導入
物理の話をしよう。
中学生でも知っている程度の内容で恐縮だがお付き合い願いたい。
この宇宙には基礎的な相互作用というものがある。
この世のありとあらゆる物理現象は、突き詰めればすべてその力によって引き起こされると言える、そういう根本的な作用だ。
ひとつは重力。最も身近でわかりやすい相互作用だ。
今こうしている間にも我々の身体には地球の重力が働き、地面や床や椅子の座面に押しつけられている。
ふたつ目は電磁気力だ。
その名のとおり電気や磁気の元となる力だが、電磁気という言葉のイメージよりもその活躍の場は実はずっと広い。
なにしろ原子や分子は、すべて電磁気力によってその形を保っているのだ。
もし電磁気力がなければ、我々の周囲にあるたいがいのものはバラバラの粒子に分解してしまうだろう。
三つ目に核力。
核子、すなわち陽子や中性子を引き合わせて原子核として固める力だ。
プラスの電気をもち互いに反発しあう陽子をねじ伏せてくっつけてしまうほど強力なので「強い相互作用」とも呼ばれる。
四つ目の「弱い相互作用」はすこし説明しづらい。
原子核の中でくっつきあった陽子と中性子は、陽子は中性子へ、中性子は陽子へと、互いにくるくる変化して入れ替わる性質をもつ。
その原因、陽子を壊して中性子に変え、中性子を壊して陽子に変える力を「弱い相互作用」という。
そして「五つ目」。「鉤力」という。
この力が発見されたのはほんの50年前だ。
この世の基本相互作用は上の四つで全部だろう、と考えていた科学者たちは、偶然に見つかった新たな相互作用に仰天した。
中には衝撃のあまり「この相互作用はこの宇宙のものではない」と言った人すらいた。
まったく的外れな意見でもない。
たしかにいま現在に至ってもなお、鉤力をはじめから持っている物質は宇宙のどこにも見つかっていない。
この基本相互作用は、人工的に生み出すよりほかないのだ。
鉤力は「七次元捻転体」という物質の一種にのみ作用する。
七次元捻転体は「M理論における素粒子に格納された六次元のうち三つの次元の中で二と三分の一回転のひねりが加えられたもの」と説明されるが、これを直観的に理解できる人はまずいないだろう。
とにかくこの物質は、我々には見ることのできない別の次元でねじくれていて、ねじくれた結果「鉤力場」という場を形成する。
この場はごく短い距離にのみ作用する斥力を生むのだが、重力場や電磁場とは決定的に異なる特徴をもつ。それは「場が並進対称性をもっている」ということだ。
金網をイメージしてもらいたい。
どこをとっても同じ形、同じ強度の格子を連ねた金網である。
七次元捻転体を中心として立体的に広がる金網、それが鉤力場だ。
そして、この鉤力場の金網の目は「七次元捻転体を引っかけることができる」。
鉤力の名前の由来にもなったこの性質こそが、鉤力が発見されて以降の世の中を一変させたのである。
鉤力が世界にどのような変革をもたらしたかについては、読者の皆さんもよくご存知であろうしあえて語る必要はないだろう───