第6話 学校の屋上で
①
「幸一さん、ご飯出来ましたよ。起きてください」
いつの間にか眠っていたようだ。
「結局、背を向けて寝ていましたよ」
そうか。やっぱりな。
今、八時だ。それにしても、よく早起き出来たな。流石早貴ちゃん。
「朝食と昼食は缶詰です」
確か冷蔵庫に張り付いているホワイトボードにそう書かれていたような。
「一応、缶詰は皿に移して温めました」
温かい方が好きらしい。
そういえば、今日は、「早く行って職員室で事件のことを話す」と言っていたな。
「私そろそろ行きますね。お弁当は、テーブルの上に置いておきました」
しっかりした良い子である。
俺は、早貴ちゃんが折角(電子レンジで)温めてくれた、「サンマの薄焼き」の缶詰をできるだけ早く食べることにした。
早貴ちゃんを玄関で見送り、ドアに鍵をかけた。
早貴ちゃんの時間割を見ると、体育が六限目にあった。
十六時にHRの後に、掃除があり、放課後となる。
俺があまり経験していない高校生活である。
俺は、自分の高校生活を思い出した。
二年生から零限課外から八限課外まであり、一八時五〇分に終わっていた。最後の課外を「ぶら下がり」と呼んでいた。
俺はそんなことを考えながら着替え、朝食を食べた。
OP
②
早貴ちゃん side
通学路は、圭ちゃん達と同じ道に変えた。
いつもと違う風景、そして……
「ん? 早貴ちゃんだ」
後ろから元気溌剌な声が聞こえる。
「あ、由里ちゃん……」
木田由里、私の幼なじみで、さっき曲がった所に住んでいる。
「珍しいね。早貴ちゃんがこっちを回っていくなんて」
由里ちゃんには話してもいいかな?
「お? 早貴じゃないか」
「おはようございます。中森さん」
後ろから、幼なじみの圭ちゃん、東圭一と高校のクラスメートの三谷美華が来た。
圭ちゃんの家は、少し遠く、七宮中学校よりも北の方に住んでいる。
因みに、私の家は七宮中学から南西にある。
三谷さんは、由里ちゃんの家の近くに住んでいる。
「四人で学校に行くのは初めてじゃないか?」
よく考えると、一緒に帰ったことはあるがその逆は初めてだった。
学校まで、世間話をしながら歩くと、案外早く着いた。
「全校集会があるので、一限目は講堂に行きます」
いきなりの出来事だった。
HRの冒頭で担任の基山美里先生が言い放った言葉に、教室全体が静まった。
「先週の金曜日に、この辺りで、指名手配の5人グループによる事件が起こりました」
……………
③
「それについての話があります」
みんなはどこまで知ってしまうのだろう?
「……………」
一瞬私と先生の目があった。
「幸い、被害にあった女性は生きていますが、心と体に深い傷を追っています」
「先生、その事件なら知っています。確か、一五才の女子高生が、意識不明の重体で、宮原病院に入院しているらしいですが」
一番後ろの山田さん。
「それなら、昨日の本州新聞に、被害者の家庭教師(二〇才)と一緒に退院したという記事が載っていました」
一番右後の茶菓本さん。
キーンコーンカーンコーン……という誰もが聞いたことがあるようなチャイムがなり、全員は基山先生の指示の下、教室の外に整列して講堂に向かった。勿論施錠をしてから。
校長の長い世間話は、今回はない。
単刀直入に話を始めた。
「先日の事件は……」
要は、出来るだけ一人では帰らないようにとのことだった。
そして、警察関係者の方から話があった。
「宮原署の田中です。今回の事件で犯人が全員事故死してしまい、動機などが聞き出せなかったのは、残念なことです。また、同じようなことが起こらないとも限らないのですから、皆さん十分注意してください」
④
模倣犯が現れるかもしれない、とのこと。
私と田中刑事の目が一瞬あった気がした。
「もし被害者に会ったら、優しく接してあげてください」
そう言って、田中刑事は出て行った。
「以上で緊急集会は終わります。二限以降は平常通り行います」
幸一 side
「早貴ちゃんって良い子だよな」
いきなり何だ、末本?
「料理上手で、可愛くて、優しいなんて、最高じゃないか」
「お前、この前まで同級生の、山本文華が好きだとか言っていたよな」
まあ、俺もそうだったが。
やっぱり、早貴ちゃんには人を惹きつける力(魅力)があるようだ。
「もう少し仲良くなりたいな」
「一応言っておくが、まだ一五才だからな。手を出したら犯罪だぞ。出した奴らはみんな死んだが」
「早貴ちゃんは元気か?」
大丈夫。少なくとも、朝は元気だったぞ。
合田と甲田が来た。
「昨日の昼飯うまかったな」
「また食べさせてくれないか?」
そう言われてもな……まあ、本人は好きで料理しているみたいだからいいか。
「頼んでみるよ」
早貴ちゃん side
昼休み、屋上で、いつもの四人で一緒に昼食を食べる。
先週と何も変わることもない日常。
⑤
しかし、どことなくいつもとは違っていた。
「早貴の弁当は今日は缶詰か?」
見れば分かる。サンマの薄焼きである。
薄く切ったサンマを焼いているのである。だから薄焼き。断じて蒲焼きではない。ここ重要。
「うん。ちょっと寝坊しちゃって」
圭ちゃんは早貴ちゃんの卵焼きを取った。サンマの薄焼きの汁が付いていて案外美味い。
「いつも、中森さんのお弁当を食べていますね」
三谷さんは何故か少々不機嫌。
「ちょっと、誤解しないでください。早貴はただの幼なじみなだけで、決してそういう関係になったという訳ではなく……」
ただの幼なじみ……何だか、少し寂しく感じるな。そんなに完全否定しなくても……
「ふふふ、分かっていますよ」
三谷さんは何だか楽しそう。
「そうだよ。圭一の嫁は私なんだぞ」
「そんなわけあるか!」
当然のごとく、ノータイムで返す圭ちゃん。
由里ちゃんと圭ちゃんの、このやりとりは昔から続いている。変わらない二人、そして、変わってしまった私。
少し距離感があるような気がする。私にも、由里ちゃんみたいに圭ちゃんと話したいな。
ううん、今日の放課後に、言うんだ。
きちんと自分の気持ちと事件のことを。
⑥
幸一さんは言ってくれた。
「圭ちゃんは幼なじみなんだろう? 付き合いが長いんだから、事件の傷くらいで君を嫌いになるわけがないじゃないか。君が犯罪者になったなら別だがな。そうじゃないだろう? 君は何も悪いことはしていないだろう? だったら堂々としていれば良いんだよ」
私は幸一さんのおかげで元気を取り戻した。
そう、私は中学の時からずっと圭ちゃんのことが好きだった。私はこの気持ちを伝えたい。
「圭ちゃん、放課後屋上に来て、話があるの」
回想
今から五年前、圭ちゃんと同じクラスになった。唯一の友達の由里ちゃんが引っ越して、同じクラスに友達がいなかった私にとって、それは大きな出来事だった。
「お前、いつも一人だな?」
その頃、お母さんが亡くなった頃で、落ち込んでいたからだろう。
「お前は笑った方が良いよ。えっと、中森さんだっけ?」
名札をチラチラ見ながら、圭ちゃんは私の名字を言う。
「早貴で良いよ。東君」
ははは。
「圭一で良いよ、早貴」
これが私と圭ちゃんの友達になった瞬間だった。
それからというもの、圭ちゃんは私と一緒にいることが多くなった。
また、圭ちゃんのおかげで、クラスのみんなと仲良くなれた。
⑧
圭ちゃんは、私が困っていると、いつも助けてくれた。
いつの間にか、圭ちゃんの存在が大きくなっていった。
圭ちゃんと出会わなかったら、私は友達が少なかっただろう。
中学で由里ちゃんと再会してからは、三人で一緒にいることが多くなった。
昼食を圭ちゃんと一緒に食べるようになったのは、中学生の頃からだった。
中学には給食はなく弁当だった。
私は自分で作った弁当を持って行き、由里ちゃんと一緒に、中庭か屋上で食べるのが日課になっていた。圭ちゃんも同じように一緒に食べるようになった。
「お前の弁当旨そうだな!」
という圭ちゃんに、卵焼きをあげた。
「美味い。早貴は料理上手だな。将来良いお嫁さんになれるよ」
といってくれてから、私は圭ちゃんのためのおかずも作るようになった。
そして、いつの間にか、私は圭ちゃんのことが好きになっていた。
HRが終わり、日直の圭ちゃんと三谷さんが教室に残った。
私は、すぐに屋上に向かった。
「待ったか?」
圭ちゃんは、やっと来てくれた。
「圭ちゃん……」
今にも抱きつきたくなる衝動を抑え、私は、話を始めた。
「圭ちゃんには、話しておくね。私……あの事件の被害者なの……」
……
「嘘だろ? 早貴が……」
私はセーラー服の後ろをめくり、包帯を見せた。
「まじかよ!」
私は頷く。
⑨
「よく俺に言えたな」
圭ちゃんは、驚きを隠せない。
「だから、体育は見学していたのか」
「圭ちゃん……私……」
我慢できずに、私は圭ちゃんに抱きついた。
「早貴……」
圭ちゃんは、抱いてくれない。私の肩に手を乗せて、右手で私の頭を撫でた。
「つらかっただろう、早貴……」
「うん……私、お嫁に行けるかな?」
「……正直言って難しいんじゃないか? その傷……」
「そうだよね……」
ひとしきり泣いた私は、胸が高鳴っていた。優しくしてくれる圭ちゃんを見上げて言った。
「圭ちゃん、私……圭ちゃんのこと、ずっと好きだった」
圭ちゃんはまたもや驚きを隠せなかった。
「圭ちゃん、こんな私で良かったら、付き合って……ください」
……沈黙が数秒間
「悪い、早貴……突然で、その、返事はまたいつかするよ」
「そう……うん、待っているよ」
こんな傷だらけの人なんか、誰が好きになってくれるだろうか……
圭ちゃんは優しいから、はっきり振ってくれないのかもしれない。
圭ちゃんは腕時計を見ながら別れを告げる。
「俺、用事あるから、じゃあな。早貴……」
圭ちゃんは走って階段を降りていく。
まるで私から逃げるように……
初恋はたぶん失恋だ。
⑩
私は、そこで、三〇分くらい泣き続けた。
その後、職員室に行った。
事件のことを話すために。
「そういうわけで、事件に巻き込まれたんですよ。彼女は……」
何故かそこには、田中刑事がいた。
「失礼します」
私が職員室に来るとは思っていなかった担任の先生達は、驚きを隠せなかった。
「あれ、どうしたんだ? 朝は元気いっぱいだったのに」
「なんでもないです」
そして、田中刑事は見ていたかのように言った。
「さっき屋上にいたよね。あいつに何か言われたのかい?」
「圭ちゃんは、悪くないです……悪いのは私の方です。こんな傷だらけの私なんかに告白されて……誰も、付き合ってくれないですよね」
要は失恋したようだ。と、みんな理解する。
「一番仲良しの圭ちゃんに、嫌われたんです。事件の話とこの傷の話をしたら……」
ただでさえ精神的に不安定な時に、失恋、しかも、事件で負った傷が原因なのだ。これは、心のケアが必要だ。
「誰か他に友達はいないのかい?」
担任も、何も言えない。クラスメートと仲良く話しているが、女子と圭一君だけだ。それに、何度も言うが、一番仲良しの圭一君に嫌われたんだ。望みは薄いだろう。
⑪
田中刑事は職員室を出て、電話をかけた。
「メモしておいて良かった」
幸一side
「またこの番号……はい、吉田です」
田中刑事から、早貴ちゃんが失恋したことを聞かされた。
『とりあえず、俺が彼女を家まで送るよ』
早貴ちゃんをひとりにしたら危ない、とのことだった。
「分かりました。出来るだけ早く帰ります」
帰る、という言葉も、慣れたものだ。
『それじゃ、帰るのは、いつ頃になるかい?』
「午後七時頃ですね。早貴ちゃんには、夕食を作って待っていてもらいたいです」
……
『分かった。君が帰るまで、俺がついておくよ』
午後七時頃、俺は中森家に帰宅した。
「ただいま~」
リビングに行くと、田中刑事が早貴ちゃん特製オムレツを食べていた。
「いや~なかなか旨いね。レストラン開けるよ。あ、免許がいるから、喫茶店なら大丈夫だよ」
よく分からん褒め言葉を頂いた早貴ちゃんは少し嬉しそうだった。
いつもなら、もっと喜ぶはずなのに……
⑫
田中刑事は夕食を食べ終えると、宮原警察署に戻った。
早貴ちゃんはやはり元気がない。
「幸一さん。今日も一緒に寝て頂けませんか?」
また教育上よろしくないことになってきた。
だが、今早貴ちゃんをひとりにしたら危ない。
「いいよ」
早貴ちゃんは、早速、部屋から枕を持ってきた。
「俺は少しやることがあるから、先に寝ててくれ」
「あ、パソコンですか?」
「興味ある?」
「実は、私パソコン使えないんです。中学の時、技術家庭の点数が、パソコンの時に一だったことがありまして……」
ははは。そういえば、俺の親友にもそんな人がいたような。
「いつか教えてあげるよ」
パソコンのパスワード入力画面で、saiaiと入力した。
デスクトップの画面は、どこかの景色だった。
「ここ、どこですか?」
早貴ちゃんは画面を指差して訊いた。
「門司港だね。夕方の写真だよ」
門司港……あれ? 気のせいかな?
「ここ、行ったことあります」
「そうなのか」
幸一の手が止まっていることに気が付いた。
「すみません。邪魔しちゃって……」
中森家にはパソコンが一つあるが、それは、真二さんの物で、早貴ちゃんは使わないらしい。
「先に寝ていますね」
と言って、早貴ちゃんはベッドに横になった。
もともと寝つきは良い方だから、蛍光灯を付けたままでも眠れるだろう。ただ、効率よく眠るためには、照明は消してから寝た方が良いと思う。
⑬
レポートが一段落したから、俺は俺の布団でぐっすりと眠っている早貴ちゃんの、可愛い寝顔を見た。
なんとも幸せそうな寝顔だ。せめて、夢の中だけでも、幸せでいてほしいと思った。
しかし、一時間後、早貴ちゃんが寝言を言い始めた。
「止めて……いや……」
どうやら、魘されているようだ。
「もしかしたら、事件のことが夢の中で再現されているのか?」
早貴ちゃんは時々震えている。
呼吸も激しくなって、汗をかいているようだ。
「助けて……圭ちゃん……幸一さん……」
早貴ちゃんに呼ばれて、俺は早貴ちゃんの横で添い寝して、頭を撫でてあげた。
「早貴ちゃん、俺はここにいる。もう大丈夫だよ」
声をかけると、早貴ちゃんは安心したかのように、呼吸が次第にゆっくりになっていった。
それを見計らって、俺はレポート作成を急いだ。
「幸一さん……」
寝言だ。
「圭ちゃん……そうだよね。こんな私なんか……」
なんだか、可哀想になってきた。
俺はレポートを作り終えた。
そして、振り返ると、早貴ちゃんが泣いていた。
寝ながら、泣いていた。
「早貴ちゃん……」
俺は胸が苦しくなってきた。
泣いている早貴ちゃんを、俺はもう見たくなかった。
だから……
⑭
俺は、早貴ちゃんの横で添い寝した。
早貴ちゃんの華奢な体を、震える肩を、傷ついた背中を、優しく抱いた。
「早貴ちゃん、大丈夫だよ。俺はここにいる」
頭を撫でる。
すると、早貴ちゃんは目を覚ました。
「幸一さん……」
早貴ちゃんは、自分が今優しく頭を撫で撫でしてもらっていることに気づき、頬を赤くした。
「ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
「いや、今レポートが終わったところだよ」
モジモジ……
早貴ちゃんは口元を布団で隠している。
「うにゅ~~」
頭を撫でると、早貴ちゃんは時々こう言う。とても嬉しそうだ。
「幸一さん……そばにいていただけますか?」
あたりまえだ。クラッカーだ。
俺は頷いた。
「いいよ」
「なんだか、迷惑をかけているような気がします」
俺は、優しく頭を撫で撫でした。
「そんなことないよ。男ってさ、可愛い女の子と一緒に寝ると嬉しいものなんだよ」
頬がさらに赤くなった。
「わ、私……可愛いですか? 傷だらけですよ……」
傷なんて関係ない。どこをどう見ても、早貴ちゃんは……
「とても可愛いと思うよ」
モジモジ……
口元を布団で隠す。
「毎日一緒に寝てくれますか?」
⑮
「できるだけな」
「優しく、抱いてください。私は、それだけで良いです」
優しく抱いて寝た。
朝までずっと……
ED
次回予告
「みんな、事件のことを話している」
「圭ちゃんとはあまり話さなくなった」
「もう、元の関係には戻れないのかな?」
次回 最愛物語 第七話 「背中の傷」
「みんなの視線が気になるよ」