第2章:火山の島と港町の夜
海風は次第に湿り気を帯び、ほんのりとした熱を含んでいた。
やがて、前方の海上に黒々とした島影が浮かび上がる。島の中央には巨大な火山がそびえ立ち、山頂からは薄い白煙がゆるやかに立ち上り、夕陽の光を受けてまるで絹のヴェールのようにたなびいていた。
その火山の麓、港を囲むようにして小さな町が広がっている。
桟橋には漁船や貨物船が並び、人々の掛け声と波の音が入り混じり、活気がありながらもどこか穏やかな空気が漂っていた。
岸辺の家々の屋根からは炊煙が立ち上り、遠くの火山の煙と重なって、暮れゆく空に溶けていく。
港には漁網や木箱が山のように積まれ、潮風が魚の匂いを運んできた。
ルシウスは石畳の上に足を踏みしめ、海水の湿気を感じながら、曲がりくねった街道を進んでいく。
道の両脇には低く密集した家が並び、屋根は夕陽に染まり、行き交う人々の笑い声が重なっていた。
――夜。
食堂の中は温かな香りに満ちていた。
暖炉では薪がぱちぱちと音を立て、炎が石造りの壁を揺らめくように照らす。壁には港町の油絵や乾いたハーブの束が掛けられ、ほのかな草の香りを放っていた。
木枠の小窓の向こうには、夜の帳に包まれた町の灯がちらちらと瞬き、海風がそっと吹き込む。
厨房からは焼いた魚や肉、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂い、空気の中に幸福な余韻を残していた。
客たちは穏やかに語り合い、あるいはスープをすすりながら静かに笑う。
木製のテーブルと椅子は年季が入りながらも頑丈で、蝋燭の小さな炎が陶器の器を柔らかく照らしている。
給仕たちは軽やかに卓の間を行き交い、動きに無駄がなく、それでいて決して騒がしくない。
小さな少女が一皿の料理を手に、そっとニケシアの前へ置いた。
湯気の立つその皿は見た目にも美しく、香りがふわりと広がる。
彼女はルシウスたちの前に食器を並べながら、礼儀正しく微笑んだ。
「……あれ? 一品多くないか?」
ルシウスが首をかしげると、少女はぱちりと瞬きをして答えた。
「これはうちの料理長が作った新作なんです。お客様に特別に試食していただきたくて。もちろん無料ですよ!」
カシアンが身を乗り出し、小声で尋ねた。
「他の客には出してないみたいだが……なんで俺たちだけ?」
少女はにこにこと笑い、目を輝かせた。
「だって、このお嬢様、一目見ただけで只者じゃないってわかりますもん。服も仕草も気品がありますし、普通の味じゃご満足いただけないと思って!」
そして、にっこり笑いながらニケシアに向き直る。
「お嬢様、どうぞお召し上がりください! ご感想をいただけると嬉しいです!」
ニケシアは軽く頷き、優雅にナイフを入れる。
ひと口味わい、落ち着いた声で言った。
「……悪くないわね。ただ、可もなく不可もなく、ってところかしら。」
少女は目を瞬かせ、小さなノートを取り出して急いでメモを取る。
「どんなところを直したらいいと思われますか?」
ニケシアは少し考え、静かに答えた。
「そうね……口当たりの層がもう少し豊かだといいかもしれないわ。」
少女はこくこくと頷きながら、一言も漏らさぬように書き留めた。
その横でルシウスが我慢できず、こっそりと一口つまむ。
「……うまいと思うけどな」
少女は笑いながらルシウスを見た。
「私もそう思います。でも、料理長はお客様一人一人の意見を大事にしてるんです。」
ちょうどその時、奥の方から客の声が響いた。
「おい、店員さん!」
「はーい、すぐ行きます!」
少女は返事をしてから、もう一度ニケシアに尋ねた。
「他に何か気づいた点はありますか?」
「特にはないわ。」
「ありがとうございます!」
少女はぱっと笑顔を咲かせ、ノートを抱えて軽やかに去っていった。




