5話:小さな村と、木刀の誓い
「ねぇハク! 今日ついに“外”出るぞ! 外依頼だぞっ!!」
朝のギルド内で、ジノのテンションは明らかに高かった。
手にした依頼書にはこう書かれている。
【護衛兼補給任務】
目的地:セリュ村(ファルネラ南方の小村)
内容:物資搬送の護衛と軽作業手伝い
危険度:低(D)
要は、村に物資を運び、ついでに雑用するっていう平和な依頼。
だが、ハクにとっては――初めて“剣を持って外に出る”日だった。
「木刀だけで大丈夫なのか?」
「……たぶん。たぶん、ね」
ファルネラを発ち、馬車に揺られること半日。
道中でジノはずっと喋っていた。
「オレ、いつか自分の店を持ちてぇんだ! ほら、飯屋とか! ハクは?」
「……」
「え、ないの?」
「……特に、ない。今は、食えれば十分」
「そっか。……でもさ、なんか、剣振ってるときのお前、めっちゃ“生きてる顔”してるぞ?」
その言葉に、ハクは少しだけ目を伏せた。
そうかもしれない。
だが、自分には継承者としての肩書きも、誇りもない。
剣は“誰かのもの”じゃないと信じたかった。ただ、それだけだ。
やがて小さな村、セリュに着く。
農地が広がり、鶏の鳴き声が響く。
だが――村の空気は、どこか重かった。
「よく来てくれました……最近、夜になると“獣”が来るんです」
村長の老人が説明する。
「最初は畑が荒らされただけでしたが、最近は鶏や家畜が消え……ついに、昨日は子供が襲われかけました」
それは、明らかにただの獣じゃなかった。
魔物か、あるいは――盗賊の仕業か。
「夜の見回り、俺らでやります!」
ジノが胸を張って言った。
「……やるなら、俺も一緒に」
夜。
静まり返った農村。
風が稲穂を揺らし、ハクの木刀が背で揺れる。
「ハク、あれ……!」
ジノの声と同時に、畑の向こう――草むらが揺れた。
現れたのは、獣のような姿をした、二足歩行の魔物。
鉤爪、赤い目、異様に発達した前肢。
「ギア・ビースト……っ!」
ジノの顔が青ざめる。
Dランクの依頼に出るような相手じゃない。
「ジノ、下がって」
ハクが前に出た。
木刀を、腰に。
獣が突進する。
地を裂く音、牙が光る――
ハクは、動いた。
風が、止んだ。
一歩、間合いに入る。
無駄な力を抜き、空気を斬る。
木刀が、獣の顎を跳ね上げる。
「グアアアッ!!」
獣がよろけたその瞬間――
ハクの踏み込み。
連撃。
一閃ごとに風が鳴る。
木刀は、確かに刃以上の“理”を斬っていた。
やがて獣は、動かなくなった。
「……ハク、やばい。やばいよお前」
「まぐれだよ」
「うそつけ! 何発まぐれ出すつもりだ!!」
村は救われ、翌朝には感謝の品と共に帰路につくことになった。
「なぁハク。お前さ、“何者”なんだよ?」
ジノが聞いた。
ハクは答えない。
ただ、空を見上げて、木刀を背に回した。
「……まだ、名乗れる者じゃないんだ」
馬車が走る。
風が吹く。
その後ろ姿を、世界が少しだけ見つめ始めていた。