6話
「伯爵、私はクレアが気に入りましたよ。今からでも式を挙げたいくらいだ」
「⋯⋯今からか。面白い!早々にアレントンとグレイフォードの絆を深めようぞ!」
「本当によいのですか?」
「構わん。誰か司祭を呼んで来い」
広間がざわめく。家令が急いで司祭を呼びに行った。
「お待ち下さい」
ヴィクターが立ち上がる。
「その様な間に合わせの式は中止なさるべきかと。とても貴婦人にふさわしいとは思えません」
ドネルは眉間の皺をぐっと深くして、ヴィクターを睨みつける。
「騎士になったからといって勘違いするなよヴィクター。殺されたいのか?」
ドネルが立ち上がる。
クレアは慌てて嘘をついた。
「今日は月の障りがございます。どうかお許し下さい」
ティモシーはため息をついて顔を逸らすと、クレアを膝から押しのけた。
「もうよい。興醒めだ!」
ドネルは舌打ちをすると、ヴィクターを見据えながら葡萄酒をあおり始めた。
クレアは何とか宴を抜け出し、急いで自室に向かった。まだ心臓がバクバクとしている。
「クレア!」
階段でヴィクターに呼び止められる。
「そっちじゃない。今日はモリーの所で寝るんだ」
ヴィクターが階段を駆け上る。
「ヴィクター。さっきはどうしてあんなことを言ったの?伯爵に関わるなと言ったのはあなたでしょう?」
ドネルを怒らせたヴィクターが罰されるのではないかと、クレアは気が気でなかった。つい刺々しくなる。
「君はあのまま結婚したかったのか?」
「そうじゃないわ。ただあなたを巻き込みたく無いだけ。⋯⋯もしまたこんなことがあっても、今度は黙っててちょうだい」
ヴィクターは呻き声を出した。自分を部外者だと言わんばかりのクレアの言葉に怒りが激しく燃え上がる。
クレアの手首を取り、乱暴に引き上げる。クレアは驚いてヴィクターを見上げた。
ヴィクターはギラギラした目をクレアに向けていた。
指先を咥えられそうになり、慌てて手を引き抜いた。その指は、ティモシーに舐められた場所だった。
「ヴィクター!どうしたの?」
「あんな君は見たく無かった!」
クレアは泣きたくなった。ヴィクターの胸に逃げ込めていたら、どんなに良かっただろう。ヴィクターが見たく無かった様に、クレアだって見られたくは無かったのだ。
「だってティモシーは私の婚約者なのよ⋯⋯」
ヴィクターが石壁を殴る。
「ヴィクター!」
ヴィクターの拳から血が流れていた。痛々しい傷にクレアは目頭がツンとなる。
「こんなことはやめて」
クレアはヴィクターの手を取り、ドレスの袖で血を拭った。
「いつも私を目で追うのは何故だ」
「それは⋯⋯」
クレアはやっと自分がヴィクターに恋していることに気付いた。
締め付けられる胸を押さえて、クレアは俯いた。
「⋯⋯とにかく今晩はモリーの所で隠れているんだ 。それだけは聞いてくれ」
クレアは何も言えず、ただ小さく頷いた。
翌日、婚姻が半月後に決まった。場所はグレイフォードだ。ティモシーは準備の為、グレイフォードの城に帰っていった。