月夜のグレン船長
「俺は船乗りをしていて、1度死にかけたことがある」
船長は僕なんか見ないでずっと遠くの真っ黒な海を見つめている。でも僕はその横顔から目が離せなかった。
「なんてことないその辺の海だ」
「どこの海ですか」
とっさに聞き返してしまった。なんとなくさっき見た夢を思い出してしまう。
「ユラの海ですか……? 」
「さぁな」
船長はわざとおどけたように肩をすくめて見せた。それからいきなり真剣な顔になって、僕を真っ直ぐ見つめた。
「お前はなんで船乗りになろうと思った? 」
え。
「僕は……、僕は船に乗るおじいちゃんの姿を見て、それで、かっこいいと思ったから……」
しどろもどろに言葉をつなぐ僕を船長はじっと見つめていた。そしてふぅっと息を吐く。
「俺もそうだ。船に乗る親父がカッコ良くて、憧れてたんだ」
船長はまた遠くを見た。
「夕方、港で待っていたら大型船の間をすいすいぬって白い帆を張った小型船が帰ってくるんだ。背中に夕陽をいっぱい浴びて、こっちに手を振ってくれる」
僕の頭に夕焼けの港が浮かんだ。
「かっこいいと思ったよ。船に乗ってる親父は好きだったし、ああいう船乗りなりたいと思った」
僕も船長の目線を追って遠くに目をやった。
あたりは真っ暗で港の向こうに少し街の明かりが見えるだけだ。どこかで魚の跳ねる水音が聞こえる。
「むちゃくちゃ勉強して見習いも頑張ってやっと自分の船を手に入れて1人前になったとき……」
船長が言葉を切った。ぐっと眉間にシワが寄る。
「親父が新しい船を手に入れた。それまでの船と違うエンジンだけで走る船だ。それがどうしたって思うだろ? 」
「はい」
僕は素直に頷いた。ロゼッタ諸島じゃそんなのとっくの昔からある。船長がこちらをチラッと見てちょっと笑った。
「そうだよな。俺らの島じゃ親父が初めてだったんだ。元々、海の男は潮と風を操ってナンボだって考えが根強くてな」
「船長は……」
「俺も、そう思ってる」
「そうですか」
少しの沈黙。またどこかで魚が跳ねた。
「初めての航海で、いつもは行かないような遠くの海まで行くことになった。乗組員は親父と俺と弟の3人。楽しい航海だったよ。でもな、やっと目的地だって時に急に色々狂い始めたんだ」
小さなため息を僕は聞き逃さなかった。船長の目はどこを見るともなく暗い海を見つめている。
「あっという間だった。船は言うことを聞かなくなって最後は岩にぶつかって沈んだ。俺は海に投げ出された」
僕は何も言えなかった。何も言わずにただ、船長を見つめていた。
「キニー号って言うんだ」
船長が愛しむように小さな声でそう言った。