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最愛物語  作者: 吉田 幸一
7/15

第6話 学校の屋上で

「幸一さん、ご飯出来ましたよ。起きてください」

いつの間にか眠っていたようだ。

「結局、背を向けて寝ていましたよ」

そうか。やっぱりな。

今、八時だ。それにしても、よく早起き出来たな。流石早貴ちゃん。

「朝食と昼食は缶詰です」

確か冷蔵庫に張り付いているホワイトボードにそう書かれていたような。

「一応、缶詰は皿に移して温めました」

温かい方が好きらしい。

そういえば、今日は、「早く行って職員室で事件のことを話す」と言っていたな。

「私そろそろ行きますね。お弁当は、テーブルの上に置いておきました」

しっかりした良い子である。

俺は、早貴ちゃんが折角(電子レンジで)温めてくれた、「サンマの薄焼き」の缶詰をできるだけ早く食べることにした。

早貴ちゃんを玄関で見送り、ドアに鍵をかけた。

早貴ちゃんの時間割を見ると、体育が六限目にあった。

十六時にHR(ホームルーム)の後に、掃除があり、放課後となる。

俺があまり経験していない高校生活である。

俺は、自分の高校生活を思い出した。

二年生から零限課外から八限課外まであり、一八時五〇分に終わっていた。最後の課外を「ぶら下がり」と呼んでいた。

俺はそんなことを考えながら着替え、朝食を食べた。


OP



早貴ちゃん side


通学路は、圭ちゃん達と同じ道に変えた。

いつもと違う風景、そして……

「ん? 早貴ちゃんだ」

後ろから元気溌剌な声が聞こえる。

「あ、由里ちゃん……」

木田由里、私の幼なじみで、さっき曲がった所に住んでいる。

「珍しいね。早貴ちゃんがこっちを回っていくなんて」

由里ちゃんには話してもいいかな?

「お? 早貴じゃないか」

「おはようございます。中森さん」

後ろから、幼なじみの圭ちゃん、東圭一と高校のクラスメートの三谷美華が来た。

圭ちゃんの家は、少し遠く、七宮中学校よりも北の方に住んでいる。

因みに、私の家は七宮中学から南西にある。

三谷さんは、由里ちゃんの家の近くに住んでいる。

「四人で学校に行くのは初めてじゃないか?」

よく考えると、一緒に帰ったことはあるがその逆は初めてだった。

学校まで、世間話をしながら歩くと、案外早く着いた。


「全校集会があるので、一限目は講堂に行きます」

いきなりの出来事だった。

HRの冒頭で担任の基山美里先生が言い放った言葉に、教室全体が静まった。

「先週の金曜日に、この辺りで、指名手配の5人グループによる事件が起こりました」

……………


「それについての話があります」

みんなはどこまで知ってしまうのだろう?

「……………」

一瞬私と先生の目があった。

「幸い、被害にあった女性は生きていますが、心と体に深い傷を追っています」

「先生、その事件なら知っています。確か、一五才の女子高生が、意識不明の重体で、宮原病院に入院しているらしいですが」

一番後ろの山田さん。

「それなら、昨日の本州新聞に、被害者の家庭教師(二〇才)と一緒に退院したという記事が載っていました」

一番右後の茶菓本さん。

キーンコーンカーンコーン……という誰もが聞いたことがあるようなチャイムがなり、全員は基山先生の指示の下、教室の外に整列して講堂に向かった。勿論施錠をしてから。


校長の長い世間話は、今回はない。

単刀直入に話を始めた。

「先日の事件は……」

要は、出来るだけ一人では帰らないようにとのことだった。

そして、警察関係者の方から話があった。

「宮原署の田中です。今回の事件で犯人が全員事故死してしまい、動機などが聞き出せなかったのは、残念なことです。また、同じようなことが起こらないとも限らないのですから、皆さん十分注意してください」



模倣犯が現れるかもしれない、とのこと。

私と田中刑事の目が一瞬あった気がした。

「もし被害者に会ったら、優しく接してあげてください」

そう言って、田中刑事は出て行った。

「以上で緊急集会は終わります。二限以降は平常通り行います」



幸一 side

「早貴ちゃんって良い子だよな」

いきなり何だ、末本?

「料理上手で、可愛くて、優しいなんて、最高じゃないか」

「お前、この前まで同級生の、山本文華が好きだとか言っていたよな」

まあ、俺もそうだったが。

やっぱり、早貴ちゃんには人を惹きつける力(魅力)があるようだ。

「もう少し仲良くなりたいな」

「一応言っておくが、まだ一五才だからな。手を出したら犯罪だぞ。出した奴らはみんな死んだが」

「早貴ちゃんは元気か?」

大丈夫。少なくとも、朝は元気だったぞ。

合田と甲田が来た。

「昨日の昼飯うまかったな」

「また食べさせてくれないか?」

そう言われてもな……まあ、本人は好きで料理しているみたいだからいいか。

「頼んでみるよ」





早貴ちゃん side


昼休み、屋上で、いつもの四人で一緒に昼食を食べる。

先週と何も変わることもない日常。



しかし、どことなくいつもとは違っていた。

「早貴の弁当は今日は缶詰か?」

見れば分かる。サンマの薄焼きである。

薄く切ったサンマを焼いているのである。だから薄焼き。断じて蒲焼きではない。ここ重要。

「うん。ちょっと寝坊しちゃって」

圭ちゃんは早貴ちゃんの卵焼きを取った。サンマの薄焼きの汁が付いていて案外美味い。

「いつも、中森さんのお弁当を食べていますね」

三谷さんは何故か少々不機嫌。

「ちょっと、誤解しないでください。早貴はただの幼なじみなだけで、決してそういう関係になったという訳ではなく……」

ただの幼なじみ……何だか、少し寂しく感じるな。そんなに完全否定しなくても……

「ふふふ、分かっていますよ」

三谷さんは何だか楽しそう。

「そうだよ。圭一の嫁は私なんだぞ」

「そんなわけあるか!」

当然のごとく、ノータイムで返す圭ちゃん。

由里ちゃんと圭ちゃんの、このやりとりは昔から続いている。変わらない二人、そして、変わってしまった私。

少し距離感があるような気がする。私にも、由里ちゃんみたいに圭ちゃんと話したいな。

ううん、今日の放課後に、言うんだ。

きちんと自分の気持ちと事件のことを。



幸一さんは言ってくれた。

「圭ちゃんは幼なじみなんだろう? 付き合いが長いんだから、事件の傷くらいで君を嫌いになるわけがないじゃないか。君が犯罪者になったなら別だがな。そうじゃないだろう? 君は何も悪いことはしていないだろう? だったら堂々としていれば良いんだよ」

私は幸一さんのおかげで元気を取り戻した。

そう、私は中学の時からずっと圭ちゃんのことが好きだった。私はこの気持ちを伝えたい。

「圭ちゃん、放課後屋上に来て、話があるの」


回想


今から五年前、圭ちゃんと同じクラスになった。唯一の友達の由里ちゃんが引っ越して、同じクラスに友達がいなかった私にとって、それは大きな出来事だった。

「お前、いつも一人だな?」

その頃、お母さんが亡くなった頃で、落ち込んでいたからだろう。

「お前は笑った方が良いよ。えっと、中森さんだっけ?」

名札をチラチラ見ながら、圭ちゃんは私の名字を言う。

「早貴で良いよ。東君」

ははは。

「圭一で良いよ、早貴」

これが私と圭ちゃんの友達になった瞬間だった。

それからというもの、圭ちゃんは私と一緒にいることが多くなった。

また、圭ちゃんのおかげで、クラスのみんなと仲良くなれた。



圭ちゃんは、私が困っていると、いつも助けてくれた。

いつの間にか、圭ちゃんの存在が大きくなっていった。

圭ちゃんと出会わなかったら、私は友達が少なかっただろう。

中学で由里ちゃんと再会してからは、三人で一緒にいることが多くなった。

昼食を圭ちゃんと一緒に食べるようになったのは、中学生の頃からだった。

中学には給食はなく弁当だった。

私は自分で作った弁当を持って行き、由里ちゃんと一緒に、中庭か屋上で食べるのが日課になっていた。圭ちゃんも同じように一緒に食べるようになった。

「お前の弁当旨そうだな!」

という圭ちゃんに、卵焼きをあげた。

「美味い。早貴は料理上手だな。将来良いお嫁さんになれるよ」

といってくれてから、私は圭ちゃんのためのおかずも作るようになった。

そして、いつの間にか、私は圭ちゃんのことが好きになっていた。



HRが終わり、日直の圭ちゃんと三谷さんが教室に残った。

私は、すぐに屋上に向かった。


「待ったか?」

圭ちゃんは、やっと来てくれた。

「圭ちゃん……」

今にも抱きつきたくなる衝動を抑え、私は、話を始めた。

「圭ちゃんには、話しておくね。私……あの事件の被害者なの……」

……

「嘘だろ? 早貴が……」

私はセーラー服の後ろをめくり、包帯を見せた。

「まじかよ!」

私は頷く。




「よく俺に言えたな」

圭ちゃんは、驚きを隠せない。

「だから、体育は見学していたのか」

「圭ちゃん……私……」

我慢できずに、私は圭ちゃんに抱きついた。

「早貴……」

圭ちゃんは、抱いてくれない。私の肩に手を乗せて、右手で私の頭を撫でた。

「つらかっただろう、早貴……」

「うん……私、お嫁に行けるかな?」

「……正直言って難しいんじゃないか? その傷……」

「そうだよね……」

ひとしきり泣いた私は、胸が高鳴っていた。優しくしてくれる圭ちゃんを見上げて言った。

「圭ちゃん、私……圭ちゃんのこと、ずっと好きだった」

圭ちゃんはまたもや驚きを隠せなかった。

「圭ちゃん、こんな私で良かったら、付き合って……ください」

……沈黙が数秒間

「悪い、早貴……突然で、その、返事はまたいつかするよ」

「そう……うん、待っているよ」

こんな傷だらけの人なんか、誰が好きになってくれるだろうか……

圭ちゃんは優しいから、はっきり振ってくれないのかもしれない。

圭ちゃんは腕時計を見ながら別れを告げる。

「俺、用事あるから、じゃあな。早貴……」

圭ちゃんは走って階段を降りていく。

まるで私から逃げるように……

初恋はたぶん失恋だ。



私は、そこで、三〇分くらい泣き続けた。

その後、職員室に行った。

事件のことを話すために。

「そういうわけで、事件に巻き込まれたんですよ。彼女は……」

何故かそこには、田中刑事がいた。

「失礼します」

私が職員室に来るとは思っていなかった担任の先生達は、驚きを隠せなかった。

「あれ、どうしたんだ? 朝は元気いっぱいだったのに」

「なんでもないです」

そして、田中刑事は見ていたかのように言った。

「さっき屋上にいたよね。あいつに何か言われたのかい?」

「圭ちゃんは、悪くないです……悪いのは私の方です。こんな傷だらけの私なんかに告白されて……誰も、付き合ってくれないですよね」

要は失恋したようだ。と、みんな理解する。

「一番仲良しの圭ちゃんに、嫌われたんです。事件の話とこの傷の話をしたら……」

ただでさえ精神的に不安定な時に、失恋、しかも、事件で負った傷が原因なのだ。これは、心のケアが必要だ。

「誰か他に友達はいないのかい?」

担任も、何も言えない。クラスメートと仲良く話しているが、女子と圭一君だけだ。それに、何度も言うが、一番仲良しの圭一君に嫌われたんだ。望みは薄いだろう。


田中刑事は職員室を出て、電話をかけた。

「メモしておいて良かった」



幸一side


「またこの番号……はい、吉田です」

田中刑事から、早貴ちゃんが失恋したことを聞かされた。

『とりあえず、俺が彼女を家まで送るよ』

早貴ちゃんをひとりにしたら危ない、とのことだった。

「分かりました。出来るだけ早く帰ります」

帰る、という言葉も、慣れたものだ。

『それじゃ、帰るのは、いつ頃になるかい?』

「午後七時頃ですね。早貴ちゃんには、夕食を作って待っていてもらいたいです」

……

『分かった。君が帰るまで、俺がついておくよ』



午後七時頃、俺は中森家に帰宅した。

「ただいま~」

リビングに行くと、田中刑事が早貴ちゃん特製オムレツを食べていた。

「いや~なかなか旨いね。レストラン開けるよ。あ、免許がいるから、喫茶店なら大丈夫だよ」

よく分からん褒め言葉を頂いた早貴ちゃんは少し嬉しそうだった。

いつもなら、もっと喜ぶはずなのに……


田中刑事は夕食を食べ終えると、宮原警察署に戻った。

早貴ちゃんはやはり元気がない。

「幸一さん。今日も一緒に寝て頂けませんか?」

また教育上よろしくないことになってきた。

だが、今早貴ちゃんをひとりにしたら危ない。

「いいよ」

早貴ちゃんは、早速、部屋から枕を持ってきた。

「俺は少しやることがあるから、先に寝ててくれ」

「あ、パソコンですか?」

「興味ある?」

「実は、私パソコン使えないんです。中学の時、技術家庭の点数が、パソコンの時に一だったことがありまして……」

ははは。そういえば、俺の親友にもそんな人がいたような。

「いつか教えてあげるよ」

パソコンのパスワード入力画面で、saiaiと入力した。

デスクトップの画面は、どこかの景色だった。

「ここ、どこですか?」

早貴ちゃんは画面を指差して訊いた。

「門司港だね。夕方の写真だよ」

門司港……あれ? 気のせいかな?

「ここ、行ったことあります」

「そうなのか」

幸一の手が止まっていることに気が付いた。

「すみません。邪魔しちゃって……」

中森家にはパソコンが一つあるが、それは、真二さんの物で、早貴ちゃんは使わないらしい。

「先に寝ていますね」

 と言って、早貴ちゃんはベッドに横になった。

 もともと寝つきは良い方だから、蛍光灯を付けたままでも眠れるだろう。ただ、効率よく眠るためには、照明は消してから寝た方が良いと思う。


レポートが一段落したから、俺は俺の布団でぐっすりと眠っている早貴ちゃんの、可愛い寝顔を見た。

なんとも幸せそうな寝顔だ。せめて、夢の中だけでも、幸せでいてほしいと思った。

しかし、一時間後、早貴ちゃんが寝言を言い始めた。

「止めて……いや……」

どうやら、魘されているようだ。

「もしかしたら、事件のことが夢の中で再現されているのか?」

早貴ちゃんは時々震えている。

呼吸も激しくなって、汗をかいているようだ。

「助けて……圭ちゃん……幸一さん……」

早貴ちゃんに呼ばれて、俺は早貴ちゃんの横で添い寝して、頭を撫でてあげた。

「早貴ちゃん、俺はここにいる。もう大丈夫だよ」

声をかけると、早貴ちゃんは安心したかのように、呼吸が次第にゆっくりになっていった。

それを見計らって、俺はレポート作成を急いだ。

「幸一さん……」

寝言だ。

「圭ちゃん……そうだよね。こんな私なんか……」

なんだか、可哀想になってきた。

俺はレポートを作り終えた。

そして、振り返ると、早貴ちゃんが泣いていた。

寝ながら、泣いていた。

「早貴ちゃん……」

俺は胸が苦しくなってきた。

泣いている早貴ちゃんを、俺はもう見たくなかった。

だから……




俺は、早貴ちゃんの横で添い寝した。

早貴ちゃんの華奢な体を、震える肩を、傷ついた背中を、優しく抱いた。

「早貴ちゃん、大丈夫だよ。俺はここにいる」

頭を撫でる。

すると、早貴ちゃんは目を覚ました。

「幸一さん……」

早貴ちゃんは、自分が今優しく頭を撫で撫でしてもらっていることに気づき、頬を赤くした。

「ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」

「いや、今レポートが終わったところだよ」

モジモジ……

早貴ちゃんは口元を布団で隠している。

「うにゅ~~」

頭を撫でると、早貴ちゃんは時々こう言う。とても嬉しそうだ。

「幸一さん……そばにいていただけますか?」

あたりまえだ。クラッカーだ。

俺は頷いた。

「いいよ」

「なんだか、迷惑をかけているような気がします」

俺は、優しく頭を撫で撫でした。

「そんなことないよ。男ってさ、可愛い女の子と一緒に寝ると嬉しいものなんだよ」

頬がさらに赤くなった。

「わ、私……可愛いですか? 傷だらけですよ……」

傷なんて関係ない。どこをどう見ても、早貴ちゃんは……

「とても可愛いと思うよ」

モジモジ……

口元を布団で隠す。

「毎日一緒に寝てくれますか?」



「できるだけな」

「優しく、抱いてください。私は、それだけで良いです」

優しく抱いて寝た。

朝までずっと……



ED


次回予告

 

「みんな、事件のことを話している」

「圭ちゃんとはあまり話さなくなった」

「もう、元の関係には戻れないのかな?」


次回 最愛物語 第七話 「背中の傷」


「みんなの視線が気になるよ」








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