9話:記憶の中の一閃、そして逃走
ヴァルド・ゼルフェインは、静かに歩いていた。
ギルドを出て、部下に指示を出すでもなく、ただ歩く。
騎士たちは「追いましょうか?」と問うたが、彼は首を横に振った。
「追うな。あの三人は……今、刃を振るうべき相手じゃない」
頭の中で、あの一閃が反芻されていた。
たった一撃。
だが、確かに**“理”が削れた**。
ヴァルドの脳裏には、七年前の王都演武祭の光景が浮かんでいた――
◆過去:王都ルクスファング・武術公開演武祭(7年前)
貴族が並ぶ観覧席。
騎士団、魔導院、そして地方流派の使い手たちが技を披露する年に一度の“建前の祭典”。
その場に、彼はいた。
カイエン。
名前だけは記録にあった。
だがその流派の名は伏せられ、剣士としての評判もなかった。
彼は飾り気のない軽装で立ち、ただ一言だけ言った。
「構えはない。それが“型”だ」
ヴァルドはあざ笑う気持ちすらあった。
(構えを捨てた剣士?笑わせる。俺の剣で“理”を刻み込んでやる)
開始の合図。
ヴァルドが踏み込み、突きを放った――瞬間、
視界が、ズレた。
カイエンの姿が、遅れて現れるように見えた。
突きは外れ、バランスが崩れる。
身体は無傷。
だが、“剣士”としてのプライドが粉砕された。
カイエンは一言も喋らず、静かに背を向けて去っていった。
あれが何だったのか、今でも説明できない。
(……あのときの感覚が、今朝、再び起きた。
まさか……“あの者”の血が、まだ……)
◇現在:ファルネラ郊外 森のはずれ
ハク、ジノ、ナギの三人は街を抜けて、森の入口まで駆けていた。
ナギは肩で息をしながらも、周囲を警戒していた。
「……今のところ追っ手はないけど、時間の問題よ」
「どこまで逃げるんだよ!? このままじゃ完全に指名手配だぞ!?」
「ジノ、声デカい」
「ハク、そういうテンションの問題じゃないってば!」
木々のざわめきの中、ハクは木刀を背に、しばらく黙っていた。
だが、ようやく口を開く。
「……あの男、たぶん俺の“何か”を知ってる」
「“何か”って、どういう意味?」
「わからない。でも、俺の剣に“似たもの”を、知ってる気がする」
ナギが俯きながら言った。
「ごめん、私のせいで……巻き込んじゃったよね。逃げるのも、危険に遭うのも」
「気にすんな!」
ジノが即答する。
「俺たちは、なんつーか……もう仲間だし? 最初っから! だよな、ハク?」
「……そうだな。もう、逃げるなら一緒だ」
三人の影が森へと溶けていく。
空には雲が垂れ込めていた。
風が、木々の間を抜ける。
その風の中に、“理”の兆しが、わずかに混ざっていた。




