第4話 夢
「はあ、はあ、はあ」
肩に届かないくらいの長さの黒髪の少女が、森の中を走る。
すぐ後ろから、一人の男が追いかけて来る。
「逃げても無駄だ」
刀を振り回されて、背中を浅く斬られる。そして、回り込んで刀を突き出す男。
すんでのところで、少女は止まったが、左胸を浅く突かれた。
少女は痛みを我慢しながら、すぐ横に走り出した。
帯が斬られて、帯が足に絡まりそうになったが、服が捲れて動きやすくなった。
服を掴みながら、少女は逃げる。
男は、少女が手負いだからか、走らずに追う。
否、この先は滝があって、行き止まりであることを男は知っていたのだ。
ゆっくりと男は少女の退路を断つように滝の方へと追い込んだ。
森が開けて、目の前に滝が見えた。
「どうした、もう逃げないのか?」
逃げようと思っても、すぐ後ろは滝壺だ。すぐ横に川が流れているけれど、川の中に入ったら、川底に堕ちて溺れ死んでしまう。
男は刀を振りかざした、今度は少女の首を目掛けて……
しかし、少女は横に飛びんでよけた。
少女のお尻に掠り、服と肌着が破れ、少女の肌が露わになる。
一筋の赤い液体が、少女の足を垂れて行く。
叢に落ちている、少女が着けていた白い肌着を、男は手に取り、上に投げた。
肌着が地面に落ちるまでに、男は自分の実力を見せつけるかのように、刀を恐るべき速さで振り回し、少女の肌着を粉々に引き裂いた。
こんな刀捌きを見せつけられたら、絶望するだろう。
男は今まで、殺す相手の目の前で、その人の大切な物を刀で斬って壊してから、相手を殺していた。たとえ、殺す相手の大切な人でも、目の前で刀で切り刻んでいた残虐非道な男である。
「う……、お願いします。命だけは、助けてください」
逃げ場を失った少女は座り込み、少女は文字通り命懸けで懇願した。
「何でもしますから」
少女は土下座した。命乞いである。
男の耳がピクッと動いた。
そして、この男のもう一つの非道なところは……
「何でもと言ったな?」
少女が顔を上げると、男は少女の顔を剣の峰で打ち、少女を仰向けにして、少女の体にのしかかった。
男は刀を叢に放り投げて、顔を一気に近付け、唇を奪った。
少女は斬られた背中などに強い痛みを覚えたが、これを耐えれば命だけは助かると思い、我慢した。
男の汗臭さが体にうつる。
永遠に続くと思われた苦痛の時間が終わった。
男は満足したのか、少女の体から離れて言い放つ。
「俺の嫁になれ! そうしたら、俺が他のやつらを言いくるめて、お前を助けてやる」
男は少女の大切な物を奪った。初めての接吻だった……
「分かりました。お嫁になります」
これで命は助かる。隙を見て逃げればいい。
男は歯を見せて微笑んだ。
「そうか。しかし残念だ。村長からは皆殺しの命令が出ているんだ」
少女は驚くというより、脱力した。
「や、約束が違います」
「可愛いけど、もう傷だらけだからな、親方様も、欲しがらないだろうな。だから、悪いが死んでもらうぞ」
男は刀を拾うため、少女に背中を向けた。
その隙に少女は立ち上がった。
「恨むのなら、金山村の村長の娘として生まれたことを恨むんだな」
男が刀を構えた。今度こそ殺される。生きるにはイチかバチか、飛び降りるしかない。
少女は肌蹴た服の一つを脱いで、広げたまま男に投げつけた。
男は少女の服が顔にかかって、不覚にも視界が遮られる。
男が服ごと少女を斬ろうと、刀を振りかぶったのと同時に、少女は飛び降りた、滝壺へと……。
男は少女の服を斬って、少女がいなくなっているので、飛び降りたことを悟った。
「死んだな……」
逃がしたのは不覚だったが、あの傷ではそう長くは生きられないだろうと思い、男は少女の服の残骸を川に流して、すぐに茶山村へ引き返した。
少年side
同時刻
少年は茶山村で、弓矢を売って暮らしている。家は村の外れの森の中にある。
仕事が終わり、夕方、いつものように魚を取りに森の奥の川に向かっていた。
森の中の木の実は昨日取っているので、家に蓄えがあるから、今日は魚だけ取りに行く。
ドドドドドド……という音が聞こえてきた。滝が近いのである。
川に仕掛けを作っているので、ただ捕まえに行けば良いだけである。
仕掛けを作ったところは、滝からそう離れていないところだ。
時々、金山村の方から、布やら弓やら木の実やらが流れて来て、仕掛けに引っ掛かっていることがある。面倒なことに、仕掛けが壊れることもある。
そんな時のために、いつも木の実を非常用に蓄えているし、予備の仕掛けを近くに置いている。
仕掛けには魚は掛かっていなかったが、布が掛かっていた。ところどころ切れていて、血が付いていた。小さな布切れだから、包帯の代わりに使ったのか?
それにしても、血が濃い。
「何かあったのか?」
気になって上流の方に行ってみると、殆ど全裸の少女が河原で倒れていた。
少年は少女の体を見た。
「綺麗な子……じゃなくて、なんでこんなに傷だらけなんだ?」
少女の体には刀傷、痣、擦り傷があった。
背中に大きな刀傷。お尻に掠り傷。左胸に刀傷、他のところからも血が出ている。
一番出血しているのは背中だった。未だに血は止まっていない。少しずつだが、滲み出ている。
少年は、少女に自分の服を被せて、滝の近くの家に少女を抱えて連れて行き、床にうつ伏せで寝かせた。
少年は少女の背中に、持っていた布を押し当てて、血が止まるまで、少女の手当てをし続けた。
翌日、夜が明けて、朝日が差して、少女の血が止まっていることを確認した。
「ふう、終わったか」
少女の胸に手を当てて、鼓動を確認し、口と鼻の近くに手を当てて、呼吸をしていることを確認した。
「これで一安心だな」
少年の腹の音がなった。気付けば、夕食を食べていなかった。それほど、集中していたのだ。今までに食事を忘れるほど集中したことは、あまりなかった。剣術の稽古も弓術の稽古も、腹の音がなったら中断して食事していたはずだ。
少女を改めて見る。
「可愛いな」
他に表現できないくらいの美少女だ。今まで会った女性の中で一番可愛かった。
少年は今ドキドキしている自分に驚いた。自分が恋を、しかも一目惚れをするとは思っていなかったのだ。
自分は、こんな余裕が今までなかったから……
少年は仕掛けにかかっている魚を火で焼いて食べた。
少女のために、消毒用の薬草と、包帯を巻いてあげた。
裸を見たのは非常事態だったせいだが、一応後で謝っておいた方が良いかな?
ここは以前に住んでいたところで、必要最低限の物しか揃っていないので、少年は少女を抱えて今住んでいる家に向かった。
少女side
「う……」
酷い痛みに少女は目を覚ました。
②
「良かった。目を覚ましたんだね」
自分を見下ろすのは、同い年くらいか、少し年上の少年。
私は、自分の格好に気づき、顔を赤らめた。
布団の下はほとんど裸だったからである。
胸の所に薬草を挟んで、包帯で縛っている。背中とお尻も同じようだ。
「えっと、君の服は洗って乾かしているよ」
少年は、私の服を指差した。そっちの方を見ると、物干し竿にところどころ切れている服がかかっていた。
「「あの、」」
同時に言ってしまった。
「「ど、どうぞお先に」」
と私が言ったが、
少年は同じことを私にも言ってしまった。
「あははははは……」
なんでもないことで笑ってしまった。
「待ってて、代わりの服を持ってくるから」
「あ、はい……」
少年は吊り橋の向こう、物干し竿の方に歩いて行った。
どうやら、向こうに寝室があるようで、こちらの方は、風呂と治療をするところらしい。
自分の足を見たが、泥汚れもないようだ。
少年は代わりの服を持ってきた。
「あの、あなたが私を助けてくれたのですか?」
「助ける為とはいえ、裸見てごめん」
少年はなぜか謝った。
「いえ、謝らないでください。私は助けてもらったのですから……」
私は安心した。やはり、良い人なんだな。
「あ、うん。これ着て、俺のお古だけど、これしかないんだ」
男用の服だった。ズボンである。
着てみると、案外似合っていた。髪が短いせいか、私は後ろ姿が男性に見えることがあるようだ。前から見ても、顔を隠せば男に間違われるかもしれない。私は、胸が小さいから。
「丁度良いみたいだね」
その時、私のお腹がなった。ぐぅ~という音を少年に聞かれ、恥ずかしい。
「こっちに食料があるから来てくれ」
私は少年について行った。吊り橋は少し揺れるが頑丈で、音もしなかった。
吊り橋の下を見ると、葉っぱがあり、その下が見えなかった。
「ここはどこですか?」
「茶山村の外れの森の木の上だよ。時々盗賊が現れるから、木の上に家を作って住んでいるんだよ」
少年は私に果物を小刀で切って半分渡してくれた。
もう半分は自分で食べている。
「あ、自己紹介がまだだったね。俺の名はケイスケ、君は?」
「私は、紅葉です。金山村の村長の娘です」
「金山村か……そうか」
……
ケイスケさんは黙りこんだ。果物を切って私に半分渡してくれた。
「金山村はどうなったの?」
「盗賊と思われる集団に襲われて、滅びました」
紅葉は今にも泣き出しそうな顔をした。
「村のみんなも……全員、殺されました」
ケイスケは紅葉の頭を撫でてあげた。
「そうか。君も……生き残りなんだね」
「え?」
紅葉は顔を上げた。
「実は俺、八山村の生き残りなんだ」
八山村は5年ほど前に金山村によって滅ぼされた。
金山村の村長の娘である私は、何となくそういう話を聞いたことがある。
「あ…ああ……」
一難去ってまた一難。ああ、助かったと思ったのに……
ケイスケside
「ゆ、許してください」
紅葉はいきなり土下座をした。
「君が悪い訳じゃないのは分かってるよ」
「なんでもしますから、せめて命だけは……」
紅葉は頭を床に擦り付けた。
俺は紅葉の頭を目掛けて、手を近づけていった。
少し怖がる紅葉。
「怖がらなくて良いよ。許すも何も、俺は怒ってないよ」
なでなでなで……
俺は紅葉の頭を優しく撫でながら、優しく言った。
「ほ、本当ですか?」
やっと顔を上げた紅葉を、優しく、抱いた。
「ケ、ケイスケ……さん」
紅葉の胸の鼓動を感じて、俺は安心した。俺が人を助けることができたことを。
この、復讐のことしか考えていなかった俺が……
紅葉side
③
敵の娘である自分に、優しくしてくれるなんて信じられなかった。
「今日から、ここに住むと良いよ。ちゃんと寝床も用意してあげる」
夜は冷えるが布団は一つしかなかった。
紅葉は寝間着用の服を着て、ケイスケさんと一緒に寝た。背を向け合いながら。
ケイスケさんは、優しい。こんな傷だらけの、敵の娘でも、優しくしてくださる。
ずっとケイスケさんと過ごしていると、なんだか、いつの間にか、好きになっていた。私なんかに好かれたら迷惑ですよね。
私は、敵の娘なんですから……
ケイスケside
俺は、君のことが好きになってしまった。
河原で倒れている君を助けた時、そして、眠っている君を見て一目惚れしてしまった。
好きになったのだから仕方がない。
たとえ、八山村の敵の娘でも、彼女は関係ないのだから……
数ヵ月経った夜。
「傷、治ったみたいだね」
紅葉の背中を見た俺は言った。
「お陰様で、もう大丈夫です」
……
「あ、あのさ……ずっと、ここに住んでもらえないかな?」
「え!?」
「ずっと、言おうとしていたんだけど、君と俺は同じような立場だろう?」
「でも、私は、あなたの村の敵の娘です」
俺は紅葉を抱きしめた。
「それでも、俺は君のことが好きだ」
④
「ケイスケさん……こんな私でもいいのですか? こんな傷だらけで、全然魅力がない私でも……」
「傷跡は気にしないよ。それと魅力ならあるよ。とっても可愛いよ」
ケイスケは紅葉を抱いた。
紅葉もケイスケを抱いた。
ここは、茶山村の外れの森の木の上の家だ。
誰からも見えないところで、二人きりの空間で、二人は体を重ねた。ただ、抱き締め合っただけだが。
「大丈夫。君も茶山村の住民になれるよ。俺が絶対に守ってあげる。だから、茶山村の村長の所に行こう。布団とか、用意してもらえるよ」
「ですが、昔、茶山村も……」
確かに、茶山村も5年前に金山村に攻められたことがあった。
「大丈夫。君は関係ないのだから……それに、俺がずっとそばにいる、と言えば、みんな納得してくれるよ」
村長に紅葉を紹介した時、
「あの村の村長の娘か、殺してしまえ」
村長の家に集まった村人の大部分に言われたが、一番金山村に恨みを持っているはずのケイスケに
「自分がずっと見張ります。妙な行動をしたら、斬っていいですよ」
と言われて、村人は考えを改めた。
「君がそこまで言うなら、良いだろう」
そう言って、村人は去って行った。
「彼女には、仕事の手伝いをさせますから」
残ったのは村長と俺と紅葉だった。
「なるほど、しかし、仕事の手伝いよりも、他のことをさせた方がいいのでは?」
村長は可愛らしい紅葉をジロジロ見て言った。
「いえ、彼女は自分が貰い受けます。これから一生そばにいますよ」
⑤
「ああなるほど、君が可愛がるのかい。逃がさないでくれよ」
おそらく村長は違う意味で取っただろう。
「ええ、もちろんです。必ず家に帰るように言っておきますから安心してください。時々、自由に村を歩かせることもありますけれど。可愛がるのは俺だけですからね」
「ああ、君の大事なものは取らないよ。大切に可愛がってあげなさい。布団がいるかい?
そうだろうな、そうだろうとも。持って行きなさい。たくさんあるから、新しいものが欲しくなったら、いつでも言いなさい」
村長は、完全に勘違いしている。
ケイスケは布団を紅葉に持たせた。
紅葉用の服を村長から受け取って、村長の家をあとにした。
「村長、案外優しかっただろう?」
「は、はい……」
どうやら、紅葉も気付いているようだ。
少し、紅葉は不安になった。これからどんなに酷いことをされても、自分は逃げることができないから、俺が優しくしてくれるかどうか分からないからである。
家に戻ると、俺はご飯を作った。
紅葉に料理の仕方を教えている所だ。
「木の上では料理するのは大変なんだよ」
部屋の真ん中に囲炉裏のような物を作っている。
砂を敷き詰めて、そこに簡易焜炉を作っているのだ。
家事にならないように、囲炉裏のすぐ外側に、小さい水槽を作っている。
⑥
食事を終えると、紅葉に仕事の内容を教えた。
「仕事……ですか?」
「うん、君には、この竹を使って、矢を作ってもらいたい」
俺は作り方を教えた。
「俺は弓を作るよ」
茶山村も時々、周辺の村に襲われることがある。村を守るためには武器が必要だ。
「非常時には、君にも戦ってもらうよ。俺と一緒に」
ずっと一緒にいるとはそういうことか……と紅葉は納得した。
つまり、戦えなくなるような酷いことはしないということである。
「あと、村の道場の師範代でもあるから、そっちの仕事も時々しているよ。師範代と言っても、師範はいないんだ。ずっと空席なんだ。今も、みんなにとっても、父さんが師範なんだよ」
ケイスケは紅葉に剣と弓を教えることにした。
それからというもの、紅葉は道場の見学というより付き添いや、弓矢の納品の手伝い、
村の農作業の手伝いで村を歩いている内に、村人全員と打ち解けてきた。
今では、彼女を恨む者はいなくなった。
そして、葉月(旧暦の九月、現在の一〇月頃)
村の収穫祭が行われた。
毎年行われるが、廃れることはなく、最後の催しが一番大事である。五穀豊穣だけでなく、その年に婚姻を結ぶ者に、あるおまじないをするのである。
「最愛のおまじない……ですか?」
⑦
「おまじないをしてもらった男女は、婚姻を破棄しなければ、来世で再び出会えるというものだよ。一説では、曖昧だが、記憶を持てるみたいだね。夢で見ることがあるらしいよ」
つまり、死んでもまた会えるのである。
「素敵ですね。大好きな人と、ずっと一緒にいられるなんて……」
俺は紅葉の手を優しく、しかししっかりと握った。
「紅葉、良かったら、俺としないか?」
紅葉は驚いた。嬉しいような、遠慮した方がいいかな、という顔をしているように見えた。
「良いんですか? もしかしたら、来世でも、会ってしまうかもしれないのですよ? もっと、他にするべき人はいないのですか? 私なんかじゃ、絶対後悔しますよ」
はあはあ……
一気で言うからだ。
「君以外にいないと思うが?」
そう、俺は……
「私は、その……傷物ですし、敵の娘ですし……」
まだ言うか……
「でも、俺は紅葉のことが好きになってしまったんだ」
俺も同じことを言う。何度も何度も……
「……ありがとうございます」
夕暮れ時だから、俺たちの影は長く延びていた。
「私も、ケイスケさんのことが大好きです……」
俺達は同じことをくり返しながら、これからも愛し合っていく。
「ずっと、一緒に暮らしていこう。ここで……」
「はい。ケイスケさん」
二人は将来を誓い合った。
二つの影は一つに重なり合う。
そして、初めてのキスを交わした。今まで、文字通り抱き合うだけだったが、やっと初めてのキスをした。
紅葉の柔らかな唇と吐息を感じながら、俺はこれからも紅葉を守っていこうと決心した。
いや、助け合っていこうと。
収穫祭では、ケイスケと紅葉は祝福された。
「これで、本当に紅葉も、この村の一員だよ。自由なんだよ」
「はい、でも今まで通りに頑張ります」
紅葉は最高の笑顔で振り返った。
しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。
収穫祭が終わって2ヶ月後、
⑧
霜月(旧暦の十一月、現在の十二月頃)の終わり頃に、茶山村は、隣村の森山村に襲われた。
ケイスケを先頭に、後ろに道場の門下生と紅葉の姿があった。
森山村の男達は、付近の盗賊に金を渡して雇っていたようだ。
つまり、今戦っているのは、農民ではなく、戦闘になれている盗賊なのだ。
その数一〇〇人。
俺達は応戦した。
俺と紅葉の二人の息は合っていた。
俺は剣で敵を蹴散らし、紅葉は弓で援護した。
盗賊を倒したところで、次は武士が現れた。
しかし、多勢に無勢で、門下生は次々にやられ、気付けば、紅葉は背後をつかれていた。
「紅葉、後ろ!」
紅葉は、背中を浅く斬られた。すんでの所でよけたのである。
俺は、すぐに、紅葉を襲った敵を倒したが、紅葉を狙って矢が放たれた。
俺は、紅葉を庇って、射抜かれる。
「ケイスケさん!」
「大丈夫か? 紅葉……」
ゴホゴホ……
「紅葉、君だけでも、逃げ……」
「ケイスケさん、どうして私なんかを助……」
言い終わる前に、紅葉は血を吐いた。紅葉も射抜かれたのである。
「く、ケイスケ、さん……」
ケイスケは息を引き取った。
二人に、さらなる矢が飛んでくる。
「くは……、はあはあ……、ケイスケさん、私も……すぐ、そこに……すぐに、会いに、行きます、から……」
紅葉も二度と目を覚ますことはなかった。
庇い合う二人。
愛する人を抱きながら死んでいった少女。
天に昇っていく感覚。
魂が肉体から離れて、少しの間、この世から離れていく間に見た光景は次のようだった。
俺達が倒れたあと、茶山村は戦場になり、村を襲った森山村の方の勢力の武士は、茶山村の奥、金山村のさらに奥の方から来た勢力によって、撃退されていった。
こちらは鉄砲隊だ。
数が違う。
それに、丘の上からやってくるので、鉄砲隊の方が有利だった。
あっという間に、森山村方面の勢力は後退して行った。
茶山村の村人の数人は、俺の家に隠れて、その様子を見ていたようだ。そして、うまく生き残ったようだ。
村を守るために戦って死んでいった者たちの記録を本にまとめた。
「最愛のおまじない」は、ケイスケと紅葉の物語として、後世に語り継がれることになった……
「戦国の最愛物語」として……
ED2
次回予告 第5話
「暗い夜道に光がさした」
「私はその光に向かって走り続けた」
「その光の先に待っていたものは……」
次回 最愛物語 第5話 「退院」
「私は、どうすればいいでしょうか」