第10話 幸せな日々
最①
幸一さんと、将来を約束して、お父さんに許してもらった。
事件の傷を幸一さんは気にしないでいてくれる。
傷だらけでも、愛してくださる人との仲は、長続きすると思う。
既に試練を乗り越えたのだから。
OP2
幸一side
早貴ちゃんは高校に、真二さんは会社に行き、俺は中森家でゆっくりしている。今日は三限目、つまり午後から講義がある。
水理学は難しい。ベルヌーイの定理やら、エネルギー保存やら、要は物理学の応用だ。
流れる水の物理学と言えば良いだろう。
さて、文芸部に行こう。早貴ちゃんお手製の弁当を持って。
弁当がなんか変わったな。
文芸部の部室で食べると、そう感じた。
ご飯の上にハートの形の海苔が乗っている。
分かりやすい性格だ。
「吉田、その弁当何だ? まるで恋人みたいだな。命の恩人だからってそういう弁当作ってもらえるのか?」
「末本、聞いて驚け。早貴ちゃんと俺は恋人同士で、既に婚約もしている」
末本は冗談だと思って高笑いをした。
「なかなか受ける冗談だな。まあ、仲が良いのは認めるよ」
「キスもしたよ」
「ははは」
末本は笑いすぎて顎が痛くなったようだ。
「ああ、で、本当は何かのお礼みたいなものだろう?」
最②
あくまで信じないようだ。
「まあ、そんな感じもしなくもないな。婚約してくれたお礼みたいなやつかな?」
「なあ、本当に婚約したのか?」
俺は間髪入れずに、ああそうだ、と答えた。
「そうか。ロリコンか」
「お前に言われたくない。あと、年の差はたったの四、五歳だ。極普通の年の差だと思うが」
言われてみればそうだな、と納得した表情を浮かべる。
「いいなぁ。告白はどっちからだ?」
「早貴ちゃんから」
「プロポーズは?」
「俺から」
デートの内容を話した。
「俺も可愛い子とデートしたいな」
「犯罪行為だけは止めてくれ」
「分かっているよ。きちんと合法的にだな」
「さて、そろそろ行くか」
時計を見ると、一二時五〇分だった。水理学は一三時丁度に始まる。
「だるい。宿題見せてくれ」
「分かった」
いつもとあまり変わらない日常を過ごしている。
早貴ちゃんside
「早貴、昨日は悪かったな」
「気にしてないよ。それに、今はもう、幸一さんとお付き合いしているんだ」
圭ちゃんは驚いた。
「嘘だろ、年幾つ?」
「一五歳だよ」
間髪いれずに答えた。知っているはずだよね?
「お前じゃなくて、幸一さん」
「二〇歳だよ」
年の差は五歳か。
最③
まあ考えられなくもないカップルだな。
「それで指輪貰ったんだ」
「何色?」
「水色。アクアマリンだよ」
「アクア……何だって?」
気のせいか、俺が知らない種類の指輪が出来たのか?
「アクアマリン。宝石だよ」
「宝石か。どうりで知らない名前だ……って、何で本物? 玩具の指輪じゃないのかよ」
「えっと、玩具の告白指輪も貰ったけれど、アクアマリンの婚約指輪も貰ったんだよ」
早貴は嬉しそうだ。
因みに、世間一般ではダイヤモンドもしくは誕生石が主流だが、ここでは玩具の指輪と同じ色の宝石が付いた指輪を婚約指輪にする。
因みに、水色とアクアマリンの色は別物であることに注意。広く言えば似ているが、厳密には違う。
早貴ちゃんの誕生石はトパーズ(黄玉)であり、ブルートパーズと呼ばれるものもあるが、指輪の色がアクアマリン色だったので、宝石もアクアマリンにした。
こんなに笑顔が眩しい早貴を見るのは久しぶりだ。
「そうか。良かったな」
何だか、早貴が急に遠くに行ってしまったかのように思えた。いや、これから遠くに行くのかもしれない。
「いつ結婚するんだ?」
その時、木田由里ちゃんと三谷美華さんが弁当を持ってやってきた。
「誰が結婚するんだ?」
「え、結婚?」
私は二人にも、昨日の話を包み隠さずにした。
幸一さんと婚約したこと。キスをしたこと。
「いつも、助けてもらってばかりだったから、これから一生かけて、恩返しするんだ。命の恩人だから、一生かけても足りないくらいだよ」
「そうか。なら、今話題の最愛のおまじないをすると良いよ」
「最愛のおまじない?」
何か引っかかる。
最④
「最愛のおまじないって?」
「私が前、旅行に行った町のお祭りで、そういうものがありました」
場所は隣の県みたいだ。
新婚旅行はそこにしようかな?
「それにしても、早貴が結婚か。本当に良かったな。振って少し心配していたんだ。背中の傷のせいで、もしかしたら……」
「む~圭一、それは禁句だよ」
「そうですよ。中森さんも気にしていますよ」
圭ちゃんが二人に責められているから、フォローしておこう。
「あ、別に気にしてないよ。幸一さんも気にしていないから。私、幸一さんの好きなタイプそのものだったみたい。あとは、もう少し自信を持ってくれ、って言われた」
「まあ、早貴ちゃんは家事が出来て、料理上手で可愛いからな。私が嫁にもらおうと思ったくらいだからな」
嫁って……
「由里、日本じゃ同性同士は結婚できないぞ」
「別に同居でも良いよ」
要は、料理ができる人と暮らしたいということか。
「出汁巻き卵貰った~」
「ちゃんとみんなの分もあるよ。圭ちゃんの分もね」
「中森さん、いつか出汁巻き卵の作り方を教えてください」
圭ちゃんが、私の出汁巻き卵が好きだから、教えて欲しいようだ。
「いつが良いかな?」
「今度の期末考査の勉強会を開きましょう。その時に教えてください」
最⑤
「期末考査の勉強会か。そういえばそういうことを決めていたね。今度の土日だよね。丁度お父さんいないから、泊まり込みでも良いよ」
え? ということは、二人の邪魔をすることになるのかな?
少し考える。
「どうしたの?」
「あのな、早貴。せっかく二人きりになれる時に俺たちが来てもいいのか。泊まり込みとか、せっかく二人きりの夜なのに」
「あ、そういうことか、気にしなくて良いよ。いつも二人きりだったから」
みんな理解できなかったようだ。
「ずっと二人きりって?」
「どういうことなんだ?」
「幸一さんは、私の家に住んでいるんだよ。五月から」
何!?
「初耳だよ~」
「てことは、もう、そういうこととかしているのか?」
「そういうことって?」
よく分からない。
「あ、付き合い始めて間もないからしてないよな」
「?」
やっぱりよく分からない。
「それじゃ今度の土日に、中森さん家で勉強会を開きましょう」
幸一side
家に帰って一言目に勉強会の話をされた。
「で、全部話したの? 婚約したこととか」
「はい。圭ちゃんと由里ちゃんと三谷さんだけです」
まあ、それくらいなら良いかな。みんな心配していただろうし。
最⑥
早貴ちゃんは夕食の準備をしている。
俺は隣で、手伝いをしている。
真二さんは、この様子を見て、新婚夫婦のようだ、と言うが、さてここで疑問を抱いた。真二さんは、手伝いをしていたのだろうか。
訊いてみた。すると、いや全部美貴に任せていた。と返ってきた。
新婚夫婦って何だろう。ふとそういうことを考えている今日この頃、期末考査が近づいてきた。
俺も試験があるのだが。
「頂きます」といって、夕食は始まった。
デートの時に買ったカップを今使っている。そして、新しいエプロンを着た早貴ちゃんを堪能していたのだ。
「ところで、幸一君は、試験勉強できているのかな?」
やはり、心配なのだろう。家族だから。
「はい。十分できていますよ」
「そうか、さすがだな」
俺よりも早貴ちゃんの心配をしてください。中間考査の点数は良かったですが、それは成績に反映されないのですよ。つまり、期末考査の点数がそのまま成績、つまり通信簿もしくは通知表に載るのですよ。
「早貴は大丈夫か?」
「えっと、今度の土日に、ここで友達と勉強会をするの。幸一さんにも一応頼みましたから、大丈夫です」
「そうか、万事抜かりなしか」
真二さん、ただその一言が言いたかっただけですよね。
食後のお茶を急須に入れて早貴ちゃんは持ってきた。
「万事休すってやつか、ははは」
急須=休すね、おやじギャグを久々に聞いたな。
手を合わせて、「頂きました」と言って、食事が終わった。
これはいつもの日常だ。
今度の土日は非日常だということを期待しよう。
あっという間に土曜日、真二さんは会社の慰安旅行で、北海道に1泊2日で行ってくるようだ。
真二さんを見送って、俺と早貴ちゃんは、とりあえず俺の部屋でくつろいでいた。
ということで、今家には早貴ちゃんと俺が二人きりでいる。
早貴ちゃんは、ふと思い出したかのように、勉強会の準備をし始めた。
「すみません。午前中からする予定なんです」
「良いよ。気にしないで。俺はいつも通り、そばにいるから、分からないことがあったら呼んでくれ」
と言って、俺はパソコンの電源を入れた。
レポート課題があるのだ。
「そう言えば早貴ちゃん。パソコンの扱い方くらい知っているよね?」
正直にどうぞ。
「中学の頃に少しだけ使ったことがあります」
正直で宜しい。
「電源のつけ方と消し方は分かる?」
たちあげる、シャットダウン(遮断←ギャグ)。
「それくらい知っていますよ。電源のマークのところを押して、パスワードを入力するんですよね」
「そうだよ。じゃ、俺が前使っていたノートパソコンをあげるよ。自由に使っていいよ。ただし、容量が小さいから、空き容量に注意してくれ」
そういうと、俺は今使っている物より二回り小さいノートパソコンを早貴ちゃんにあげた。
「まぁ、俺の物も君の物になるんだけれどね。パソコンはそっちを使ってくれ」
財産共有?
「ありがとうございます」
玩具を与えられた子供のように喜んでいる。
「ついでに、無線LANが付いているから、インターネットに繋げられるよ」
真二さんのパソコンには、有線LANがあるが、ルータは無線LAN対応である。
アパートで使おうとして、結局使わなかったものを持ってきただけだ。
正確に言うと、自腹でルータを買ったが、アパートに入居するともれなくルータが付いて来るというものだったので、ずっと箱の中にしまっていたものである。
「アダルトサイトとか見るなよ」
「何ですかそれ?」
分からないなら宜しい。
「大人専用のサイトだよ。早貴ちゃんにはまだ早すぎるものだ」
「お酒ですか?」
そう思っていてくれ。君はまだ穢れていないんだね。良かった。少なくとも心は。
「まぁ、そんな感じで大人専用なんだ」
「興味ないですから調べませんよ」
なら良い。そうだよな、早貴ちゃんがそんなサイトを調べる訳ないよな。
自分の部屋に持っていきますね、と言って、早貴ちゃんはパソコンを持って行った。
さて、そろそろ来るかもしれないな。圭一君達が。
早貴ちゃんは準備が終わって、リビングでくつろいでいた。
俺はリビングでレポートを書いている。
早貴ちゃんは、隣に座っている。
時々お茶を持ってきてくれる。
本当に気がきく彼女だ。
「お、このお茶は」
まさしく、『女性を喜ばせるために里で予め買ってきた紅茶』だ。
S県の温泉で有名な土地のお茶だ。
そう言えば、S県と言えば、俺の親友の真田幸一と彼女の甲本栞さんがいるはずだ。今S大学に通っている。
「九州のお茶ですよ。嬉野紅茶です。因みに、レモングラス入りです」
あ~あ、言っちゃった。俺が敢えて遠まわしに説明していたのに。
「そうそう、S県には俺の親友の真田幸一がいるんだ」
「真田さんですか?」
「そうそう、モテモテの真田幸一。俺とよく似ていて、名前も同じ幸一だったからよく間違われたんだ」
「仲良いんですよね」
「まぁな」
遠い記憶を呼び起こす。
「幼馴染ってやつだ。高校まで同じだったよ。早貴ちゃんは俺の初恋の話は興味ある?」
「初恋ですか。そうですね。是非聞きたいです」
興味津津、好奇心旺盛な目で見られたら、俺の失恋話をしないといけないではないか。するつもりだったが。
「あれは、中学一年の頃だった。俺の出身中学は、I中学で、I小学校とI北小学校の出身者がくる中学校だった。俺の初恋の相手は甲本栞という、美少女だった。大人しい性格で、家事が出来て、料理上手だった。彼女は、春休みに俺の家の近所に引っ越してきたんだが、転入生という扱いではなく、俺達と同じように、ただ入学した生徒として扱われた」
早貴ちゃんは、何だか楽しそうに聞いている。美少女と言ってところで何か悲しそうな顔をしたのは気のせいか。
「一年の頃は、出身小学校が同じ人同士で話していたんだ。出身小学校が違うと、何となく空気が違うというか、妙に話しづらいんだ」
「何となく分かります」
「それで、その甲本さんは、性格が良いのだが、出身小学校がどちらでもなかったせいで、どっちの出身者からもあまり話しかけられなかったんだ」
「あ、私と似ていますね。なんとなく」
友達があまりいなかったという点では、早貴ちゃんと同じかもしれないな。
「それで、二年の時にその甲本さんと同じクラスになったんだ。家が近いこともあって、俺と真田は甲本さんの最初の友達になったんだ」
「私で言うところの、圭ちゃんみたいですね」
まさしくそうだ。
「で、一緒に帰ったり、甲本さん家で勉強会をしたりして仲良くなっていったんだ。勉強会の時に甲本さんが振る舞った料理は美味かったな」
「……」
何か言いたそうだが、敢えて無視をする。
「いつの間にか、俺と真田は、甲本さんのことが好きになったんだ」
「恋のライバルですか」
「そう。で、二年の二月の初めの週に修学旅行で島根県の三瓶山にスキーをしに行ったんだ。その最終日の一日前の夕方。終了の時間が近づいて、最後の一滑りをしていたんだ。俺と真田は同じ班で、一緒に滑っていた。自慢じゃないが、俺の方がうまく、速く滑れた。そんな時、ある事故が起きた」
ゴクリ……
「甲本さんがコースを外れて斜面を落ちて行ったんだ。目の前で」
「え、助かったんですか?」
「助かったよ。で、俺と真田は役割分担をしたんだ。俺の方が速く滑れたから、先生とレスキュー隊に連絡をしに行って、真田は甲本さんを追いかけて、斜面を下りて行ったんだ」
ドキドキ……
「真田から聞いたんだが、甲本さんは雪に埋もれて、窒息死するところだったらしい。あと足を捻挫していた。掘り起こしたところを、レスキュー隊が助けに来たらしい」
「かっこいいですね」
「そうだろう」
「私にとっての幸一さんみたいです」
「まぁ、そういうもんだ。そして、帰りは俺と真田、そして女友達で甲本さんの世話をしたんだ」
良い話ですね。
「で、戻って来て一週間、甲本さんの足が治った頃に、あるイベントがあった」
「何ですか?」
「バレンタインデーだよ。相変らず、真田は数人から貰っていて、俺は誰からも貰わなかった。どうも、俺の存在は真田に吸収されているようだ。教室にいると、真田がチョコレートを貰うところばかり見ていて、胸が痛くなったから、昼休みに教室を出て、渡り廊下を歩いていたんだ」
ゴクリ……
「そしたら、後ろから甲本さんが、『幸一君』と言って呼びとめたんだ……」
「良かったですね。甲本さんから、チョコレートを貰ったんですね」
俺は一度溜息をついた。
「ああ、真田幸一がな」
「え?」
「あいつ、俺の後ろを歩いていたんだ。まさか、目の前でチョコレートを渡すところを見せられるとは思わなかったよ。さすがに、泣きたくなったね。甲本さんは俺にはチョコレートを一欠けらもくれなかったんだよ。で、俺は真田が貰ったチョコレートを帰りに少しずつ分けてもらっていたんだ」
「か、悲しいですね。幸一さんは、真田さんと甲本さんの命の恩人ですよね。レスキュー隊を呼んだのですから」
なんとも言えない気持ちになったな。いかん、思い出してしまった。
「でも、俺が呼んだことを甲本さんは知っていたみたいだ。後日、お礼を貰ったよ。その時に、真田が恋人として、甲本さんの隣にいたけれどね」
「うう、悲しいです。やっぱり、直接助けた方が、好きになるんですよ」
「そうみたいだね。早貴ちゃんを見れば分かるよ」
ドキドキ
「ん……」
俺は早貴ちゃんにキスをした。
「幸一さんは、今も甲本さんのこと好きですか?」
やっぱり気になるかい?
「嫌いじゃない。特別好きという訳でもない。因みに、甲本さんは、その一ヶ月後に引っ越して、真田とは大学で再会したんだよ。去年のクリスマスに」
「わ~、ロマンチックですね」
「悪いな。俺は全然ロマンがなくて」
「あ、えっと、私はその、嬉しいですよ。その……」
皆まで言うな。冗談だよ。早貴ちゃんには冗談が時々通じないみたいだから気をつけよう。
「冗談だ。で、あいつらも、婚約しているみたいだよ。昨日メールが届いた」
俺は携帯電話のメールを早貴ちゃんに見せた。
「あ、本当ですね。こちらが真田さんで、こちらが甲本さんですね」
写真付きだった。
「まあ、俺達も婚約しているからな。早貴ちゃん、送っても良いかな?」
「真田さんにですか? 良いですよ」
俺はタイマーをセットして、早貴ちゃんと一緒に写真を取って、メールを送った。
俺達も婚約した、と。年齢は敢えて明かさないことにした。
「これで、気が済みましたか?」
「ああ。ありがとう早貴ちゃん」
撫で撫で。
「えへへ」
そうこうしている内に、ピンポ~ンという音が聞こえた。
どうやら圭一君達が来たようだ。
勉強会の始まりである。
俺は、レポートの作成をしていた。
時々早貴ちゃんが質問に来る。
「あのさ、早貴ちゃん以外も質問していいからね。早貴ちゃんの家庭教師だが、今は全員の先生みたいなもの何だから」
レポートが終わったから、そういうことにした。正直言って、暇になった。
質問内容は、木田由里さんと三谷美華さんが、二次関数の最大値と最小値の場合分けだった。
よくある質問だ。
あと、東圭一君は二次不等式の問題。
「まず、これ見て何となく因数分解できそうだと思ってくれ」
書いている内に、俺は木田さんと三谷さんに二次関数の説明をする。
「まず、軸、頂点を求める。文字でもいいから頂点を出す」
圭一君が公式を書き終えたようだ。
「この不等式が0以上の時は、この解の外側の部分、つまりここが解だ」
二次関数を書いて、数直線上に3と5を書いた。そして、3より左側と、5より右側の直線を実線に、3と5の間を点線で書いた。きちんと3と5の所を塗りつぶしておいた。
「こうなるのは、この式というより二次関数が0以上の所を解としているからだよ」
式の意味を説明させた。どうやら納得して次の問題を解き始めたようだ。
木田さんと三谷さんが軸の式を求め終わったようだ。
「x=aが軸になったね。つまり、この二次関数の真ん中がaだ。このaが、3≦x≦7の左側にある時と、3と5の間にある時と、5にある時と5と7の間にある時と、右側にある時に場合分けをすれば良いよ。分け方のポイントは、自分で覚えてくれ」
早貴ちゃんの方を向くと、何やら質問したそうな顔をしていた。
「あ、ここ良いですか?」
ああ、家庭教師は大変だ。
「ああ、このタイプね。大学の二次試験に出た問題だ」
判別式、式の一部にaを含む二次関数、aの範囲が決まっている、整数解を全て挙げよ、という問題だ。
「出来る限りのことをして、条件を出してしぼって行ってくれ」
早貴ちゃんは言われた通りに判別式、軸の式と条件を出していく。
次に数学A、集合ってやつだ。
ド・モルガンだったかな、あの法則。図で書いた方が分かりやすいやつだったな。
「大体、図を書いて解けば分かる問題だよ」
そして、証明問題。
「偶数にしたいときは、n=2m、奇数にしたいときはn=2m+1にする」
なんとも懐かしい。
真偽を答え、偽なら判例を出す問題。
「大体左の式と右の式が同じになる」
必要十分条件。俺が嫌いなやつだ。
「矢印を書いて考えてくれ」
何となく、俺が苦手な分野だったから、早く終わらせたかったが、キチンと教えた。
そろそろ正午、昼飯の時間だ。
問題を解き終えたのか、早貴ちゃんは時計を見て、お昼ごはんを作り始めた。
どうやら、三谷さんも料理をするようだ。
俺は、木田さんと圭一君に引き続き勉強を教えていた。
「で、ここを因数分解する時に、共通部分を文字に置き換えて、解くと……」
腹の音がなりそうだ。
良いにおいがしてきた。
「う~腹が減って動けないよ~」
別に動かなくてもいいが。
「ん? この匂いは!」
どうやら、冷蔵庫に入れていた肉まんを電子レンジで温めているようだ。
「元気200倍だ!」
「さすが肉まん女」
この二人のやり取りはいつもこうなのか?
どうやら料理が終わったようだ。
いつものオムレツと、出汁巻き卵とポテトサラダ、パン、そしてスーパーで売っている肉まんである
「頂きます」と言って食事が始まった。
出汁巻き卵の味が、少し違うようだ。
これは、三谷さんが作ったものか。
「どう、圭一君?」
「うん、美味いよ美華」
イチャつくのは止めよう。あ~ん、も禁止。
「何となく、早貴の出汁巻き卵に近づいたかな?」
なるほど、お料理教室ってやつか。
「三谷さんは料理上手だよ。料理をしている年数が違うだけだよ」
えっと、早貴ちゃんは五歳の頃からで……
「私は、中学から自分で弁当を作っていました」
つまり一一歳頃からか。
「早貴は小さい頃から自分で料理していたんだろう? 美味くても不思議じゃないよ」
「美味いよ。この肉まん」
いや、だからそれは電子レンジで温めたやつだって。
「それは幸一さんが買ってきた物ですよ」
「そうか。私のためにわざわざ」
いや、おやつに食おうとしていたのだが、とは言わないでおこう。
「ははは、一人で食うなよ。(ああ、期間限定塩肉まんが減って行く……)」
俺は一つ食べてみた。いや、一つしか残っていなかった。
最後の一つは死守した。
そして、塩味と思って見くびっていたが、なかなか美味かった。
「幸一さんは、パンは焼きませんよね」
俺の好みを熟知している早貴ちゃんは、俺の分のパンを焼かないでいてくれた。
「目玉焼きは完熟が好きですよね」
今日の料理は卵尽くしか。
「そうだよ。さすが早貴ちゃん、俺の好みを良く知っているね」
卵ばかりだ。ポテトサラダにも卵が入っている。マヨネーズと茹で卵が。
ポテトサラダをパンに挟んで食べる。そう言えば、こんなに大人数で食事するのは久しぶりだな。焼き肉屋とかじゃなくて家で。
大部分を食べ終えると、
「頂きました」
と言って、食事は終了となった。
そう言えば、三谷さんは高校時代の春休みに引っ越して来たと言っていたな。
「頂きました」
には慣れたのか?
俺が中森家に来たばかりの時は少々戸惑ったが。
それは置いておいて、さておき、午後の勉強が始まった。
よく持つな。俺だったら三時間で勉強を止めるぞ。
「む~」
木田さんは英語が苦手のようだ。
「分かんないよ~」
実際に頭を抱える人は珍しい、いや文字通りの意味で。
「うう」
英訳の問題に苦戦しているようだ。
こういうやつは覚えることだ。
「私は彼に本をあげた。二通り書け」
という問題だ。
「SVOO型なら、物が先に来るときは、後に前置詞+人が来る。人が先なら、その後に物を書けばいい」
I gave him my book.=I gave my book to him.
この問題は、買ったboughtや作ったmadeの時の前置詞がforになることだろう。
訂正問題によく出るだろう。辞書をよく読んでおいてくれ。
「単語や熟語などは覚えてくれ。覚えないと何もできない。単語が覚えられないなら、文法を完璧にすること。そうすれば、リスニング以外は大体取れる」
その点、三谷さんはリスニングが得意なようだ。
俺は日本語の聞き取りの点数も悪かったな。
「センター試験のリスニングは止めてほしいな。あれ、本当に面倒だ」
頷く三人。やっぱり三谷さんは頷かないか。
「毎年、機械の故障とかで問題があるからな。それと毎回機械を用意するから、時間と労力と資源がもったいないと思うね」
と、経験者の俺は語った。
化学。
「炎色反応とか、周期表とかはきちんと覚えること。絶対に出る。元素記号が書けることが前提条件だ。覚えられないなら試験の初めに、問題用紙の余白に、すぐ書くこと」
俺もそういうことをやっていた。
「そう言えば、花火大会はいつだっけ?」
宮原町の花火大会が存在するらしい。
諏訪湖の花火大会は有名だが。
「あれ、いつだっけ?」
「こういうやつ習った後だと、黄色のやつがナトリウムに思えて仕方ないよな」
同意なし。そんなやつはいないか。
「周期表の覚え方は、水兵りーべ僕の船七曲がりシップスクラークかってやつと、変な姉さん現れて……、とかふっくらブラジャー愛のあと、ってやつがあるね。ああ、男子校しかこういうやつは習わないかな?」
「ふっくらブラジャー愛のあと……」
そう言いながら、三人は三谷さんを見た。正確には胸を。
「ああ、それは最後の方のハロゲンの単元で覚えておくと良い物だから、今は置いておいていいよ」
圭一君はすぐに覚えそうだ。
「私も大きくなるかな?」
「いつか、美華ちゃんより大きくなるよ!」
「無理だろ」
「なにおう!?」
化学から胸にそれてしまったな。息抜きには丁度いいか。
三時のおやつの時間。
冷蔵庫に置いておいたゼリーを引っ張り出してきた。
「あの、幸一さん……」
早貴ちゃんがひそひそと俺だけに聞こえる声で話しかけてきた。
「やっぱり、幸一さんは胸が大きい方が好きですか?」
どうやら、さっきの話で気になったようだ。
コンプレックスらしい。
「前にも言ったが、俺は大きいよりは小さい方が好きだよ。早貴ちゃんは、Aカップだよね。俺はBカップくらいでいいから、気にしなくていいよ。まだ高校一年生だから、小さくてもいいよ」
「そうですか。よかった」
「たとえ大きくならなくても、気にしないから安心してくれ」
撫で撫で。
「胸の話か!」
ああそうだよ、木田さん。
「美華ちゃんを一緒に越えよう、早貴ちゃん!」
どうやら俺の話は聞こえてなかったようだ。
「大きくなっても良いですか?」
「ほどほどにしてくれ。あんなに大きくならなくて良いよ。Dカップまでにしてくれ」
3サイズのバランスが大事だ。
「ん、小さくていいのか?」
「圭一君に好かれたいなら大きくなると良いよ。好みは人それぞれだ。相手に合わせると良いよ」
まともな意見だろう。
「そろそろ勉強に戻ろうか」
そういって胸の話から遠ざけることに成功した。
元はと言えば俺のせいか。
日本史。
懐かしいな、理系だから、一年間しかしていない。そしてきれいさっぱり忘れた。
世界史。
カタカナの名前が多いが、なぜか日本史より高得点が取れたことを思い出す。
現代文。
一番苦手だった。いや、英語のリスニングが一番苦手だったか。
古文。
こっちの方がましだったな。
「現代仮名遣いと歴史的仮名遣いに注意。あとは単語と文法を覚えること」
漢文。
「文法はきちんと覚えること。あと、読み仮名を書かせる問題も出るはずだ。書き下し文に直せとかあるから注意」
そう言えば、現代仮名遣いにして×を貰ったやつがいたな。
「パズルみたいだな」
レ点とか上中下点、一二点とか。さすがに甲乙丙は出ないだろう。
「漢文の文法と、英語はセットで覚えると良いよ。俺はそうやって覚えた」
きちんと、家庭教師らしく話すことができただろうか。
勉強会は無事に終了した。
「泊まっていかないの?」
玄関に向かう三人に尋ねる。
「明日用事が出来てしまいまして」
と三谷さんが言ったのに続いて、
「そうそう、用事が」
「肉まんが私を呼んでいる!」
と、二人は言った。
無理やり用事を作っているやつがいるな。
俺達に気を使っているようだ。
夕食前にみんな帰ってしまった。
「さてと、夕食作ろうか。手伝うよ」
「はい。えへへ。こうしていると本当に新婚夫婦みたいですね」
台所で、一緒に料理をする。
昼のポテトサラダの残りとオムレツの残りが冷蔵庫にあるが、恐らく明日の朝食になるだろう。
早貴ちゃんはポテトサラダの追加を、俺はスパゲティを茹でている。
「本当は、五人分用意するつもりでしたが……」
まぁ、良いよ。
そして、ポテトサラダをフライパンに投入してスパゲティと一緒に炒める。
さらにチーズを追加して、オムレツの中身も投入した。
……何となくうまそうだ。いや、早貴ちゃんが作る物に美味くない物はないはずだ。
妙なメロディーとかも口ずさまないし、カーボンにもならないから大丈夫だろう。
因みに、どうでもいいが、一日で一番寒いのは夜明け前だ。
「うむ。なかなか美味いな」
「よかった。実は初めてやったんですよこれ」
やっぱり初めてか。料理を持って来る時に自信ないのか、おろおろ歩いていたもんな。風雨に負けないのは別の話。
「いつもお父さんがいない時は、こういう風にアレンジして食べていましたよ」
そうかい。まずい物を作っても、自分一人の問題だもんね。
「トマトソースを入れてもおいしそうです」
イタリア料理の材料なら多分大丈夫だろう。さすがにボンゴレ等の魚介類は合わないと思うが。
「幸一さんだってアレンジ料理はしますよね? 高菜焼きそばとか……」
懐かしい話。
「焼きそばに海苔を巻いて食べることもあるよ」
青海苔の代わりだ。
「焼き飯にも海苔を巻くよ」
悪くない組み合わせだ。
「何だか楽しそうですね」
早貴ちゃんのアレンジに比べれば、俺のはちょっとした小細工程度だよ。
食事を終えて、俺は風呂の用意を始めた。
そんな時、台所からパリ~ンというよく響き渡る音が聞こえた。
「どうしたの?」
「す、すみません。幸一さんのお茶碗を割ってしまいました」
慌てて破片を拾おうとする早貴ちゃん。
「こら、ストップ!」
「う……」
どうやら、指を切ったようだ。こういう時は慌てず急がず安全に破片を集めよう。
俺は箒とチリトリで破片を全て回収した。
「早貴ちゃん、指切ったでしょう。慌てないように。ゆっくりでいいよ」
「うう、幸一さんのお気に入りの茶碗ですよ……」
もしかして、俺が茶碗を割ったから怒っていると思っているのかな?
「茶碗は買えばいいでしょう。俺が怒ったのは破片を素手で拾っているから。俺のせいかも知れないが」
俺は、早貴ちゃんの指をなめた。消毒である。
「はう……あ……」
妙な泣き声だ。
「怒ってないですか?」
「怒ってないよ」
撫で撫で。
「うう……」
「俺は滅多に怒らないよ。危ない時だけ怒るよ」
そう言ってあげた。どうも謝り癖が付いている。どうにかならないだろうか。
いつものように俺は早貴ちゃんと一緒に寝ている。
「寝つきは良いんだよね」
「すーすー……幸一さん……旦那様」
旦那様ね……きちんと言っておくべきかな。俺の考えを。
頭を撫でて、優しく抱いて寝た。
早貴ちゃんの体は小さく華奢で、弱々しく、柔らかかった。しつこく書いたのは、強調表現だ。
ニュースキャスターも使っている強調表現に、ダントツトップがある。略さず言うと、断然トップトップである。トップを二回言うことにより、強調しているものと思われる。
焼き魚を焼くは、温め直すという意味、こんがりとしたものが好きな人にお薦め。
「う~ケイスケさん……」
「あ~モミジ……」
適当に返しておこう。そう言えば、モミジと言えば、時々夢に出てくる女の子の名前で、ケイスケは夢の中の俺の名前だ。
「モミジ、傷は治ったか?」
何となく、俺は早貴ちゃんにそう言ってみた。確か寝言は会話できたと思う。
「はい。ケイスケさんのおかげで、もう治りました」
よし、寝言と会話成功。
「モミジ、祭りに行こうか」
「ん~私、村人じゃないですけれど良いんですか?」
ちょっと待て、今、村人じゃないと言ったな。もしかして、俺が見ている夢と、早貴ちゃんが見ている夢は同じなのか?
「む~あれ、幸一さん?」
「あ、目が覚めたかな? モミジ」
「う~ケイスケさん?」
「寝ぼけているようだな早貴ちゃん」
「ん~、あれ? 幸一さん。あの今、モミジと言いました?」
「ああ、言ったよ。もしかして、最愛のおまじないをやったか?」
夢の中の話だ。
「あ、はい。ケイスケさんと一緒にしました。あれ、もしかして幸一さんも?」
同じ夢を見ているのか。
「不思議な話だな」
「あの、でも、おまじないが正しかったら、これは前世の記憶ってことですよね」
そう、最愛のおまじないの効果は、生まれ変わっても巡りあえること、そして前世の記憶を夢で見ることだった。
「ってことは、俺と早貴ちゃんは、前世からの仲ってことでいいのかな?」
「はい。そういうことになりますね。ふふふ。何だか嬉しいです」
部屋の中は薄暗い。
俺と早貴ちゃんは布団の中で抱き合っている。
「あ、あはは。これって運命なんでしょうか」
「そうかもね。でも、浮気したら効果が切れるって言われていたよね」
浮気って何だろう。
「うう、私だけ、効果が切れていたりして……」
穢れたから……
「そうなのか?」
「祭りの後を覚えていないです」
俺は夢の内容を話した。
「え、盗賊に村が襲われて、私たちは亡くなるんですか?」
「そう。俺が先で、モミジが後だったよ」
庇って死んだ。そして、村人の数人はうまく逃げられたらしい。
「三谷さんから聞いたのですが、隣の県のある町で、最愛のおまじないをしているという噂があるみたいです。赤い糸を使ったお呪いらしいです」
なんとも怪しい。まったく同じだ。
「新婚旅行はそこにしようか。もう一度やってもらおうか」
「はい。生まれ変わっても、幸一さんとずっと一緒にいたいです」
なんだかすごい約束したな。でも、俺達の気持ちは前世からずっと夢の中で生き続いてきたんだ。そうだろう?
俺は早貴ちゃんを抱いて、キスをして、そのまま横になって、寝た。
朝までぐっすりと……
ED3
次回予告
「試験が終わり、ついに夏休みです」
「俺の試験も終わった。その次の日」
「幸一さんの実家に、お盆明けに一緒に行くことになりました。両親に会うのです」
次回 最愛物語 第一一話 里帰り
「お土産は何にしましょうか?」
解説
よくドラマで婚約指輪を渡すシーンがあるが、いつ指のサイズを調べたの?
という疑問が沸いたので、前話の設定をいじって、恋人指輪(告白指輪)という設定を入れた。
もしこの告白指輪が主流になることがあったら、それはこの物語が広く知れ渡ったということでしょう。
こうして作者は、作品の知名度を計るのであった。




