8話:王都の影、追跡の牙
その朝、ファルネラの空はどこか重かった。
湿った雲が低く垂れこめ、風が街の背を撫でるように吹いていた。
ギルド内ではハクとジノが依頼の掲示板を眺めていた。
ナギは受付で申請用紙を手にしていた。
――ほんの数分前までは、何も変わらぬ朝だった。
ギルドの扉が、唐突に開く。
その音だけで、空気が変わった。
漆黒の外套に身を包んだ騎士たちがゆっくりと入ってくる。
先頭に立つ男は、重厚な鎧と鋭すぎる眼差しを持っていた。
王都魔導院直属制圧部隊《灰燼の眼》――
そして、その隊長。
ヴァルド・ゼルフェイン。
「ナギ・アステリア――」
その声は冷たく、空気を裂くようだった。
「王都魔導院からの命令違反、および禁制品への関与により、拘束する」
「はあああっ!? ナギ!? お前ホントにヤバい人だったの!?」
ジノが叫ぶ。
「だから違うってば! いや、違わないけど! 事情があって!」
騎士が前に出ようとしたとき、ハクが一歩、ナギの前に出た。
「待て。……連れていくなら、その理由を聞かせろ」
ヴァルドがゆっくりと顔を向けた。
その目に、わずかな違和感が走る。
(……この気配……)
「お前、名は?」
「……ハク。ただの冒険者だ」
「“ただの”か……?」
ヴァルドが踏み込んだ。
その動きは、“拘束”ではなく、“剣の試し”だった。
ハクも反応する。
背から木刀を抜き、逆袈裟に打ち払う。
刹那――空気が引き裂かれた。
木刀と、ヴァルドの短剣が交差する。
火花すら出ない。だが、重さが違う。
たった一撃。
それだけだった。
ヴァルドは手を止め、目を細める。
――違う。だが似ている。
ほんの数年前、あの公開演武で交えた“あの一閃”――
理が乱れ、思考が剥がれ落ちた、あの剣筋に。
「……何者だ。どこで、その剣を……?」
「名乗るほどの者じゃない。……俺は“連れていかせない”と言っただけだ」
ナギが封印札を投げる。
煙が爆ぜ、視界を遮る。
「ハク、ジノ! 逃げるよ!」
三人が裏口へ駆け出す。
ヴァルドはその背をじっと見つめていた。
あのわずかな動き、あの斬り方。
技名も型もない。だが、理が揺らぐ。
「……あの男の……血か?」




