追放かよ
「お前はもう用済みだ。パーティーから出て行け」
勇者パーティーのリーダー、アレクが冷たい声で言い放った。
俺――リオン・フェルナンドは、言葉を失った。五年間、共に戦ってきた仲間たちが、誰一人として俺を庇おうとしない。
「リオン、あなたのテイマースキルじゃ、これ以上の強敵には対応できないわ」
魔法使いのエリカが申し訳なさそうに、しかしはっきりと告げる。
「そうだぜ。スライムやゴブリンじゃ、魔王軍の幹部には歯が立たねえよ」
戦士のガルドが腕を組んで言う。
俺のスキルは【弱小モンスターテイム】。名前の通り、スライムやゴブリンといった最弱クラスのモンスターしか従えられない。確かに序盤は役立った。雑魚敵の足止めや荷物持ち、索敵など、地味な仕事をこなしてきた。
でも、パーティーのレベルが上がるにつれて、俺の存在価値は薄れていった。
「Aランク冒険者になった今、お前のスキルは足手まといでしかない」
アレクの言葉が胸に刺さる。
「分かった。今までありがとう」
俺は笑顔を作って、ギルドカードをテーブルに置いた。パーティー登録の解除。これで、俺は正式に追放されたことになる。
「リオン...」
エリカが何か言いかけたが、結局何も言わなかった。
誰も止めない。誰も俺を必要としていない。
俺は宿屋を出て、夜の街へと消えた。
追放されて三日。俺は辺境の森で野宿していた。
所持金はわずか。装備もレベルも、パーティーの中では最低だった俺には、一人で冒険者を続ける自信がない。
「はぁ...これからどうしよう」
空腹を抱えながら、焚き火の前で途方に暮れる。
その時、茂みから小さな鳴き声が聞こえた。
「ピィ...ピィ...」
警戒しながら近づいてみると、傷ついた小さなスライムがいた。
だが、見たことのない色だ。普通の青いスライムとは違う、真っ白な体をしている。体の一部が欠けていて、どうやら魔物か何かに襲われたらしい。
「大丈夫か?」
俺は最後の回復ポーションを取り出し、スライムに与えた。もう自分が飲む分はない。でも、放っておけなかった。
白いスライムがポーションを吸収すると、傷が癒えていく。
「ピィ♪」
嬉しそうに跳ねる姿を見て、俺も少し気持ちが軽くなった。
すると――
【特殊個体を発見しました】
【テイム可能です】
いつもとは違うシステムメッセージが表示された。今まで見たことのない、金色の文字だ。
「特殊個体...?」
普通のスライムをテイムする時は、こんなメッセージは出ない。もしかして、このスライムは特別なのか?
「テイムする」
【テイム成功】
【幻獣"始まりのスライム"を従えました】
【隠しスキル"真なるテイマー"が覚醒しました】
【あなたの真のスキルは"原初の従者"です】
「え...なに、これ?」
次々と表示されるメッセージに混乱する。
そして、白いスライム――いや、"始まりのスライム"が突然眩い光に包まれた。
光が収まると、そこには人間の少女のような姿があった。
白銀の長い髪、透き通るような白い肌、そして深い青の瞳。年の頃は十代半ばくらいだろうか。純白のドレスをまとい、神秘的な雰囲気を纏っている。
「マスター、長い時をお待ちしておりました」
少女が優雅に一礼する。
「え、えっ? お前、さっきのスライム?」
「はい。私は始まりのスライム。全ての魔物の祖にして、原初の眷属です」
「げ、眷属...?」
頭が追いつかない。スライムが少女になって、しかも全ての魔物の祖だと言っている。
「ご説明いたします。座ってください、マスター」
少女――仮に「シロ」と名付けた――の説明は、俺の常識を覆すものだった。
「この世界のモンスターは、みな元々は神に仕える眷属でした」
「眷属...神に仕える存在?」
「はい。遥か昔、神々がこの世界を創った時、私たちは神の力を宿した存在として生まれました。しかし千年前の大戦で、神々は去り、私たち眷属は力を失いました」
シロは悲しげに語る。
「力を失った眷属は、今の"モンスター"と呼ばれる姿に堕ちてしまったのです。スライム、ゴブリン、スケルトン...全ては、かつて神に仕えた者たちの成れの果てです」
「じゃあ、俺がテイムしてきたスライムやゴブリンは...」
「本来はもっと強大な存在だった、ということです」
信じられない話だ。でも、目の前でスライムが少女になった事実がある。
「そして、マスター。あなたのスキルは"弱小モンスターテイム"ではありません」
「え?」
「真の名は"原初の従者"――神の力を宿した眷属たちを、本来の姿に戻し、従える力です」
シロが俺の手を取る。
「あなたは選ばれし者。神が去った後も、眷属を導ける唯一の存在です」
「そんな...俺はただの最弱テイマーで...」
「違います」
シロは強く首を振った。
「あなたのスキルを"弱小モンスターテイム"と判定したのは、この世界のシステムです。システムは劣化した眷属を"弱小モンスター"と認識し、あなたのスキルもそう表記しました。でも真実は違う。あなたは、失われた力を取り戻せる唯一の存在なのです」
俺の心臓が高鳴る。
もしそれが本当なら――俺は最弱なんかじゃない。
「試してみましょう、マスター。そこにゴブリンがいます」
シロが指差す方向を見ると、確かに野良のゴブリンが徘徊していた。
「あのゴブリンをテイムしてみてください」
言われた通り、スキルを発動する。
【テイム成功】
【堕天騎士"ガルガン"を従えました】
ゴブリンが光に包まれる。その光は、シロの時よりもさらに強く――
光が消えると、そこには2メートルを超える騎士が立っていた。漆黒の鎧、赤い目、そして背中には巨大な剣。
「我が主よ...」
低く重い声が響く。
「長き眠りから目覚めさせていただき、感謝の言葉もございません。堕天騎士ガルガン、今再びあなたに剣を捧げます」
片膝をついて頭を垂れる姿は、まさに騎士だ。
「マジか...」
「これがあなたの本当の力です、マスター」
シロが微笑む。
俺は...最弱なんかじゃなかった。
「信じられない...」
目の前の光景が現実だと、まだ完全には受け入れられない。
「マスター、この近くに洞窟があります。そこには古い眷属が眠っています」
「古い眷属?」
「はい。おそらく、システムでは"ドラゴンモドキ"と表記されているはずです」
シロとガルガンに導かれて、森の奥深くにある洞窟へ向かう。
洞窟の入り口は蔦に覆われていて、長い間誰も入っていないようだ。中に入ると、確かに小さなドラゴンのような生物がいた。いや、ドラゴンというよりはトカゲに近い。体長は1メートルほど。
「あれが...眷属?」
「はい。かつては星を統べる竜でした」
俺はスキルを発動する。
【テイム成功】
【星竜帝"ヴォルドラギア"を従えました】
轟音と共に、洞窟が振動する。
小さなトカゲの体が膨れ上がり、銀色の鱗が生え、巨大な翼が展開される。洞窟が狭すぎて、竜の体が収まりきらない。
「外へ!」
シロの声に従って洞窟から飛び出すと、後ろから巨大な竜が現れた。
全長は優に20メートルを超える。銀色の鱗が月光を反射し、まるで星のように輝いている。
「我が主...」
竜が首を垂れる。その威圧感に、俺は思わず息を呑んだ。
「星竜帝ヴォルドラギア、ここに復活せり。主よ、この身、再び貴方に捧げましょう」
「すごい...」
言葉が出ない。
ドラゴンモドキだと思っていたトカゲが、こんな姿になるなんて。
「これで理解していただけましたか、マスター」
シロが俺の隣に立つ。
「あなたの力は、世界を変えられるほどのものです」
俺の力――"原初の従者"。
弱小モンスターを本来の姿に戻す、唯一無二のスキル。
「でも...なんで今まで気づかなかったんだ?」
「おそらく、条件があったのでしょう。私のような特殊個体と出会わなければ、真の力は目覚めなかった」
なるほど。だから今まで、普通のスライムやゴブリンは弱いままだったのか。
「じゃあ、今までテイムしたモンスターも...」
「はい。マスターが再びテイムし直せば、本来の姿を取り戻せます」
可能性が広がる。
俺は最弱のテイマーじゃない。
失われた神の眷属を復活させる、唯一の存在――
「マスター、これからどうなさいますか?」
シロが問いかける。
「俺は...」
アレクたちの顔が浮かぶ。俺を追放した、元仲間たち。
「まだ決めてない。でも、とりあえず力をつけないと」
「賢明です。では、この辺境で修行しましょう。弱小モンスターは沢山いますから」
そうだ。ここには俺にとっての"宝の山"がある。
スライム、ゴブリン、スケルトン、マンドラゴラ...
全てが、かつての眷属。全てが、俺の力になる。
「よし、やろう」
俺は拳を握りしめた。
追放されてよかった。
この辺境に来なければ、シロと出会えなかった。真の力にも気づけなかった。
「マスター、私たちは永遠に貴方と共にあります」
シロが微笑む。
「この命、主のために」
ガルガンが剣を捧げる。
「我が翼、主に捧げん」
ヴォルドラギアが咆哮する。
俺には、新しい仲間がいる。
そして、無限の可能性がある。
「行こう。俺たちの、新しい冒険を始めよう」
月明かりの下、俺と三体の眷属は、新たな一歩を踏み出した。




