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砂糖漬けの悪魔

作者: ぬるま湯

 むかしむかし、ある村に、一軒の小さな家がありました。

 その家にはおばあさんとお母さん、お父さん、それからヘレナという美しい娘が住んでいました。

 家族はとても仲が良く、けっして裕福ではありませんでしたが、皆幸せでした。

 この家の宝物は、ころころとよく笑うヘレナの笑顔でした。ヘレナが笑うと、花が咲いて、春がやってきたときのようにまわりが明るくなります。

 ある冬の夜、いつものようにお母さんが編物をしていると、ヘレナがやってきて、言いました。


「お母さん、寒い。とっても、寒い」


「あらまあ、どうしたもんか。ヘレナ、冬は寒いものよ」


「でも、変なの。背中がぶるぶる震えて……」


 ヘレナががたがたと震えながら自分の体をかき抱くので、お母さんは困って編物をする手を止めました。

 ちょうどそのとき、お父さんが帰ってきました。ぴゅう、と冷たい風が入り口から吹き込んできて、お母さんもぶるぶると震えました。


「遅くなってしまった。雪の中に、人が倒れていたもんだから」


 お父さんはそういって、担いでいた男の人を床におろしました。

 そのとき、男の人を見たヘレナが悲鳴を上げて部屋に駆け込みました。

 みんなびっくりして、ヘレナが入った部屋の扉をたたきました。ですが、ヘレナは出てこようとしません。

 途方に暮れたお父さんとお母さんは、とりあえず男の人を暖炉であたためることにしました。ぐったりとしているように見えたその男の人は、みるみるうちに元気になり、立ち上がってお礼を言いました。


「ありがとうございます。お礼のしようもありません。何かお返しができれば……」


「それなら、うちに住んで手伝いをしてほしい。仕事は、山ほどあるんだ」


「若い男の人なら、良く働いてくれるわね」


 お父さんとお母さんは、よろこんで男の人を家に迎え入れました。

 しかし、それを聞いたヘレナは青ざめて叫びました。


「悪魔といっしょに暮らしたくなんてないわ!」


「ヘレナ、なんてことを言うんだ。そんな失礼なことを言うなら出ていきなさい」


 お父さんにそう言われて、ヘレナは言い返すことができませんでした。

 その日からヘレナは、ろくに食事もとらないようになり、やがて体が弱って熱を出してしまいました。

 寝込むヘレナを看病しにきたのは、あの男の人でした。

 ヘレナは泣き叫んで、ベッドから出ようとしましたが、力が入りません。

 どういうわけかヘレナにしか見えないのですが、男の人の背中には真っ黒な翼が生えているのです。それでヘレナは男の人を悪魔だと思っていました。

 そして、ヘレナの思った通りでした。男の人は、お父さんとお母さんとおばあさんの前で見せていた、すてきな笑顔を歪めて、たいそう意地悪そうに笑って言いました。


「おまえの思っているとおり、おれは悪魔だ。悪魔は、楽しそうな人間の笑顔を食い散らかすのが大好きなんだよ。だから、おまえに元気になって笑ってもらわないといけない」


 悪魔がそう言うと、ヘレナはいっそうひどく泣き叫び、絶対に笑ったりしないと誓いました。

 笑うと、悪魔に食べられてしまう。

 ヘレナはベッドから出ないことにしました。

 それでも、悪魔は一日に何度もやってきて、ヘレナにごはんを食べさせたり、額の汗を拭ったりして看病しました。その間、ヘレナはずっと恐ろしくて震えていました。

 そのうちヘレナは悪魔に食べられるくらいなら飢え死にするほうがましだと思い、悪魔が持ってくる食事に手をつけなくなりました。

 悪魔は困りました。ヘレナに治ってもらわないと、自分もヘレナの笑顔という食事が得られず、飢えてしまいます。

 だんだん悪魔のほうも、弱ってやつれていきました。

 ヘレナは、たとえ悪魔でも何だか気の毒に思いました。このまま悪魔を放っておいて、弱ってそのうちいなくなってくれれば助かるというのに、ヘレナにはそんなことができません。

 ヘレナがベッドで寝ていると、またいつものように悪魔がやって来ました。ヘレナに近づき、額の汗をふき、濡らした布を置いてくれます。ヘレナは最初のころとは違って、もう悪魔に慣れてしまっていたので、恐ろしさは感じませんでした。

 悪魔の疲れて青白い顔を見て、ヘレナは放っておけなくなり、用意していた角砂糖を悪魔の口に押し込みました。


「何をするんだ!」


「やっぱり、砂糖ではお腹は満たされない? 私は好きなの。疲れてるときに砂糖を舐めると、とっても楽になるから……」


 悪魔はびっくりして、食べようと狙われているのに自分を心配してくれたヘレナを見つめました。


「そんなことを考えるなら、はやく病気をなおしてくれるほうがありがたい。熱が下がったら、とって食ってやる」


 次の日も、ヘレナは悪魔に砂糖をあげました。悪魔は変なものを口にしたように顔を歪めましたが、ゆっくりとそれを飲み込みました。ヘレナはちょっと嬉しくなって、うっかり悪魔と顔を合わせたままくすりと笑ってしまいました。


「あっ!!」


 やってしまった、もう自分は食べられるんだと思って、ヘレナは目をつぶりました。

 しかしいつまでたっても、悪魔は何もしてきませんでした。おそるおそるヘレナは目を開きました。

 悪魔は困った顔で固まっていました。そして、「次は食ってやるからな」とだけ言うと、出ていきました。

 次の日も、ヘレナはうっかり笑ってしまいました。でもまた悪魔はヘレナを食べることができずに、悔しそうに部屋を出て行ってしまいました。

 悪魔はといえば、なぜヘレナを食べようとしても手が動かないのか不思議でたまりません。ヘレナが笑うのを見ていると、よくわからない不思議な気持ちになるのです。

 悪魔は今度こそ、と思い、一生懸命ヘレナの看病をしました。看病をしている間、何回もヘレナは笑顔を見せましたが、やっぱり悪魔はヘレナを食べることができません。

 ヘレナはそのうち、すっかり悪魔に心を許しました。悪魔は自分を食べたりしないと確信したのです。そして相変わらず、悪魔に角砂糖をあげていました。ヘレナがあげる角砂糖を嫌がっていた悪魔でしたが、だんだん何も言わなくなり、それどころかおいしいと思っているんじゃないかとヘレナは感じました。

 悪魔が一生懸命看病してくれたので、ヘレナはすっかり元気になりました。そしてそのころには、ヘレナは悪魔によく話しかけるようになっていました。いつも笑顔で話しかけました。それなのに、悪魔は食べようともしません。

 悪魔は、気がついたのです。自分が一生懸命看病したのは、もっとヘレナの笑顔が見たかっただけなのだと。ヘレナを食べることなんかできないと。ヘレナのくれる角砂糖は甘くて、人間の笑顔を長い間食べていなくて力の出ない悪魔に元気をくれるものでした。

 いつの間にか、ヘレナと悪魔はとても仲良しになっていました。お父さんとお母さんはびっくりしましたが、二人が楽しそうなのを見て、たいそう喜びました。

 しかし、とうとう悪魔は倒れてしまいました。ヘレナの笑顔を、食べなかったからです。


「しっかりして!」


 力なく横たわる悪魔に、ヘレナは涙を流しました。


「どうしたらいいの」


 そのとき、ヘレナは悪魔の羽だけがとても元気そうに、つやつやと光っているのに気づきました。

 ヘレナはナイフを持ってきて、黒い羽を切り落としました。なんとなく、そうすればいいような気がしたのです。

 切り落とされた羽は輝きを失ってしぼみ、かわりに悪魔の顔に色が戻ってきました。


「ヘレナ?」


 悪魔がもう一度起き上がって、自分の名前を呼んでくれて、ヘレナは嬉しくて悪魔に飛びつきました。

 羽を切り落とされた悪魔は、人間になりました。

 好物は、角砂糖。


 ヘレナと人間になった悪魔は、いつまでも幸せに暮らしました。


 


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