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8話

 クレアは暗い地下にある、一番奥の牢に閉じ込められた。遠くからドネルの叫び声が響いている。


「クレア」


 鉄格子の向こうに、ヴィクターが立っていた。


 クレアは立ち上がった。


「ヴィクター」


「⋯⋯私はこれからすぐ王都に向かう。国王にアレントンの権利を認めてもらうつもりだ」


「そう⋯⋯」


「私がいない間グレイフォードの奴らが君を狙うかもしれない。出してやりたいが、帰るまではそこで我慢していてくれ」


「嫌よ!誰も私を狙ったりしないわ。もうここから出して」


「だめだ。君は今ティモシーと婚約している。」


「伯父は捕まったのよ。結婚の話は無くなるわ。修道院に戻って元の生活をするだけよ」


「修道院にも帰さない」


「そんな」


「これはもう決めた事だ」


 冷たく言い切るヴィクターにクレアは落胆した。俯いて牢の隅に座り込む。


「ここにいる方が安全なんだ。私を信じて待っていてくれ」


 そう言うとヴィクターはクレアを残して地下牢を出て行った。



「クレア様、お食事をお持ちしましたよ」


 釈放されたモリーがクレアの世話に来るようになった。牢に入れられてからは、モリーが来る時間だけが唯一の楽しみだ。


 牢番が鍵を開ける。モリーが白いパンとスープを持って入ってきた。

 

「モリー。どれくらい経ったの?」

「もうすぐ一月程でございます」


 クレアの髪を梳かしながら、モリーは牢番をちらっと横目で見る。クレアに体を近づけた。


「上にティモシー様が来ております」


 モリーの耳打ちに、クレアはびくりとした。


「伯爵を助けに来たの?」

「どうもそのおつもりは無いようです。捕らえられた伯爵の事を、笑い話にしておられました」

「一体何をしに?」

「クレア様を連れて来いと仰っておいでで」

「私を?」

「アレントンはクレア様と婚約者の自分の物だと仰っています」



 ティモシーは城に居座って、アレントンの権利を主張していた。


 地下牢の中に入ることは、兵士達に阻まれている様だった。




「クレア様!ヴィクターが城門まで帰って来ましたよ!」


 モリーが知らせに来た。クレアは胸が締め付けられた。牢に入れられながらも、ヴィクターを思う気持ちは変わらなかった。


 モリーは再び外の様子を見に行った。


 クレアは高鳴る胸を押さえてヴィクターを待った。



 牢番が突然声をあげ、ドサリと倒れた。


「やっぱりここか⋯⋯」


 目の前に現れたティモシーの長剣に血が付いている。


 ヴィクターが戻ったのを知ったのだろうか。強行手段に出たティモシーに、クレアは血の気が引いた。


 ティモシーは倒れた牢番がベルトに下げていた鍵を取り外すと、鉄格子の施錠を解いた。クレアは後ずさりした。



 突然、金属音と共にティモシーが叫んだ。


 ヴィクターがティモシーの剣を叩き落としていた。


 ヴィクターはティモシーに体をぶつけて床に飛ばした。うつ伏せに倒れたティモシーの体を押さえつけ、首に剣を当てる。


「離せ。⋯⋯婚約者を助けに来ただけだ」


「もうお前の婚約者ではない。私とクレアが結婚するよう王命が下された」


「王が反逆者とクレアを結婚させる訳ないだろう!」


「私は反逆者ではない。王にアレントンを授けられた、正式なアレントン伯爵だ。」


 背後のヴィクターの言葉にティモシーは身じろぐ。


「どちらにしろ今のお前には降伏するか死ぬかしか選択肢が無い」


 ティモシーは目を泳がせた。


「大人しく城を出ていくなら見逃す。そうでなければお前を殺してグレイフォードに兵を向ける」



 降伏したティモシーは、ヴィクターと兵士に連れて行かれた。




 クレアは一人残された牢で、呆然としていた。ヴィクターはアレントン伯爵になった。クレアと結婚する。

 ふと、鉄格子の鍵が開けられたままなことに気付いた。

 そっと牢を抜け出し、通路を過ぎて階段を上る。一階の出入り口から天守の外に出た。久しぶりの太陽が眩しい。


「クレア!」


 ヴィクターが駆け寄る。


「逃げる気か?」

「違うわ。外の空気を吸いたかったの」


 ヴィクターの中に激しい感情が巻き起こる。守る為とはいえ牢に閉じ込めた罪悪感。やっとクレアを手に入れた歓喜、そしてクレアが逃げてしまうのでは無いかという背筋が凍るような恐怖が⋯⋯。


 ヴィクターはクレアを掻き抱くと、思いをぶつける様に激しく唇を奪った。

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