第1話 伯爵家に嫁ぎましたが
「お前を愛するつもりはない」
結婚式の夜、私、ソフィアにそう告げたのは、夫になったばかりのジェラルド様だった。
ジェラルド様はヴェルディ伯爵家の嫡男で、私との結婚式を済ませたばかり。
屋敷で二人きりになった途端に、こんな事を言い出すなんて。
呆気に取られたものの、私はもうジェラルド様の妻。貴族の妻は、夫の意向に従わなければならないから……。
「かしこまりました。差し支えなければ、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「は?」
ジェラルド様は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、私を見下ろした。
「俺には愛する女がいる。ゆくゆくは彼女と一緒になるつもりだ。親父からどうしてもと言われて年増のお前なんかと仕方なく結婚してやっただけだ。だから、くれぐれも勘違いするなよ」
そう吐き捨てて、ジェラルド様は部屋を出て行った。そして夜の街へと消えていったのだ。
「……愛する女……のところにでも行ったのかしら」
初夜に夫に捨て置かれた上、愛人の元に行かれるなんて。
通常の貴族の令嬢であれば、プライドをひどく傷つけられる状況だ。きっと屈辱と悲しみで打ちひしがれることだろう。
しかし、私はというと――。
(これまで、もっとつらい出来事はいくらでもあったもの)
ジェラルド様が年増と言っていた通りーー貴族の令嬢は10代で結婚しなければ行き遅れとされるのに、私はもう26歳。傷つきやすい少女時代はとうの昔に過ぎている。
(プライドなんて、とっくの昔にどこかに消えてなくなってしまったわ)
感情を排して考えることにも慣れている。
たいして落ち込むこともなく、私はジェラルド様の言葉の真意を考えた。
「なるほど。ジェラルド様は『愛する必要のない妻』をご希望だから、私なんかを妻に迎えたのね」
カーリア伯爵家の長女として生まれた私は、13歳で母を亡くした。そして母の代わりとして、家の仕事を丸ごと任されてきた。
家政を執り仕切り、父親の仕事の補佐をし、妹たちの面倒をみて。
感謝される事も、労われることもなく。
そうする事が、長子として当然とされていたから。
3人の妹たちは「美しい」と評判の令嬢だった。きらめく金髪と菫色の瞳。姉妹で笑い合うその様は、まるで物語に出てくる花の妖精のようだった。
だから家にくる縁談は、すべて妹たちへのもので。
姉妹の中で唯一、茶色の髪と瞳の――平凡な見目の私には、縁談がひとつも来ることはなかった。
妹たちのように着飾る機会もなく。
少しずつ、少しずつ、いろいろなことを諦めていき……。
家からほとんど出ることのないまま、結婚適齢期の10代を家族のために過ごした。
家族には父と妹たちだけでなく、足の不自由な祖母もいた。
私を褒めてくれるのは祖母だけだった。
そんな優しい祖母が好きで、私は自然とおばあちゃん子になった。
侍女や看護婦はいたものの、使用人に世話をされることを好まなかった祖母には私の手助けが必要だった。
それなりに大変なことはあったものの、祖母と過ごす穏やかな時間が好きだった。
そんな大好きな祖母が亡くなり……。
3人の妹たちを貴族の妻として送り出すころには、私はもう26歳になっていた。
結婚なんてとっくの昔にあきらめていたのに。
ジェラルド様とのことは、そんな私にふいに上がった縁談だったのだ。
ただ、妻にと望んでもらえたことを無邪気に喜べるほど、私はもう世間知らずではなく。
うんと年上の殿方か、身分が極端に低い家なのか。
一体どんな相手に嫁がされるのかと思いきや……。
ジェラルド様は私と同じ歳。しかも身分の同じ伯爵家というではないか。
他に相手なんていくらだっていたはず。
そんな方が私を妻にと望むなら、必ず裏がある、と疑っていたのだ。
――つまり、妻としての役目は不要だから、仕事だけをしていろ、ということよね。
ようやく納得できる理由が見つかり、ほっと胸を撫でおろす。
だからそれ以上は、なんとも思わなかった。
たとえ旦那様に、他に好きな人がいても。
愛するつもりはない、と言われても。
――なんにせよ、やるべきことは今までと同じだわ。でも、せっかく拾っていただいたんだものね。
たとえこの先、捨てられることが決まっていても。
実家に戻ることはできないし、貴族社会において、女一人で生きて行くことはできないから。
―― 私はここで、できることをするしかない。ジェラルド様の希望に沿うような、仕事だけをする、愛されることを望まない妻として。
その夜、一人きりの寝台の中で。
私は静かに、そう決意したのだ。
はじめまして。
第一話を読んでくださりありがとうございます。
「お前は愛するつもりはない」で始まる話に憧れて書き始めました。
3万字くらいで完結予定です。




