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最愛物語  作者: 吉田 幸一
3/15

第2話 家庭教師

生活がたった1日で大きく変わることが、あるものだと、幸一は実感していた。

「幸一さん、朝ご飯ができましたよ」

7時に起こされた。それから朝食なのだが、これがまた美味い。

「行ってきます」に対して、

「行ってらっしゃい」と返す。

ありふれた日常だろうが、幸一にとっては思ってもなかったことだった。

なぜなら、幸一は大学生で昨日まで1人暮らしだったからだ。

そう、今は早貴ちゃんの家庭教師として、住み込みで働いている。その代わり、月謝は1万円だ。

しかし、お金で得られない物がここ、中森家にはあった。


OP

「幸一君、今日は大学の授業はあるのかい?」

俺がリビングでテレビのニュースを見ていると、真二さん、

早貴ちゃんのお父さんが来た。スーツに着替えて、そろそろ出社するようだ。

昨日まで風邪を引いていたが、もうすっかり治っている。髪の毛の色は黒で、項はカッターシャツの襟に届いているのだろうか、という長さで、前髪は七三に分かれている。

「はい、午後からです。週間時間割をここに貼っておきますね」

テレビでは、いつものように、殺人事件、ひったくり、交通事故が報道されている。

「次のニュースです。一昨年から起きている連続集団強姦殺人事件の犯人は未だ逃走していて捕まっていません」

犯人は、富田喜一とんだきいち、11年前、1人の女子高校生を殺害、逃走中。

亜口曹あぐちそう、10年前、1人の女子高校生を殺害し指名手配、逃走中。

豊谷真とよたにしん、10年前、複数人の女子中高生に強制わいせつ、捕まる。釈放後、再犯、指名手配。

森山宍夫もりやまししお、8年前空き巣で捕まる。釈放後、行方不明。

大口一夫おおぐちかずお、10年前、1人の女子大生を殺害し逃走し続けている。

この事件は、若い女性ばかり狙った犯行で、1昨年から、この5人が集団でこういった事件を起こすようになった。面倒なことに、時々日本中で起きているようだ。

 いつどこで起こるか分からないので、警察庁に新しく調査本部が出来たらしい。

 日本全国に警察庁の捜査官が行き、犯人を探しているようだ。情報提供者には、1人につき、500万円の懸賞金を出している。顔写真を見ると、優しそうなオッサンだったり、頬に傷があるオッサンだったり……全員40代に見える。

「怖い世の中だな。幸一君は襲われる心配はないが、早貴は大丈夫だろうか?」

 事件は様々な場所で起きている。

 町の警察署の近くの空家、都会の公園のトイレの中……

 2人目を除いて、どの被害者も、心臓をナイフで刺されて即死している。背中には、数字が刻まれていた。ただ斬るだけでなく、一度火傷させて、その上から斬っているようだ。

 正直、現行犯なら裁判の必要なくそのまま死刑にしていいようなやつらだ。

 2人目は、心臓が左ではなく右にあったため、即死を免れたが、結局失血多量で亡くなった。

 早く捕まえてほしいものだ。 

「幸一君、早貴のことなんだが、宜しく頼むよ。勉強以外でも。家族同然なんだからさ」

そう、幸一はただの家庭教師ではない。早貴ちゃんの世話係でもあるのだ。

「早貴を今まで1人にしてきたからな。寂しい思いをしてきただろう。話し相手になってやってくれ」

真二さんに言われるまでもなく、そのつもりだった。

「分かっていますよ。行ってらっしゃい」

と俺は真二さんを見送った。



②幸一side




大学生活は1週間前と特に何も変わらなかった。ただ、教授に当てられた以外は。

「お前、よくあんな問題分かるな。辞書持ってないくせに」

二限目の英書講読だ。

「ああ、あれは前後の文から全体を把握して、訳しているだけで、単語単独だと分からないよ」

だから、リスニングはだめなのだ。

そんないつもの日常を過ごしていた。

しかし、まだ誰も知らなかった。

ある事件に自分の身の回りの人が巻き込まれることに……


先週、「来週は休講にしますから、代わりにレポートを提出してください」と、三限目の水理学の担当の山富教授から言われていた。今回は全員、昼休みまでに出すことができたようだ。期限を過ぎると減点されてしまうのだ。

「いや~、吉田のおかげで助かった」

俺のレポートを丸写しした奴が数人いるが……

昼飯を奢ってやると言われたが、丁重に断った。

いつも通り、掲示板の前の中庭で一緒に食べるのだが。

「今日は弁当か、吉田?」

「ああ」

実は早貴ちゃんお手製の弁当なのだ。味は保証する。

「うめえ!」

こら、勝手に食うな。

「いや~。お前料理上手なんだな」

「いや、それほどでも……」

こういえばごまかせるよな。

「そう言えば……うめえ……明日は、Nコープの特売日だよ」

食うか喋るかどっちかにしろ、合田。

合田は黒髪の坊ちゃん刈り、見た目から大人しいやつで、少々痩せている。背も160㎝あるか疑わしい。よく、特売日の話をすることから、周りからは「トクさん」と呼ばれている。

「来週の金曜は、モグ・・・・・・農学部の飲み会だな。行くよな?」


お前も口に物を入れたまま喋るな、甲田。

そうか、今週の金曜――明後日――は飲み会か。

すっかり忘れていた。

甲田は黒髪で丸刈り、少しぽっちゃりとした体系で、暑いのか半ズボンと半袖シャツを着ている。

「何かバイトしているのか? 俺はNコープ宮原店でバイトしている」

合田に訊かれた。こいつは時々鋭いことがある。

「俺は、そこのコンビニでバイトしている」

まあ、みんなバイトしているようだ。だが、掲示板に書かれているバイトのようだ。

「俺は、家庭教師をやっている」

「今、掲示板には家庭教師の募集はなかったよな」

 時々貼られているが、今丁度貼られていないのか。

「ああ、色々あってな」

とりあえず誤魔化しておく。

「父親に直接頼まれた」

興味を示したのか、みんな聞いてくる。

「生徒はどんな人なんだ?」

「15才の女子高生」

一瞬時が止まった。末本が興味を示したかのように、身を乗り出してきた。

「父親公認?」

妙な冗談はやめろ。

「いいな。女子高生か」

……みんな若い子が好きなようだ。末本はもしかすると……

「可愛い、その子?」

「そうだな。可愛いな」

ところで、と合田が話題を変えてくれて助かったと思ったが

「最近、家に帰っているか?」

何が、ところで、だ。一番重要な所を突いてきた。

「いや、住み込みでやっている」

再び時が止まった。ある者はむせ、ある者は興味しんしん、ある者は固まった。

「住み込みで、父親公認で、可愛い女子高生の家庭教師か。うらやましいな」

はっきり言えば、そんなところだ。

「ということは、この弁当は?」

「そ、早貴ちゃんが作ったの」

物事は正直に言った方がいい。そう悟った。いつまでも嘘はつけない。堂々と話した方が良いものだ。


「早貴ちゃん、か……良い名前だね」

「まあな」

自分のことのように誇らしい。

「一度会ってみたいな」

そんなこと言われても困る。

いつの間にか昼休みが終わりかけていた。今日の午後は5限目だけがある。16時まで暇だから、部室に行くことにした。


実は俺たちは文芸部に入っている。

現在、大学祭用に書く小説のネタに困っている。

文芸部の活動は主に小説を書くこと……のはずだが……

「ポン!」

麻雀が主な活動となっている。

因みに、起家は合田、次に甲田、俺、末本である。

俺は合田が捨てたイーピンで鳴いた。

末本が積もって、捨て牌を横に向けて、白に赤い●が一つ描かれている棒を出した。

「リーチだ!」

末本一貴のリーチにより、合田と甲田はベタオリ状態だ。

末本は文芸部のボケ担当というか、ムードメーカのような存在だ。いつも頑張っているが、なぜか失敗する。運が悪いのだろうか。しかし、やはりみんなは逃げるのだろう。これは真剣勝負だから。

「カン!」

俺はトップの末本一貴の牌でカンをした。

一発を消されて悔しそうだが、新ドラと裏ドラがのるかもしれないから、喜んでいる。

そして、嶺上牌を積もる。

「カン!」

ポンをした牌に、嶺上牌が衝突し、加カンされる。

セーフ。チャンカンはないようだ。

一つ目の新ドラ表示。

のる、のる、のるぅ~。

新ドラがまさかの加カンした牌。そして……。

「ツモ!」

牌が倒される。そして、緊張の一瞬だと思われる新ドラ表示は、目の前の末本が行う。

二つ目の新ドラはのらず、ほっとする末本。

「ふふふ、新ドラなんてもう関係ねえ」

まさかの、清一、トイトイ、赤1、嶺上開花、ドラ4。数え役満である。

「あり得んやろ~~」

まさかの、逆転。オーラスの親は末本。このあと、チャンタの神様末本は、安上がりを続け、

「続行だ!」と5回も言った。

因みに、この麻雀はおやつのケーキを賭けている。


「末本なかなかやるな」

「わはは、8回和了り続ければ役満だからな、逆転してやる」

理牌をして、末本は北を捨てた。

「それって、連続で、だろう?」

続いて、合田と甲田も北を捨てた。

「おい、お前ら! そんな物捨てていいのか?」

しかし、俺は北を持っていない。

手牌は、白白發東南西一萬一萬九萬三萬五筒七筒八萬だった。四風連打で流すためには、北をツモらなければならない。

だが、ツモったのは中だった。

「ツモれるわけないんだよ。だってもう一枚持っているから」

末本は手牌の北を見せびらかす。

「なるほど、最初から四風連打はさせないつもりだったのか。しかし、そんなの関係ね~そんなの関係ね~。はい」

俺は手牌を倒す。

「九種九牌!」

「あ、ありえんやろ~!」

いや、結構あり得ると思うが……

「まあいい、和了り続ければいいんだからな」

次の局は現在南四局七本場、二翻縛り。

手積み麻雀特有の技、つまり積み込みを俺は見逃さなかった。

末本の山、左から11列目の上に字牌を乗せたのが見えた。

黒い字牌、つまり東南西北發のどれかとなるのだが……

そんな心配をよそに進んでいく順。

末本は再び北を切った。

「ポン!」

俺は鳴いて自風の北を手に入れる。

末本は南を切る。

「ポン!」

再び俺の元へ役牌が入った。

「これで二翻縛りは関係ね~」

「くそ!」

九萬を捨てた。

「懲りない奴だ。カン!」

嶺上牌は北だった。そして新ドラはのらない。


ほっとする末本。実は俺もほっとする。

なぜなら、最初から北と南が対子、九萬の暗刻が出来ていた。

いつもなら有り得ない事態。

これでは字牌は切れない。

「カン!」

ツモるのは白

尽くドラは乗らない。

俺はツモった白を捨てて、現在手牌は四萬の暗刻と發。

末本が白で鳴き、合田が中を切って、再び末本は鳴いて中を手に入れる。これで發はみんな切れない。

末本は大三元字一色を和了ることしか考えていない。いつの間にか、末本の牌は發發四萬東東西西西、ここで末本は四萬を捨てて、張った。

「ふふふ。そんな物捨てていいのかな? カン!」

末本は嶺上開花の責任払いとなるのか?


「發引け發引け」

末本は願いを込めて言った。

そして……

嶺上牌をツモった。

すると、俺はわざとツモった牌を見せた。

「末本、發をツモってしまった」

末本は笑った。いつも以上の大笑いだ。

「わはは、わはは、さあ、大三元字一色、ダブル役満に振り込め! もしくは流局だ!」

「誰が發なんか捨てるか、ツモ! 」

「チョンボか?」

「んなわけあるか。 トイトイ ホンイツ 南北 三カン子 嶺上開花 16000」

嶺上開花の責任払い。子の倍満ツモの1人払いである。

「あ、あり得んやろ~」

一番有り得ないのは字牌が俺と末本に集まったことだ。

おそらく、やつの積み込みが原因だろう。

だが、これでおやつのケーキは俺の物だ。

 言いだしっぺの末本がケーキを買うことになった。


 5限目は先週の休講の代替の英書講読である。もともと月曜は、2限と3限があった。

「えっと、次は吉富、続きを訳してくれ」

 まさかの、名前順で当てているのだ。因みに次は合田の番だ。

「However agricultural field has various characters.しかしながら、農地は様々な特徴を持っている」

 古山教授は訳に満足したのか、「続きを、えっと……合田、訳してくれ」と言った。

 合田は英文を読み、訳をしていった。

 それにしても、この英文は難しいところが時々ある。大体そこにあたるのが、末本だった。本当に、運が悪いやつだ。

 長く感じられる英書講読が、一時間後に終わった。予定よりはやく進んだらしい。

 さて、次は商店街のケーキ屋に行ってケーキを買って貰わないとな、末本に。


大学の近くには、昔ながらの田園風景が広がっている所もあるが、国道に沿って、商店が並んでいる。ここ数十年でこの辺りは大きく変わったらしい。このキャンパスが出来たのはごく最近だ。おそらく、リニアの駅予定地から1時間くらいの所だから、再開発などの計画があったのだろう。新しい道が大学のそばを通って、田切川の向こう側へと繋がっている。インターネットの地図を見ると、まだこの道は航空写真では載っていない。

 こぢんまりとした裏道の商店街のケーキ屋『洋菓子、平田』に入る。

「どれでもいいよ、ただし、1人1つだけだぞ」

どのケーキを選ぶ?

①イチゴのホール

②チョコのホール

③イチゴのショート

④ザッハトルテ

⑤チーズケーキ(売り切れ)

 俺達がホールケーキの方を見ているのに気付いた末本は、「勿論、ホールはダメだからな」と忠告した。

それを先に言え……

そういえば、早貴ちゃんは今頃どうしているだろう?

俺――家庭教師――のことを誰かに話しているだろうか?



早貴side


午前中の授業は分からない所はなかった。

「早貴、ここんとこ教えてくれないか?」

同じクラスの男子で、幼なじみの東圭一から話しかけられた。

茶髪で、学ランの襟に髪の毛がついているくらいの長さだ。そろそろ切らないと、検査で引っ掛かる。

「えっと、ここは、置き換えて解くんだよ」

早貴ちゃんは優しく教える。

「ああ、そうやって展開して、3X+5=Tって置換するのか」

そう言えば、置換というと盛り上がるのは男子校だけなのか?

何てことは考えずに圭一は早貴ちゃんに教わりながら数学の問題を解いていく。

「何で、こんなにスラスラ解けるんだ?」

圭一は疑問を投げかける。

今まで、早貴は勉強は圭一と同じ位かそれ以下だったはずだ。

「えっと、実は家庭教師がいるの」

「家庭教師か~」

圭一は何やら嫌らしい想像をした。



「家庭教師か~いいな~」

「何か変な想像してない?」

早貴ちゃんに指摘され、圭一はすぐに否定した。

「いや、何も考えてないぞ。色々一緒に教えてもらいたいとか……」

早貴ちゃんは色々の部分を間違えて解釈した。

「圭ちゃんも一緒に勉強したいの?」

「え……」

早貴と……色々……?

「圭ちゃん、やっぱり変な想像していない?」

「いや、別に。家庭教師って、金かかるんだろう?」

平常心を装ってごまかす。

早貴ちゃんは昨日のことを思い出す。

「えっと、私は特にお金はかかってないよ。食事とか、そういうのでいい、ということで、かかるのは1人分の食費かな?」

「月謝は食費かよ。すごく安くないか?」

「うん。とても安いよ。あと、月謝は別に1万円」

「いいな~。まあ、俺は早貴から教えてもらえば良いけどな。あと、三谷さんかな」

三谷美華とは、高校からのクラスメートで、春休み中に引っ越して来た、美人で頭が良い人だ。ついでにナイスバディで色気がある。黒髪で、まっすぐおろしている時と、ツインテールの時がある。どちらかというと、真っ直ぐおろしていることが多い。

「あ、中森さん。ここを教えてもらえませんか?」

中森早貴と三谷美華は仲が良い。席が隣ということで、よく勉強を教えてもらっていたが今日の授業の難しいところは早貴ちゃんが三谷さんに教えている。

因みに、早貴の後ろは圭一の席で、三谷さんの後ろの席が木田由里の席である。


木田由里は中森早貴と東圭一の幼なじみである。

「私にも教えてほしいな」

噂をすると、木田さんは、三谷さんの後ろからひょっこり顔を出した。

明らかに身長は150㎝ない。頭半分くらいだから、140㎝くらいかな? 

クラスで二番目に背が小さい。

その後、早貴ちゃんは周りのみんなに、次あてられるところを教えてほしい、とせがまれた。

それと同時に家庭教師の話も広がった。



放課後16:30

HR(ホームルーム)が終わり、帰宅する。

早貴ちゃんはいつも通りに木田由里、三谷美華、東圭一と一緒に帰っていた。

「そう言えば、早貴って、学校に行くとき、この道通ってないよな」

「1人で帰る時も向こうの道を通ってるよ」

この道は少し遠回りになる、ということだ。

明日から始まる中間試験の話をしながら、歩いていた。

「明日は、数学、英語。明後日は、現代文、古典だな」

「高校の試験ってどんなものだろう?」

多くの人がこんな体験をしただろう。

中学の試験とは全然違って難しいのではないか? とか、不安に思っただろう。

「まあ、なるようになるさ」

早貴は家に帰ると、夕飯の支度を始めた。

18時頃くらいに、玄関でインターホンが鳴らずに、ドアが開いた。ガラガラガラっと。

「ただいま~でいいのかな?」

自信なさそうに、幸一は言う。

「お帰りなさい。幸一さん。因みに『行って来ました~』とも言います」

 方言というものは、色々ややこしいが、標準語を使っているように感じる。

 そう言えば、昨日、『仕舞う』を『直す』って言ってしまったが、通じなかったよな?




幸一は、色々と荷物を持ってきた。着替えやらパソコンやら……。

「早貴ちゃんは明日から、中間試験だね。頑張れ。協力するよ」

「夕飯が出来たら、少しお願いします」


ここなんですけど……。

と指さされたのは、英語、文の要素のところだ。

「第3文型と第4文型は書き換えられるというところですが……よく分かりません」

I give you my book.=I give my book to you.

I buy you this book.= I buy this book for you.

と例をあげて教えた。

「前置詞を置くことで書き換えができるってことだよね。書き換えの問題はよく出されるよ。あと、there is a book.は第一文型で、S(主語)は a bookということは注意。make、cookも前置詞はforだね。それくらいかな」

 次に、助動詞の問題、

「百点阻止問題ですが……四択です」

「好きなやつを選んでくれ。直感が大事」

と、適当にアドバイスをした。

どうせセンター試験の過去問だろう。『()に入る物を下の4つから選べ』ってやつだ。


夕食後、早貴ちゃんは再び、勉強を始めた。

時々アドバイスをした。今日は早めに寝るようだ。

お父さんの帰りは遅いようなので、俺が真二さんの夕食を温めなおした。



⑪一気に1週間経った。

木曜日。そろそろ衣替えの時期のようだ。大学の人々も半袖の人がちらりほらりと現れ始めた。家に帰ると、早貴ちゃんが夕食を作って待っていた。

中間試験の結果が出たようだ。

お父さんが帰って来てから食事をした。食後少し緊張して、早貴ちゃんは答案を見せてくれた。

数学は90点。英語は70点。現代文は60点。古典が70点だった。因みに、俺は現代文は教えてないぞ。

順位表も見せてくれた。プライバシーと知る権利の両方を守るためか、成績上位5位まで名前が載る。

学年五位の成績で、俺は文句なしの結果だったが……真二さんはどうだろうか。

「ど、どうですか?」

「よく頑張ったと、俺は褒めるよ。お父さんはどうですか?」

「いや~、こんなに取れるとは思わなかったよ」

満足そうに笑っていた。幸一は安堵した。クビって言われると困るからな。

高校は違うが、自分の時よりも良い点数だったから、少々心配していた。


さて、次の日、金曜日の夕飯の時間に、真二さんから重大発表があった。

「来週の月曜日から6週間、福岡県に出張することになった。部長の家に泊まることになったんだ」

秘密のケ○ミ○ショーとは違うようだが、おそらく部長夫妻が迎えるんだろう。

そんなことよりも、いいのか? 俺が早貴ちゃんと1つ屋根の下で生活しても……

そう言えば、一緒に寝たことがあったか。

「幸一君、留守中、早貴のことを頼むよ」

ということは、信用されているのか?

しかし、1つ屋根の下で年頃の男女が……何てことを心配していないのか? 大事な一人娘でしょう?


本音を言うと、少々、否、とても嬉しいのだが……(彼女いない歴20年と5ヶ月)、早貴ちゃんと仲良くなって、恋人になったり……なんてあり得ないよな。早貴ちゃんには、幼なじみの東圭一という想い人がいるからな……。



 俺は家庭教師だけでなく、早貴ちゃんの手伝いもするようになった。

 調理補助のようなもので、野菜を切ったり、上の棚から鍋を取り出したりした。

 早貴ちゃんは出汁の調整、要は経験者しかできないようなことをしている。俺みたいな1人暮らし3年目くらいのやつでは到底敵わない相手だ。

 そんな早貴ちゃんは、日曜日の夕方、 テストの復習をしていた。感心だ。俺はやってなかったが。

そんな時に、早貴ちゃんからいきなり空気を変える一言が飛び出した。

「あの、今度、私……圭ちゃんに告白しようと思います」

 今度とはいつのことかは聞かないでおこう。早貴ちゃんの場合、1ヶ月後かもしれない。

「何かアドバイスはありますか?」

 俺、彼女いない歴=人生ですが、

「そうだな。早貴ちゃんにしかできないことでアピールすると良いよ。弁当を少し分けるとか」

「それは、時々やっています」

そうかい。

 俺は早貴ちゃんの足下から頭まで一度往復して見た。

「いつもどおりが良いよ。変に大人びていない方が違和感がなくて良いと思うよ。俺が言えるのはそれくらいだ。悪いな」 

「いえ、十分です」

俺は机の引き出しの中から、お守りを出した。去年の夏に諏訪大社で買ったものだ。

「これあげる。2つあげるよ。この輪で繋げておけば良いと思う」

 金属製の輪を2つのお守りにつけて、1つにした。

 この金属は丈夫で、少々重みがあるようなないような、でも軽いから大丈夫だろう。

「ありがとうございます」

 


  早貴side

 幸一さんから貰った、金属製の輪で繋がれた2つのお守りは、1つは『縁結び』だったが、もう1つは『学業成就』だった。

 私は制服の胸ポケットに金属製の輪つきお守り2つを入れた。

 この制服には、内ポケットがついている。

 3年以上前の制服にはついていなかったらしいが、なぜか最近の制服には内胸ポケットがついているのだ。

 用途は多分、非常用のお金を入れておくための物だろうが、硬貨は固くて重く、胸が痛くなる。紙幣はくしゃくしゃになって破れそう。小さい札入れなら入ると思う。多分これが一番正しい使い方だろう。あとは、お守りを入れることかな?

内ポケットに入れても痛くないし、外から見ると、胸が少し膨らんで見えるからお得だし……、もしかしたら、胸の形が見えにくいように作られているだけかも知れない。

 そう思いながら、私はお守りを金属製のリングが下になるように入れた。

 ここなら、絶対に落ちない。

 そういう安心感、そしてこれならうまくいくかもしれないと鼓舞したが、やはり、緊張して告白なんてできないだろう。

 自分が何とかしないと、お守りは何も役に立たない。

 幸一さんは、お守りは化学反応における『触媒』のようなもので、反応を促進させる力しかない、と言っていた。

 あとは、私の勇気と言う気があればいい。

 う、おやじギャグ……お父さんがうつったかな?



 幸一side


そして、あっという間に月曜日になった。

真二さんは福岡に出張した。そう言えば、真二さんの会社って……本州環境保全会社だったよな。

ということは、出張先は九州環境保全会社か?

部署によるが、計画課の部長は吉田真、つまりは俺の父だ。

「さてと、鍵を閉めて、大学に行くか」

いきなり、可愛い女の子と2人きりの生活を送ることになってしまったが、喜ぶのも束の間、金曜日の夕方に、日本中で知らない人がいないくらい有名な、ある事件が、この町でも起こることを誰も知らなかった。



ED

次回予告

「パトカーで巡回中の2人組の警察官が偶然遭遇した、空き家から出てくる5人組の男達は、1昨年前から犯罪を繰り返している指名手配の5人組だった。1人を降ろして、空き家の調査、もう1人は手配犯を追う」

「空き家の中で見つかる意識不明の少女」

「そして、俺の携帯電話に警察から呼び出しが……」


次回 最愛物語 第3話「悲しい出来事」


「幸せな日常が1日で崩れ落ちる」





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