第3話 悲しい出来事
残酷な描写あり。
①
1昨年から、若い女性を狙う5人組の男達が、指名手配されていて、情報提供者に対して、500万円の懸賞金を与える、というCMが時々流れていた。
「犯人グループは、若い女性に性的暴行をし、殺害しています。被害者の背中には、数字が刻まれて、その数字は、被害者が何番目の被害者かを表しています。この顔写真に見覚えがある方は、直ぐにお近くの交番または、警察署へ連絡してください」
OP
「頂きました」
と言って、中森早貴は、食器を流しに置いて、直ぐに部屋に戻り、鞄を持って降りてきた。
「あの、幸一さん。すみませんが、食器を洗ってもらえませんか? 私、今日日直で、少し早めに行かないといけないんです」
吉田幸一は、味噌汁を飲み込むと、行ってらっしゃい、と言って、早貴ちゃんを玄関で見送る。
「今日は帰らないんでしたよね?」
靴を履きながら、確認した。
つま先をトントンと地面に当てず、座って踵までキチンと靴の中に入れてから立ち上がった。
幸一は今日、農学部の飲み会がある。
「ああ、戸締まりは気を付けてね。なんて言わなくてもいいか」
「はい。分かっていますよ。それでは、行ってきます」
さて、何をしよう。今日は、講義がない。つまり、暇だ。
「まあ、ゆっくりしておこう」
結局、昼飯を大学の食堂で食べることになるから、午後は文芸部の部室で過ごすことになりそうだ。
②
「後はあいつらが来るかどうかだな」
学科が違えば、講義も違うし、人によっては、去年取っていなかったものを今年受けようとする人もいる。
また、俺みたいに、今日は休みという人もいる。
「今日も食堂多いな。満席状態か」
食堂は中野キャンパスに比べて、かなり小さい。農学部だけだからな、しかも3、4年、院生だけだ。
よく長蛇の列ができる。また、大学関係者以外も利用できる。町長も時々利用しているようだ。あと警察の人も。
「そういえば、食堂に来るのは久しぶりだ」
最近は、早貴ちゃん特製弁当――これがまた美味い――を食べていたから、食費が全くかかっていなかったな。
改めて早貴ちゃんの有り難みが分かった。
失って初めて分かるありがたみ……まあ、今日は弁当がないだけだが。
オススメメニューは「五目ラーメン」「味噌五目ラーメン」――どちらも360円――である。
鶏ガラの出汁に野菜がたっぷり入っている。例えるなら、長崎チャンポンの海鮮なし版か? これに味噌が入るか入らないかの違いだ。
注文して待つこと5分で、呼ばれた、「五目1玉増しの人~」と。因みに、半玉増しは+50円、1玉増しが+100円だ。
「うん、今日は美味い」
実は時々、スープがあっさりしていたり、脂っこく、味が鈍くなっていたりすることがある。
「鈍い=脂っこく味がしにくいことだ。単に薄くて味がしにくいのではなく」
③
国語辞典に乗っていない。新しい表現だったりして……
なんてことを考えながら、美味しい「五目ラーメン1玉増し460円」を食べて、食堂をあとにした。
後ろの方で、「うわ、今回は外れだ」という声がしたが、おそらく、鈍い味の五目ラーメンに当たったのだろう。
当ったと言えば、去年のサマージャンボ宝くじで100万円当たった。今90万円は九十九銀行に預けてある。10万円は中森家の自分の部屋。
使い道が見つからないから貯金をしている。財産と言えば、500円玉をフィルムケースに20枚入れて、いつも持ち歩いている。フィルムケースというのは、デジカメではフィルムを使わないから、知らない人もいるかもしれないが、円柱のプラスチックの容器である。大きさは500円玉より一回り大きく、丁度20枚入る。あと、財布に2000円札が2枚、5000円札2枚、10000円札が1枚、1000円札が5枚。500円玉が2個、100円玉が10枚、10円玉が5枚、50円玉が1枚、1円玉がなく、5円玉が2枚ある。
さて、今何円持ち歩いている? 正解は次回予告のあと。
そんなことを考えていたら部室に着いた。偶然にも、面子は揃っていた。みんな暇だったようだ。部室の布団で寝ているやつを起こして麻雀を始めた。
「よく寝ていたなトクさん」
身長160㎝くらいの小柄なトクさんというのは、合田一夫という名で、よく「今は安売りやっているからおトクだよ」というから、そう呼ばれている。
④
「今日は飛ばすぞ、ドボンだ、ハコワレだ。リベンジだ!」
今日は一段とテンションが高いな、末本。 さて、合田と甲田も点棒の準備が出来たようだ。
「今日は飲み会だろう? 農学部全学科の……」
東南西北を取って座る。
ジャラジャラ……と部室中に音が響く。
牌を積みながら会話が続く。
「そう言えば今日、飲み会終わったらどうする?」
合田が言い終わる前に、末本は徹マンだ!と叫ぶ。徹夜で麻雀のことだ。
「そういえば、家庭教師はどうするんだ、吉田?」
今更何を言っているんだ? 合田よ……
「早貴ちゃんにはきちんとお断りをしてきた」
きっぱり。
「いいのかな? 可愛いんだろう?」
末本、そろそろそういう話題から離れろ。
「甲田、どうした?」
「カ、カル○スが無いと闘えないぜ」
買ってこい。
「糖分は大事だからな」
甲田は部室の外の自動販売機に行かずに、冷蔵庫からカル○スソーダを取り出した。
「さて、始めるか」
末本が賽子を振る。
4が出て、合田が振る、7が出て、甲田が振る、2が出て俺が親。そして、賽子の目は7、つまり、末本のところがドラ表示となる。俺は要らない西を切って、合田も、西を切る。末本は幸先よく、西を切って両リーチをした。
「へ、ダブリーだぜ」
⑤
「俺、西持ってないぞ」
そして、甲田は白をツモってしまう。
「さあ、振り込め」
四風連打は出来ない。
「いらね」
白を捨てる。
「ロン!」
パタン……と牌が倒される。
「ダブリー一発七対子ドラ2裏ドラ2倍満だ。16000だ」
「あ、あり得んやろ~」
と合田が末本の真似をして言った。
「わはは、今日は運が良いみたいだな」
いきなり親が変わる。
ふふふ、奴は今、油断している。その油断が命取りだ。
東二局親合田
「わはは」
末本の笑い声がまずい、色々な意味で。良い配牌のようだ。
しかし、こっちも良い配牌だ。
九種九牌で流すのが勿体無い。これ本当に四麻か?
さて、末本に直撃と行こうか。
吉田の配牌
白白發中一萬九萬九萬一筒九筒東南西西北である。
合田は北を捨てた。末本も北、甲田も北を捨てる。
俺は白を積もって切った。
さて、流し満貫をしようとしている甲田と末本。
5順目に俺は国士無双を張った。まだ九ピンは切られていない。
そして、8順目に末本が八萬を捨ててリーチした。
さらにオープンした。待ちは一四七筒そして、九萬は暗刻だった。
俺が積もったのは赤五萬。即切る。
そして、あろうことか、末本はツモッた牌でカンをした、九萬で。
⑥
俺はすぐさま「ロン!」と言った。
嶺上牌を取ろうとした末本は、驚いた様子だ。そして、一瞬静止する。
「ロン! と言ったのが聞こえなかったか? チャンカンだ」
「は……まさか!」
「暗カンでチャンカンと言ったら、あれしかないだろう。国士無双32000だ」
「あり得んやろ~」
ふう、次にチャンカン国士無双を和了るのはいつになるだろうか。
「さて、次の親は末本だな」
くそ、絶対取り返す、リベンジだ!
末本は吼える。
賽子の目は7、つまり、俺のところでドラ表示である。
しかし、この局、なかなか張ることが出来ない。
末本は、ようやくタンヤオを張った。しかし、残り3順、リーチをするのは自殺行為。ダマテンである。
しかし、俺は残り2順で
「リーチ!」
「残り2順でリーチするとは、血迷ったか?」
「海底狙いだ」
「ポン!」
あ、ずれた。海底がずれた。
「はは。海底残念だな」
「海底はもういいから、末本から直撃を狙う」
そして、もう一度鳴かれて、海底牌は末本、
「くそ、これ捨てないとテンパイにならない。出てないが仕方ない」
「「「ロン!」」」
何と、全員単騎待ちだった。
一萬である。
「あり得んやろ~」
確かに、殆どあり得ない光景だ。
しかも、役は河底のみである。
吉田 立直、河底、ドラ2、裏ドラ3=12000点
合田and甲田 河底 ドラ2 赤2=8000
⑦
「まさか、裏ドラが3つ乗るとはな」
「どっちにしろ飛んでいるじゃないか!」
はぁ……
「どうしてこうなった……」
それから、半荘5回して、午後6時頃――雨が上がって、日が差した時に一度休憩して、みんなで末本の奢りでジュースを買いに行っている時だった。
そして、俺が末本からアクエリ○○を手渡された時――に携帯電話が震え出した。
つまり、電話が掛かったのだ……
早貴ちゃんside
少し前の午後4時を回った頃だろうか。
ホームルームが終わり、早貴ちゃんは日直の仕事をしていた。相方の木田由里は、用事があるということで、親切で優しい早貴ちゃんは、一人で引き受けた。
「本当にごめんね。今度、何か奢ってあげるから」
「うん、いいよ」
1人で日直の仕事を――黒板消しをしたり、月曜日の日直の名前を書いたり、ゴミ袋を纏めたり――していると、いきなり、後ろのドアが開いた。
「あれ? ああ、今日の日直は早貴だったか」
「ど、どうしたの? 圭ちゃん!?」
放課後の教室で2人きり……
「忘れ物だ。どうせついでだ。ゴミ捨てて置くぜ」
東圭一はゴミ袋を持って、教室を出て行く。
因みに、ゴミ捨て場は、昇降口の近くにある。
「あ、ありがとう、圭ちゃん」
圭ちゃん優しいな……
いつも、そうだったな。
小学5年生の時に、友達がいなかった私に話しかけてきたのが、圭ちゃんだった。
それまでは、同じクラスに由里ちゃんがいて、友達は数人しかいなかったけれど寂しくなかった。
そして、私の仲良しの数少ない友達は、由里ちゃんを含めて、小学4年の夏休みまでに、みんな引っ越して行った。
中学で、由里ちゃんが引っ越して来て再会した。
由里ちゃんの父、共一さんが転勤が多いらしいから、単身赴任をすることになり、その際由里ちゃんの強い希望によって、宮原町に戻って来たらしい。
それからは、私と圭ちゃんと由里ちゃんは3人一緒にいることが多くなった。
体育会でも、昼食は二人の家族と一緒に食べた。
御裾分けもした。
圭ちゃんは、私が作った出汁巻き卵を食べて、美味しそうに、食べていた。
「早貴ちゃんは将来、良いお嫁さんになるよ」
と、そこにいた大人全員に言われた。
多分、その時から、意識してしまったのかもしれない。
自分が圭ちゃんと……
チャイムが鳴って、思い出から現実に戻った。
時計を見ると、数分しか経っていないようだ。
⑧
教室の窓から正門が見える。圭一が何やら慌てて、帰っている。
「さてと、窓の鍵よし! 黒板よし!」
早貴ちゃんはカバンを持って下校した。
1人で帰る時はいつもこの道を通る。
裏門から出て、橋を渡り、林を抜ける近道だ。
「圭ちゃんと由里ちゃんと三谷さんはもう1つ向こうの道なんだよね」
林の向こう側、川を挟んで反対側の道のことである。
宮原高校から延びる三つの道に沿って進と、それぞれ別の駅に着く。
1つは、途中に吉田幸一のアパート『紅葉荘』があり、飯原駅に着く一番大きい道路で、通称『飯原ロード』。
2つ目は、圭ちゃん達が使う道で、本庄駅や本州大学本庄キャンパスに着く『本庄ロード』。
3つ目は、早貴ちゃん達が使う、七宮駅方面の通称『七宮ロード』である。
「今日は、買い物してから、ゆっくりしよう」
テストは終わったし、1人だから……
「そういえば、圭ちゃんはなんで急いでいたのかな?」
その時、ポツン、ポツン……と雨が降ってきた。
「あれ? 今日は雨だったっけ? 急がないと」
しかし、急ぎだした瞬間雨が強くなってきた。おそらく通り雨だろう。ここはあまり長く雨が降らないし……
⑨
そう思い、早貴ちゃんはすぐ近くの建物の軒先で雨宿りした。
「う……少し濡れちゃったな……」
別に透けていない。
雨は少しずつ強くなり、大雨になった。
「雨宿りして良かった~」
すぐ横を見ると、大きな、6人乗りのワゴン車が停まっていた。
少しすると、すぐ後ろから、足音がした。表の人の気配を感じたのか、扉が開いて中から40才くらいの優しそうなおじさんが出てきた。
おじさんは笑顔で親切そうに、
「あれ、雨宿りかい? 良かったら中に入りなよ。そこにいたら濡れるよ」と、言った。
早貴ちゃんは、その親切そうなおじさんの申し出に、礼を言って、家の中に入っていった。
奥に行くと、他に四人のおじさんたちがいた。全員40才くらいで、表に泊めてある車でよく一緒に旅をする仲間だという話である。
早貴ちゃんは左頬に黒子があるおじさんから、暖かい紅茶を手渡され、少しずつ飲みながら、部屋を見渡していた。家具はあまり置かれていない。申し訳程度に掃除してあり、この家に人が久しぶりに来たことを思わせる。
早貴ちゃんの体は、さっきまで冷えていたが、いつの間にか、暖かくなってきた。
「この雨だと、外に出られないな」
右頬に傷があるおじさんが言った。
⑩
「ちょっと表を見てくる」
少し猫背のおじさんが玄関の扉を開けて、外に出た。
「君、何年生?」
麦藁帽子をかぶったおじさんが訊いてきた。
「1年生です……」
「へ~可愛いね~」
「おい、何ナンパしてんだよ」
「はは。わりぃわりぃ……」
少し頭がぼーっとしてきた。
「眠いのかい? あとで起こしてあげるから、少し横になるといいよ」
タンクトップのおじさんが言った。
早貴ちゃんは、おじさんに言われるがまま横になった。
…………
………
……
…
警察side
4月に他の管轄というより、本庁から、飯原駐在所に配属された田中刑事と一緒に、山田巡査と林田巡査部長がパトカーに乗って町を巡回していた。田中刑事は例の連続集団強姦殺人事件の犯人を追っている。
後部座席に巡査部長と田中刑事、運転席に昇進がかかっている巡査、助手席に新人の巡査、が乗っていた。
パトロールは新人の巡査と田中刑事にこの辺りの地理を覚えてもらうために、少し早めに出た。
15時頃、飯原所を出発して、本庄駅に向かった。
「本州大学は11月に学祭があるんだ。人が動くから、注意してパトロールするように。駅には、時々違法駐輪している自転車があるから、チェックすること……」
巡査部長の話を一言も漏らさずに聞いている。
⑪
田中刑事は、10年前に特殊捜査課に配属され、いくつかの事件を解決してきた。
「実は、自分は以前例の5人組の指名手配犯の事件を捜査したことがあるんです」
1軒目は2009年冬に福岡県で起きた事件で、当時17歳の女子高生が、空き家で殺害された事件で、背中に縦に太い1つの直線を思わせる傷が幾つかあり、左胸を刺され、即死だったらしい事件だ。
らしいというのは、事件から2日後、匿名で公衆電話から110番通報があり、警察が駆けつけると、奥の部屋で死体が発見されたからだ。また、被害者の親からも娘が帰ってこないと捜索願があった。司法解剖の結果、体内から犯人の者と思われる体液を採取しDNA鑑定をしたところ、5人の男のDNAが検出された。その5人のうち3人は、性犯罪で逮捕され、刑務所にいたが、今から4年以内に釈放されたばかりだった。指名手配されたが、消息不明。懸賞金最大100万円となる。
2件目は2010夏に群馬県で起きた。被害者は当時20才だった女子大生で、背中に2という数字が刻まれていた。心臓が右にあったため、即死は免れたと思われるが、結局失血多量で亡くなった事件だ。体内から採取された体液から、同一犯の犯行であることがわかった。
3件目もほぼ同じで、2010秋に北海道で起きた。異なるのは、背中に刻まれた数字が3であったことである。おそらく、3人目の被害者だろう。
⑫
4件目は2010年冬に京都府で起きた。今回も110番通報があったが、やはり公衆電話からだった。
4という数字が背中に刻まれただけでなく『死』という文字も刻まれていた。
懸賞金がいつの間にか、最大200万円に上がっていた。テレビでも時々話題になったり、指名手配のCMが流れたりするようになった。
パトカーが飯原駐在所に着き、少し休憩してから、再びパトロールに出ることにした。
林田巡査部長が田中刑事の話に興味を示したのである。
「さっきの話の続きをしてくれないか?」
田中刑事は意を決したように話した。
「実は、自分はこの事件を捜査しているんです。実は10年前に、この事件の犯人の1人に俺の知り合いが殺害されて……正確には恋人なんですが、そいつがずっと捕まっていないのです。だから、この手で捕まえてやりたいと思っています」
奥からお茶を持ってきた吉富巡査も黙って、田中刑事の話を聞いていた。
「それで、何度も考えたのですが、3件目の事件で確信しました。事件があった都道府県が一度もかぶっていない。そして、JRの管轄区分もかぶっていないのです」
田中巡査は日本地図を出して、メモを取り出して説明した。
実は、田中刑事は特殊捜査課に採用された時の面接で、連続殺人事件を解決するのが第一目標だと言っていた。
そのことは、みんな知っているのである。しかも、彼の能力は優秀で、ある時は
⑬
物探し、ある時は万引き犯を現行犯逮捕と……体力と知力で多くの事件を活躍していた。警視に昇格させるという提案に本人は、辞退した。自由に犯罪を解決したい。警視になると、行動に制限がかかりそうだとのこと。そんな時に、新しく設置された特殊捜査課に所属することにした。今までとは異なる、凶悪犯罪、特に指名手配犯を追う課である。自由に転勤でき、要請があれば、警察庁に集合するという特殊な課である。
これは、能力が認められた者だけがなれるもので、表彰されるくらいの名誉である。
田中刑事の推理が始まる。
田中刑事のメモには、『AEFGHIKMNOSTY=都道府県の頭文字』そして、事件の年月日季節場所を書いた。
「1件目が九州、福岡県=F県、2009年12月冬。2件目が東日本、群馬県=G県、2010年3月春。3件目が北海道=H道、2010年6月夏。4件目が西日本、京都府=k府、2010年12月冬。2011年春には事件が起こらなかったから、夏に起こるなら、東海もしくは四国の、N県。四国にはN県はないから、東海のN県と言うと、長野県=N県。しかも、辰野、塩尻以南までとなる。犯人は高速道路で逃走することも考えて、辰野以南で犯行を行う可能性が高い。つまり、ここです」
長野県を南北に3分割して、下の2つを範囲とし、しかも高速道路の近くを探すと、かなり、範囲は狭まる。さらに、犯人の傾向から、大都市ではあまり犯行をしないことが読み取れる。また、この近辺で大学と高校はこの町しかない。
「ですから、この近辺が怪しいのです。しかも、もう6月の終わりです。犯人はいつも、月末に犯行を行っていますから」
因みに、1~3月を春、4~6月を夏、7~9月を秋、10~12月を冬とする。旧暦の季節になっている。
⑬
巡査部長は田中刑事が以前から噂を聞いていたがここまでとは知らなかった。
全面的に協力しようと思った。
他の警察署にいる、仲が良い元同僚に、連絡をした。「あの田中刑事がいる」と伝えれば、分かる連中だ。
「ああ、私だ。林田だ。例の連続殺人事件の件だが、私が連絡したら、高速道路の出入り口と飯原地区に非常線を張ってくれ。今月末まで頼む」
一応念のためだ、実際、田中巡査は3ヶ月前は三重県にいた。一度推理が外れているのである。しかし、万が一でも可能性があるなら、何としてでも未然に防止し逮捕しなければならない。
「林田巡査部長、そろそろパトロールに出かけましょう。絶対に許すわけにはいけない。捕まえて、法の裁きを受けてもらいましょう」
夕方5時、飯原所を覆面パトカーが出発し、吉富巡査が飯原駐在所に、林田巡査部長が七宮駐在所に待機した。
今度は、田中刑事が助手席に、山田巡査が運転席に乗った。
予め役割を決めていた。事件を未然に防げず、現行犯と思われる車両を目撃した時、被害者の女性の安否を確かめるのは、田中刑事と山田巡査で、犯人を追うのが林田巡査部長と吉富巡査にすると。
今からパトロールする場所は地理的に、飯原駐在所と七宮駐在所の中間点から山の方に行った所で、宮原高校があるあたりである。
⑭
そして、後ろにパトカーが1台ついてきている。今まで、飯原駐在所の奥で仮眠を取っていた森田巡査である。
現在2台のパトカーは、『飯原ロード』を登っている。紅葉荘を右手に通過したところである。
森田巡査には、『本庄ロード』を本州大学まで走ってもらい、自分たちは『七宮ロード』を国道に入るまで進み、飯原駐在所へ戻る予定である。
宮原高校が見えてきた。
宮原高校の正門で2台のパトカーは別れた。
早貴side
目が覚めると、5人のおじさん達が、私を見ていた。
雨が止んでいるようだ。
「あ、そろそろ帰ります。紅茶ありがとうございました」
手を握られた。
ほくろのおじさんは、私の肩を掴んだ。
「もう少しゆっくりして行きなよ」
「あ、でもそろそろ帰らないと、夕飯の支度が……」
「大丈夫、送ってあげるから」
「おじさん達と遊ぼうよ」
また、雨が降り出したようだ。
「そうですね。雨が止むまで……」
いきなり、抱きつかれた。
「あ、な、何をするんですか?」
「ん? 遊ぶんだよ」
床に押し倒された。
ファーストキスを奪われ、その上……痛い思いをして、1時間ほど苦痛に耐えた。
隙を見て一度逃げ出そうとしたけれど、玄関のドアが開きにくく、つかまってしまい、お仕置きとして、背中に火傷を負い、その上からナイフで深さ2cmくらい刻まれた。
行き地獄、そう思えた。
「もう、終わりにしようか」
「ああ、飽きたな」
気付けば、床には半径1メートルほどの血溜まりが出来ていた。
制服は血染めになっていて、白いところは全て赤黒くなっていた。
「ほら、解放してやるから服を着て立て」
言われた通りにすると、全員からキスをされた。
「ほら、受け取りな」
束になった紙を渡された。どうやら1000円札のようだ。
「左胸に当てて、そのまま立っておきな」
記念撮影らしい。
もう、どうでもいいから早く帰してほしい。
「もう終わりにしてやるよ。よかったな」
顔に傷があるおじさんが近づいて来た。
もう終わりと聞いて安堵した早貴ちゃんは気付かなかった。
おじさんが手に持っている物に……
「もう終わりだよ。安心して……向こうに逝きな!」
気付いた時には札束の上から、左胸にナイフが刺さっていた。
札束は、ナイフを刺した時に返り血を浴びにくくするためだった。
早貴ちゃんの胸からナイフが引き抜かれ、支えを失った早貴ちゃんの体は、床にうつ伏せに倒れた。
「ははは、見たか? こいつの安心した顔。ナイフに気付いて絶望した顔、最高だったな」
「早くいこうぜ。長居は無用だ」
「着替えた服は置いて行こう」
男達は、血が付いた服を着替えて、車に乗り込んだ。
警察side
宮原高校から延びる3本の道の一つ『七宮ロード』を田中圭二が乗る覆面パトカーは進んでいく。
『七宮ロード』は林の中を通り、一度川を渡って、川に沿って国道の手前まで繋がっている道である。
「この先には、寂れた集落がありますね。そこからは、直線の一本道になっていますね」
そして、5分も経たない内に、民家から5人組の男達が出て来て、車に乗り、走り去っていくのを目の前で見ることになった。
田中刑事は直感で、目の前の車のナンバープレートと車の色が分かるように、写真を撮った。
付近は住宅が幾つかあり、別に、怪しいところはなかったが、家の前を過ぎると同時に、田中刑事は「停めてくれ」と叫び、覆面パトカーを停めさせた。
山田巡査の「どうしたんですか?」という問いに答える前に、田中刑事は覆面パトカーのドアを開けて、男達が出てきた家のドアを開けて中に入った。
後から覆面パトカーを降りてきた山田巡査も事態の異様さに気が付いたようで、急いで家の中に入った。
すると、中には15才くらいの女子高生が血溜まりの中でうつ伏せに倒れていた。
⑮
家のドアには、プレートが貼ってあり、『空き家』と書かれていた。
田中刑事から飯原駐在所の吉富巡査と七宮駐在所の林田巡査部長と本庄駅付近を走っていた森田巡査に連絡が入った。
すぐに作戦通りに、動き始めた。
山田巡査は、無線で他の巡査と林田巡査部長に緊急連絡をした。
「5人組の指名手配犯を発見。ナンバー『福岡 300 へ8944』の黒のワゴン車は『七宮ロード』の途中の空き家から逃走中。少女は意識不明の重体。背中に数字の5が刻まれていました。少女を田中刑事に任せて、すぐにそちらに合流します」
山田巡査は犯人の車を覆面パトカーで追いかけ始めた。
「しっかりしろ」
病院に連絡してから田中刑事は、できることをした。
止欠のために左胸にタオルを押し当てた。
一秒一秒が長く感じた。
あの時もそうだった。俺が10年前に守ることができなかった、六つ年下の恋人、早百合のことを思い出す。小さい時から一緒にいた。家は隣で、昔から親同士仲が良かった。
俺は大学卒業後に警察になり、警察学校を卒業して、警察署で働き始めた。その数カ月後に事件が起きた。
「早百合・・・・・・早百合・・・・・・目を開けろ。早百合!」
しかし、二度と早百合は目を覚まさなかった。
犯人による110当番通報で駆け付けた俺は、目の前で血まみれで倒れている早百合を見て、現実とは思えなかった。夢であってほしいと何度も思ったが、部屋の中に充満する金属の匂いと、赤い色の生温かった液体は、現実のものだと語っていた。
時々こんな夢を見る。実際には見ていないはずなのに、早百合が事件に巻き込まれているところが浮かんでくる。
「助けて」と叫んでいるのに助けられない自分がいる。
早百合が大学を卒業したら結婚しようと約束していた。
春になったら、挨拶に行くと・・・・・・
田中刑事は5人目の被害者の少女の左胸にタオルを押しあてながら泣いていた。
まだ息がある。絶対に死なせてなるものか。そして、あいつらにはしかるべき裁きを受けてもらう。そう思った時、救急車のサイレンが聞こえてきた。
救急車が到着して、少女を救急隊員に任せて、田中刑事は少女のカバンから、何か少女の名前や家の連絡先が分かる物を探した。生徒手帳には少女の名前と家の電話番号が書かれていた。家に電話したが、誰も出なかったから、すぐに他の連絡先に電話した。少しすると、繋がった。
「あの、警察の者ですが……」
吉田幸一side
突然の電話に驚いた。
「誰からの電話だ?」
「警察……。悪い、今日の飲み会は欠席する。今すぐに飯原病院に行かないといけない」
「何かあったのか?」
俺は駐輪所に走り、すぐに自転車を走らせた。
カバンをかごに乗せて、急いで裏門を抜けて、飯原病院に向かった。
⑯
病院に到着すると、すぐに中に入った。
丁度今、救急車から出てきたところだ。
見間違いようがない。担架に乗せられているのは早貴ちゃんだ……
「吉田幸一君20才ね、本州大学農学部3年。中森早貴さんの家庭教師か。よく聞いてほしい。早貴さんは、例の連続集団強姦殺人事件に巻き込まれた」
「それじゃ……」
田中刑事は幸一を落ち着かせた。
「まだ死ぬと決まったわけじゃないが、最悪の場合……そうなる」
……信じられなかった。あんなに元気だった早貴ちゃんが、朝別れるまで、笑顔が絶えなかった早貴ちゃんが、今は集中治療室にいる。
集中治療室から、医師が出てきた。
「あの、血液型がA型の人はいませんか?」
運悪く、A型の輸血用の血液が 不足しているようだ。おそらく前の手術で使ったようだ。
「俺は、B型だ」
田中刑事は悔しそうに答える。また、救うことができないのか……恋人、早百合のように。
「俺、A型です」
幸一は立ち上がり、集中治療室の方に歩いて行った。
ED
次回予告
「いや…止めて…誰か…助けて……」
「圭ちゃん……幸一さん……ケイスケさん……」
「誰か……私を助けて……背中が痛い、胸も痛いよ……」
次回 最愛物語 第4話 夢
「死の淵で見る夢は走馬灯のように、過去の記憶を呼び覚ます」
クイズの回答
持ち歩いているお金は、財布に31110円。
フィルムケースに10000円。
合計41110円でした。