最終話 愛する人に 前編
ジェラルド様の起こした事件は、静かに解決を迎えた。
人々の注目を集めそうな事件だったにも関わらず、噂が広がることはなかった。
おそらく以前レオナルド様の言っていた「専門の部署」が水面下で対処してくれたのだろう。
ジェラルド様は、遊ぶ金欲しさにお父上に手をかけたという。早く当主になればヴェルディ家の財産を自由にできるのでは? という甘い考えで。
ジェラルド様をはじめ、娼婦のマリーや娼館の従業員や経営者など、被疑者全員がこれから裁判にかけられる。
親殺しは重罪だ。ジェラルド様は一生牢から出られないだろう。ヴェルディ伯爵家は当主が収監された上に財産もない。
そのため、取り潰されることが決まったらしい。
「似た事件が続いていたんだが、薬物の出所を示す証拠がずっと見つけられなかったんだ」
レオナルド様から感謝を述べられたものの、私は晴れやかな気持ちにはなれなかった。
事件の供述をして衛兵隊に協力したり、パオロをはじめとしたヴェルディ家の元使用人たちの再就職の手助けをしたり、できる限り力を尽くしたものの……胸の中の罪悪感までは消えてくれない。
愛されることができない妻ならば、せめて仕事だけはしっかりやろうと決めていた。
なのに。
――私は結局、なにもできなかった。
家は取り潰され、義父を守ることもできず。
どうしようもない後悔と無力感が胸を苛む。
気落ちしたまま過ごしていた、ある朝のこと。
私は執務室でいつものように机に向かっていた。ドアが軽くノックされ、カテリーナ様が入ってくる。
「ねえ、ソフィア。庭園のハシバミの木の下にスノードロップが咲いているの! 一緒に見にいきましょう?」
こうやってカテリーナ様は、よく私を誘ってくれる。察しのいいカテリーナ様のことだ。どんなに私が明るく振る舞っても、気落ちしていることに気づいてくれているのだろう。
そして気づいていてなお、普段と同じように接してくれているのだ。
「果実水とパイも料理長に頼んでおいたの。天気もいいし、よかったら一緒にピクニックを……」
カテリーナ様が言いかけたその時、ドアのノックの音と共にお祖母様である前侯爵夫人が入ってきた。
「ソフィア、大変なの! 私、女王陛下のお茶会にお呼ばれしてしまったのよ! これから一緒に町に行って新しい帽子を見立ててもらえないかしら?」
奥様もまた、何かと理由をつけて私を連れ出そうとしてくれる。その度に私にも宝飾品やら服飾雑貨やらをぽんぽん買ってくれるので、私の衣装部屋はいっぱいになりつつある。
お二人とも、私を元気づけようとしてくれているのだろう。奥様もカテリーナ様も、この上なくお優しい方なのだ。
けれどカテリーナ様は、そんなお祖母様の言葉を遮って優雅に微笑む。
「ごめんなさいおばあさま。ソフィアはこれから私と約束があるの」
「あら、そうなの?」
奥様もカテリーナ様に向け、貫禄のある笑みを返した。
「申し訳ないけれど、私とっても急いでいるのよ。カテリーナの用事は明日では駄目?」
「駄目よ。おばあさまはこの前もソフィアとお買い物に行ったじゃない?」
カテリーナ様も奥様も、笑顔だというのに少し怖い。
私は2人に挟まれて、どうしたらいいかわからなくなった。
「ねえソフィア、あなたはどうしたい? 私と町にお買い物に行きたいわよね?」
「もちろん私とピクニックよね。ソフィア先生?」
「え……私、ですか?」
私は使用人だ。どちらにするか決める権利なんてないはず。
私が戸惑っていると、再びドアがノックされた。今度はレオナルド様が入ってくる。
「なんだ、騒々しい」
「お父様静かにして! 今ソフィアの返事を待っているところなの。これから、私かおばあさま、どちらと出掛けたいのか」
「どちらかと出掛ける? ソフィアが? これから?」
レオナルド様はぎゅっと眉を顰めた。
そして、言いにくそうに口を開く。
「……ソフィアはこれから俺と予定がある。だから2人の希望を叶えることはできない」
「えっ!? そうなの?」
「あらあら……そうだったのねレオナルド」
そうなのだ。
少し前に「大事な話がある」と言われて、今日は予定を空けておくようレオナルド様から言われていた。
元々休みの予定だったので、その時は問題ないと思っていたのだけど。
カテリーナ様か奥様のご用事があるなら話は別だ。
「実は前々から旦那様より今日は空けておくようにとご指示があったんです。でもカテリーナ様と奥様からも今、お誘いがありましたので。どのご用事を優先すべきか、お伺いしたいのですが」
カテリーナ様と奥様は顔を見合わせた。そして、ちらっとレオナルド様の様子を窺う。
「……かわいい息子のためだもの。仕方ないわ」
「え、ええ! 今日のところはお父様に譲るわ。ソフィア、ぜひ行ってきてちょうだい」
え……?
さっきまであれだけ言い争っていたのに、なんだか妙にあっけない。お二人がそれで納得されているのなら、いいのだけれど。
「かしこまりました。では今日は、旦那様のご用事の付き添いをいたしますね」
「ええ。残念だけれど、私の用事は諦めるわ。お父様、頑張ってね」
「私も残念だけれど、邪魔にならないよう退散するわ」
カテリーナ様と奥様は、妙にソワソワした様子で、執務室から出て行ったのだった。




