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最愛物語  作者: 吉田 幸一
10/15

第9話 告白

「う、ううん……」

早貴ちゃんは目を覚ました。

「ふあ! ご、ごめんなさい」

早貴ちゃんが寄りかかって来て、俺はそのまま膝枕していた。

「気にしなくていいよ。それより、泣いてすっきりした?」

目が赤い。少し腫れぼったくなっている目。

早貴ちゃんは、落ち着いて、

「はい、すっきりしました」

と笑顔で答えた。

やっと笑顔を見せてくれた。

その時、早貴ちゃんのお腹からグゥ~という音がした。

「あ、あはは。早貴ちゃんもお腹空いたか。そりゃそうだな。気分はどう?」

「なんと言えばいいか分かりませんが、喪失感と言いますか、体の一部がなくなったような感じがします」

それは、手術の影響だよ。仕方がない。

「あとは、特に何もないです」

「食欲はあるんだよね。音も鳴ったし」

「うう……お腹の音から離れてください」

早貴ちゃんは恥ずかしそうだ。

「生きている証拠だよ」

俺の腹の音もなった。

「俺も何も食べていないんだよ。そういや昨日すき焼きを食べたのは真二さんだけだったな」

「今度、幸一さんが好きな料理を作りますから。勘弁してください」

さらりと嬉しいことを言ってくれる。

「さてと、どこで食べる? もう一度言うが、俺はこの街を知らない。君の方が詳しいと思うから、案内してくれると嬉しいな」


OP


因みに、「~してもらえると、幸せます」、は山口県の方言「幸せる」の尊敬語。「~してもらえると、喜びます」は……どこだったかな?

早貴ちゃんは、少し戸惑っているようだ。

「約束したよね。『いつか一緒に街に行こう』って」

驚き、嬉しそうに微笑む早貴ちゃん。

「はい。覚えていたんですね。嬉しいです」

一緒に買い物。またの名をデートと言う。

「御褒美がまだだったよね」

成績が良かったら御褒美をあげる約束だったことを思い出した。

「お父さんとの待ち合わせ時間まで四時間もあるよ。好きにしていいよ」

早貴ちゃんは、何かを思いついたようだ。

「そ、それじゃ、公園の向こう側にあるピザ屋さんでいいですか?」

確かさっき通った所にあったような。



現在午後二時。

ピザ屋に着くと、オーナーが一休みをしようとしていた。

昼食の時間帯からずれて来た、義理の兄妹のような、従兄妹のように見えなくもないような、カップルのような二人組が店に入ってきた。

「いらっしゃいませ」

青 年が「カップル限定 ピザ5枚食べ切れたら 賞金一万円。というものにチャレンジしたいのですが」と言った。

因みに、参加料1万円。差し引き±0である。

「いいのですか?」



「お願いします」

青年は、少女と手をつないでいる。

少女は、少し緊張しているようだ。

初めてのデートか。

初々しいなぁ。

「それでは、参加料一万円を頂きます」

どう見ても、少女の方は少食のようだ。

「どんどん来るからね」

一〇分ほどして、一枚が出来た。



「早貴ちゃんどれくらい食べられる?」

「1枚くらいが限界です」

少し申し訳なさそうに言う。

「そう。つまり、残り4枚は俺の分ってことだね」

「すみません」

「いや、別に気にしなくて良いよ。それくらい食べられるよ……多分」

なるほど、だからカップル限定か。

オーナーは、pizzaマルゲリータを持ってきた。バジルの緑、トマトの赤、そして、チーズの白。イタリアの国旗の色である。

「四分の三は俺が食べるよ」

ピザカッターで、ピザを八等分にした。

腕時計で確認した。

「大体、一枚一〇分で焼きあがるみたいだね」

「チリソースはいりますか?」

因みに、タバスコはアメリカのある会社のチリソースの商品名。

ここには、森吉食品のチリソースをおいているようだ。

赤いのは唐辛子をベースとしたもので、緑色のは唐辛子とサボテンが入っているようだ。



「黄色のはパインアップルが入っているんですね」

チリソースは案外奥が深いようだ。

あっと言う間に、一枚食べ終えてしまった。

「あ、そうそう。参加料には、ドリンク飲み放題が含んであるんだよ」

言うのが遅いよ、オーナー。

メニューを見たら、早貴ちゃんはオーナーに烏龍茶を注文した。

メニューをよく見ると、「ドリンクは全てセルフです。間違っても注文しないように」と書かれていた。最後の行に小さく。

「早貴ちゃん、セルフだって……」

頭から湯気が出ている。

「俺が取ってくるよ。烏龍茶だね」

「は、はい」

短く返事すると、恥ずかしそうに俯く。

オーナーはカップルの様子を見て、楽しんでいるようだ。

「良い趣味してるよ」

烏龍茶にはアイスとホットがあった。

そして、『お冷や(青木ヶ原天然水)』まであった。どこのメーカーだよ。

「水道水は蛇口を捻ってください」

何でもありそうだ。

良く見ると、隣の機械には、故障中と貼っているが、メニューを見ると、押しボタンの     

上に紙を貼って作ったものがある。

コーヒーの上にコーヒーサイダー(ヨンダリア)、メイプル紅茶(ヨンドルヨ)、バニラココア(サンドリヨン)……きりがない。




「故障中」という文字の横に、「こちらのメニューは、マスターがシェイクして直接作ります。また、何でも混ぜますから、お気軽にお申し付けください」と書いている。

裏メニューのつもりらしい。

テーブルのメニューには載っていなかった。

「飲めるのか?」

とりあえず、烏龍茶(アイス)を二人分持って行く。

「あ、ありがとうございます」

という早貴ちゃんを正面に見ながら、メニューをもう一度見てみると、

「オーナーオススメの逸品」

「マスターオススメの珍品」

と書かれていた。

つまり、呼び方でメニューが変わる?

「マスター、メイプル紅茶を一つ」

ピザを持ってきたオーナーに言った。

「ああ、分かった。すぐ持ってくるよ」

早貴ちゃんは、不思議そうな顔をした。

とりあえず、ピザ「照り焼きチキンと見せかけビーフ」を食べることにした。

これで2枚目である。

「あ、ビーフをチキンに見えるように、チーズで……」

早貴ちゃんのお料理スイッチが入ってしまったらしい。

「ふふふ。何だかいつもと違うものが食べられそうですね」

料理の王道とは何だろうと、ふと考えてしまうものだな。








最⑫


あっという間に、ピザ四枚を食べ終わった。

平らげるという表現をピザで使うと違和感があるのは気のせいか?

そして最後の五枚目は、シカゴピザではなく、チョコとバナナが乗ったデザート感覚のピザだった。

俺はすぐに四分の三を食べたが、早貴ちゃんは最後の一切れの半分くらいでギブアップした。

俺は早貴ちゃんの食べかけを一口で食べて、ピザ五枚を無事完食した。

オーナーは早貴ちゃんを見て満足しているようだ。どうも、このオーナーは間接キスを見るのが楽しみらしい。だからカップル限定なのだろう。

「いや~良いもの見せてもらったよ」

完食した食べっぷりなのか、間接キスなのか。

そういうことは置いておいて、賞金1万円を手に入れた。

俺と早貴ちゃんは満腹で、公園のベンチで休むことにした。

「これから、どうする? あと、四時間あるよ。」

「もう少し休んでから、そうですね……商店街に行きましょう。そこで、買ってもらいたいものがあります」



商店街は駅の近くにあった。南西から北東にかけて、延びている。

駄菓子屋、プラモデル屋、宝石店、質屋、居酒屋、ラーメン屋……などが並んでいる。

その中で、まず駄菓子屋に寄った。




最⑬


手前に四〇円くらいのソーダ味やコーラ味の棒アイス、二〇円くらいの色が付いた蒟蒻ゼリー、その横に牛乳やヨーグルトなどのよくある物が置いてある。一〇円くらいのお菓子は奥にあるようだ。

そんな中に俺が見たことがないものがあった。

玩具の指輪なのだが、数が多いというより、指の大きさ一〇サイズ、プラスチックの色が全部で八種、値段が五〇〇円だった。

まさか、これが欲しいなんて言わないよな。早貴ちゃんだから言いそうだ。

というか、自分の指に合う指輪を探している。

これは……もしかすると、思い出の品とかいうやつか。

どうやら決まったようだ。

「これ買ってください」

と言って手渡されたのは宝石の代わりに水色というよりアクアマリン色のプラスチックがついている指輪だった。

プラスチック100%と書かれている。

店員のおじさんに渡すと、「そうか。これから頑張りなさいよ」と、意味ありげな応援をされた。

何を頑張れば良いんだ?

指輪を箱ではなく袋に入れてもらった。

俺が早貴ちゃんに渡そうとしたら、

「良かったら、後で渡してください」

と言われたから、肩に掛けているバッグに入れた。




最⑭


次に、雑貨屋に行った。

早貴ちゃんはカップとエプロンを選んでいるが、迷っているらしいから、俺は早貴ちゃんにこの店にいるように言って、自分は銀行でお金をおろしに行くと言って、雑貨屋を出た。


早貴ちゃんside

幸一さんが銀行にお金を降ろしに行って、私は一人で雑貨屋さんを見て回っている。

家にあるカップやグラスを思い返してみる。

「確か、このカップはなかったはず」

綺麗な青い色の模様が描かれたカップで、ターコイズが使われている。

どこかのクイズ番組のトップ賞にプレゼントされていたような気がする。

「これはさすがに買ってもらえないよね」

次に、フライパンを見て回る。

家に置いてあるフライパンは汚れがこびり付いていて、落ちないし、五年以上使っているから、そろそろ買い替えの時期だと思う。

ハッ、いけない。何でも買ってもらえるのに、どうして私は家のことばかり考えるのだろう。

今はデート中なんだ。もっと、年齢相応な女の子が欲しがるようなものを……

ふと目に着いたのは、エプロンだった。

そう言えば、今使っているエプロンは、八年前にお父さんに買ってもらったものだ。

汚れが付いているし、小さく感じるから、そろそろ買い換えるべきかもしれない。

チリンチリンという音がして、雑貨屋さんの扉が開いた。

「早貴ちゃん。欲しい物は決まった? あ、エプロンが欲しいの?」

私が手に持っているエプロンを見て、そう思ったのだろう。

「えっと、これでいいでしょうか?」

私は持っているエプロンを広げて見せた。

「なかなか似合っていると思うよ」

そう言ってもらえると嬉しい。

「本当に、早貴ちゃんは料理好きなんだね。良いお嫁さんになるよ」

お嫁さん。なれたらいいな。ううん、頑張らないと。

「他に買いたいものはある? デートしているんだから、サービスするよ」

幸一さんは優しい。

だから、私は敢えて遠慮することにした。

私が頼んだら、本当にターコイズのカップを買ってくれそうだから。

それは申し訳ないと思うから、次のお店に行こうと思う。



幸一side

早貴ちゃんにエプロンを買ってあげて、別にマイカップを三人分買ってあげた。

「丁度この前、割ってしまったから、嬉しいです」

と言ってくれたから、それはそれで嬉しかった。

「次はどこに行く?」

あと三時間だ。

「あの、この先にデパートがあるのですが、洋服を買ってもらっても良いですか?」

もちろん良いに決まっている。

この時、女性が服を選ぶのにとても時間がかかることを知った。

でも、こういうのもたまには良いのかもしれない。

早貴ちゃんが試着室で着替えて出てくることを繰り返すこと四回。

ワンピース、スカートとノースリーブのシャツ、半袖のブラウス、そして下着を買ってあげた。ブラジャーは買わないみたいだ。背中の傷を気にしているらしく、どちらかというと、シャツを買っている。

やはり、玩具の指輪から考えて、あと以前に本人から聞いていた通り、早貴ちゃんは水色が好きなようだ。

水色、白、ピンク、オレンジ、青、の順番に好きだということが服を選んでいるところを見るうちに分かった。特に下着の色だが。

あと、柄に関しては、バラバラで分からなかった。あまり、意識していないのか?

「あと二時間だけれど、どこに行く?」

デパートを出て、俺と早貴ちゃんは、線路の高架下をくぐって、そのまままっすぐ山の方へと向かった。

まさか、山登りじゃないよな。と、思ったが、まぁ、山ではなかったようだ。

丘を登ることになった。

高速道路の下をくぐり抜けて、右手に飯倉高校を見上げながら、真っ直ぐ進み、墓地の左手の坂道を登り始めた。

「この先に、公園があるんです」

五分くらい登ると、建物が見えてきた。そして、登って行くにつれ、木々の間から街の風景が、良く見えてきた。木が多くて、絶景ポイントという場所はなかったが、まぁ、なかなか良い眺めだ。

丘の頂上に登ると、とりあえずお手洗いを済ませることにした。

どうでもいいが、便所と書いて、中国語では郵便局という意味になるらしい。研究室の先輩がそう言っていた。

用を足した後、俺はベンチに座った。

ふう、少々疲れた。

早貴ちゃんに買ってあげた物を全部俺が持っているからな。

「お待たせしました」

いや、特に待っていないよ。だから、本当に申し訳なさそうに言うのは止めようよ。

「ここは、私が小さい頃に、良く両親に連れられて来ていました。一〇年ほど前まではデートスポットだったらしいですが、今は御覧の通りです」

俺達以外にカップルはいない。その代わりと言ったらなんだが、子連れの人が多い。

どうやら、ここは何かの体験学習の場所なのだろうか。

良く見ると、調理実習室のような物や、絵を描く場所があった。要は小学校の自然教室でするようなことができる場所でもあるらしい。

「時々、イベントが行われているようですよ」

張り紙にはこう書いてあった。

「9月1日防災の日。防災訓練が街で実施されます」

って、これだたの掲示板だ。ここのイベント案内ではない。

「こっちですね。『7月7日七夕祭り』これはもう終わっていますね」

8月6日、判子作り体験コーナー。

8月7日、栞作り体験コーナー。

以下略。

主に、地域の行事や、趣味を広げる教室のようなものが開かれているのである。

今日は何も予定がないから、ただ滑り台で遊んでいる子供が数人いるだけのようだ。

西に山があるから、夏といえども、十八時を過ぎると暗くなる。

現在十七時。子供はそろそろ帰る時間だ。さて、俺達はどうしよう。

そろそろ茜色の空が見え始める頃なのだが、ここではあまり長時間夕焼けは見えないのだろう。

疲れもとれたし、いつまでもベンチに座っていると日が暮れる。

「そろそろ、真二さんの会社に向かおうか」

「あの、もう一か所行きたいところがあるのですが、いいですか?」

質問ではなく、お願いのように聞こえた。

何か、決意のようなものを感じる。

いつもなら、早貴ちゃんはこんなに強く発言しないのだが、今の言葉には力があった。


奥の方の広場を進み、トンネルを抜けて、反対側の道に出た。

道と言っても、木材で造られた階段を通って降りて行く。

その途中に、少し開けたところがあり、木でできた椅子が二つあった。

目の前を見ると、街の南側が見渡せる場所だった。

挿絵(By みてみん)

「私、ここから見る景色が一番好きです。両親と来た思い出の場所だということもありますが……」

早貴ちゃんの言う通り、今日歩いた場所では、確かに一番景色が良い場所だろう。

「ここは、私のお父さんがお母さんにプロポーズをしたところなんです」

初耳だ。失礼だが、真二さんがそんなにロマンチックな人とは思えない。

早貴ちゃんは、少し恥ずかしそうに話し続ける。

「私もいつか、こういうところでプロポーズされたいです」

「ははは、早貴ちゃんらしい」

俺は、敢えて、早貴ちゃんの気持ちに気付いていないふりをした。


挿絵(By みてみん)


「私、お嫁に行けるでしょうか?」

その質問には、何度も答えたはずだよ。

「幸一さん。私は……」

 さっきと同じように、決意のような物を感じた。

早貴ちゃんは俺を見上げていた。俺の顔を、目を見つめていた。

「幸一さんのことが、大好きです」

言った。ついに言った。そして聞いてしまった。

「こんな、傷だらけで、穢れている私なんかで宜しければ、お付き合いしてください」

だから、そういう泣きそうな顔をしないでくれ。

「俺以外に好きな人はいないの?」

「いないです」

そうか。数日前に言っていた、圭ちゃんの他に好きな人がいるって言っていたのは俺のことなのか。

「いやですよね。幸一さんには、結婚したいくらい好きな人がいらっしゃるのですから。私なんかと比べたら、雲泥の差はありますよね」

「確かに、比べられないな」

敢えて、こう答えてみた。

「だから、幸一さんが、その人と結婚されるまでで良いですから、恋人として、お付き合いしてほしいです。二股かけても、良いです」

……なんだかかわいそうに思えてきた。

「いいよ。早貴ちゃんとなら、付き合っても良いよ」

「あ、ありがとうございます」

早貴ちゃんは俺の胸に飛び込んできた。

俺は早貴ちゃんの頭を撫で撫でした。

「あの、駄菓子屋で買った指輪をください。左手の薬指につけてください」

玩具の指輪か。

あの後、駄菓子屋のおじさんに指輪のことを聞いたよ。

「はい。これ、告白指輪、もしくは恋人指輪って言うんだな」

指にはめてあげてあげてからそう言った。

「あれ、知らなかったんですか?」

「少なくとも俺の故郷ではこういう習慣はなかったよ」

「そ、そうですか。すみません」

少し、嬉しそうだ。知らなくても、買ってもらえたことが。

どうやら、デートの途中で、指輪を買ってもらい、告白をした後、自分に満足出来たら、指輪を貰って、恋人成立となるようだ。

「あの、どれくらいの間、恋人でいてくれますか?」

「恋人か……そうだな。短くて、あと四カ月くらい。長くて四年後の十二月くらいまでかな」

嘘は言っていない。

「四か月、案外短いですね」

少し悲しそうだ。そりゃそうだ、俺は大事なことを一つ言っていないからな。

「早貴ちゃん、俺から受け取ってもらいたい物がもう一つあるんだ」

「ふえ? 何ですか?」

俺は、青い小箱をポケットから取り出して、開けて早貴ちゃんに差しだした。

「早貴ちゃんは、水色が好きなんだよね」

「え? これって、あの……」

貰えないと思っていたものが今自分に差しだされているのだから、困惑するのは分かっていた。あたふたする早貴ちゃんも可愛いな。

「でも、その、私なんかで良いんですか? 結婚したい人が……」

俺は早貴ちゃんの唇に軽く口づけをした。

「俺が結婚したいのは、早貴ちゃんだよ。君以外に好きな人はいないよ」

すっかり頬が紅く染まっている早貴ちゃんは、恥ずかしそうだ。同時に、嬉しい気持ちを隠せないでいる。

「う、うう。あ、ありがとうございます」

俺は早貴ちゃんの体を抱きしめた。

これならいいだろう。

早貴ちゃんが俺に告白した。それに俺は答えた。俺が告白したのではないから、早貴ちゃんの意思で決めたことだ。

幸せになるためには、自分で選択をしてもらわないといけない。

俺は、早貴ちゃんを幸せにしたい。

そして、俺も幸せになりたい。

いつしか辺りは暗くなり始め、一つになっていった二人の影は暗闇に溶けていった。



真二さんの会社はこの近くにあり、歩いて五分らしいから、プロポーズスポットから見えていた橋を渡り、バス停の近くにある建物で休憩することにした。

靴を脱いで、上にあがり、飲食店の座敷に置いてあるようなテーブルに、買った物を置いて、俺と早貴ちゃんは、肩を並べて座った。

そして、抱き合い、口づけをした。

舌を出して、からめ合う大人のキスもした。ディープキスとかフレンチキスとかいうやつだ。

それ以上のことはしない。

早貴ちゃんはまだ十五歳だ。手を出したら犯罪だ。

本人も、そういうことはしたくないようなので、とりあえず、愛情表現として、抱き合い、キスをすることにしている。

狭い室内で、早貴ちゃんは俺の肩に顔を乗せて、目を閉じた。

真二さんとの待ち合わせの時間まであと五〇分ある。

どうやら眠いようなので、俺は早貴ちゃんに膝枕をしてあげた。

寝顔を見ると幸せそうだった。

良かった。早貴ちゃんの心を救うことができた。

この笑顔を救うことができた。

俺は決めた。これからの人生のこと。そして、夏休みの計画を。





信州環境保全会社飯倉支社のロビーで待つこと三〇分。真二さんは慌ててやって来た。

結局仕事が長引いたらしく、現在一八時三〇分だ。

「早貴ちゃん、起きて」

その時、俺は気付いた。早貴ちゃんが指輪を二つはめたままだということに。

左手の薬指にアクアマリンの婚約指輪、右手の薬指にプラスチックの玩具の指輪。

真二さんは気付かないのか、気付いていないふりをしているのか。特に何も言わなかった。

「さてと、幸一君。夕食は何が食べたいか? お礼と、二人の祝福を兼ねて、御馳走しよう」

やっぱり気付いていたのか。

「あ、お父さん」

「皆まで言うな。幸一君と恋人になったんだろう?」

あれ? 

それだけですか?

「それにしても、最近の指輪は良くできているね。まるで本物の宝石のようだ」

あの、お父さん、左手につけているのは、三〇万円したアクアマリンの指輪ですよ。

「あ、お父さん。これ、告白指輪じゃなくて、婚約指輪だよ」

あ、言ってしまった。いいのか?

ちょっと待て、こんな展開予想していなかったよ。

「あ、そうか。なるほど。だからこんなに……今、何て言った、早貴?」

「これ、婚約指輪だよ。幸一さんに貰ったの」

真二さんが俺を見た。

まずい。大事な一人娘をそう簡単に渡すことはないだろう。

というか、こう言うことは、本来ならきちんとした手順ですべきなのだが……

「幸一君。良いのかい? 早貴と結婚しても」

ちょっと待て。何だかあっさり済みそうだぞこの展開。

「は、はい。早貴ちゃんと結婚させてください」

俺はきちんと頭を下げてお願いした。

本来なら、半年くらい間を開けて報告するつもりだったのだが仕方がない。

「困るな。早貴を連れて行ったら」

やっぱり、早すぎたか。断られるのか。

「俺の飯は誰が作るんだよ」

……飯?

「あ、お父さん。私すぐにはいなくならないよ」

「というより、俺も、今のまま一緒に暮らしていきたいと思っています。お義父さんと三人で」

事前に早貴ちゃんと話しあっていて良かった。

「なんだ。安心したよ。そうか。それなら、結婚を許すよ。幸一君、これからも早貴を頼む」

「はい。ありがとうございます」

「お父さん。ありがとう」

後で聞いたことだが、真二さんも同じようなことを経験したらしい。

同じように、美貴さんの両親と暮らしていたが、旅行中の事故で亡くなり、宮原町に引っ越してきたらしい。

真二さんお薦めの飲食店に向かう途中で、今まで知らなかった話を聞かされた。

おそらく、家族にしかしないような話を。

「それで、早貴が五歳の頃描いた落書きが、階段に……」

「うわ、そ、そんな話しなくて良いよ」

後で確認しようと思ったが、消すのが大変だったんだぞ、という話だったから、おそらく残っていないだろう。

そういう話をしている内に、飲食店に着いた。

ここは……

「いらっしゃい」

「よう。末本、久しぶりだな」

「おう、中森。同窓会以来だな。おや、後ろの二人は昼間のカップルかい?」

そう、ここは例のピザ屋だ。

「なんだ。ここに来ていたのか。まぁ、ここの料理は美味いよ。今日は御馳走だ。アレ頼むよ」

アレとは何だろうか?

「ここは、昼はピザ専門店だが、夜はイタリア料理専門店になるんだ」

あまり変わらないような。というか、一般的に昼パスタ専門店で、夜にピザが加わるのでは?

「まあ、こいつは昔から、何か面白いことを考えるのが好きだったからな」

「そう言えば、息子さん元気かい?」

マスター兼オーナーの息子?

「さあね? 今、大学生だよ。本州大学に通っている。大学三年生だ」

はて? 何か頭の片隅に過ったような。

「そう言えば、キャンパスが変わったとか言っていたな。中野キャンパスから本庄キャンパスに」

農学部で末本と言えば、あいつしかいない。

「もしかして、末本一貴ですか?」

文芸部員の勝てない挑戦者。

「ん、知っているのかい?」

「一緒に文芸部に入っています。色々と、助けてもらいました。車に乗せてもらったり、小説のネタを貰ったりして」

あいつ自身が面白いネタなんだがな。

「ははは、そうか。そうだったな。本庄キャンパスは宮原町にあったっけ」

「世間は狭いですね」

早貴ちゃんはまだ分からないようだ。

「病院から出る時に車に乗せてもらっただろう? あの人だよ」

「あ、あの人ですか」

やっと理解できたようだ。




料理が出てきた。

どうやら、アレというのはピザはピザでもシカゴピザのことのようだ。

普通のピザを三枚重ね合わせたような厚さで、食べ応えがありそうだ。

「それじゃ、幸一君へのお礼と、二人を祝して乾杯」

因みに飲み物はマスターお薦めのスペシャルドリンクノンアルコールバージョンだった。

ジュースを全部ミックスしたな。

青汁とコーラを混ぜたような色になっている。味はなぜか美味かった。

これには早貴ちゃんも驚きだった。

なにやら、マスターには不思議な感覚があるのだろう。

食事の間、真二さんは、家族の昔の話をした。

早貴ちゃんの体育祭の応援に行けなかったこと。いつも一人で寂しい思いをさせていたこと。いつも早貴ちゃんに主婦をさせていたこと。早貴ちゃんが美貴にそっくりだということ。外見もだが、内面も。頭を撫でると喜ぶこと。胸が小さいのは遺伝だということ。 その他、色々と遺伝している。

「ただ、美貴はもう少し大きかったと思うぞ。高校時代と比べて」

背丈と胸囲、ヒップのことである。ウエストは変わらないらしいが。

「俺に似たのかもな」

男性に似るというのは悲しいことだが、小さいってことは便利だよ、と一言フォローをしておいた。

ああっどうでもいいことだがな。

「やっぱり、男性は胸が大きい女性を好むのかな?」

心配しているようだ。

「そんなことないよ。人の好みはそれぞれだよ。お父さんだって、多分胸の大きさは気にしていなかったと思うよ」

そうですよね。話を合わせてください。

「いや、俺は大きい方が好きだったね。ただ、料理が出来て可愛かったから、付き合っていて、そのまま結婚したんだよ。胸の大きさをフォローするものがあったからな」

ガーンという顔をする早貴ちゃん。

もう、何でもいいからフォローすることにする。

「早貴ちゃん。俺は胸の大きさは気にしないよ。まぁ、どちらかと言うと、小さい方が好きだよ。胸が大きいと、立ったままキスしにくいだろう?」

ちょっと無理のある表現だが。圭一君と三谷さんを思い浮かべて、納得したようだ。

「確かに、あの二人は大変そうですね」

「早貴、今何カップだ?」

そう言えば、何で真二さんはそんなに乗り気なんだ? 

普通娘の胸の話とか御法度だと思うのだが。

「お父さん、酔ってる?」

真二さんの飲み物にはアルコールが入っていたようだ。

「ん~」

「Aだよ」

ちゃんと答える早貴ちゃん。やはり天然なのか?

「うう、美貴」

おい、真二さん。妻と娘を見間違えたらいけないよ。

「お酒弱いのに飲むから、もう」

真二さんは、早貴ちゃんの頭を撫で撫でし始めた。

どうやら、美貴さんにも同じことをしていたのだろう。

「うう」

あ、寝たな。

「マスター。ドリンクが利きすぎですよ」

俺はすぐにマスターを呼んだ。

「ああ、こいつ、同窓会でも、いつも酒飲んで酔って寝ているんだ。大丈夫一時間で目覚めるから」

本当に一時間で目覚めるのか?

六時間は寝てしまいそうだが。

「あ、でも、いつもお父さんは帰ってきましたよ」

そうか、なら本当に一時間くらいで目覚めるのか。試しに、携帯電話の時計を確認した。そして、ストップウォッチを起動して計ることにした。

「お父さん。嬉しかったみたい。傷を負った私が、幸一さんと婚約したことが」

「ずっと、早貴ちゃんの幸せを願っていたんだよ。まぁ、俺が信用されていたから、こうなったわけで。どこの馬の骨とも分からないやつが相手だったら、そう簡単にいかなかっただろう」

「幸一さんは、私の命の恩人ですから。それに、最初の夜に私に手を出さなかったから、信用されたんですよ」

「あとは、毎日の積み重ねか。俺が勉強教えている時も、時々見に来ていたからな」

「はい」

マスターは真二さんに布団をかけることもなく、俺達に話しかけてきた。

「君たちはいつから付き合っていたのかい?」

マスターも気になったのか。

「今日ですよ。今日の昼に初めてのデートをしました」

「付き合って一日もしないで婚約したのか。すごいな。一五歳で、そんなこと経験する人なんて滅多にいないだろう。良かったね。幸一君かっこいいね。早貴ちゃんは可愛いね。うんうん。青春だな」

なんか話し方が末本一貴に似ているな。

マスターは一貴の昔の話をした。

「そうそう、あいつは、昔から色々挑戦するやつだった。結局負けるんだが、それでもめげずに前に進んで行くやつだ」

確かにそうだな。

「これからも仲良くしてやってくれ。あと、本気で勝負してやってくれ。手を抜かれることが嫌いなんだよ」

そういうことなら、任せてください。

オーナー兼マスターは去って行った。

携帯電話を見ると、そろそろ一時間になるようだ。

「う、んん。あれ、早貴? ああ、俺寝ていたのか」

早貴ちゃんに膝枕して貰った真二さんは起き上がって、マスターが持ってきたノンアルコールドリンクを飲んだ。

「ふう、あいつめ、わざとアルコール入りを飲ませやがったな。いつも、俺と勝負して負けていた腹いせか」

ちょっと待て、もしかして世襲なのか? 勝てない挑戦者というのは。

「そうか、幸一君もか。いやあ、俺達気が合うな」

早貴ちゃんには笑顔が似合う。

そう思うだろう? 末本一貴。このロリコン。いや、俺もロリコンの仲間入りか。それでも良い。だって、早貴ちゃんを幸せにできるなら、そして俺も幸せになれるなら。

年の差はたった四,五歳だよ。こんなの極普通の年の差だよ。

ただ、相手が一五歳だというのが特別なだけで。

ロリコンの定義とはなんだろうかと今しきりに気になった。誰か教えてくれ。


ED3


次回予告

「幸一さん、これからもよろしくお願いします」

「あの、旦那様とお呼びしてもいいですか?」


次回 最愛物語 第一〇話 幸せな日々

「今、私は幸せです」


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