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2話:風より先に、剣が鳴った

 山を降りたのは、朝だった。

 空には雲がなかった。

 旅路を行く少年の心のように、澄み切っていた。

 ハヤト・カザマ、十七歳。

 継がれなかった剣士。

 一子相伝の剣から外れた、“零の男”。


 「……腹減った」


 旅の第一声がそれだったのは、ある意味で正しい。

 旅とは腹が減るものであり、剣士もまた生きねばならぬ。

 カザマ神則流の秘奥義よりも、目の前の食に勝るものはない。


 


 そして、たどり着いた街――ファルネラ。


 城塞都市の外れにある、商人と冒険者と旅人の入り交じる小さな交易都市。

 ハヤトのような風貌の青年は珍しくもなく、誰も彼に注目しなかった。


 ……最初は。


 


 「ねえ、お兄さん! ちょっとお願い聞いてくれない?」


 昼下がりの広場。声をかけてきたのは、少し擦れた雰囲気を持つ少女だった。

 腰に短剣を差し、革鎧をまとった――冒険者風の見た目。

 年は自分とそう変わらないだろうか。


「この荷を……あの通りの先の倉庫まで運ぶだけ。ね? 簡単でしょ?」


「あ、うん。別に、いいけど……」


「助かる! 報酬は出すからさ!」


 


 運び終わった時、違和感に気づいた。


 人気のない倉庫。

 静まり返った通り。

 周囲に、誰もいない。


 「……あの、“報酬”って……?」


「……悪いけど、死んでくれる?」


 声が変わった。

 振り返ると、さっきの少女が剣を抜いていた。


 殺気。

 それも“慣れている者の斬気”。


 


 さらに二人、背後の影から現れる。

 どこかの流派か――服装は統一されていた。


「“セイマの息子”が街に入った話、耳に入っててねぇ。

 このご時世、セイマ家の者は目立たんほうがいいだろ?」


 


 ハヤトは、咄嗟に後ずさった。


 戦うべきか。

 いや、無理だ。兄みたいに動けない。

 あの剣は、継いでない。


 


 「剣は、ないのか?」


 少女が言った。


「じゃあ、これで終わりね」


 剣が振り下ろされた――その瞬間だった。


 


 風が、止まった。


 


 いや、違う。

 風ではない。

 ――彼の剣が、風より先に動いたのだ。


 


 ガンッ、と音が鳴る。

 木刀。

 振るったのは、腰に差していた“練習用の木の棒”。


 


 避けたわけではなかった。

 ただ、動いた。

 なぜか“斬られる場所”が見えた。

 だから“そこに立たなかった”。


 


 間合いの外から、踏み込んだ。

 距離は三歩。

 でも、一歩で届いた。


 


 少女の剣が地に落ちる。

 彼女の肩が、かすめられただけなのに、身体が崩れ落ちた。


 


 「な、に……?」


 背後の男が叫ぶ。

 が、遅い。

 すでに“空気”が読まれている。

 ハヤトは振り向かずに一歩。

 そのまま肩口を突いた。


 


 もう一人が逃げる。

 それも見えている。

 踏み込み、振りかぶらずに、ただ空気を断った。


 「ぐっ……!」


 気づけば、三人とも地面に伏せていた。


 


 そして、街は静かだった。


 


 「……なんで、動けたんだ?」


 呟いた声を、誰も聞いていなかった。

 ただ、通りの影から一人の男がそれを見ていた。


 


 銀髪の青年。

 長身の細身剣士。

 王国騎士団副長――ルシエル・ヴァン=ミレイオ。


「今の……どこの流派だ? 違う。いや……未完成の“原型”……?」


 


 その夜、ファルネラの酒場には、こんな噂が飛び交った。


「昼間に強盗三人が一瞬で倒されたらしい」

「しかも、相手は木刀だとよ!」

「“神の理”を斬る剣士が、戻ってきたんじゃねえのか――?」


 


 ハヤト・カザマ。

 自らを「選ばれなかった」と思っていた男。

 その刃はすでに、“誰にも選ばれぬ剣”として、世界を斬り始めていた。



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