5 贖罪―5
大抵の生物は死ぬと黒い魔力が死骸から出る。それは魔物も同じことだが、一部強い魔力を持った魔物は死ぬと魔石になる。
魔石とは魔力が凝縮された石のことだ。たしかに魔石を使えばその石に宿る魔力を使えると聞いたことはあるが。
「あなたを殺す? あなたはそれでいいのか?」
「あぁ、別に構わないよ。体は死んだとしても我の魔力は君の側で生きるから。だが、問題はそこではないのだ」
「他に何かあるのか?」
「残念ながら我がわざと死のうとしても、魔力が我を死なせまいと暴走してしまうのだ」
魔力とは命の息吹にも等しい。
実際、レーナも巫女の力と共に魔力を俺に奪われて死んでいる。魔力が主を生かそうとするのは、生存本能と言えるだろう。
「つまりは、我は自ら命を絶てないということだ」
「なるほど⋯⋯」
「となるとどう死ねばいいと思う?」
「⋯⋯⋯⋯」
相手は龍なのだが、如何せん自殺相談をされてるみたいで気分は良くない。まぁ、俺から協力を仰いだことなのでちゃんと考えるが。
「そうだな⋯⋯自分で無理だとなると、もう誰かに殺してもらうしかないんじゃないか?」
「そういうことだ」
「龍さん、答え解ってたんじゃないか。⋯⋯あっ、てことは⋯⋯」
俺はそこで気付いてしまった。その答えが何を意味するのかを。
そして龍はなぜか楽しそうな声で言い放った。
「そう、君が我を殺すんだ!」
◇◆◇
彼が王国を発ってからもう二か月が過ぎた。
王国はあの悲劇を乗り越えて、今ではすっかり前のように立ち直りつつあった。
一方で、姉であるレーナが死に、次の巫女として急遽担ぎ出されたアリアロットは、学園を早期卒業しなければならずいっそうの勉学に励んでいた。
「⋯⋯つかれた」
アリアロットは万年筆を置いて机に頭を落とす。
彼女がいるのは学園の図書室である。
図書室には自習スペースなるものが設けられており、そこで学園を卒業するために必要な五年分の課題を消化していたのだ。
学園は七年制でアリアは現在二年。
あと一年で残り五年分の課題をすべて終わらせるのは絶対的に不可能といえる。どう自分を追い込んでも無理なものは無理なのだ。
だから彼女は少々のズルをすることにした。
巫女の力で神と交信し、手伝ってもらうのだ。神をこんなぞんざいに扱っていることが知られたら説教だけでは済まないが。アリアはどうしても神という存在を敬うことができなかった。
それは、彼女が神の正体を知ってしまったから。
神は神であって、また自身のよく知る人物だったのだ。⋯⋯いや、この言い方は適切ではないかもしれない。正確には、自身が一番知っている人物だったと言える。
この世の全てを知る存在であり、どこからともなく天啓を与える存在。それが神。王国民ですら神を畏れる人はいる。もっとも、その方が人間として自然な感情ではあるだろうが。
神は決して偶像などではない。確実に存在する。この世界のどこかに、あるいは別の世界の何処かに、「彼女」はいるのだ。
―――――。
噂をすれば。今、天啓が降りてきた。
彼女は全知全能。なんでも知っているし、過去や未来のことだって分かる。
そう、だから例えば、お義兄さんが旅の行き先を教えてくれなくても、彼女に聞けば知ることができる。
「⋯⋯あら、そう。あの人は『時を操る龍』のところへ行ったのね」
時を操る龍。ちょうどさっき歴史書を読んでいた時にちらっと見ていた。過去に人間が討伐に出たことで、畏怖の対象として今も果ての洞窟で眠っているとされる龍。
「作り話かと思ったけど本当に存在したんだ。お義兄さんもよくそこまで⋯⋯」
当然のことだと、アリアも理解している。
彼が謝罪だけのことで終わるわけがない。父や兄は、彼のことを謝罪だけで終わらせる軽薄な男だと思っているようだが、それは違う。
彼はどうしようもなく姉のことを愛していたし、それは今も変わらないだろう。そんな人が罪の意識を感じていない、なんてことはありえない。
彼は次もきっと何か行動を起こすだろうと思っていた。
――――――。
「時を操る力をもって、運命を変えるつもりなのね」
彼は事件が起こる前に戻り、姉と王国民が死ぬ運命を変えるつもりなのだ。
しかし、それでも彼は罪を背負い続ける。どう運命を変えたところで、一度愛する人を殺した事実は残り続ける。
運命を変えて、それで何もかもハッピーエンドなんて都合が良すぎる。そんなことが許されるほど世界は甘くない。
終幕の時が幸せでも、その過程で背負ったものはきっと彼を蝕み続ける。
――――――。
「うん。彼がそのつもりなら、私もすべきことをするまで」
そう。私たちはまた会えますから。
「今の私を、新しい運命の私に繋げましょう」
◇◇◆
「⋯⋯覚悟はいいかい?」
「そっちこそ」
龍との戦いにおいて、むこうは手加減してくれない。手加減すれば魔力が暴走してしまうから。手加減でも本気でもないギリギリのラインで力を出してくる。
まだ戦闘向きの姿でないことが幸いだったくらいだ。
だがそれでも、こっちは殺すつもりで戦わなければ勝てないだろう。この前の魔物とはわけが違う。
その上で俺が勝つためには生半可な魔法や剣術ではなく、今度こそ彼女から奪った巫女の力を使う必要があった。
巫女ではない俺でも行使できる力といえば、“万物を分解する”力。その名の通り、ありとあらゆるものを限りなく細かに分解する、使いようによってはかなり危険な力だ。
この力はそう何度も連発できるわけではない。それ故使い所は見極める必要があるだろう。
「ふっ⋯⋯」
俺は思わず笑みをこぼした。
こんなもの、ただの机上の空論でしかないだろうに。実際は、完璧に頭で予想した通りに動ける確証はどこにもないのだから。
結局、その時になったらその場その場の状況で判断しなければならない。
死んだら終わり。仲間はいない。神も助けてくれない。死んだらその瞬間終わりだ。
「⋯⋯ま、それも悪くはないかな」
―――せいぜい全力を尽くして死なないことを祈ろう。
青年の身体から金色の魔力が出る。
「ああ、いい色だね。とても君の魔力とは思えない」
「嫌味か?」
「いや、褒めてるのさ」
「⋯⋯ありがとう」
たしかにこれは俺の魔力ではない。
これは彼女の色だ。これ以上ないくらいに美しく、そして強い色。命と言ってもいい。今だけはこれに頼らせてもらう。
「さぁ、準備ができたら始めようか」
「ああ」
瞬間。―――パキンと周りの花が一斉に割れる音を聞いた。
俺は龍の横振りで後方へふっ飛ばされてしまう。
「いきなりか⋯⋯!」
龍は大きく顎を下げ、その口内にエネルギーが溜まっていく。エネルギーは一瞬の内に凝縮され放たれる。
俺は前方に手をかざした。
「―――分解」
一本の貫く光線は先端から塵となって消えていく。
が、すぐに次の光線が放たれる。それを分解。
分解。分解。分解。
ほら、使い所を見極めるどころではない。
俺は地面を蹴って龍との距離を詰める。
それを見越して槍のごとく鋭い爪が突き出される。
「ふッ⋯⋯」
真上に飛び上がって回避。
即座に剣を生成、そのまま下降と同じく龍の腕を斬り落とし⋯⋯たかったが、浅い傷をつけるだけで終わってしまう。
「⋯⋯⋯⋯」
もう片方の腕で突きが来たので最大限の力で後退。
利き手に持っていた剣が砕け散り、再度龍と見合っていると。
「我の体に傷を⋯⋯どういう仕組みの剣なのだ?」
「それ今聞く?」
死の瀬戸際まで陽気に喋る龍だ。
そうだ、俺の攻撃手段はこれしかない。魔法による剣の生成。俺が唯一得意とする魔法。
生半可な魔法でだめなら、生半可な剣術がだめなら、魔力を集中させた一撃限りの強力な剣を攻撃のたびに生成すればいい。
「教えないよ。対応されたら俺が負ける」
「そうか。ではこれ以上聞かないでおこう」
今度は、両者同時に前に出る。
龍は太い腕を上から振り下ろしてくる。剣を生成し、それに応える。
腕は弾かれ、剣は砕ける。
次はこちらから。剣を二本生成し、龍の
懐に飛び込む。そして、
「⋯⋯はッ!」
剣二本分の斬撃を龍の腹に入れる。
二本の剣身は皮膚を裂き、やがて肉へと至る。
「⋯⋯グァッ!!!!」
龍のうめき声を聞きながら、俺は不思議な感覚に陥った。
水晶のような胴体に剣を入れたとき、しかし、その斬り心地はまったく硬くなかった。半透明の液体と、肉を斬った生々しい感触だけが手に残った。
「⋯⋯⋯⋯」
そこからはただひたすら龍の猛攻を躱し、分解し、斬り続けた。
生成して、剣を振って、剣が砕けるとまた生成。
途中、躱しきれずに脚をえぐられた。その傷を癒すために巫女の力を使って、彼女から奪った力はそれで使い果たした。
俺の魔力が尽きかけた時、気づけば龍の体は地面に倒れていた。