7話:路地裏の焔(ほのお)
ファルネラの夜は賑やかだ。
昼は交易の街、夜は酒場と音楽の街。
商人が酔って叫び、冒険者が剣の武勇を語る。
その中、ハクとジノは市場帰りの道を歩いていた。
翌日の依頼に備えて、干し肉や保存パンを買い込み――その時だった。
「……助けてっ!!」
鋭い叫びが、路地の奥から響いた。
「女の子の声!? おい、ハク行こう!」
「行くしか、ないな」
駆け込んだ先にいたのは、二人の男に囲まれた少女だった。
赤い髪を編み込んだポニーテール、革の冒険者服、腰には装飾剣。
だが、剣は抜けていなかった。
「動くな、娘! その封印札はいただく!」
「くっ……!」
男たちの足元に転がるのは、破られた魔封札と、薄く光る金属の箱。
ハクは即座に察した。
(……魔術系アイテムの密輸だな。で、これを運んでたのがあの子……)
ハクは木刀を構え、前に出た。
「それ、渡してもらおうか」
「おうおう、木刀の兄ちゃんが何の用だってんだ?」
ジノが横でささやいた。
「ハク、あの人たち……“裏ギルドの連中”かも」
「問題ない。倒すだけだ」
相手が先に仕掛けた。
だが、ハクの反応は風より早かった。
一歩。
跳躍。
打ち下ろされた剣を、木刀がすべらせて“間合い”の外へ弾く。
回転。
背後の敵に一閃。
“風断”――祖父ゲンジが教えてくれた、空気の線をなぞる剣。
敵は地に倒れた。
残りの男が逃げるのを、少女が咄嗟に炎の札で追い払う。
「ファイアバースト!!」
小さな爆音と共に、火花が路地を照らした。
敵が逃げていったあと、しばし静寂。
「……すごい。あんた、何者……?」
少女がハクを見て言った。
「……ただの“木刀のハク”だよ」
ジノが間に割って入る。
「それより君こそ! 冒険者なの? 魔導士? てかかわいいね! 名前は!?」
「……ナギ。ナギ・アステリア」
少女は少し照れくさそうに微笑んだ。
「ギルドに登録してるけど、依頼じゃなくて、これは……あたしの個人的な任務だったの」
「封印札と関係ある?」
「うん。これ、……王都の魔導院から盗まれたものなんだ。……だから、追ってた」
王都――その単語に、ハクの眉がぴくりと動いた。
「追ってたってことは、お前……」
「正体はナイショ。でも……よかったら、しばらく一緒に行動しない? あんたたち、すごく頼りになるし」
こうして、“赤髪の魔導剣士”ナギ・アステリアが仲間に加わった。
その正体が、後にハクの運命を大きく揺るがす存在だとは――
この時、誰も知らなかった。