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2話

 男の名前はヴィクター。アレントン伯爵に仕える兵士だった。

 クレアはヴィクターの引く馬に乗り、山の斜面に削られた長い道を進む。


「伯父様はどんな方かしら」


「難しい方です」


 ヴィクターは振り向きもせず答えた。


 クレアは落胆する。そんな予感はしていた。ただ一人の肉親だが、温かい関係を築くのは無理かもしれない。


「私の婚約者を知っている?」


 ヴィクターは立ち止まり振り返る。


「グレイフォード伯爵の息子です」


「どんな人?」


「よく知りません。若い男としか」


「何故結婚が決まったの?」


「アレントンとグレイフォードはやや緊張状態にあります。和平の為でしょう」


 アレントンとグレイフォードが領地の線引き問題で小競り合いをしたことは、クレアも耳にしていた。


 ヴィクターは婚約者に興味を持つクレアに苛立ち、戸惑った。

 伯爵の姪だ。修道院の前で、どんな性悪女が出て来るかと待っていた。ところが出てきた女は伯爵にはまるで似ておらず、ヴィクターを見ると躊躇いがちに微笑した。美しいだけでなく、目には善良な輝きが見て取れた。

 女に慣れていないかの様に激しく拍動してしまう心臓に、ヴィクターは怒りを感じた。美人は何処にでもいるではないか。


 暫くは会話も無く、クレアとヴィクターは単調な山道を進んだ。


 急なカーブを曲がった所で、上からパラパラと小石が降ってきた。クレアが見上げると、木々の隙間のあちこちに男達が見える。


 ヴィクターが馬の前方に乗る。腹を蹴られた馬はどんどんスピードを上げて疾走する。クレアはヴィクターにしがみついた。

 男達が声を上げ一斉に矢を射る。

 飛んできた矢が馬の鼻をかすめた。驚いた馬は高く脚を上げて嘶き、クレアは振り落とされた。

 助けようと身を乗り出したヴィクターを巻き込んで、クレアは崖の下に転落してしまった。




 クレアは目を覚ますと、ヴィクターの肩に担がれ森の中を移動していた。

 身体のあちこちが痛む。木に引っかかったのか、命は助かったようだ。途中ヴィクターに頭を抱え込まれた所で意識が途切れていた。崖の上の方に元いた山道が見えた。


「あれは何だったの?」


「追い剥ぎです。馬を取られてしまった。歩いて行くしか無い」


 ヴィクターが歩くたびに振動が伝わり、痛さに思わず呻き声が出る。


「大丈夫ですか?」


 ヴィクターはクレアを下ろした。クレアもヴィクターも服が破れている。見た目は酷い有様だった。


 辺りが薄暗くなってきたので二人はそのまま森の中で野宿することにした。


 ヴィクターの持っていた小さな固いパンを分け合う。食べ足りずお腹が鳴った。クレアは顔が赤くなるのを感じた。ヴィクターは何も言わない。


 暫くすると、不意にヴィクターがダガーを持ち出した。


 刃物に驚いてクレアは思わず身を縮める。

 ヴィクターは立ち上がり、勢いをつけて暗がりにダガーを振り投げた。ダガーを取りに向かったヴィクターは野ウサギを持って戻って来た。


「すごいわ」


「便利でしょう?」


 ヴィクターは微笑して、ダガーを軽く持ち上げた。ナイフの扱いが得意なようだ。


 火を起こしてウサギを焼き、食べ終わる頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

 もう疲れ果てて今にも眠りそうなクレアは、マントにくるまって横になった。ヴィクターは座ったままだ。


 クレアは目を瞑る。


「ずっと伯父様に仕えているの?」


「いえ、ここ数年のことです」


「それまでは?」


「あちこちで子供時代から傭兵をしていました。親も居なかったので」


 クレアは瞼を開けた。


「私も親を早くに亡くしてしまったわ」


 ヴィクターとは仲良くなれそうな気がした。


「もっと友達みたいに気楽に接してくれると嬉しいわ」


 ヴィクターは頷いた。

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