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最愛物語  作者: 吉田 幸一
2/15

第1話 運命の始まり

2011年5月21日。

中森早貴は一人で道を歩いていた。飯原駅を出て、駅前の道を進み、大通りに出ようとしていた。

まだ幼さが残る15歳くらいの外見、長袖のピンクのブラウスに赤いスカートという服装。髪型は少し赤みがかったブラウンのショートで、肩には届かない長さである。

今日は晴れていて、月も星も綺麗に見える。都会では見えない星もはっきり見えている。

さて、なぜ少女が1人で夜道を歩いているのか……



早貴は街に遊びに行ったが、遅くなり、疲れたのか、列車の中で寝てしまい、最寄り駅を寝過ごしてしまう。対向列車がすれ違い、早貴は目が覚めた。しかし、起きた時には、最寄駅の七宮駅の次の本庄駅を出発していた。列車は飯原駅に着き、早貴は急いで列車のドアを開けて降りた。

ホームに降りて、車掌に切符と乗り越し運賃を払い、ホームの反対側に渡り、駅舎の切符売り場の横に貼ってある時刻表を確認すると、最終列車は今さっきすれ違った列車だった。

しかたなく駅を出た早貴は、あまり来たことがないせいか、どちらに行けば良いか分からなかった。



「どうしよう。ここどこだろう」

適当に辺りを歩いていたら、20代後半の何やら派手な格好をした青年3人が声をかけてきた。 

「ねえねえ君、何してるの? もしかして、終電逃しちゃったのかい? 泊まる所がないのか? 俺の家で良ければ泊めてあげるよ」

何やら、笑みを浮かべている青年達。

「いえ、結構です」

すかさず、少女は断るが、

「良いじゃないか。風邪ひくよ。今日は冷えるから」

青年の1人は少女の左手を掴んで離さない。

「離してください」


ちょうどその頃、コンビニから帰る途中だった俺、吉田幸一は、コンビニのレジ袋片手に歩いていると、十字路の近くで何やら男3人に話しかけられている少女を見つけ、会話を聞いていた。


少女の悲鳴が聞こえ、助けることにした。

「離してください」

「遠慮しなくていいから」

少女は助けを求めた、すると、前の方から足音が聞こえてきた。3人の男達の向こう側から、20歳くらいの青年が歩いてきた。

そして、突然意味不明なことを言い出した。

「あ、栞。ここにいたのか。たく、駅で待っておけって言ったのに」

青年は突然、少女の優しく手を掴んで引き寄せた。

「すみません。俺の連れがお世話になりました。行くよ栞」

そして、少女を三人の男達から遠ざけた。

「け、彼氏がいたのかよ。いや、従兄妹か?」


20歳くらいの青年は、3人から見えなくなるくらい離れると、少女の手を離した。

少女は、青年が助けてくれたことに初めて気づいた。

「あ、ありがとうございます」

青年は黒く短い髪で、茶色のセーターを着て、黒い長ズボンをはいていた。

優しそうな青年である。

「あはは、気にしなくていいよ。ここから帰れるか?」

青年は少女に訊いた。まぁ、当然の質問だ。

「いえ、その、帰れません。ここはどこですか?」

「飯原駅から西に行った所だよ」

少女は自分が帰れるか聞いた。

「最寄り駅は七宮駅か、二つ先だな。歩いて帰れないことはないけど。時間かかるよ。道は分からないよね」

「はい」


 ③

本当に困った顔をしている少女は少し寒そうだった。5月下旬と言っても、夜は寒い日もある。

青年は少女にセーターを着せてあげた。

「ありがとうございます」

「こんな寒い中歩いて帰るのは、あまりお勧めしないよ。誰か知り合いの家とかないの?」

少女は首を振る。

放っておくわけにもいかない。

「なら、良かったら俺の家に来るか?」

少し考えたが、頷いた。

「はい。そうします」


二人は坂を上り、少し歩くと、小中学校の向かい側のグラウンドの横に、アパート「紅葉荘」が見えてきた。

「あのアパートの102号室が俺の家だよ」

二人は家の中に入った。

中は掃除されていてきれいだった。

「電話借りてもいいですか?」

と言って、少女は俺の携帯電話を借りて、家にいる父親に電話した。

「あ、お父さん。私、早貴だよ。ごめんなさい。寝過ごして2つ先の駅から降りて、親切な人に電話を借りてるところ」

『悪い、迎えに行きたいんだが、少し風邪気味でな。泊めてもらってくれ。ズズズ・・・明日帰ってきてくれ。ズズズ…』

時々聞こえる雑音はどうやら、鼻をかんでいる音らしい。

「うん。分かった。それじゃ、明日の昼頃に戻ります。おやすみなさい」

『ああ。おやすみ。あ、そうだ、その親切な人に変わってくれないか?』

「はい。どうぞ」

青年は早貴から電話を受け取った。

「お電話代わりました。吉田幸一と申します」

『お、男!』

まぁ、当然の反応だろう。

「はい、男です」

『過ちは犯さないでくれよ。それと、明日、家まで来てくれないか?』

突然の招待を受けてしまった。お礼でもしてくれるのか? それとも、手を出さないように釘をさしたのか。

「分かりました。責任を持って家まで連れて行きます」

『ああ、よろしく頼む。もう一度、娘に代わってくれ』

安心したのか、信じるしかないのか……。

幸一は早貴に電話を渡した。

「何、お父さん?」

『何か、妙なことをされたら、お父さんに言うんだぞ』

「う、うん。分かっているよ」

『まぁ、娘に電話をさせるくらいだから、信用はできそうだけどね』

まぁ、そのとおりとは言えなくもないが、一応念のために注意しているのだろう。

『それじゃ、おやすみ』

「うん。お休みなさい。」

同時に電話を切ったようだ。

「どうだった?」

「あの、泊めていただけないでしょうか?」

本当に済まなそうに言う。こういう顔をされると、断れない。

「ああ、良いよ」

「ちゃんと、お礼はします」



「お礼ね。何かしてくれるの?」

早貴は少し困った顔をした。

「何をすれば良いですか?」

「いや。今は良いよ。夕食は食べた?」

その時、早貴の腹の音が鳴った。

青年は、コンビニで買った弁当を出した。

「これ食べて良いよ」

早貴は一瞬喜んだが、すぐに俯いた。

「私はいいです」

なぜ我慢するのだろうか。

「食べて良いよ。我慢しなくていい。俺はカップめんを食べるから」

「あの、私お金がないです」

なるほどそういうことか。

どうやら、乗り越し運賃を払って金がなくなったらしい。

「お金はいいよ」

「いえ、そういうわけには……」

さて、どうしたものか……

「あとでお父さんからもらうから」

「いえ、私が払います。1ヶ月待って貰えますか?」

正直言ってどうでもいい。

「ああ、いいよ。出世払いでも良いけど」

「ありがとうございます」

意味分かっているのか?


早貴は安心したかのように、弁当を食べ始めた。美味しそうに食べている。どうやら好き嫌いはなさそうだ。

青年は、お湯をポットで沸かしている。10分後に100度になるだろう。

その間青年は風呂掃除をし始めた。

5分後、青年は風呂掃除を終えて、湯船にお湯を入れ始めた。

8分後、青年はトイレに入り、

9分後に出てきて、カップめんの準備を始めた。

10分後、焼そばにお湯を入れ始めた。



⑤ 

そして、高菜ラーメンを開け始めた。

早貴はやっと半分ほど食べ終わったようだ。

焼そばのお湯を高菜ラーメンに移して、焼そばにソースを付けてかき混ぜて、食べ始めた。

焼そばを食べている途中で、高菜ラーメンが出来上がったので、高菜を焼そばに入れて食べた。

不思議な顔をして、早貴はこっちを見る。

「美味しいですか?」

「ああ、なかなか旨いよ。高菜焼そばはお勧めするよ」

「よく食べますね」

「昼が少なかったからね」

「いつも、カップめんですか?」

「いや。いつもじゃないけどよく食べるね」

健康を気遣っているのか、

「体に悪いですよ」

「そうだね。時々、コンビニ弁当なんだよね。あとは、スパゲティくらいかな。料理が下手でね。君は料理できる?」

早貴は自慢するようなことはせずに謙虚に言う。

「はい。一応出来ますよ」

「いいな~料理できて」

「よろしければ、朝食を作りましょうか?」

「ああ、頼む」

青年は今更ながら気付いた。

「そういえば、自己紹介まだだったね。俺は吉田幸一。幸一でいいよ。20歳の本州大学の3年生。出身は九州、福岡県福岡市だよ。因みに誕生日は1月18日だよ。何か聞きたいことはある?」

「んっと、そうですね……」

悩んでいるようだ。

「何でも聞いてくれ。ないなら、無理に質問しなくてもいいよ」

「はい、特にありません。今度は私の番ですね。私は中森早貴です。早貴って呼んでください。山の方にある宮原高校の1年生です。ずっと七宮に住んでいます。誕生日は11月15日です。何か聞きたいことはありますか?」

「15才か……」

「はい」

歳相応の外見に見えなくもないが、中学生から完全に抜け切れていない感じがするな。それに、何か、寂しそうな空気を漂わせている気がした。

「終電を逃すなんて、どこ行ってたんだ? 言いたくないなら話さなくていいよ」

「えっと、飯倉市に行っていました」

飯倉市とは、ここから南に列車で1時間くらいのところにある街だ。飯倉駅は赤い駅舎が特徴である。

「洋服を買って、コンサートに行ってきました」

何となく、読めてきた。

「そう・・・・・・クラスメートに好きな男子でもいるの?」

少し戸惑っている。図星だな。どうやら想い人がいるようだ。

「幼馴染の圭ちゃん――えっと東圭一って名前です――が好きです」

言いたくないなら言わなくていいって、言ったはずだが、一応聞いておこう。

「そうか。いいな~圭一君は。こんな可愛い早貴ちゃんに好かれて、俺なんか全然モテないのに」

「私、可愛いですか?」

それ以外にどのような表現ができるか考えてみたが、無理だった。

「可愛いと思うよ。圭一君はカッコイイんだろう」

「はい」

少しうつむき始めた。恥ずかしそうな表情が消え、少し困った顔をしている。

「すぐ付き合えそう……というわけではないみたいだね」

「はい。圭ちゃんは、高校からクラスメートになった三谷美華さんのことが好きみたいです。私より可愛くて、料理もできて……」

早貴は胸の前に手で球を描いた。

「これくらい、胸が大きいです」

「そうか」

幸一は紙とペンを取り出した。適当に「早貴」と「圭ちゃん」と「三谷美華」を描いて、三角関係を書いた。

「三人はどういう関係なんだ?」

「同じクラスです。高校に入ってから三谷さんと友達になりました。お互い仲がいいです。」

「他に誰かいないの? 圭一君のことが好きな人」




「えっと、もしかしたら由里ちゃんもかもしれません。木田由里って言います」

「特徴は?」

「小さいです」

幸一は「小さい」と書いた。

「つまり、圭一君はモテモテということか。いいな~」

早貴は、「そうですね」と微笑みながら言った。

「俺全然モテなかったからね。ははは。彼女いない歴=人生だからな」

「幸一さんも、かっこいいと思いますよ」

「そうか?」

その時、風呂のブザーがなった。

「先に入って良いよ」

早貴は風呂に入れてもらえるとは思っていなかった。

「いえ、幸一さんが先で良いですよ」

「色々とやることがあるから先に入ってくれ」

「分かりました」

早貴は先に脱衣所に入った。

「覗かないでくださいね」

「分かってるよ。ゆっくり入って良いよ。疲れただろ」

「はい、ありがとうございます」

幸一は棚からタオルを出して、出て行った。

早貴はそれを確認してから服を脱ぎ始めた。

「よく考えたら、私の裸なんか、見たって、何もいいことないですよね。三谷さんみたいに胸は大きくないですし…色気のかけらも魅力もないですから」

幸一はドアの向こうで聞いていたが聞こえていないふりをして食器を洗っている。




風呂の扉が開いて閉まった音がした。

早貴は湯船に浸かり疲れがとれていく感じがしていた。

いきなり脱衣所の扉がノックされた。

「寝間着持ってきたよ。夏服だけど、スカートのまま寝るよりましだろう?」

寝る時のことを考えていなかった。

「ありがとうございます」

ここに置いておくよ、と言って幸一は脱衣所を出て行った。

20分後、早貴が風呂から上がってきた。幸一が渡した寝間着を着ている。

どうやら大き過ぎたようだ。ズボンの裾の長さも、袖の長さも全てが合っていない。何度も裾を折り曲げている。半袖だから丁度良いみたいだ。ズボンは紐を結ぶタイプだったから、きつく結べば落ちることはなかった。

「布団は敷いておいたよ。冷蔵庫の中の物は好きに飲んで良いよ。テーブルの上のお茶もね。布団は奥の方を使ってくれ」


早貴はコップを取って、冷蔵庫の中を見た。

1リットルのペットボトルが八本も入っている。ペットボトルの中身はどうやら、ラベルとは違うらしい。6本の『おいし~いお茶』のペットボトルの中に異なるお茶が入っているのだ。それに、わざわざ紙に、お茶の種類を書いて貼っている。

「冷蔵庫の中に、麦茶、緑茶、紅茶、ウーロン茶、ほうじ茶、ジャスミン茶、紅茶+ジャスミン茶があったけど、お茶が好きなのかな? 私も好きだけど……ふふ」

何だか気が合うな。

「あれ、実験用って何だろう? 好きに飲んで良いって言っていたけど、いいのかな?」

早貴はコップの中に実験用という紙の貼ってあるペットボトルの液体をコップに注いだ。色は、紅茶に近いが、少し黒っぽく、匂いは何かよく分からないが、色々な匂いがした。

「体に悪いものは入っていないみたい」

早貴は勇気を出して、謎の実験用の液体を飲んだ。

「……お、おいしい……何だろう。えへへ、こんなにおいしいお茶は初めて。なんて種類のお茶何だろう? 後で聞いてみよう」

幸一さんは、お茶に詳しいのかな?

台所でお茶を飲んでいると、幸一が寝間着を着て、脱衣所から出てきた。

「あ、実験用を飲んだね?」

飲んではいけなかったのかな?

「は、はい。おいしかったです」

「全部飲んじゃったみたいだね」

幸一は少々がっかりした。まさか、実験用と書いている物を飲んでしまうとは。早貴ちゃんは好奇心旺盛のようだ。今度からは、何て書けばいいんだ?

『腐っています、飲むな!』と書くと捨てられそうだし……。

「すみません」

本当に申し訳ないという顔をして謝っている。

「あはは、別に気にしてないよ。また作ればいいから」

「そうですか……。」

少し、脅かしてやるか……

さて、何と言えばいいかな?

①少し醤油を入れてみた。

②少し味噌が入っているんだ。

③隠し味にブランデーを少々。

④蜂蜜入りだ。

⑤実はそれ、……

「実はそれ、大学の実験に使う物だったんだが……残留農薬の調査に必要でね……」

「農薬が入っているんですか?」

「ああ、まあ、微量だから気にしないでいいよ」

嘘は言っていないつもりだ。もともと農薬がかかっているはずだからな。

さて、このことに気付くか、取り乱すか……。

「でも、特に変な味はしませんでしたよ。それに、大体の物は農薬がかかっていますし……」

見た目より賢い子だな、早貴ちゃんは。

「安心していいよ。それはただ、他のお茶を混ぜて作ったものだからな。配合比を色々変えて作っているだけだよ。お湯で作ったり、水で作ったりと、色々工夫して作っているんだ」

「そうですか。もう、驚かさないでくださいよ」

 頬を膨らませて、早貴は怒った。安心したようだ。

さて、おふざけは終了。

「ははは、悪い悪い。でも、怪しいものは飲んだらだめだよ」

「はい。今度から、そうします」

早貴ちゃんは奥の布団で横になった。

しかし、眠くならなかった。

家族を除いて、男性と同じ部屋で寝るのは初めてだったことに気付いたからだ。

早貴の心臓の鼓動が早くなった。

頬が赤くなっている。

「眠れないか? 電気消すよ」

眠れない原因は蛍光灯のせいではないのはなんとなく分かった。

「もしかして、家族以外の男性と寝るのは初めて?」

「はい」




「怖いか?」

「いいえ、怖くはないですけれど……妙にドキドキして眠れないんです」

「隣にいるのが圭一君だったら良かったのに……ってことでも考えて寝た方が良いよ」

暗くてもなんとなく、首を振っているのが分かった。

「いえいえ、そんな失礼なこと考えられませんよ」

クシュン……

「寒いか?」

「はい。少し寒いです」

幸一は自分の掛布団を半分くらい貸してあげた。その代わりに近くで寝なければならない。

幸一は早貴のタオルケットの上に寝た。その上に、掛け布団を2つ重ねた。

タオルケットの薄い布で2人の体は仕切られているが、一応念のために2人は互いに背を向けて寝た。

 安心したようで、また、疲れていたからか、2人はすぐに寝てしまった。



宮原町は人口3000人位の町で、本州大学本庄キャンパスがあるからか、大学生が占める割合が多い。一番新しいキャンパスで、去年できたばかりで、現在の3年生が最上級生となっている。本庄キャンパスが出来るまでは、人口は2000人位だったらしい。また、リニア中央新幹線の駅から列車で1時間くらいの距離になる予定だから、新しい道などが整備され始めている。本庄キャンパスの横に新しい道が通っているのだ。

昭和60年頃から、本州大学は学部とキャンパスを増やしていった。厳密には合併吸収をしたところもある。医科大学が医学部に、農業大学が農学部の学科の1つになった。

 そんな大学に通って3年目の俺は、実は中野キャンパスに1年いて、安曇野キャンパスに1年いて……つまりこの本庄キャンパスに来たのは、今年の3月であり、まだ2カ月しかたっていないので、あまりこの街のことは分からない。アパートは大学生協が用意したところで、インターネット環境が付いているところだった。よって、去年の決算セールで買った無線ルータは1度も使うことがなかった。

 


 ⑩

朝8時頃に起きた早貴は、自分の衣服を調べた。

着衣に一切乱れはなかった。

早貴は安心し、幸一を信頼できる相手だと悟った。

冷蔵庫を開けて、中の食材で何ができるかを考えた。中にはうどん玉4つと蒲鉾、があった。さらに卵とオリーブオイル、ハムとパンがあることに気付いた。

炊飯器の中には何もなかった。

「『うどん』か『パン』、朝食だからパンだよね」

ハムエッグと野菜を切ってサンドイッチを作った。

「幸一さんは、完熟が好きなのかな? 半熟かな?」

とりあえず、スクランブルエッグ、茹で卵、ポテトサラダを作った。

マスタードを置いて朝食の用意は出来た。

早貴は幸一を起こしに行った。




「幸一さん、起きてください。幸一さん」

体を揺さぶられた幸一は、少し眠そうだったが、早貴の笑顔を見ると、目が覚めた。

「おはようございます、幸一さん。朝御飯できていますよ。」

そうだった。そういえば、そんな約束したな。

「あ、うん、ありがとう」

幸一は洗面所に向かった。

早貴は、布団を畳み始めた。


洗面所から戻ると、早貴は皿にハムエッグを乗せた。たった今できたばっかりで湯気がたっている。

幸一は席に付き、「いただきます」と言うと、食べ始めた。

早貴は幸一が食べ始めるのを見てから食べ始めた。


卵は完熟(固体)で、しかし柔らかかった。

「幸一さん、卵は半熟の方が良かったですか?」

「いや、どっちでも良いよ。どちらかというと固体の方が好きだね」

早貴は安心した。

「自分が作ってもこんなに上手くできないよ」

早貴は誉めてもらえて嬉しかった。


あっという間に全部平らげてしまった。

「いただきました」

と早貴は手を合わせて言った。

幸一も同じようにした。

食後に、幸一は早貴に、家は最寄り駅からどっちの方向か聞いた。

「となると、列車を使わずに、国道に沿って歩いた方が良いみたいだな」

インターネットの地図を見せた。距離は約4kmだった。





早貴と一緒に国道を歩いていた。

「2駅先だからもっと遠いかと思ったけど、線路ってあんなに曲がっていたんだね。1駅と思った方が良さそうだ。60分くらいで着くよ」

「案外近いですね」

これは、デートなのか?

実際、幸一はデートをしたことがない。

幸一は小さなリュックをからっている。中に何か入っているようだ。

「早貴ちゃんは長時間歩いても平気なの?」

「はい、大丈夫ですよ」

「そうか」

 飯原駅の西の国道から、南に進み、少し下ると、橋がある。

 橋を渡ると、横断歩道の代わりに、地下道があり、道路の向こう側に出た。

 そこから先は、高低差30mはあるであろう坂道を延々と上るのである。

 しかし、良く見ると、階段があった。

 あるところは、畑のすぐそば――ここ道なのか?――だったり、あるところは採石場らしきところの奥にもあった。

 丘の頂上まで登ると――正確には、谷から平地に上ったと言った方が正しいのかも知れない――そこには広々とした平野が――正確な表現はなんだろうか――が広がっていた。

 町営のプールが遠くに見え、斜めの道を進むと、西側の国道に出た。

 Mコープやコンビニ、『道の駅みやはら』がある国道である。

約40分で通学路についた。どうやら、高校が案外近かったらしい。

知っている道では足取りが軽くなるというものを実感したようだ。

「幸一さんの家は案外近いですね。」

道の駅の近くを流れている川を渡って、2つ目の信号を右に曲がり、郵便局の横、七宮小学校の横をさらに坂道を上り、高速道路をくぐり、神社の横を過ぎて、2分くらい歩くと、白く四角い家が見えてきた。真新しく見えるが、築20年は経っていないだろう。

「あれが私の家です」

早貴はインターホンを鳴らした。

しかし何も起きなかった。

「お父さん大丈夫かなぁ?」

風邪をこじらせて寝込んでいるのかもしれない。

早貴は鍵を開けた。幸一は早貴と一緒に中に入った。

「ただいまお父さん」

台所にいた。

「お帰り」

しかし、少し顔色が悪い。

「冷蔵庫の中に何もないんだが、何か消化のいい物を買ってきてくれないか? 昼飯がないんだよ」






⑫「うどんならありますよ」

と言うと、幸一はリュックの中から冷凍うどん10玉とダシを取り出した。

「ありがとう。助かるよ。朝御飯食べてなかったからね」

早貴も驚いた。いつリュックの中にうどん玉を入れていたのか分からない。

早貴は鍋に水を入れて温め始めた。

「具は蒲鉾とネギですね。ダシはカツオダシです」

「用意が良いですね」

「自分が風邪をひいた時のために買っておいた物なんだ」

椅子に座ったまま、後ろから早貴ちゃんのお父さんは

「自己紹介がまだだったね。俺は、中森真二。飯倉市の本州環境保全会社で仕事をしている。娘が世話になったね。ありがとう」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。何かの縁ですし、困った時は電話してください」

幸一は氏名、年齢、住所、携帯電話の番号とメールアドレスが書いてある紙を渡した。

「ありがとう。これは、私の会社の携帯電話の番号、こっちが家の電話番号だよ。娘に何かあったら伝えてくれ」

「分かりました」

早貴は台所でうどんを茹で始めた。

「早貴の料理は食べたかい?」

「はい。食べましたよ。料理上手ですね」

「そうだろう。男手ひとつで育てた自慢の娘だからな」

「そうですか」

早貴はうどんをドンブリに入れて持ってきた。





「はい、お父さん。幸一さん」

いつも自分が作っているうどんと具は同じだが、

「うまい。流石だな」

「美味しいよ。早貴ちゃん」

「ありがとうございます」

いつもとはひと味違う。理由を聞くと、

「少々味噌を加えてみたんです」

と言った。なるほど、味噌消費量が日本一の県だけはある。

1食で4玉平らげた。

食後、真二さんは、寝室で眠った。

リビングで早貴ちゃんと2人きりになった。早貴ちゃんは少し緊張しているのか、少々頬を朱くして、

「あの、幸一さん、もしよろしければ、付き合ってもらえませんか」

と言った。

いきなりのこの発言に、俺は「良いよ」と答えた。

「ありがとうございます。」

本当に嬉しそうだ。

「お米を切らしていて、困っていたんです」

「ああ、なんとなく分かってたよ」

だよな…

早貴ちゃんは天然みたいだ。


スーパーマーケットーーMコープ――に行くと、色々と置いてある。

他県では見られないような物もある。少なくとも博多では見たことがない。中野や安曇野にも置いていたかもしれないが。

早貴ちゃんは買い物籠に卵、キャベツ、人参、トマト…を入れて、俺は米五㎏一袋を抱えてレジに向かった。

並ぶことなくレジに行けた。

「あら? 仲がよろしいですね。もしかして新婚さん?」

店員のオバチャンにはそう見えるのか?





「え、違いますよ。そんなんじゃありません」

必死になって否定した。

「そうよね。まだ15歳だもんね。恋人?」

どうやら、早貴ちゃんのことを知っているらしい。

「だから、そんなんじゃありません」

少し傷つく、そんなに一生懸命否定しなくても…

「からかわないでください、おばちゃん」

そろそろ助け舟を出すか。

「ただの知り合いですよ。真二さんが風邪を引いたようなので、代わりに俺が手伝っているんですよ」


帰り道の途中で幸一は早貴から、レジのオバチャンは母‐中森美貴‐の友達、山本真美、旧姓は吉本であると聞いた。

「私達、恋人に見えるみたいですね」

少し頬が赤い。

「隣にいるのが、圭一君だったら良かったのにね」

早貴は一度頷き、すぐに首を振った。

「いえ、そんな失礼なこと考えてません」

説得力ないよ。

「幸一さん、夕食食べて行ってください。泊まっても良いですよ」

「あ、それじゃ、泊まっていくよ」

早貴ちゃんは嬉しそうだ。

家に帰ると、真二さんは眠っていた。解熱剤と鼻炎用カプセルを飲んでいるらしい。

安心した早貴ちゃんはリビングで勉強を始めた。中間試験が近いらしい。





俺も向かい側でレポート課題をした。

1時間後、レポートが終わった俺は向かい側の早貴ちゃんを見た。

早貴ちゃんは問題集がもう終わったのか、動きが止まった。

それに気付いた俺は、数を数え始めた。

早貴ちゃんは60秒経って次のページに移った。さらに30秒経って教科書を見始めた。

しかし、一向に手が進まない。シャープペンシルが動かない。ノートが真っ白のままだ。

「う……分からない」

ついに声を出した。早貴ちゃんはこっちを一度向いたが、すぐにうつむいた。質問をして、レポートの邪魔をしたくないのだろう。

俺はレポートに学部学科学籍番号と氏名を書いて、

「ふう、やっと終わった」

とわざと言った。


早貴ちゃんは待っていたように、おずおずと質問してきた。

「因数分解の問題なのですが。『たすきがけ』がよく分からないんです」

「ああ、そんなのあったな。ああ、なるほどこれか……」

幸一は自分のノートに計算式を書き始めた。

「あ、できた」




(3x+5y+1)(x-y+3)という答えが出てきた。

早貴は解答を見て確かめた。

「合ってます。こんなに早くできるなんてすごいです」

「基本的な解き方は分かる?」

「いえ、全然分からないです」

ノートを見せた。

3x²+2xy+10x+14y-5y²+3

「まず、xが含まれていない部分で因数分解をする」

=3x2+2xy+10x-(5y+1)(y-3)

早貴は熱心に聞いている。

「次は括弧の中に完成の形を想像しながら書く」

(3x   )(x   )

「組み合わせが合っているかどうかは一部を展開して確認すればいい。10xだから、定数項とxの計数はこれだけ」

(3x  +1)(x   +3)

「あとはxが含まれていない部分で因数分解したやつをこれに合うように、ここに入れればおしまい」

(3x+5y+1)(x-y+3)という答えを書いた。

「手順さえ覚えれば簡単だよ」

「そうですか」





早貴は早速次の問題を解き始めた。同じ解き方をすれば解けるだろう。

五分後、解き終えたらしい。解答を見ると、合っていた。

「よしよし、良くできたね」

幸一は早貴の頭を撫で撫でした。

「えへへ、ありがとうございます」

何だか嬉しそうだ。そんなに頭を撫でてもらいたかったのか?


「あの、ここも分からないのですが・・・」

少し頬を赤らめて聞いてきた。すぐに赤くなるね。もしかして、天然か? 男子とあまり話さないのか?

それは置いといて、問題を見た・・・置き換えの問題だ。要するに、同じ部分が現れたら、その部分を何か文字で置き換えれば楽に解ける問題だ。

ついでに、俺は高校は男子校だったから、この授業では盛り上がった気がする。「置換」だけに・・・。

まあ、俺はいつも「置き換え」と言っているから問題ないのだが。


(x²+3x+4)(x²+5x+4)+x²

「これは置き換えだね、X²+4=Aと置くといいよ」

早貴は言われた通りにやってみた。四分たったら解けたようだ。

解答があっていたので、また頭を撫で撫でしてあげた。

本当に嬉しそうな顔をしているな。もしかして、圭一君に撫でてもらっている妄想でもしているのか?

因みに、中間テストの範囲は、因数分解と方程式と不等式らしい。

「その代わり、期末が2次関数です。あ、そういえば100点阻止問題を出すと言っていました」

そして、数学の教科担当の田中先生は担任らしい。

「100点阻止問題ね。置き換えの難しいやつかな? 大体考えることは同じでしょ?」

幸一は問題集と参考書の因数分解のページを隅から隅まで見渡した。どうやら、なかなかの進学校らしい。

幸一が通った高校で使われている問題集、参考書と同じ物を使っている。

幸一は参考書の端っこにある置き換えの難しい問題を見せて、自分の力で5分間考えるように言った。

X⁴-4x³+5x²-4x+1

「この問題の特徴は係数が左右対称であること。ヒント1 最初にあることをした後に置き換えをして解くんだよ。5分経ったらまたヒントをあげるね」

早貴ちゃんは問題を解き始めた。

「入試は難しかっただろう?」

「あ、はい、ぎりぎり受かったんです」

圭一君と同じ高校に行きたい、という強い意志によってこの高校を選んだらしい。三谷さんは頭が良い、しかし飯倉高校に行かなかった理由は、

「通学時間が長いから、だそうです」

まあ、高校選びの基準になるだろう。妥当だ。

建物は、コの字のようになっていて、正門から向かって左の教室棟が3階建で、職員室と事務室、校長室などは1階にあり、2階に1年生と2年生の教室、3階に3年生の教室がある。

手前の建物は、1階に昇降口と学食、 2階に購買、3階に家庭科室がある。

右手に体育館とグラウンド、プールがある。

因みに、中庭が綺麗とのこと。遠足の時のように敷物を敷いて一緒に弁当を食べる人もいるようだ。早貴ちゃんはその中の1人である。

同じ教室に、三谷美華、木田由里、そして東圭一がいる。

ついでに、1学年2クラスである。


さて、5分経ったが、全然進んでいない。

「ヒント2、全体をx²で括って、同じ係数の所をさらに括る。さらに平方完成をして整理して置き換える。」

X²(x²-4x+5-4x⁻¹+x⁻²)

=x²{(x²+x⁻²)-4(x+x⁻¹)+5}

=x²{(x+x⁻¹)²-2-4(x+x⁻¹)+5}

X+X⁻¹=Aと置く。

「平方完成って何ですか?」

「ごめん、まだ習ってなかったか」

幸一は問題集の平方完成のページを開いた。

X²+4x

=x²+4x+4-4

=(x+2)²-4

「一応因数分解のテクニックの一つで、二次関数には必須だからね」

早貴は何となくだが理解したらしい。続きを解き始めた。

「あとで細かく解説するよ」

どうやら、来週の授業でする範囲だったみたいだ。

三分後、置き換え直したところでとまっていた。

=x²{(x-3+x-¹)(x-1+x-¹)}

「えっと・・・そこまでできて、分からないとか、言わないよね?」

「すみません。分かりません」

幸一は解答を書いた。

=(x²-3x+1)(x²-x+1)

「両方の()の中にxをかければいいだけだよ」

「あ、そうだったんですね」

どうやら、少々混乱しているようだ。

「まあ、これは、感覚がつかめればすぐにできるから心配しなくていいよ」

「はい」

早貴は時計を見て、18時30分であることに気付いた。

「あ、夕食を作らないと。食後にまた、教えていただけませんか?」

「ああ、いいよ」




早貴ちゃんは夕食を作っている。俺はホッチキスを借りて、レポートを止めて、カバンにしまった。

さて、暇だ。何気なく台所を見ると、エプロンを着てご飯のスイッチを入れて、何やら野菜を細かく切っているようだ。

上の棚から、何かを取り出そうとしているのだが、届かないようだ。

それでも手を伸ばしてとろうとしている姿を見ると微笑ましいが、落としそうなので、手伝うことにした。

「何か手伝うことない?」

「あ、すみません。鍋を取ってもらえませんか?」

何故鍋が上にあるんだ?

「あまり使わないからしまっていたんです」

「今度から下になおしておいてくれ」

「はい・・・?」

「下には何をなおしてるんだ?」

幸一は下の棚の取手を開いた。

扉の内側に包丁。

奥にフライパン、片手鍋、秤、ボウル、卵解き用の器、・・・要は調理器具で一杯だった。

「入らないね」

「はい」

「他に、何か手伝うことはない?」

「えっと、鍋に半分くらいの水を入れて鍋のダシを入れて温めてください」

「それだけ?」

「はい。その、お父さんの様子を見て来てください、えっと、部屋は一つ向こうのドアから出て真っ直ぐ言って左手の部屋です」

幸一は早貴ちゃんから体温計の場所を教えてもらい、真二さんの部屋に向かった。



36度9分だった。

「まぁ、平熱だと思うんだが、あいつは『お父さんは休んでて』と言うんだよ」

真二さんは幸一に早貴ちゃんの話をした。

「ま、あの子には俺しか家族がいないからな。俺まで失うんじゃないかって心配なんだよ」

「そうですか」

真二さんは、幸一が持ってきた鼻炎用カプセルを飲んだ。

「あの子、ちょっと寂しそうだろう? 7年前に妻が事故で亡くなってから。ずっと男手一つで育ててきたんだが、仕事が忙しくて、勉強とか見てやれないからな・・・」

「ああ、そうですね」

真二さんは今までのことを思い出しながら話した。

「あの子、俺が夜遅くに帰って来ても『お帰りなさい』って言って出迎えてくれるんだ。本当に優しいんだ。小学4年の頃から、俺は仕事が忙しくなって、体育会とかの行事には、あの子は1人で行っていたんだ。周りには、母親か父親、もしくは父母が揃って応援に来ているのにな。でも、真っ直ぐ優しく育ってくれた」

ふう、と一息ついて続ける。

「もう少し、父親らしいことをしてあげたいんだが、俺は何もできなくてね。家事は全部、美貴と早貴に頼ってばかりいたな。学生なんだから、もう少し楽にしてあげたいと思うんだが」

「早貴ちゃんは、喜んで家事をしているようですよ。お父さんがお金を稼いで、自分が家事をする・・・これって何だか専業主婦みたいですね」

「ははは、全くだ。そう、喜んでやっているから、無理していないか心配なんだ」

幸一は頷く。

「確かに、早貴ちゃんは無理してでも家事をしそうですね」

「はぁ、実際かぜをひいていても、料理は2人分作っていたな。さすがに、玄関の出迎えはなかったが」

幸一は、冷蔵庫の中に料理と『温めて食べてください』というメモが置かれている状況を想像した。

「あいつは風邪をひいたらお粥しか作らないんだ。だから、テーブルの上にガスコンロと鍋が置いてあって、その中に冷めたお粥が入っているんだ」

「なるほど。お粥を作ったときは、体調が悪いことを表しているんですね。賢いですね」

「・・・もともと、美貴がやっていたことなんだ。そういえば、今から5年前かな? 最長で2週間お粥が続いたことがあったな」

毎日お粥じゃ、やっていけないだろう・・・

「まぁ、お粥はお粥でも、具が毎日変わるから飽きないんだけどな」

さすが早貴ちゃんだ。

「あの子の料理はいつもうまいんだ。栄養と味は保証するよ」

「はい。夕食が楽しみですよ」

真二はベッドに横になった。

薬の副作用で眠くなったのだろう。

『服用後は車の運転は控えてください』と書いてあった。



リビングに戻ると、早貴ちゃんはテーブルの上にガスコンロと鍋を置いていた。

「あ、幸一さん。お父さんの様子はどうでしたか?」

「36度9分、平熱だと思うよ。一応薬を飲んで、眠っているところだよ」

早貴は安心した。

「えっと、何か手伝うことはない?」

「あ、いえ、夕食の準備ができましたので、えっと、食後に勉強の続きをしたいのですが」

「うん、見てあげるよ」

確かに、早貴ちゃんは寂しがり屋なのかもしれない。ずっと、1人で学校行事や家事をしてきたのだから、それに仕事の邪魔をしないように、休日でも、1人で勉強をしてきたのだろう。

だから、幸一は、真二さんの代わりに、勉強を見ることくらいはしてあげようと思った。

もちろん、早貴ちゃんが望めば、だが。



夕食後、早貴ちゃんは二人分の食器を洗い、リビングで、勉強を再開した。

平方完成の予習とさっきの問題の細かい解説をして、数学は終わり、次は化学に入った。

「教科書の一番最初の周期表は20まで覚えた? HHeLiBeBCNOFNe、NaMgAlSiPSClArKCa(水兵リ~ベ僕の船、七曲がりShipsクラークか)」

「あ、そういえば、そういう風に教わりました」

「それじゃ、『リアカー無きK村どうせ借りるとうストロベニー馬力』とかいうやつは?』

「えっと・・・なんですか?」

教科書の24ページを開いた。

「ほら、下の方に炎色反応ってやつがあるだろう? Li(赤)Na(黄)K(紫)Cu(青緑色)Ca(橙赤色)Sr(紅色)Ba(黄緑色)」

「あ、そうでした。ここが出るという話でした」

範囲は第1章、要は構造式までらしい、モルはでないとのこと。

「で、どこを覚えていないのかな? 覚えにくいところとかはある?」

「えっと、価電子の辺りとか、最外殻電子の辺りが少し分かりづらいです」

幸一は白紙に同心円をいくつか描いた。

電子と陽子、中性子を書いた。ついでに1/1840も。

「1/1840って何ですか?」

「質量比だよ。詳しくは教科書を見てくれ。ここが100点阻止問題に出てきそうなところ。あとは、最外殻電子は何殻? という問題かな」

幸一はK、L、M、N殻と書いた。周期表を見せて、横の並びがそれぞれの最外殻が同じ元素であること、希ガスは安定している単原子分子で、反応しづらいことを話した。

「Kは最外殻がN殻でも、K⁺は最外殻がM殻であることに注意して」

「どうしてですか?」

「電子はマイナスっていうことは知っているよね。この+というのは、用は電子が1つ減っている状態なんだ。つまり、周期表で言えば、1つ前の原子番号の元素の構造に近づくんだよ。Ar(アルゴン)でしょ」

「あ、N殻から電子がなくなって、最外殻がM殻になるんですね」

「うん。そういうこと」

理解できたのか、嬉しそうな顔をしている。

ついでに『F⁻、Mg²⁺、Na⁺、Cl⁻、K⁺について、(1)電子配置がNeと同じものを全て、(2)この中で一番大きい物はどれ?複数ある場合はすべて答えよ。』という問題を出した。

「えっと、(1)はF⁻とMg²⁺とNa⁺で(2)は、最外殻がM殻のCl⁻とK⁺です」

早貴ちゃんは自信たっぷりに答えた。

「(1)は合っているね。周期表を覚えれば解けるけど、(2)はちょっと引っ掛けだよ。正解はCl⁻なんだ」

早貴はキョトンとした。

「ふえ? どうしてですか?」

ふえ・・・か。

幸一は図を見せた。

「普通の状態、要はプラスやマイナスが付いていない時には、電子と陽子の数は一緒で、つりあっている。で、マイナスとプラスはお互い引き合うでしょ。だから、陽子の数が少ない方が、電子が強く引き付けられないから、Cl⁻の方が、K⁺より大きいよ」

「そうですか・・・」

早貴ちゃんはガッカリしている。

「まぁ、最外殻を考えたところまでは合っているから、基本的な考え方は合っているよ」

「あ、そうですか。」

ちゃんとフォローしないとな。

「ところで、共有結合は知っているよね?」

「えっと、電子を共有して結合するものですよね。あまり、詳しくは覚えていないです」

幸一は次のページを開いた。下に共有結合の図が載っている。

「電子式は習った?」

「えっと、点を打つものですよね?」

まぁ、そうなんだが、多分正確に理解していないだろう。

H₂Oの電子式を書いてみた。

「水素は電子を二つもって、Heと同じ電子配置になって安定する。Oは電子を一〇個持ってNeと同じ電子配置になって安定する。でも、電子式に書くのは最外殻電子だけだから、8個だけ書けばいい」

早貴ちゃんはやはり、理解していなかった。多分適当に、Hの周りに8個点を打つところだったかもしれない。

「CO₂の電子式は書ける?」

「いえ、書けないです」

まあ、今のはちょっとイジワルな質問だったか。

「構造式は書ける?棒を書くやつ」

すると早貴ちゃんは、O=C=Oと書いた。

「どうですか?」

得意気に正解していた。

「H₂Oを書いてみて」

H-O-Hと書いた。

「電子式と見比べてみてくれ。電子を共有しているところに、棒が書いてあるだろう?実は電子2つと棒1本が同じことを表しているんだ」

幸一はCO₂の電子式を書いた。

「だから、CとOの間に、四つ点を打つんだ。こっちもね。その後に、ちゃんとOとCが8つの電子を持つように点を打つんだ。まあ、こっちかこっちの面には電子を1つも書かないのだが・・・」

Oの上に電子を一つも書いていない、CO₂の電子式が完成した。

因みに、H―C≡C―Hのような三重結合の場合、CとCの間には、棒の端と端に点を打つように、横2列、縦3列で書かないといけない、ということも教えた。

「パズルみたいなものだから、知らない物質が出て来ても焦らないこと。ちゃんと化学式は書かれているのだから、それに合うように作ればいいんだよ」

パズルと聞いて気が楽になったのか、少々楽しそうな顔をしていた。

コロコロ表情が変わって面白いな、と幸一は思ったが、同時に、あまり表情が変わらなかった過去の自分の方が変だったのではないかと思った。



20時30分頃、お父さんがリビングに来た。

「幸一君に勉強を教わっているのか。良かったな早貴」

「うん。幸一さんは勉強を教えるのが上手だよ」

早貴ちゃんは皿を取りだし、真二さんはガスコンロのスイッチを入れて鍋を温め始めた。

褒めても何も出ないぞ。

「家庭教師になってもらったらどうだ?」

「あ、うん・・・」

早貴は幸一の方を振り向いた。

「でも、忙しくないですか?」

遠慮がちに聞いた。

「いや、暇だからいいよ」

真二さんは、お金を心配し始めた。

「う、そういえば、いくらくらいかかるかな、時給は?」

「普通は1000円ですね。」

高い。今、そんなに金銭的余裕はない。

「やっぱり、諦めようかな早貴?」

「え、あ、・・・う・・・」

早貴ちゃんが珍しくはっきりと断らないことで真二さんは確信した。やはり、勉強を見る人が必要だと。今までずっと寂しい思いをしてきたのだと。

「あ、その・・・時給1000円なんて要りませんよ。月給10000円でどうですか?」

なんだか急に安くなったな。

「その代わり、雨の日は休みにしてください。あと、早貴ちゃんが料理を作ってくれるなら、ですが」

早貴ちゃんは笑顔になった。

「ねぇ、お父さん。家庭教師いいよね?」

「ああ、月給10000円なんて、安いじゃないか。幸一君、もしよかったら、毎回泊まっていいよ。空き部屋はあるし、机もイスも、布団もある。ベッドはないけど。どうだい。というか住み込みでも構わないよ」

幸一にとっては願ってもないことだった。要は夕食と朝食分の食費、そして家賃が浮くということになる。

「ありがとうございます」



早貴ちゃんは食器の片付け、幸一は風呂掃除をしてお湯を入れて、真二さんは部屋で熟睡中。

約20分後『ピッピッピッピッ』という音がリビングでなった。

風呂が沸いたようだ。

幸一は風呂に入ることにした。

前もって、お父さんからは寝間着を貸してもらっている。

早貴ちゃんは上の階で何かをしているようだ。

「幸一さんが先に入ってください」と言われてしまったことから考えると、空き部屋を掃除しているようだ。

「早貴ちゃんは先に風呂に入ると思っていたんだが……」

どうでもいい。

「弘前って読めるか? 青森県の地名」

ひろさき、だな。

「そういえば、庭に花壇があったような・・・今にも開花しそうだ」

そろそろやめとけ。

「早貴、先、前、咲、埼→神埼、佐賀か……あいつ今頃、甲本さんとイチャイチャしているんだろうな・・・」

だからやめとけと言ったんだ。恋人いない歴=人生ということを実感させてくれるよ。初恋は叶わないことが多いというが、本当のようだ。




幸一は、早貴ちゃんに空き部屋改め幸一の部屋に案内した。

「いつも使っていないですけど、週に1度は掃除をしています」

「そうか。本当に綺麗だな」

「布団はそこの押し入れの中にあります」

押し入れの中に布団があった。

押し入れの中で寝たら、ベッドで寝ている気分を味わえるのだろうかと、一瞬思った。

「向こうの部屋が私の部屋です。何かあったら来てくださいね」

「あ、うん。そうするよ」

早貴ちゃんは微笑んだまま言う。

「はい。一応ノックはしてくださいね。あと、無断で入らないでくださいね」

いや、レディーの部屋に入るのは……レディーじゃなくてガールだって? とにかく女性の部屋に勝手に入るのは論外だ。

そんなことは当たり前田の以下略。

「あ、そうだ。冷蔵庫の中の飲み物は自由に飲んで良いですよ」

どうやら、家族同然の扱いのようだ。

「幸一さんはお酒は飲みませんよね?」

「うん。アルコールは苦手なんだ」

「良かった。実はお父さんも苦手なんです。私も、アルコールには弱いんです。奈良漬でも食べ過ぎると酔っちゃうんです」

「ははは、何だか気が合うな。実は俺もなんだ」

「そうですか」

何だか、すっかり意気投合。

「早貴ちゃん。困った時はいつでも言ってね。家庭教師以外でも色々と手伝ってあげるから」

「はい。ありがとうございます」

幸一は早貴に電話番号を教えた。

「授業中とかだと出られないから留守電にメッセージをお願い」

「はい。分かりました」

早貴ちゃんは部屋に行き、着替えを取りに行くようだ。

幸一は冷蔵庫の中身を確認しに行った。


冷蔵庫の中には、アップルジュース、オレンジジュースが入っていた。幸一はオレンジジュースを飲んでリビングでゆっくりしていた。

「アップルジュースは、解熱用かな? つまり、オレンジジュースを飲むことが正解だ」

「そのとおりです」

風呂から上がった早貴ちゃんは、リビングにやってきた。コップを取って椅子に座った。

「ついであげるよ」

毎回、ことある毎にお礼を言うね、早貴ちゃんは。本当に、あの人にそっくりだ。そういえば、声も何となく似ているような気がする、甲本栞さんに……



ED

次回予告 


「なんで小説に次回予告があるのか分からんが、とりあえず置いておこう」

「中森家に居候……住み込みで家庭教師兼お手伝いをすることになった」

「早貴ちゃんは、勉学だけでなく、恋愛も頑張っているようだから、お守りを渡すことにする」


次回 最愛物語 第2話 家庭教師


「ああ、早貴ちゃんの手作り弁当だ」 





実際はこんな展開はないでしょう。

だから、敢えて書いてみました。

「ありえんやろ~」「おかしいやろ~」と言いながら、気長にお読みください。

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