第1章:呪いの霧・激突 I
遠方からの咆哮が天空を揺るがし、空気は突如として灼けつくように熱を帯びた。胸の奥で息が焼けるように重くなり、一呼吸ごとに喉が灼かれる。
湖畔の霧が大きく震え、見えざる巨手に押し払われたかのように、周囲から一気に退いた。
退いた霧の中に新たな影が浮かび上がる。最初に目に入ったのは、二振りの刃を交差させ冷光を放つ戦士。その脇には、長弓を半弦まで引き絞った弓兵の姿。そして二人の間から、黄金の羽冠を戴き、赤い外套を血の焔のように翻しながら歩み出る影。長槍を前へ突きつけ、眼窩には焔が燃え、空虚から睨みつけているかのごとき怒りを宿していた。霧と骨の隙間から、掠れた声が響く。
「……敵……将……」
その言葉が終わるより早く、魔力の奔流が炸裂した。
「暗黒奔流!」
魔王が先んじて放った漆黒の光柱が空気を裂き、甲高い悲鳴のような音が周囲を走った。
双剣の戦士は刃を交差させ受け止めるも、全身が大きく揺さぶられ、鎧の裂け目から黒炎が滲み出す。弓兵の矢光は衝撃で散り、体ごと吹き飛ばされる。だが金冠の者は一歩も動かず、槍先を虚空に叩きつけ、奔流を無理やり穿ち割った。それでも胸には焦げ痕が刻まれ、赤の外套は余波に焼き裂かれていた。光柱が消え、低いうなりだけが空気に残る。
弓兵が起き上がる前に、ベアトリスは暗影へと沈み、その背後に姿を現す。短剣を舞わせるように連撃を浴びせ、弓兵は霧へと還らざるを得なかった。
双剣の戦士は地を踏みしめ衝撃を受け流し、一振りでルシウスの斬撃を受け止め、もう一振りを反手に横薙ぎへと放つ。影から迫ったベアトリスをも押し退けた。剣光は旋風のごとく渦巻き、勇者と侍女が前後から幾度攻めても、その姿は鉄壁の如く揺るがない。
一方、ニクシアと金冠の霊将の戦いはさらに激しさを増す。霊体は飛びかかり、槍を横薙ぎに振るう。黒き巨剣が受け止め、雷鳴のような金属音が轟いた。槍影が閃き、敵はそのまま背後に落ち、長槍が回転して突き返された。ニクシアは剣を振り上げ槍先を弾き、そのまま横に斬り払う。しかし銃尾を返した一撃を受け、全身が叩き飛ばされる。霊将はその勢いのまま高く跳躍し、長槍を真っ直ぐに振り下ろした。彼女は咄嗟に退き、次の瞬間、大地は穿たれ爆ぜ、裂け目と砂礫が弾け飛んだ。
一瞬の暗黒が走り、直後に三本の暗黒飛刀が疾射される。空を裂いて霊体を狙うが、槍は嵐のごとく振るわれ、金鉄の衝突音と共に全て弾き落とされた。
その刹那、魔王はすでに背後へと移動していた。一閃の闇――それは飛刀を放った直後に展開された一瞬の暗黒領域であり、その力を借りて背後へと身を運び、さらに飛刀と槍の衝突音に足音を紛らわせていたのだ。
金冠の霊将は長槍を振り返す間もなく、刃が迫る。だが次の瞬間、眼窩に烈火のような焔が燃え上がった。宿された死の力が咆哮と共に迸り、その声は魔王の身を貫いて衝撃波と化す。
「ォォォォォォォ――ッ!」
轟音が辺りを震わせ、魔王の身体は狂暴な衝撃に叩き飛ばされた……




