タイトル未定2025/01/13 22:00
僕はそのおもちゃのギターに夢中になった。学校から帰ると真っ先にギターを手に取り、適当に弦を弾きながら音を出して遊んだ。音楽の知識なんて何もないけれど、その音の響きが楽しかった。頭の中に浮かぶモヤモヤしたものが、音になって外に出ていくような気がした。
祖母はそんな僕を嬉しそうに見守ってくれた。台所でお茶を飲みながら、「いい音だねえ」と笑いかけてくれる。そのたびに僕は調子に乗って、思い切り弦を弾いた。もちろん、音楽とは程遠いただの雑音だったけど、祖母は決して否定しなかった。
「業、いつか本物のギターを弾いてみたいかい?」
祖母がそんなことを言ったのは、小学3年生になったばかりの頃だった。僕は驚いて祖母の顔を見上げた。
「本物……?」
祖母は頷いて、「いい音がするぞ」と言った。その言葉だけで、胸がドキドキした。でも、そんな贅沢なものが自分に与えられるはずがないと思っていたから、ただ「うん」と小さく答えた。
それからしばらくして、祖母が突然「お出かけするぞ」と僕を連れ出した。行き先も告げられずに着いた場所は、町の楽器屋だった。小さな店内には、色とりどりのギターが並んでいて、僕は目を輝かせた。
「好きなのを選んでごらん。」
祖母の言葉に、僕は何度も首を振った。
「そんなの無理だよ!高いし……。」
でも祖母はにっこり笑って言った。
「おばあちゃんの楽しみなんだよ。業が好きなものを持って、楽しそうにしてるのを見ることがね。」
僕はしばらく迷ったけれど、最終的に一番小さな、青いギターを選んだ。それは僕の手にぴったりで、祖母が嬉しそうに「似合ってるね」と褒めてくれた。
その日から、本物のギターが僕の生活の中心になった。学校から帰るとギターを抱えて音を出し続けた。最初はただの雑音だったけれど、少しずつコードを覚え、簡単なメロディを奏でられるようになった。そんな僕を、祖父も姉たちも遠巻きに見守ってくれていた。
ある日、学校の音楽の授業で、先生がギターを弾く時間があった。クラスメイトたちが「すごい!」「かっこいい!」と騒ぐ中、僕はただ静かにその音を聞いていた。その音が、自分の家で鳴らしている音とは全然違うことに気づいて、少しだけ悔しくなった。
放課後、先生に「ギターって、どうやったらあんな風に弾けるんですか?」と聞いてみた。先生は驚いた顔をしたけれど、すぐに笑って「練習すれば君にもできるよ」と言ってくれた。
それから僕はもっとギターにのめり込んでいった。祖母が「お前は器用だから、きっと上手くなるよ」と言ってくれるのも、僕を支えてくれた。
しかしその一方で、親の目は冷たかった。
「そんなもの、やったって将来何の役にも立たない。」
母のその言葉に、僕は何も言えなかった。ただ、夜中にこっそり布団を抜け出してギターを握るだけだった。
ギターは僕にとって、初めて「自分だけのもの」と感じられる存在だった。学校や塾での「できない僕」とは違う。ギターを弾いている間だけは、「僕でも何かを作れるんだ」と思えた。
そんな中で迎えた小学5年生の終わり頃、ある日、祖母がぽつりとこう言った。
「業、あんたはきっと音楽に向いてるよ。」
その言葉が胸に残った。でもその時の僕には、ただ嬉しいくらいの感情しかなかった。それが、僕の人生の転機になるとも知らずに。