第2章:タラシア
ルシウスが丘を越えると、視界が一気に開けた。
彼の目の前に広がっていたのは、遠くまで続く平原、果てしない大海、そして刃のように切り立った山脈。その三つが交わる場所に、タラシアの首都《カウトリオン(Kautorion)》が宝石のように嵌め込まれていた。
幾重にもそびえる塔は天を突き、夕陽に染まる空の下で、青白い光点が街並みに順々に灯り始める。都市全体が柔らかな魔力の光に包まれていく。
ひときわ目を引くのは城外に立つ灯台だ。頂上の巨大なガラスの中には魔力結晶が浮かび、術式に反射された光が一直線に遥か沖へと放たれていた。
さらに目を凝らせば、長大な橋が海を跨いで近海の小島と結ばれており、その先の大きな島にも建物がぎっしりと並んでいるのが見える。灯台の導きに沿って、船舶が列を成して港と群島を行き来していた。
そのさらに向こうには、薄暮の海霧に溶け込むように島影がかすんでいる。
「……あの島、なんだかおかしいな。」
ルシウスが目を細め、じっと遠方を見つめた。
「どうした?」
「……動いているように見える。」
カシアンも同じ方向に視線を向け、思わず口元を緩める。
「ふふっ。動いてるなら、それで正解だ。初めて見た人は大体その反応をするんだよ。」
「おい、もったいぶるなよ! 早く教えろ!」
ルシウスが苛立たしげに急かす。
「お前が見ている都市も、森も、山も――全部、一匹の大海亀の背中に広がっているんだ。」
「な、なんだって!? そいつが潜ったら、都市ごと海の底に沈むじゃないか!」
「心配はいらん。」
カシアンは杖を軽く振りながら首を振った。
「潜水の際には巨大な水泡が島全体を覆うんだ。街の住人たちは、光の膜を通して海底の景色すら眺められるのさ。」
ルシウスは頭をかきながら言った。
「それって、めんどくさすぎないか? わざわざ海の上じゃなくて、陸に建てればいいだろ?」
カシアンは口元をわずかに吊り上げ、遠くを指さす。
「潜るたびに、街の人々は海底に降りて宝を集めるんだ。海底鉱床、深淵に生える海草、古代の遺跡……。これこそが“亀背都市”が代々繁栄してきた本当の理由さ。もし普通の陸に建てていたら、そのすべてを失っていただろうね。」
ルシウスは目を輝かせながら聞き入り、冗談めかして言った。
「そりゃすげえ! だったら、このまま背中に乗って一気に魔界まで潜っちまえばいいんじゃないか?」
ニクシアは思わず吹き出す。
「ふふ……あんた天才なの? 一つの都市を渡し船にする気? ぜひ見てみたいわね。城主に向かって『船頭さん、亀の背中を反対にしてください。魔界までいくらですか?』って言うところを!」
ルシウスは得意げに胸を張った。
「そうそう! ついでに船票も一枚よこせってな。亀の甲羅に座席を何列か区切ってさ、窓際の席を選べるようにしてもらうんだ。」
夕陽に照らされ、遠くの“亀背都市”が柔らかな光を放っていた。三人は笑いながら、山道を下り、ゆっくりと街へと歩みを進めていった。




