島を目指す」
「ラバ島だって⁈」
思わず叫んでしまった。
そんな遠くの島、地図でしか見たことがない。
「え、船長嘘ですよね?だいたい本部からの許可は出ているんですか?」
「そんなものは必要ない」
「でも……」
船長の顔がどんどん険しくなる。
「俺の命令は絶対だと言ったはずだ。いやならここに置いて行く。迎えには来ない」
「そんな!」
「まぁまぁ」
すると突然、違う声が入ってきた。
みると知らない男がにっこり笑って立っている。
「ジョン、久しぶりだな」
船長が眉を上げた。
「グレン、お前新人乗せてるくせにまた無茶苦茶やってるな?」
ジョンさんが腰に手を当てる。
ずいぶん親しいみたいだ。
「無茶苦茶ってほどの事はしてねぇよ。俺が預かったんだから俺が育てる。それが嫌だってんなら船から降ろす、そんだけだろ」
船長がふいっと顔を背ける。
ジョンさんが僕に肩をすくめて見せた。
「新人お前大変な船に乗ったな」
「はい、ほんとに」
おっと、思わず素直な気持ちが出てしまった。
ジョンさんが腹を抱えて笑っている。
隣から鋭い視線を感じた。
「でもな」
やっと笑い収まったジョンさんが真面目な顔になる。
「ホワイトシャークなんてめったに乗れる船じゃない。実は俺だって乗ったことがないんだ」
「え…」
ジョンさんも乗った事がない?
仲良さそうなのに?
それって僕は……。
「こんな優秀な船長の元で見習いができて、お前はちょーラッキーだな」
「僕もそう思います」
ジョンさんがにっこり笑った。
「おい、いつまでしゃべってんだ。置いてくぞ」
いつの間にかに乗り込んだのか船長が船の上で怒鳴った。
「大丈夫あれは照れ隠しだ。頑張れよ新人」
ジョンさんの言葉に後押しされて僕は船に駆け込む。
出航の準備をしていると、海図を見ていた船長が顔を上げた。
「カシアス、お前長旅は不安か?」
船長がそんなこと聞くなんて驚きだ。
心配してくれているのだろうか。
僕は素直に頷いた。
「そうか、そうだよな。でも大丈夫だ。お前は危険な目にも遭わせないし、危険なところへも連れて行かない」
どうしたんだ船長、ずいぶん優しいじゃないか。
今のセリフはだいぶかっこよかった。
「ありがとうございます」
僕は頭を下げる。
いつかこんなセリフの似合う船乗りになりたいと思った。