波のゆりかご
狭い船内。
ロープにつまずく、バケツは蹴り飛ばす、その上派手にすっ転んで僕はすでに参っていた。
でもまさか、そんな。
その時船体がぐらりと揺らいで、思わず手で口元を押さえた。
あぶない、出てくるところだった。
「船酔いか? 」
グレン船長がちらりと僕を見た。
まずい、怒られる。
僕はさっきの船長の言葉を思い出して身震いした。こんな海に放り出されたらとても泳いでは帰れない。
「お前、前はアマリリスに乗ってたんだってな」
「はい」
「あんなでかい船とこんな船じゃ勝手が違うだろ」
僕は戸惑いながら頷いた。
確かにアマリリスはこの島最大の大型漁船だ。僕はそこで2年間見習いとして働いていた。だけど、この人がそんな風に言うなんて考えてなかった。
「まぁ、最初くらいは大目にみてやるよ」
僕の方は見ていない。だから何を考えているのかも分からない。だけどこの人は僕が思っているよりもいい人なんじゃないか、そんな気がする。
「ありがとうございます! 僕にできることは何でもしますから! 」
「出来ないこともいずれはしてもらう。まぁ今は昼飯用に魚をさばいてもらうぐらいだな」
「わかりました! 」
僕は力いっぱい返事をした。
アマリリスに乗っているとき魚は数え切れないくらいさばいてきた。そのくらい朝飯前だ。
失敗ばかりだしここで良いところを見せなくては!包丁を手にどんどんさばいていく。ああ、できることがあるって幸せ。
夢中でさばいていたから、僕は後ろの船長に気がつかなかった。
最後の一匹をさばき終わった時、「はぁ」という大きなため息が聞こえて、ごんっと頭に鈍い痛みが走る。振り返ると怖い顔をした船長が立っていた。
「おい、頭が足りてねぇぞクズ。ここはアマリリスじゃねえんだよ、船員は何人だ、え? 」
しまった、またやっちゃった。
僕は小さくなって「2人です」と答えた。
「2人でこんなに食えるわけねぇだろ」
船長が忌々しげにため息をついて、僕の心臓は縮み上がる。
「すすすみませんでした! 」
グレン船長はやっぱり噂通りの怖い人だ。この船でやっていける気がしない。
僕は俯いて唇を噛んだ。