第1章:呪いの霧
翌日の午後、北境山脈の果てが湖水に落ち込み、対岸には新たにそびえる山脈が迫り、北へと続く湖畔の細い小道だけが残されていた。
ルシウスは湖沿いを歩き、湖面に映る自分の新しい装備に目をやった。思わず口ずさむ小さな調べが、水面と霧の中に反響する。関所の近くまで来ると、霧はますます濃くなっていた。
「もう午後だっていうのに、まだ霧か…」彼は思わず呟く。
「呪われた湖の霧を聞いたことはあるかしら?」ニクシアは声を低くする。「この霧、普通の霧じゃないのよ。伝説では、同行者が十人を超えると、帰ってこられないって言われてる」
「まあ、俺たちは人数少ないしな」
「これからは静かに。怨霊の注意を避けられるかもしれない」
ルシウスは頷き、周囲を注意深く見渡す。霧の中でも木々や低木は立っているが、獣の気配はまったくなく、枝にも鳥の姿はなかった。
三人が一歩一歩進むにつれて、周囲の木々は霧に飲み込まれ、白銀の世界に三人の影だけが残る。
突然、霧の中に冷たい光が瞬く。ルシウスは胸をつかまれたような気持ちになり、二歩後ろに下がった。よく見ると、それは半透明の死体だった。胸には緑色に光る長剣が突き刺さっている。彼は慎重に剣を伸ばして突くと、虚像はたちまち揺らぎ、実体はなかった。
さらに進むと、虚影は次第に増えていく。折れた長槍、破れた戦旗、横たわる兵装や骸骨が霧の中に浮かび上がる。
その時、遠くの霧の中から金属が鳴る澄んだ音が響いた。三人は足を止める。
続けざまにもう一度。さらにもう一度。
剣と剣のぶつかる音は次第に増え、まばらな反響から、重なり合う連続音へと変わり、まるで無数の兵器が霧の中で交錯しているかのように、音は近づき、密度を増していった。
濃い霧の中から、二つの人影が向かってくる。破れた鎧をまとい、欠けた長剣と盾を手にした半透明の姿。しかし足取りは重く、まるで戦場で戦い続けているかのようだ。
低く囁く声が聞こえた。「てき……ぐん……」 眼窩には赤い炎が宿っている。
影の力が魔王の手の中で凝縮され、漆黒の大剣の虚影が浮かび上がった。大剣を持ち上げ、剣先は空中に暗い弧を描き、すぐに重く振り下ろされる。剣刃は「シュッ、シュッ」と影の音を伴って切り裂く。
大剣は上から下へ、力は剣先に一点集中する。幽魂は必死に盾を掲げて防ごうとしたが、大剣の重みと影の力があまりにも強く、盾は音を立てて砕け、幽魂の霊体も裂け、白い霧となって消散した。
その直後、別の幽魂が濃い霧の背後から飛び出す。ルシウスはまだ反応できず、幽魂の剣が肩を突き刺し、慌てて後退し半歩よろめく。
その光景を目にしたニクシアは、素早く大剣を投げつけ、幽魂の胸に命中。幽魂は崩れ、霧となって消え去った。
ベアトリスは一対の短剣を振るい、連続攻撃を仕掛ける。幽魂はただ守るだけではなく、力を溜めて貫刺を放つが、軽々と受け流され隙を晒す。そこにメイドが全力で一撃を放ち、頭部が胴体から飛び散った。
勇者は手を傷口に触れ、印刻の力が印から流れ出す。筋肉の痛みや軽傷が徐々に癒えていく。
ルシウスは剣を握る手に力を込めながら呟いた。「まさか今回は実体のあるものだとは……そうでなければ…」
魔王は厳しい表情で人差し指を唇に立て、勇者の言葉を遮った。
その瞬間、霧の海がうねり、静かだった湖面に波紋が広がる。水面は幾重にも揺れ、最初は細かく震え、次第に落下する巨石のような衝撃で波が岸の石に打ち付けられる。
遠くから、咆哮が聞こえてきた……




