表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最愛物語  作者: 吉田 幸一
6/15

第5話 退院

はあ、はあ、

少女は走る。暗い夜道を独りで……

まるで何かから逃げるかのように。

その時、一筋の光が差した。

「私を呼ぶ声が聞こえた気がした……」

光の差す方に走っているはずなのに、少しも近付かない。

まるで、少女の足元の地面は走っている方向とは逆に動いているようだ。

少女は、ケイスケとの出会いを夢で見た。

そして、目を疑った。

目の前の光が強くなったと思ったら、人型になった。

少女はそれが誰なのか分かった。

「ケイスケさん!」

少女は差し出された手を握りしめた。


OP


「ご安心ください。もう命に別状はありませんよ」

医者からそう言われた吉田幸一と田中刑事は泣きながら喜んだ。

中森早貴は、病室に運ばれた。

未だに意識不明である。

今日は金曜日、しかし、あと一時間くらいで、土曜日になる。

約5時間手術が行われていたが、たった今終わったのだ。

「早く目を覚ましてくれよ、早貴ちゃん……」

田中刑事から、ずっとそばにいるように言われた。

「目を覚ましたら、何をするか分からないからな。事件のショックで自殺する可能性も十分ある。ある程度親しい人がそばにいた方が良い」

幸一はそれからずっと、丸1日生理的なこと以外では離れなかった。


②幸一side


時々頭を撫でてあげた。

早貴ちゃんはそれが、好きなようだから……

俺にはそうすることしかできなかった。

それが、悔しかった。

そして、夕食後、早貴ちゃんの頭を撫でていたら、ベッドの用意をしに、看護師さんが来た。

「目が覚めたら、すぐに知らせてくださいね」

と言い残し、病室を出て言った。


深夜、幸一はいつの間にか眠ってしまっていた。

仕方がない。なぜなら、幸一は多少無理をしていたから。

「血を抜きすぎたか……」

通常では有り得ない量の血液を抜いたのだ。

約1400cc。成人男性は1500cc位を一気に抜くと死ぬと言われ、ギリギリまで抜いてくれと医者に頼んだ。

幸一はそうまでしてでも、早貴ちゃんを助けたかったのだ。

気付けば、頭の上に何か乗っていた。


「ん……」

幸一が目をあけると。

頭の上に乗っているものが分かった。

早貴ちゃんの手だった。

「ふふふ、いつものお返しです」

とでも言うと思ったが、ただ寝返りを打っただけで……ということは……今はただ眠っている状態か?

「う、や、やめて……」

突然早貴ちゃんが寝言を言い始めた。

「痛い…イタい…いたい…やめ、て……」

相当魘されているようだ。

「助、けて…圭ちゃん……幸一さん……」

これを何度か繰り返した。


幸一は早貴ちゃんを揺すって起こそうとした。

すると、早貴ちゃんは目を覚ました。

「いやぁ~~!」

幸一は手を払いのけられることなく、頬を叩かれた。

早貴ちゃんの「はたく攻撃」

幸一のHPに20のダメージ。

こうかバツグンだ。

「はあはあ……」

「う……」

…………

「痛いよ、早貴ちゃん」

落ち着いた早貴ちゃんだったが、自分がしたことを思い出したようで、ひどく動揺している。

「こ、幸一さん……ご、ごめんなさい」

「いや、気にしなくて良いよ」

早貴ちゃんは胸と背中に痛みを感じながら、幸一に支えられながら、上半身を起こした。

「私、左胸を刺されたのに、どうして生きているんですか……」

誰だって疑問を持つだろう。

「どうして……、死ななかったんだろう……」

幸一は気付いた。これはただの疑問ではない……

「死にたい……、こんな傷だらけで、穢れている人なんて、誰も……」

「早貴ちゃん……」

早貴ちゃんは病室の窓を開けた。

涼しい風が病室に入ってくる。

白いカーテンが揺れる。

換気は大切だ、というわけではなく、おそらく飛び降り自殺をしようとしているんだろう。

「早貴ちゃん!」

「幸一さん……短い間でしたけれど、今までありがとうございました」



早貴ちゃんは、幸一の方を見ながら、後ろに、つまり窓の外へ倒れていった。

幸一は間に合わないと思ったが急いで窓際まで走った。

「早貴ちゃん、だめだ……」

しかし、言い終わる前に、早貴ちゃんは窓の向こう側に頭から落ちていった。

窓の外で、ボフッという音がした。

カーテンをめくると、向こうの方に、田中刑事が立っていた。

「早貴ちゃん大丈夫? ここ一階だよ。頭打ってない?」

早貴ちゃんはマットの中で埋もれていた。

田中刑事が敷いていたのだろう。

「な? 言った通りだろう。病室は1階の方が良いって」

そう、ここは一階。

つまり、早貴ちゃんには飛び降り自殺はできなかった。

「早貴ちゃん……」

早貴ちゃんはマットの上で泣いていた。

幸一もマットの上に乗って、早貴ちゃんの頭を撫でた。

「死なせてください!」

こればっかりは一生のお願いでも聞くわけにはいかない。

「嫌だ」

「どうして……死なせて~~」

こういう時の対処法は……

①キスをする

②抱いてあげる。

③接吻をする。

④マットに押し倒し、説得する。

⑤その他。

俺は⑤を選ぶ。


早貴ちゃんの頬を思いっきりひっぱたいた。

「はあ、はあ……」



たったこれだけのことで俺の息はあがってしまった。

まだ回復しきれていないようだ。

手で叩かれた頬に手を当てることもせず、座って俯く早貴ちゃん……

俺に叩かれるなんて思わなかっただろう。放心状態になった。

「痛い?」

当然だろう。

「死んだら、こんな痛みや悲しみ、苦しみなんてものは感じないだろう」

何も反応せず、俯いたまま涙を流し続ける早貴ちゃん……

「でも……」

俺は早貴ちゃんの横に座り、優しく抱いた。

「優しさや暖かさ、幸せなものも全て感じなくなってしまうんだよ」

早貴ちゃんの体は冷え切っていた。おそらく心もだろう。

「折角生き残ったんだ。精一杯生きてくれよ」

「ごめんなさい……」

幸一は早貴ちゃんの頭を撫で撫でした。

「はい、もう死にたいなんて言いません」

「うん」

頬を優しくさすってあげた。

「ごめん。痛かったろう? あまり慣れていなくて、加減が分からないんだよ。それに、女の子の顔なのに、本当にごめん」

「いいです。気にしてないです。この痛みは幸一さんの、優しさなんですね」

幸一は安心したのか気が遠くなった。力が入らない。

「え、幸一さん?」

俺の意識はすぐにブラックアウトした。

俺は早貴ちゃんを押し倒したらしい。

あとのことは覚えていない。



気が付いたら、病室のベッドで寝ていた。

「幸一さん、目が覚めたんですね。良かった」

早貴ちゃんがすぐとなりにいた。

「だから言っただろう? 心配する必要はないって」

その後ろに田中刑事が立っていた。

「心配かけてごめん」

「いえ、幸一さんは悪くありませんよ。田中刑事さんから聞きました。幸一さんが私に血を提供してくれたんですよね? 本当にありがとうございました」

早貴ちゃんが感謝してくれた。もう、自殺はしないだろう。

因みに、田中刑事の名前は圭二だよ。

それにしても、犯人は今頃どこを逃げているのだろう?

「ああ、その件だが、全員事故死した」

田中刑事、今さらりと重要なことを言いましたよね?

「俺の仲間と追いかけっこしていたら、急カーブを曲がりきれずに、谷に転落したんだ。

全員即死だったようだ」

恨む相手がいないというのは、生きる目的のひとつを失ったのも同然だが、今の早貴ちゃんには、そんなことはあまり関係ないようだ。事件のことを忘れようとはしてみたが、心の傷はなくなるわけではない。

「次の犠牲者は現れないのですから、良かったです」

早貴ちゃんはいつも自分よりも他人を優先する。

控えめで優しい性格の良い子だ。

「全員亡くなったなら、もう裁きを受けたんです。もう、これで・・・・・・いいんです」

事件は思わぬ事態で幕を下ろした。

と思われたが、早貴ちゃんにとっては、一生終わらないのである。

一生、心の傷は消えないのである。

早貴ちゃんは、傷が治ると信じていた。いや、信じるしかなかった。もし、こんな大きな目立つ傷が残れば・・・・・・そんなことは考えないようにした。

物事はいつも良い方に考えることにしている。

「うん、ちゃんと傷は治るよね」

そう思い続けることにした。


「病院食は不味いと聞いていたが……」

「確かに、私の料理に比べれば……ですね」

早貴ちゃんの料理は大学の食堂の料理と 互角くらいだろう。

「先生から今日は様子を見た方が良いと言われました」

因みに今日は土曜日。

「明日、退院出来るそうです。ただ激しい運動をすると、傷が開くことがあるようです」

夜、早貴ちゃんは魘されていた。犯人は全員事故死したというのに……



早貴ちゃんを揺すって起こすことを繰り返した。

「はあ、はあ……」

「よく眠れないようだな」

早貴ちゃんは時計を見て、本当に済まなそうに

「起こしてごめんなさい」

と、繰り返した。

「気にしなくていい」

「となりで寝てもらえませんか?」

今何か言ったか?

「手を繋いで寝てもらえませんか?」

「良いよ」

早貴ちゃんから隣で寝てほしいと頼まれたら、拒む人はいないだろう。

俺は、早貴ちゃんの手を握りしめ、寝た。


気付いたら、朝になっていた。

どうやら、早貴ちゃんは魘されなかったようだ。

今もよく眠っている。

寝顔も可愛い。

ずっとこのまま寝ていてもいいな、と思ったが、もうすぐ朝食の時間だ。

つまり、看護師さんが朝食を持ってくるのである。

早貴ちゃんの頭を撫でると、目を覚ました。

「おはようございます。幸一さん……」

体を起こす手伝いをするが背中の傷に触れてしまう。

「う……」

少し顔をしかめただけで……幸一に文句を言うことはなかった。

「ごめん。痛かった?」

その時、幸一はドアの向こう側で人の気配を感じ取った。

「だ、大丈夫です……」


その時、ドアの向こう側にいた医師、山中昌平はあらぬことを想像した。



ドアの外から様子を伺っていた。

「早貴ちゃん、ごめん」

「いえ、気にしないでください。幸一さんには、触られても平気です」

「そうか……まあ、今度からできるだけ優しくするよ」

………………

山中昌平は、ドアをノックした。

「食事を持ってきたよ」

ドアを開けると、そこには仲睦まじい、兄妹のような、恋人のような、二人がいた。

一つのベッドに腰掛けて……


昼間は早貴ちゃんの包帯を一度取って、すぐに、消毒して(染みる)、傷が塞がっていることを確認して、新しい包帯を巻いた。

そして、病室に戻ると、勉強を始めた。カバンの中身は無事で、何も盗まれていなかった。

俺は隣で勉強を教えていた。夜までずっと勉強をしつづけた。俺は早貴ちゃんの頭を撫でた。その度に、早貴ちゃんは本当に嬉しそうに微笑む。

しかし、医師から聞かされた一言で、早貴ちゃんは、再び夜な夜な泣くことになった。

「どんなに治療しても、傷跡は残るだろう」

早貴ちゃんにとっての最後の砦は跡形もなく崩れ去った。

特に嫁入り前の女性にとって、さらに年頃の少女にとって、こんなに大きな傷跡があることは、男性と付き合うのに、不都合というより、文字通り致命傷である。




そのことを理解したのか、

「私、もうお嫁に行けません」

と泣き続けた早貴ちゃんを安心させようと、

「大丈夫だよ。君には幼なじみの圭ちゃんがいるんだろう? 付き合いが長いんだから、それくらいの傷、大丈夫だよ」

と俺は言った。

早貴ちゃんは俺の言うことを信じる。信じるしかなかった。

もし、東圭一君が早貴ちゃんと付き合ってくれなかったら、その時は……

いや、今はそんなことを考えるのはよそう。


やはり、病院の食事は慣れないものだ。実際俺は入院をしたことがなかった。その入院生活は終わった。

早貴ちゃんの背中と胸の傷は縫ってあり、傷は塞がっているが、激しい運動をすると、開いてしまうことがある、と医師から再び忠告された。

入り口で、医師や看護師に見送られながら、早貴ちゃんと俺は退院した。いや、しようとした。

しかし、そんな時、外が騒がしくなった。

「ここに、例の連続集団強姦殺人事件の最後の被害者が入院しているようですが……」

マスコミだった。

昨日には、指名手配犯が全員事故死したという報道があったから、そろそろ来るのではないかと思ったが、早過ぎだ。

「病院では静かにしてください」

と医師や看護師は言ったが、



明らかに服装が不自然な早貴ちゃんを見つけ、マスコミは寄ってきた。

早貴ちゃんは今、俺が家(紅葉荘)から持ってきた服、つまり俺の服を着ている。

ベルトを締めているから、ズボンは落ちないが、さすがに、半袖のカッターシャツは大きすぎるのが分かるか。

「あの、例の連続集団強姦殺人事件の被害者ですよね。事件の唯一の生存者として、何か一言」

「犯人は全員事故死したようですが、お気持ちを聞かせてください」

「隣の人とのご関係は?」

「胸をナイフで突かれていたようですが、助かったのは何故ですか?」

早貴ちゃんは、突然の出来事で混乱した。

「え、えっと、隣にいるのは、家庭教師の幸一さんで、命の恩人です」

こら、名前を明かすな。

「幸一さんが私にくれた御守りのおかげで助かったんです。あと、血を提供してもらって……」

「家庭教師の幸一さんに聞きます。二人の出会いは?」

何故そんなことを聞く?

「偶然」

嘘ではない。

「何故助けたのですか?」

「人として当たり前」

俺は適当に受け流した。

すると、病院に車が入ってきた。

やっと来たか……

「悪い吉田、少し遅れた」

ああ悪いのはお前だ。今ので、俺が吉田幸一だとフルネームでバレただろうが。



「吉田幸一さんに聞きます」

は、誰? 吉田幸一って? なんて通用しないだろう。

早貴ちゃんの方を見ると、そろそろ限界のようだ。

早貴ちゃんの手をつかんで俺は走り出した。

そして、呼んでおいた末本の車に乗り、マスコミから逃げた。


「来てくれたことは礼を言うが、お前のせいで吉田幸一ってバレたぞ」

「悪い吉田。いや~名前の方で呼ばれているなんて思わなくてね」

「お友達ですか?」

「ああ、俺は末本一貴。本州大学農学部の3年生だ。こいつとは、コースが違うから、2年からちょっと違う講義を受けているよ」

と、言っても伝わらないだろうから、フォローしておく。

「まあ、クラスが違うようなものだ」

「はあ……そうですか」

マスコミから逃げられたが、さて、これからどうしよう。

「とりあえず、家まで送るよ。あとは、そうだな……俺の家で暇を潰すと良いよ」

……まあ、大丈夫だろう。

これから昼食の時間帯だ。マスコミをかいくぐるには、末本の家は丁度良い。

 一度中森家に行って、早貴ちゃんに一度着替えてもらって……すぐに末本の車に乗った。

末本の家は大学の近くで、商店街の裏のアパートだった。

「吉田から聞いているんだが、料理上手なんだよね」




「おい、怪我人に料理させるなよ……」

と言う前に、早貴ちゃんはエプロンを着けて、冷蔵庫の中を見た。

どうやら、料理をするのが好きなようだ。

「オムライスでいいですか?」

「何でも良いよ」

「分かりました」

早貴ちゃんはフライパンに人参と玉ねぎとを入れ炒め始めた。

鶏肉を入れて、更に炒める。

早貴ちゃんは楽しそうだ。

一方、俺達の方は……

「彼女色々大変だな」

恐らく、早貴ちゃんは料理に集中しているのは、これからのことを考えないようにするためだろう。

「マスコミがいたが、正体バレてないよな? 彼女の学校で噂になったら……」

最悪の事態も考えられる。

運が良ければ、みんなが今まで通り仲良く接してくれるだろうが……

「まあ、最悪の事態は防げるだろう。早貴ちゃんはあの性格だから、敵は少ないだろうし」

「いや、あの優しさが逆に……」

確かに、早貴ちゃんは頼まれたことはできるだけやろうとする性格だ。

頼まれることが極端に多くなっても、イジメに気付かないだろう。

「まあ、俺は今まで通り接するよ。心配いらないと思う」

早貴ちゃんは仕上げにかかっている。盛り付けの段階だ。

「オムライス出来ましたよ」



テーブルというより、炬燵机の上に置かれた、湯気が出ているオムライスは、美味しそうだ。

「久しぶりに早貴ちゃんの料理を食べるよ」

不思議だ。早貴ちゃんの料理には、食べた人を幸せにする力があるようだ。

「美味い。想像以上だ」

「こいつ、俺の早貴ちゃん特製弁当を横から摘み食いしたんだ」

ある日の昼休みの話をした。

「良いお嫁さんになれるよ」

適当に言いやがって、と言おうとしたが、

「あ、ありがとうございます」

早貴ちゃんが喜んでいるので、言わなかった。

「早貴ちゃんは好きな人いるのか?」

え?

「え?えっと、あの……」

早貴ちゃんは俺をチラチラと見る。

「なんだ、吉田のことが好きなのか? 良かったな、吉田……」

はあ、と溜め息をついて、

「早貴ちゃんには、東圭一という幼なじみの想い人がいるんだよ」

と、俺は言った。

「えっと、はい、私は圭ちゃんのことが好きです」

「そうか、吉田じゃないのか」

末本は俺の肩を叩いて、残念だったな、と言った。

「ただ、私のこと、好きになってくれるか分からないです。圭ちゃんはクラスメートの三谷さんのことが好きですから」

三谷美華について、話始める。



「私とは比べものにならないほどナイスバディですから。圭ちゃんは私のこと、ただの幼なじみにしか思ってないと思います。それに、傷だらけの私なんか、好きになってくれるでしょうか?」

湿っぽい話になったな。

沈黙が部屋中を支配した。

その時、インターホンがなった。

「あいつらが来たようだ」

あいつら? ちょっとまて? 合田と甲田が来たのかよ。


「よう! 今から遊ぼうぜ?」

中に入ったら、中学生にも見える少女が座っていることに気が付いたらしい。

「おい、まさか、遊ぶってそっちかよ!? 犯罪だろう? このロリコン末本!!」

盛大に勘違いしているようだ。

当の本人は会話が分からないようだ。遊ぶ? 犯罪?

説明はしない方が良いだろう。実際その犯罪の被害者だから。

「盛大に勘違いしているようだが? 更に勘違いさせてやる。早貴ちゃんと一緒に遊んでくれないか?」

ここまで、言われれば、流石に気付くだろう。

「ああ、家庭教師の生徒か……」

「ということは、フライパンの中身は……」

二人は少々多めに作っていた、早貴ちゃん特製チキンライスに目がいった。

「なんか二人分、残っているような気がするが……」

「おう、ちゃんと作ってもらっているよ」



なるほど、だから5人分作ってもらったのか。

にしても、この男女比は何だ? 4対1かよ。

早貴ちゃんは卵を焼き始めた。

チキンライスの上に薄焼き卵を乗せて、オムライスができる。

何故か二人はスプーンを持って炬燵机で待ちかまえている。皿を置かれたら、すぐに二人は食べ始めた。

「美味い……モグモグ……流石だ」

何度も言うが、口に物を入れたまま喋るな、合田。

「昼飯ご馳走してやるから遊びに来い、って言われて来てみたら、早貴ちゃん特製料理を食べられるとは思わなかったよ。」

俺は、ふと思う。

被害にあって、一生消えない傷を負って、落ち込んでいる早貴ちゃんに、自信をつけさせるために、末本が考えたのか、と。

俺の思考を読んだのか、末本が親指を伸ばしたグーをして見せた。

俺はVサインをした。

お前達には負けたよ、というサインも含んでいることは、気付かないだろう。

やはり、持つべきはこういう友達だな。

こんな思惑をしってか知らずか、早貴ちゃんは、みんなに微笑んだ。

「喜んで頂いて、嬉しいです。こんな私でも、お役にたてるんですね」




早貴ちゃんの笑顔は「これが笑顔の手本です」というようなもので、どんな凶器よりも強力な武器だと思った、魅了という意味で。

俺は、早貴ちゃんを、この笑顔を守ろうと思った。

早貴ちゃんはやはり、笑顔が一番だ。

ずっと笑っていてほしいと思った。


早貴ちゃんは、皿洗いまでした。

その間、俺達はトランプを四人でしていた。

五人になると、大富豪は、カードが少なくなるから、赤と黒の同じ大きさ、同じメーカーのトランプを混ぜて使うことにしている。

「一〇人でトランプしたことあるか?」

そんな経験をしたことがある人はこの中にはいなかった。

そこで、自慢話が始まった。一番大勢でトランプをした者は誰だ?

「そういえば、中学の修学旅行の時に、八人部屋だったから、一〇〇均で買った赤黒青のトランプを持って行った。案外白熱していたよ。一六二枚を八人で。特殊ルールで、革命は四枚以上、八枚出すと、変化なし。スペードの3はジョーカーより強い。最後はシングルで、最強カードと8以外でしか上がれない縛りとか」

「そういえば、大富豪のルールって、地域で色々あるよな」

「それ以外に、特殊ルールを設けることもある」

「ダウトと組み合わせるものもあったな」



因みに、ダウトはI doubt it.の略。座布団(ダウトに聞こえる)は関西圏のみ。

「バレたら最弱カードを出ているカードから一枚拾って、不正分を戻す。お手つきだと、最強カードを一枚捨てるか最弱カードを一枚拾うことになる」

なんという特殊ルールだ。聞いたことがない。

そんな話をしていたら、早貴ちゃんが皿洗いを終えて、俺の横にちょこんと座った。

「さて、始めようか」

大富豪を、『階段なし。縛りなし。最強カード、8切り終了なし。スペ3返しあり。裏が赤のカードのダイヤの3を持っている人が、最初から好きなカードを出して良い。革命は四枚以上。八枚以上は変化なし。最後はシングル』というルールで始めた。

早貴ちゃんはカードの整理にてこずっている。

「ダイヤの3は誰?」

末本、急かすな。

「あ、俺だった」

合田はいきなり5の四枚で革命をした。

「ははは、返せないだろう」

俺は4を四枚出して革命返しをした。

「あ、えっと、パスです」

早貴ちゃんはパス。

パス……パス……パス……、結局流れた。

みんな、早貴ちゃんに優しくしようよ。

「3」

早貴ちゃんは4を出す。

「4です」

早貴ちゃんと一緒に遊ぶことで、早貴ちゃんを元気付けた。




午後7時、早貴ちゃんは夕食を作り始めた。

ポテトサラダと、味噌汁、ご飯、豚肉の生姜焼き。

炬燵机と折りたたみテーブルの上に料理が並んだ。

「ポテトサラダは、冷蔵庫に作り置きしておきました。朝食にパンに挟んで食べてください」

「いいな~。末本ばっかり」

「いや、一番いいのは、吉田だな。毎日食べているんだろう? 早貴ちゃんの料理」

まあ、ほぼ毎日。

「羨ましい。こんな良い女の子と一つ屋根の下で暮らしているなんて……」

誤解を招くようなことを言うな。

早貴ちゃんは、そんな……と言って照れて何も言えなくなった。

「ゆっくり味わって食べろよ」

「ああ、美味い」

生姜焼きの横に置かれているキャベツが肉汁と生姜を吸って良い味がする。豚肉をかじると、肉汁が溢れ出す。

ご飯が進んで、お代わりをする。その度に、早貴ちゃんは茶椀を、もしくはその代わりの皿を受け取り、ご飯をついで手渡す、ということをした。

皿洗いを終えた後、俺と早貴ちゃんは、末本の車で中森家まで送ってもらった。

「時々、料理を作ってくれないか?」

「高校生に頼まないの」

「えっと、暇な時に……」

早貴ちゃんは断れない性格だ。

「それじゃ、またな」



さて、マスコミはいないな。

家まで特定されていないようだ。

家の玄関を開け、靴を脱ぐ。

「幸一さん。すぐにお風呂の準備をしますね」

「俺がやるよ。少し休みなよ。ずっと家事ばっかりして疲れただろう?」

「は、はい」

早貴ちゃんは、リビングでお湯を沸かし始めた。お茶を淹れるためだ。



「今お湯を入れ始めたよ」

俺がリビングに行くと、早貴ちゃんは、缶詰「サンマの蒲焼き」を取り出していた。

冷蔵庫の中身を確認して、明日の朝食と弁当の献立を考えた。

炊飯器のスイッチを入れ、タイマーをセットした。


「お風呂沸いたよ」

風呂のお湯を止めて、台所にいる早貴ちゃんに言った。

「幸一さん、先に入ってください」

お言葉に甘え、風呂に入ろうとしたが、怪我している人が先に入るべきだと思った。



風呂場から戻ると、早貴ちゃんは、冷蔵庫に貼ってあるホワイトボードに献立表を書いていた。

朝食

ご飯、缶詰「サンマの蒲焼き」、ニラ玉、粉ふき芋。

お弁当のおかず

缶詰「サンマの蒲焼き」の残り。

薄焼き卵の下に粉ふき芋と挽き肉を少し入れ、塩胡椒で味付けしたもの。

ほうれん草を茹でて、胡桃と和えたもの。


今初めて気付いた。こういうものがあったとは……

献立表の横に備考欄と希望欄があった。

備考欄には、『缶詰でごめんなさい』と書かれていた。



「分かりました。私が先に、お風呂入りますね。傷はちゃんと縫っていますから、お風呂に入っても大丈夫とのことです。強く擦らなければいいだけです。ただ、上がったあとに、包帯を巻いて頂けませんか?」

背中に包帯……つまりは、そういうことか。絶対に前を見ないようにしよう。


早貴ちゃんは、風呂から上がると、上半身裸の状態で、隠すところはきちんと隠して、背もたれがない椅子に座った。

俺に背を向けて、両手を上げた。

OKのサインだ。

俺は、こういうことをするのは初めてだ。

「痛かったら言ってくれ」

早貴ちゃんが、「はい、お願いします」と答えると、俺は早貴ちゃんの胸のあたりに、消毒液が付いた白い布を当てて、ゆっくり早貴ちゃんの体を白い帯で包み始めた。

「う……」

早貴ちゃんの少し皮が薄くなっているところに、裂け目に、白い帯があたる。

「ごめん、痛い?」

少し涙目で振り向こうとしたが、自分の今の状態を考えて、すぐに背を向けた。何度も言うが、早貴ちゃんは上半身裸である。

「大丈夫です。あの時の痛さに比べれば、こんなの全然痛くないです」

ある程度白い帯を巻きつけたら、落ちたり、ずれたりしないように縛った。

「これでいいかな?」

早貴ちゃんは、振り返った。



⑳①

今、早貴ちゃんの上半身を隠しているのは、白い帯だけである。

早く下着を着てくれ。

俺は早貴ちゃんの頭を撫で撫でした。

「早く寝た方がいいよ。明日から学校だろう?」

早貴ちゃんは、学校に行きたがっている。

病院の先生に相談して、OKをもらったのである。

ただし、体育のような激しい運動をすると、傷が開くことがあるから注意するように、風呂から上がったら包帯を巻くようにと言われたのである。

「ありがとうございます。幸一さん」

なんとなく、居心地が悪くなったから、俺は風呂に入ることにした。


風呂から上がると、俺は部屋に戻った。

布団が膨らんでいるのに気が付いた。

布団をめくると、早貴ちゃんがいた。

一度確認しておこう。ここは俺の部屋だ。そして、俺の布団で早貴ちゃんが寝ている。しかも、まるで一人分のスペースを空けているかのように、真ん中ではなく、半分よりも、向かって右側、仰向けだと左側に寝ていた。

「早貴ちゃん?」

「幸一さん……」

さて、この続きのセリフは?

「①温めておきました。(豊臣秀吉風に)

②一緒に寝てください。

③夜一人だと、怖いんです。

どれ?」

「……②と③です。」

「……そうか。教育上良くないのだが……」



⑳②

「それでも、一緒に寝てほしいです」

信頼されているのか、俺を男として見ていないのか……

「幸一さんと一緒にいると、安心できるんです」

俺は安全装置か?

なるほど、男以前に、物扱いなのね……なんてことはないか。

「いいよ」

俺は眠れそうにない。

こんなに可愛い子と一緒に寝るなんてありえな……そういえば、初めて会ったときも、同じ布団で背中合わせで寝た気がする。

同じことを早貴ちゃんも考えていたのだろう。

「久し振りに、幸一さんと一緒に寝るんですね」

なんか、合宿のような気分で言っているな。

「今度は、頭を撫で撫でしてほしいです。幸一さんに頭を撫で撫でしてもらうと、安心できます」

「つまり、背中合わせじゃだめ?」

「そうですね。いつものように右手で撫で撫でしてください」

顔が近くなるような……


実際、顔が近い。

早貴ちゃんは、安心して、眠っている。

顔は少々上に向けて、自分の左肘を枕にしている。

俺は枕を使っている。

つまり、横にすぐ早貴ちゃんの頬がある。

俺の左手は、早貴ちゃんの頭の横、右手は、早貴ちゃんの左肩から上、前髪までにある。


俺は眠れなかった。


ED


⑳③

次回予告 

「幸一さんのお陰様で、昨夜は良く眠れました」


「私、頑張って圭ちゃんに告白しようと思います」


「でも、学校に着くと、みんな事件のことを話していました」


「被害者だということを知られたら、どうなるんだろう」


次回 最愛物語 第六話 「学校の屋上で」


「放課後、屋上に来て……圭ちゃん」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ