第11話 里帰り
最①
宮原高校は夏休みに入り、俺も夏季休講に入った。
お盆休みに俺は実家に帰ろうと思って、両親には、
「会わせたい人がいる」
と報告し、早貴ちゃんと真二さんに、一緒に里帰りしてもらうことにした。
「幸一さんの両親はどういう方ですか?」
俺ではなく真二さんが答えた。
「優しい方だったよ」
……お客さんに対してはそうだろう。
俺は、ずっと怒られていたからな。厳しいと言いたい。
「私と幸一さんの仲を認めてもらえるように、私頑張ります」
エプロンを持って行った方が良いだろう。
早貴ちゃんの料理を食べてもらえば、多分大丈夫だろう。あとは、事件のことを包み隠さず全て話した方が良さそうだ。
そういえば、早貴ちゃんはまだ一五歳だったな。結婚するにはまだ早いが、婚約には年齢制限はない。
「あまり、深く考えない方が良いよ。早貴ちゃんは、自分にできることだけをした方が良いよ。能力的には、早貴ちゃんは良いお嫁さんになれるんだから」
家事とか、家事とか……まあ、将来的には専業主婦でも共働きでも良いよ。
君の夢があるなら、できるだけ叶えてあげたい。
「早貴ちゃんの将来の夢は何?」
最②
「小さい頃はお父さんのお嫁さんとか言っていたな」
「素敵な旦那様のお嫁さんになるのが夢です」
そうか。
「夢は叶いそう?」
「はい。幸一さんは素敵ですよ」
そうかい。全然モテなかったんだがな。
「私にとっては、素敵です」
つまり、好みは人それぞれと言いたいのか。まあ、そうだよな。
「早貴ちゃんも、俺の好みの女性像、そのままだからね。君以上の人はいないよ」
あはは、我ながら恥ずかしいセリフだ。あれ、真二さん何か言いたそうですね。
お父さんの前で言うべきセリフじゃないのかな。
「俺も美貴に同じことを言ったよ」
俺と真二さんは同レベルですか。
「二人ともよく似ていますよ」
そんなに似ているかな?
お互い見つめ合った。そうか? あんまり似てないが。
「な、中身が似ているんですよ」
そりゃ、見ても分からないわな。
「お土産は何が良いかな?」
『ひ○こを持って気持ちを伝えに行こう』というCMがあったが、それがお土産として売っているF県に里帰りするのだ。
ひ○こじゃだめだ。
蜂の子とかも、あまり宜しくないだろう。さざむし、イナゴなども。
最③
要は、F県になくて、N県にあるものが良いのだ。
「漬け物はどうでしょうか。少し遠いですが、下諏訪町は漬け物で有名ですよ」
と早貴ちゃんは提案する。
下諏訪町は諏訪湖の畔にある、松本市側の町だ。
鉄道で、一時間半はかかる。
因みに、明日デートで行くところである。諏訪大社も有名である。
「幸一さんは、行ったことありますよね」
「もちろん、君にあげた御守りは諏訪大社で買った物だからな」
早貴ちゃんの命を守った御守りである。
血で汚れてしまったが、罰は当たらないだろう。
以前、
「交換してあげようか?」と言ったが、早貴ちゃんは断った。大切な御守りだから、ずっと持っておくようだ。一応、水洗いはしている。(良いのか? まあ、良いだろう。汚れを落とす行為だからな)
というわけで、お土産は下諏訪で探す。
馬肉(桜肉)は、九州では熊本県にあるので、年に1回程度だが食べていた。あと、生肉は持っていけないので却下。
真二さん公認の恋人関係である俺と早貴ちゃんは、昼から予定通りデートをする。
七宮駅から、列車に乗って、一度乗り換える必要がある。
そういえば、逆コースを辿ったのは、大学のキャンパスが変わった時だったな。
OP2
最④
本州大学は、農学部だけ、3年生になると、本庄キャンパスに行かなければならない。この町に来る前は中野キャンパスに通っていた。
下諏訪町には、去年の夏休みに行った。青春18きっぷを使って。その後、観光をしながら、九州の実家まで行った。
鈍行列車の旅だったので、景色を楽しむことができたが、疲れた。
実家でゆっくりと熟睡した。
さて、そろそろ塩尻駅に着く。そこで東京方面の列車に乗り換えるのである。
そういえば、ホームに樽があるのはどこの駅だったかな?
そして、ついに、とうとう、やっと、下諏訪町に着いた。
ここは、諏訪湖の近くの公園。
せっかく下諏訪町に来たのだから、諏訪湖にも行くことにしたのだ。
「少し疲れました」
自転車で一〇分間走って来ただけだが、最近運動不足だからだろう
「ここは、夏に大きな花火大会があって、冬は御神渡りで有名です」
日本放送協会の全国のニュースでもやっているからな、それに教科書にも乗っていたはずだ。
毎年できるとは限らないようだが。
地球温暖化の影響か?
さて、これからどうしよう。
漬け物を買うのも良いが、他にも何か良いお土産があるかもしれない。
御守りとか御守りとか……他にあるはずだ。
最⑤
目の前には、湖が広がっている。
心地よい風が吹いて、少し雲が出始めた。今日の天気は晴れ時々曇り。「良い天気」と言えば普通晴れだが、今の季節はどこでも暑いので、曇りがデートに一番良い天気だ。
「昔、ここにも両親と一緒に来たことがあるんです」
何かこのパターンが多いな。
「花火大会には一度行ったことがあります。幸一さんは花火大会に行ったことはありますか?」
「いや、ないね。去年ここに来たのは、九月一日だったから、やってなかったよ」
まあ、昼間だったから、やる訳ないか。
「今度、一緒に行ってもらえませんか?」
確か花火大会は対岸だった気がする。
こっちからでも見えると思うが。
早貴ちゃんは、微笑んでいる。正確には、目を閉じてこっちを……
チュッと早貴ちゃんは俺に口付けをした。
早貴ちゃんは案外、意外と、見かけによらず、予想以上に積極的なんだな。
しつこく行っておくが、早貴ちゃんは大人しく、控えめな性格だ。俺は早貴ちゃんを優しく抱いた。
とりあえず、少し休んでから、諏訪大社春宮に行くことにした。
春宮は少し坂を上ったところにあった。
一年前に来た時とさほど変わっていないと思いきや、少々工事中だった。
お参りを済ませて、おみくじを引いた。
「小吉でした。幸一さんはどうですか?」
「大……」
いつも大凶とか凶だったが、やはり今回も大凶だった。デート中だから空気を読んでくれよ。
「大凶ですか。えっと枝に結ぶと良いと言われていますが……」
「敢えて持っておくことにするよ。今まで枝に結んだことはないね。持って帰れる物は全部家にあるよ」
凶とか大凶とかね。
なぜかいつもそんな物を引くが、実際にはそんなに「不幸だ~」と叫ぶようなことはあまり起きない。中学2年の目の前で失恋した時ほど衝撃的なことはなかったな。
横の方の階段を下りて、そのまま奥の方に歩いて行く。
裏には森があり、小川が流れていて、近所の子供たちが川遊びをしている。
去年もこっちの方には来た。
一番奥の、願い事が叶う場所、とされる万治の石仏をぐるりと回ったな。
出会いがありますように、という願いは叶ったのである。
「願い事は何する?」
「幸一さんは、何にしますか?」
「それは内緒だよ」
「む~、悩みます」
……
「飴でも食べな」
ポケットから飴玉を出して早貴ちゃんに渡した。
「ありがとうございます」
いや、ここは「おいしいです」とか言うところ……って知るわけないか。
博多○りもんのCMなんて。
とりあえず、くるくると万治の石仏の周りを回って、目を閉じてお願いをした。
「良いお嫁さんになれますように」
「幸せになれますように」
……あれ? 合わなかった……
「いや、それは願わなくても叶うでしょう」
「そうでしょうか?」
だって、こんなに良い人だから、良いお嫁さんになるのは間違いないだろう。
「うう、胸が大きくなりますように」
それは努力次第というより、DNAによるところが大きい。
「ううう……幸せになれますように」
「そうそう、そう言うと叶った気がするだろう?」
我ながら、なんとも無茶苦茶な言い分だが、まぁいいだろう。
「俺は胸の大きさは気にしないって言っただろう? 傷は消えないから仕方がないとして、心配はするが、気にしないから安心しな」
撫で撫で。
「はい。えへへ、幸一さんの優しいところは大好きです」
「早貴ちゃんが優しいから、俺も優しくしているだけだよ」
これは本音だ。相手が厳しいなら、俺も厳しくする。相手に合わせる。それが俺の心情だ。
「次はどこに行く?」
「秋宮に行きます。その前に、自転車で少し上の方に行きましょう」
来た道を戻り、橋をいくつか渡り、駐輪所まで戻った。
そして、春宮の前の道を右折して、坂道を登っていく。
電動アシストがないと正直きつかっただろう。そんな勾配の坂を上っている。
そして、歩道に自転車を止めて、振り返った。
そこには、下諏訪町を一望できる場所になっていた。
遠くの方に諏訪湖が見える。
対岸はあまり見えないが。
実はもう少し上に行くと、この辺りで桜の名所である水月公園がある。
「ここも、昔お父さんと一緒に来ました。丁度お盆で、花火大会の季節でした」
ここから花火を見たことがあるらしい。
正直に言うと、ビルのせいで、諏訪湖は見にくいのだが、花火なら問題なく見えるだろう。
ただし、対岸である。
「みんな湖の方に行きますから、こちらは空いているので私は好きですよ。露店がないのが欠点ですが」
この距離だと双眼鏡が必要かもしれないな。
「向こうの方に、よくドラマで使われる展望台がありますが、車じゃないと行けないです」
左奥の方の山にあるらしい。
火曜サス○ンスとか、その他のバラエティー番組に使われたところらしい。
火曜サス○ンスなら、諏訪湖、飯田、天竜峡、名古屋の回だろう。確か、この前再放送をやっていたな。きちんと現在のダイヤとは異なる可能性がありますという表示が下の方にあったが。
「この坂を降りたら秋宮です」
去年は下の道を通ったから、こういった景色は見ていなかったな。どちらかというと、昔ながらの町並みを見ていた。
下り坂の勾配が急で、スピードが出過ぎる。因みにこの道の木は桜の木である。春に行けばこれまた綺麗なところだろうが季節は夏で、緑色の葉っぱが綺麗だ、という人はいないだろう。
この道は昔五街道の一つだったらしい。江戸時代の話だ。
勾配が緩やかになってきた。もうそろそろ秋宮に着く。
それにしても、夏の暑い時にこの風を斬るような走りはなかなか気持ちが良いものだ。
秋宮でお参りをした後、坂を下り、レンタサイクル屋さんに向かった。
一時間三〇〇円。もうそろそろ二時間になる。ギリギリセーフで一時間五九分だった。
「おう、お兄ちゃんさすがだね。あと一〇秒で丁度二時間だったよ」
はい、これ景品。と言って渡されたのは商店街の商品券だった。
壁に一分前が一〇〇円分の商品券、三〇秒前が二〇〇円分の商品券、一〇秒前が三〇〇円分の商品券だった。
因みに、早貴ちゃんの分も貰った。
「よかったですね。これでお土産を買いましょう」
もちろん漬物を買うのではなく、N県名物の「み○ず飴」を買うのである。
上田市の会社の商品が一番有名である。
そろそろ昼食の時間である。
辰野駅まで戻って、鶏肉の照り焼きと半熟目玉焼きが乗っている「ほ○る丼」を食べるのも良いし、伊那市のマトンや野菜を炒めたものと少し太めの中華めんを合わせた「ロー○ン」を食べるのも良いし、迷うところだ。
早貴ちゃんのお腹の音が鳴ったので、すぐそこの信州そばの店に行くことにした。
列車に乗ること1時間半。
飯原駅に戻ってきた。
とりあえず、紅葉荘の俺の部屋に、残っている荷物を取りに行った。
これが最後の荷物である。
布団は既に末本の車に乗せて持って行っている。
だから、最後にこれが残っているのである。
冷蔵庫の中身が何もないことを確認して、綺麗にしておく。
もともとあった物は、そのままに、最後のこれを持って俺は紅葉荘を出た。
この最後の荷物とは、紙製ではなくプラスチックでできた、4種類のマークとAからKまでの数字が乗っているものと何やら怪しげな絵が乗っているカードが2枚が入っている箱と、磁石が入っている64マスの折りたたみ式の版と、66個(予備の2つを含む)の白と黒の両面を持つ石と呼ばれる薄い磁石入りの物体が入った物である。
あと、西洋将棋と81マスの……
「トランプにオセロ……ゲーム類ですか」
俺が遠まわしに言おうとしていることを何故はっきりと言ってしまうのかな、この子は。
俺の彼女は。未来のお嫁さんは。早貴ちゃんは。
内心少し悲しい。
「ああ、全部友達が遊びに来た時のためにあった物だよ」
「家にはそういう物はないですね。よかったら家に置いてもらえませんか?」
オセロや将棋は家に置くとして、さすがにチェスはしないだろうから、チェスとトランプは部室に持って行こう。
トランプ1セットでは、大富豪は五人くらいまでしか楽しめない。
サイズが同じ色違いのこのトランプを組み合わせることで、一〇人まで楽しめるようになるだろう。ただ、部員があまり集まらないから、必要ない気がするが。
紅葉荘は半年契約だから、九月末には契約が切れて、大家さんが家賃払ってね~と言って回るだろう。
俺は既にきちんと大家さんに伝えている。
引っ越すことにしました、と。ある意味あっているだろう?
婿入りの方が良かったかな?
「夕御飯は何が良いですか?」
中森家まで歩いて行く。
この道は懐かしい。
早貴ちゃんを家まで送り届けた時に、初めて中森家に行った時に通った道だ。
今までの道のりは長く感じたが、やっとここまでたどり着いたんだ。
こんなに近くに早貴ちゃんがいる。手を握ることができるくらいに。
「あれからもう三カ月ですね。あっという間でした」
二か月前に事件、1か月前に告白か。本当にあっという間だ。
求める物が大きいほど、夢中になれる物があるほど、相手を愛おしく思うほど、時間と言う物は早く流れて行く。川の流れのように戻ることはないのである。
しかし、本当にそうだろうか? もしかしたら、同じような世界がいくつもすぐ隣に存在するのではないのか?
木のように、枝分かれした歴史の先端に自分がいるのでは、もしあの時○○だったらという現在が、すぐ隣に存在するのかもしれない。
例えば早貴ちゃんと会わなかったら、例えば早貴ちゃんを救うことが出来ずに、犯人も捕まらなかったとしたら、例えば……そんな世界、異なる歴史軸の世界もあるのではないだろうか。しかし、見つけることが出来なければ、存在しないのと同じだ。
前世だと思われる夢の中で行った『最愛の赤い糸のお呪い』は、再び巡り会える運命に導くものだとすると、必ず巡り会うことが決まっていた。つまり、未来の選択肢という物は、最初から少なかったに違いない。俺が本州大学農学部に通うことも決まっていた史実なのか? それとも、以前どこかで早貴ちゃんと会っていたのか?
ふと気付くと、Mコープの前に着いていた。
早貴ちゃんは、以前俺に家まで送ってもらった時のことを考えていたせいか、俺が難しいことを考えていることに気付いていないようだ。
「あ、幸一さん、お米が切れそうでしたね。今日は特売日みたいですから、お願いします。」
荷物持ち決定。5kgの米を二袋買い、夕食の食材を買って、中森家に向かった。
「ただいま」
「行って来ました」
これも方言だろう。それにしても、ただいまと言える俺は何だか嬉しいな。本当に家族になっているようだ。法的にはまだ居候だが。もうすぐ、一二月頃には本当に家族になれるかもしれない。俺の両親次第だが。結婚することは決めている。四年後になるか、今年の一一月一五日以降になるかの違いだ。
一一月一五日が一体何だって?
それは、早貴ちゃんの一六歳の誕生日だよ。
法的に結婚できるようになるのである。あと、色々書類とか面倒なことがあるから、多分速くて一二月頃になるだろう。
夫婦別姓が良いか、それとも俺が中森になるか、の二択だろう。
どうしてかって?
高校とかで、急に名字が変わったら必ず何か聞かれるだろう?
俺は大学生だから、結婚して妻に合わせたと言えるが、早貴ちゃんはまだ高校1年生だ。法的には結婚できるが、前例があまりない、極めて少ないのである。
よって、無用な話を避けるために、結婚のことはクラスメイトに内緒にするため、早貴ちゃんの名字を変える訳にはいかない。
大体、家の表札が中森なのに、吉田早貴という風に変わるのが妙な話だ。
さて、今日の夕飯は何だろう。
ダイニングのソファでのんびり昼寝していたらしい真二さんは、俺の顔を見るなり、「もう少し遅くてもよかったんだぞ」と言った。
どういう意味かは敢えて聞かないことにしたが、俺は宮原高校の生徒手帳に書いてあることは守ろうと思っている。
つまり、不純異性交遊の禁止、である。
要は、卒業してからそういうことをしようということだ。
というか、真二さんは大事な一人娘の早貴ちゃんに俺が手を出すことを許可するんですか?
結婚したからって、高校卒業まではそういうことを許可しない、という話はよく聞くと思いますが。
「夕飯くらい食べて来てもよかったんだよ?」
ああ、何だ夕飯ね。良いですよ、俺は早貴ちゃんの料理の方が好きだし、早貴ちゃんは料理するのが好きなんですから。
俺は、適当にそう言うことを言って、真二さんとオセロをして時間をつぶすことにした。
多分今日は御馳走だろう。
今日は亡くなった美貴さんの誕生日だから。
数日が経過して、お盆になった。真二さんと一緒に車で諏訪湖の花火大会に行くことにした。
実は真二さんの友達が経営している宿がこっちの方にあるとかないとか、格安で泊まれるそうだ。
というわけで、八ヶ岳の麓、蓼科高原の近くまでやってきた。
そう言えば、真二さんの父方の実家が安曇野市で、美貴さんの父方の実家が長野市、そして二人の母方の実家が諏訪市って聞いたな。で、二人は母方の実家の方で暮らしていたのか。
早貴ちゃんの生まれは下諏訪町の病院で、何か複雑だな。
「ああ、安曇野の父方の実家から帰る途中で産まれそうになって、急遽下諏訪の病院に行ったんだ」
……複雑ですね。というか、予定日は……
「予定日より二〇日程早く産まれてしまったんだよ。早貴は」
なるほど。
「因みに、今から行くのは、俺と美貴の母方の実家があった町だよ。俺と美貴は実は従兄妹なんだ」
……今なんて言ったかな?
「俺の母の妹の娘が美貴なんだよ。で、俺の両親は持病が悪化して、ああ心臓の病気だったよ、それからは美貴の家に引き取られて、一緒に暮らしていたんだ」
そして、美貴さんの両親は旅行先で亡くなった……か。
「で、今生きているのは、祖父母ってことだが、残念ながら去年亡くなったんだ」
九〇歳だったよ。一番長生きしていたのが、美貴の祖母だったよ。
「つまり、俺には親戚と呼べる人は一人もいないってわけだ」
なるほど、つまり寂しかったんだね、
「寂しい? お父さん」
俺の代わりに訊いてくれる早貴ちゃん。
「ああ、そうだな。だから、よかったよ。幸一君が婿に来てくれて」
まだ、婿じゃないのですが、まあ確定事項ですね。俺の両親が許可しなかったら、半駆け落ち状態になるだけですから。早貴ちゃんが二〇歳になるまで居候ということだ。
「あ、あれかな? 暇羅屋別荘っていうのは」
暇羅屋別荘は、小さい宿屋だった。
客室は二つくらいしかない。
旅館ではなく宿屋だ。
駐車場に車を停めて、俺達は暇羅屋別荘という名前の古ぼけた宿屋に入った。
「やあ、来てくれたか」
こちらの、あごひげが濃いおっさんが真二さんの友達の田山平二さんか。
「古臭いだろう? この建物は五〇年前から宿屋だったんだよ」
俺のことを真二さんは話したのだろう。
「何もないところだけどゆっくりして行ってくれ。宿とは言っているが、友達の家と思ってくれよ」
つまり無料ということだ。
親指と人差し指で輪を作って平二さんは言った。
蓼科高原には滝があり、山があり、ハイキングコースとなっている。
久しぶりに家族でハイキングに行き、喜んだ早貴ちゃんを見て俺は満足した。
そして今日はお盆だから、諏訪湖で花火大会がある。
露店に行くつもりなのか早貴ちゃんは嬉しそうだ。
宿の近くに温泉があり、後で行くことになった。
早貴ちゃんの浴衣姿を期待したが、やはり宿屋だけあって、そういうものがあった。
ということで早貴ちゃんは浴衣で、俺は普段着のまま行くことにした。
河原に露店が並んでいる。赤白黄色……ナ~ランダ~……ナーランダー僧院。
多分三学期に世界史で習うだろう。
「何か欲しいものある?」
「そうですね」
肉まんの屋台があった~、というどこかで聞いたことがある声が近くから聞こえた。
「あれ、由里ちゃん?」
「ん、ああ早貴ちゃん。と幸一さん。もしかして限定肉まんを求めて来たのか?」
いや、別にそんな物を求めてはいないのだが。
まあ、美味そうだから食べてみようか。
「店主、肉まん、豚まん、トンポーロ―まん、カレーまん、ピザまん、ローメンまんを一つずつくれ」
肉まんと豚まんは何かが違うらしい。細かいことは知らないが、関西は豚まん、関東は肉まんのようだ。
というか、この小さい体のどこに入るんだ?
「二人の邪魔はしないぞ。因みに、圭一と美華ちゃんも一緒に来たよ」
偶然か? それとも……
肉まん娘、木田由里は去って行った。
「何だかすごい奴だな」
「ええ、ある意味すごいですよ」
俺の周りには普通の女の子はいないのか?
容姿端麗ナイスバディな三谷美華さんに、小柄な肉まん大好き少女木田由里、そして天然少女早貴ちゃん。本当に、ここは非日常だ。いや、これが日常なのか?
とりあえず、肉まんと豚まんとトンポーロまんとローメンまんを買って半分こして食べることにした。夕飯はこっちで済ますことにしているから、宿では食事は出ないようだ。
というか、宿屋の主人がそこで射的やっているような気がするのは幻覚、いや錯覚か?
真二さんと勝負しているようだが。
それは置いておいて、あらかた買ったら、俺達は花火が見えて、空いているところに移動した。宿屋の主人からお薦めスポットを教えてもらっていたのだが、ここは何か暗い。
少し開けたところにベンチがあって、花火が見えそうだ。
それにしても、誰も来ないだろうこんなところは。
ということは今は二人きりか。
屋台で買った、ペットボトル入りのお茶を飲みながら、ベンチに座り、肉まんを半分こして、早貴ちゃんに手渡した。
きちんと熱くないように紙に入れてある。
「あ、美味しいですね」
「中華まんのことなら、あいつに聞いた方がいいかな」
「はい。色々食べ歩いていると思いますよ。そう言えば、中学二年の秋の修学旅行の時も、豚まんを求めて彷徨っていました」
「ははは、ご当地中華まんの食べ歩きか」
あれ?
「ところで、それってどこだ?」
「確か、門司港ですよ」
門司港……二年前の秋、そう言えば俺もその時、実家からちょっと遠出していた気がするような……まあ、気のせいか。
「現地の人に話しかけて、豚まん屋を教えてもらいました」
「そうか、あいつの豚まん好きは筋金入りか」
鉄筋コンクリート並みに固いようだ。
さて、俺はあっという間に肉まんを食べてしまったが、早貴ちゃんは、はふはふしながらゆっくり食べている。相手に合わせて食べるのが良いだろう。俺はお茶を飲みながら、早貴ちゃんが肉まんを食べ終わるのを待って、豚まんを半分こして渡した。
そうしていると、いきなり大きな音が林の向こうから聞こえて、湖の上の空が眩しく光った。
どうやら花火が始まったらしい。
「リチウムの赤、ナトリウムの黄色、カリウムの紫、銅の青緑色、カルシウムの橙赤色、バリウムの緑色」
「炎色反応ですか」
「ストロンチウムは何色?」
「えっと……」
リアカー無きK村どうせ借りるとうストロ紅―馬力……と口ずさむ。
「紅色ですね」
「正解」
よく覚えていたな。時々抜き打ちテストでもやろうかな?
「あれ? 先客がいた」
「って早貴?」
後ろには、圭一君と美華さんがいた。
そして、さらに後ろから走ってくる中華まん娘がいた。
「中華まん買ってきたぞ~」
「おお、さんきゅ~」
「ありがとう、由里」
「何だ、結局みんな集まったんだ」
……俺何か場違いですか?
「げ、幸一さんもいるのかよ」
げってなんだ?
デート中なんだよ。
「カリウムの炎色反応は?」
やっぱりか、という顔をした。
「む、むらさきです」
自信なさそうだな、ひらがなになっているぞ。
「正解」
「なぁ、早貴、もしかして炎色反応の問題出されたのか?」
「うん。ストロンチウムの炎色反応を聞かれたよ」
「ああ、すとろんちうむ、か」
「紅色だよ~」
「はい、紅色です」
「そうそう、べにいろだ」
一人自信なさそうだが、試験は大丈夫だったのか?
ベンチは隣にもあるから、三人にはそちらに座ってもらうことにした。
一応五人掛けだから余裕はあるはずだ。
話を聞くと、どうやら俺達と同じように、どこかの旅館に泊まっているようだ。
偶然らしい。ああ、偶然という物は怖いね。
勉強のことは置いておいて、折角祭りに来たんだ、楽しんでもらおう。
ということで、ベンチについているテーブルにそれぞれ買った物を出して、ワイワイ楽しんだ。
炎色反応が織りなす芸術を見ながら、夜は更けて行った。
宿に戻ると、布団が敷かれてあった。
真二さんは先に部屋に戻っていたらしく、部屋の隅の布団で寝ている。
さて、布団はあと二つあるのだが。
「早貴ちゃんどっちが良い?」
「どっちでもいいですよ」
結局変わらない。早貴ちゃんには真二さんの隣に寝てもらって、俺は早貴ちゃんの横で寝ることにした。
「そっちに行って良いですか?」
さすがに婚約者とは言え、お父さんの前で一緒の布団で寝るのはまずいと思ったから、手を繋いで寝ることにした。
「ふふふ、おやすみなさい、幸一さん」
早貴ちゃんは、わざわざ布団を近づけて、手を繋いで寝た。正確には俺の腕にしがみついている状態だ。
「真二さん怒らないよな? いや、怒るかもしれない」
早貴ちゃんはそんな心配をよそにすっかり眠ってしまっている。
俺もこんなに寝つきがよかったら良いんだが。
翌日、俺は起きた。そして、真二さんは既に起きていて、早貴ちゃんはまだ俺の腕にまとわりついて寝ていた。いつの間にか俺の布団の中に入って来ている。
「仲良いね、うらやましいよ」
あれ、真二さん怒ってない?
「早貴が幸せなら良いよ。エッチなことしてもね」
父親が言うことですか?
「まぁ、冗談だ。ほどほどにしておいてくれ。少なくとも高校を卒業するまではね」
ああ、やっぱりそうですよね。まぁ、俺もそのつもりでしたよ。
「う~ん、むにゅむにゅ……」
聞こえているのかな? いや聞こえていないだろう。
「すき……です~」
何が好き何だ?
「幸一さん~……すき……です……」
「モテモテだな幸一君。ははは」
「お父さん、早貴ちゃんは、『幸一さん~今日の夕食はすき焼きです……』って言ってます」
真二さんは早貴ちゃんの寝言を聞いた。
卵出し忘れてました~、と聞こえた。
「なるほど、早貴らしいな」
真二さん、早貴ちゃんは、何時頃に起きそうですか?
俺腹減ったんですが、早貴ちゃんがまとわりついて動けないのですが。
「まぁまぁ、もう少し一緒に寝てあげてくれ、婿殿」
何が婿殿ですか。というか俺はトイレに行きたい。小さい方だが……
「う~ん、あ~おはようございます」
やっと目を覚ましたのか?
「うにゅ~」
寝言だった。何でこんなに都合のよい夢が見られるんだ?
あ、そうだ良いこと思いついた。
「早貴ちゃん、寝てる?」
「うえ? あ、おはようございます、幸一さん。お父さん」
「おはよう早貴。幸一君に優しくしてもらったか?」
妙な言い方禁止。
「うん。ずっと優しく撫でてもらっていたよ」
寝ぼけている早貴ちゃんをよそに、俺はトイレに向かった。
朝食は信州サーモン丼と味噌汁、それにデザートのヨーグルトが付いてきた。
「サービス良いな」
「そりゃ、ずっと助けられっぱなしだったからな」
真二さんと平二さんの間に、過去に何かあったんだろう。
「そうか」
朝食を済ませて、俺達は家に帰ることにした、中森家に。
そして、お盆明けに、真二さんと早貴ちゃんと一緒に俺の実家に行くことになった。
なぜお盆明けなのかというと、真二さんの九州への出張がお盆明けだったからだ。また同じように、俺の家に泊まるようだ。
そして先日、俺はあたかも偶然を装って、実家に、お盆の帰省ラッシュを避けて帰るんだよという主張をして、同じところから電話をした。
もちろん、会わせたい人がいると伝えた。
そして、その当日になって一度、真二さんの会社に行き、高速道路で中津川まで乗って、そこから中央本線で名古屋まで行き、のぞみで博多まで行く。
新幹線に乗るのは久しぶりだ。飛行機や青春18きっぷで帰っていたから。
指定席を予約していて、ゆっくりと座ることができた。
俺は窓側の席に、真二さんは通路側の席に座り、早貴ちゃんは真ん中の席で寝ていた。
いつの間にか早貴ちゃんが俺の方に寄りかかってきた。
肘置きを上げて、早貴ちゃんに膝枕してあげた。
「す~す~」
「ははは、幸一君は本当に優しいね」
ワゴン車を押しているお姉さんに三人分の弁当とお茶を注文して、お金を払っていた。
そろそろ昼飯の時間だ。というより、午後一時だ。
「お~い早貴。早く起きないと弁当なくなるよ」
そんなことで起きないと思いますよ。木田由里なら中華まんで起きそうですが。
「ん、弁当!? あ、幸一さん、すみません」
「食後一時間は寝ない方が良いよ」
と注意して弁当を渡した。
新幹線はトンネルが多い。毎回耳がくぐもる。
いくつかの駅を通過して、三時間くらいで博多に着いた。青春18きっぷだと一六時間くらいかかると思う。
確か南福岡から静岡県の沼津まで一日かかったはずだ。
おっと、忘れてはいけない。念のため、*二〇一一年現在のダイヤの話です。
「さて、俺は博多駅で待ち合わせしているけど」
真二さんは俺の父の迎えで俺の家に行くようだ。
「それじゃ、俺は別ルートで行きますよ」
とりあえず遅くなるとメールしておいた。
早貴ちゃんは俺と一緒に博多と福岡天神を回って、雑餉隈で降りて、俺の実家に行くことにした。
俺の両親は驚くだろう。まさか、本当に娘を連れて来たとか、会わせたい人が娘さんだとか……
とりあえず、新しくなった駅ビルを回ることにした。
「俺も初めてだよ。ここに来るのは」
「そう言えば、そうですよね」
ここが開業したのが九州新幹線の開業と同じ三月十二日だったはずだ。式典は震災の影響で行われなかったのである。
「屋上は町が見渡せるようだね」
天気が悪い時に一度登ってみたいと思った。
避雷針に雷が落ちる様子を真横から観察……できないのか?
「悪天候の時は、屋上に出られないみたいだね」
嘘か誠か、自分の目で確かめてくれ。
屋上で町並みを堪能した後、通称バスセンター、正式名称博多交通センターの鍵の国屋書店に行って、料理本などを見て、地下でソフトクリームを買ってあげて、天神まで一〇〇円バスに乗って行った。
「あの、一度博多ラーメンという物を食べたかったのですが」
天神行きのバスの中でそう言われたので、福銀前でバスを降りて、裏道に入った。
「この先に二八〇円のラーメン屋があるよ。硬さは、そうだな、普通にすると良いよ」
その店は午後三時ということもあり、少し空いていた。五時くらいになると、学校帰りの学生さんなどが来るようだ。部活のあとは腹が減るのか、そういうことらしい。
食券を購入して、俺と早貴ちゃんは席に着いた。全席カウンターである。
「ふつう、でお願いします」
早貴ちゃんも俺に続き、同じように言った。
因みに俺は小腹が空いているので、替え玉を一つ注文することにした。
この店の麺の固さは以下の通りだった。
生……アルデンテというより固い
ハリガネ……アルデンテ
バリかた=とてもかたい。アルデンテ?
かた……噛むと少々抵抗があるがすぐ切れる。
ふつう……抵抗なく切れる。
やわ……確かに軟い。インスタントラーメンの固さ。
バリやわ……スープが薄くなる。伸びたインスタントラーメンの固さ。
実際に行って確かめてくれ。
替え玉を頼むと、ネギが少量とラーメンのタレが少々かかっている。因みにラードなしとか細かい注文もできるようだ。常連らしい会社員のおじさんがそう言っているのを、見ながら、俺は早貴ちゃんが食べ終わるのを待った。
ニンニクは口が荒れるから、俺はあまり好きじゃないし、デート中に口にする物ではないだろう。
「ごちそうさま」
と言って俺は店を出た。
早貴ちゃんも同じように
「ごちそうさまでした」
と言って店を出た。
よく言えました。
俺はてっきり、いつものように、
「頂きました」
と言うと思ったのだが。
因みにこの方言は学校給食で使われる。
さて、これからどうしよう。
とりあえず大橋に行くことにした。
裏通りに以前行ったことがあるおやつの店に行った。鯛焼きの少し小さいもので、中身がハンバーグとケチャップ、キャベツが入っているバーガーや、ハムとキャベツと卵が入っているハムエッグというものが人気だ。
もちろん黒あんと白あんもある。昔はヨーグルトとかもあったらしいが。
メニューは時々変わる。
因みに、この店の名前は「○っちゃん万十」である。
○っちゃんと言うのは、この魚が由来である。
因みにこの魚は有明海の干潟で見られる。
そして、駅の中のラーメン屋さんの豚まんをお土産にして、家に向かった。
次の次の駅、雑餉隈駅で降りて、徒歩一〇分で着く。
ある有名人の実家のタバコ屋さんの角を曲がって、表の方に行くと、俺の友達の家が見えてきた。そして、甲本さんが住んでいた家の前を通り過ぎて、表の道に出ると、右に曲がった。四件目が俺の家で、親友の真田の家は三件目だった。
ED3
次回予告
「ついに、幸一さんの両親と対面」
「長い道のりだった」
「私、頑張って家事を手伝って、私たちの仲を認めてもらいます」
次回 最愛物語 第十二話 最終話 「最愛物語」
「結婚するのが、今年なのか四年後なのか、そこが問題だな」




