14 龍の魔力―3
ゴーン ゴーン
学園の最上階に設置された鐘が鳴り響く。
現在の時刻はちょうど八時。今ごろアシュルとミレイナは授業を受け始めたところだろう。
しかし、ユフラは違う。
彼は、三階建ての寮の屋根の上で、金と黒が混じった水晶を見つめていた。
「う〜ん。たしかにさっき鳴ったんだけどなぁ⋯⋯」
ユフラが見つめる水晶は、ある魔力を設定することで、その魔力が世界に漏れ出たときに音が鳴るようになっている。
ユフラ特製の魔力感知魔導具。今回彼が設定した魔力はかなり純度が高く濃縮された魔力だった。
それすなわち、「龍」の魔力。
人の魔力は、様々な血が入り混じることで純度が低くなっており、よほど恵まれた魔力でなければより濃い魔力は期待できない。
だが「龍」は違う。彼ら、彼女らは、一代限りの存在である。ゆえに魔力の濃さも人の何百倍もあるのだ。
「⋯⋯どうして鳴らなくなっちゃったんだ?」
ユフラは自らが作った魔導具を全方向から見て確かめる。傷は入っていない。音も先程鳴ったから内部で故障しているということもありえない。
つまり、壊れていない。
「龍⋯⋯この前、急に魔力が感知できなくなったと思ったら、今度は感知できた瞬間に消えるんだもんなぁ」
もしかしたら場所も関係しているのかもしれない。龍が棲まうとされる果ての洞窟は、アルカトル王国の城都側のさらに東に位置している。
そしてその間に巨大な山脈が一つ立ちはだかるので、魔力もいく分か遮られてしまうのかもしれない。
「⋯⋯にしても規則性が無さすぎるよねぇ」
地形が変わることは早々ない。そのため魔力が遮られるにしても、一定の「波」に従って遮られるはずだった。
だが、今回の魔力感知では「波」の規則性が見えてこない。
「もしかしたら、誰かが龍の魔力を操作してる⋯⋯?」
ここまで不可解な動きをされると、その線も見えてこないでもない。
しかしそれがどんなに可能性の低いことか、それはユフラも理解していた。
果ての洞窟は、かつての人々の死骸から出た黒い魔力で満ちているはずだった。黒い魔力は俗に瘴気とも呼ばれ、人体に多大なる悪影響を及ぼす。よって通常人は立ち寄れないはずなのだ。
「⋯⋯⋯」
それでも龍に会いに行こうとする者は存在する。ユフラもその一人だ。
龍に対する異常なまでの憧れ、執着、興味があれば、黒い魔力など些細な問題でしかない。黒い魔力に対して耐性のある防護服を身につけるか、あるいは魔力膜を張るかなどして対策もできる。
故に、何者かが龍の魔力を操作している可能性も捨てることはできなかった。
「けどどうやって? どうやって龍の魔力を操作する? ボクならどうするか⋯⋯」
一つ考えついたことがあった。
それは龍自体を取り込むことだ。龍自体を取り込んでしまえば、魔力を自由自在に操ることも可能となる。
だが、あまり現実味が無い。かつて名のある戦士たちが集まっても斃すことができなかった龍を取り込むなど、どう考えても不可能に等しい。
「⋯⋯⋯」
が、それでも本当に居たら?
圧倒的な力を誇る龍を斃し取り込んだ人間が本当に存在したら?
ユフラは震えた。
「いいなぁ、ワクワクするなぁ⋯⋯!」
そんな人間が本当に存在するのだとしたら、ぜひとも会ってみたいと彼は思う。会って、その身体を隅々まで研究したい。龍を殺した方法も、その時の様子も、すべて、すべて聞いてみたい。
「うー! これはもっと感知器具の精度を上げてみるか!」
精度を上げれば、より正確に龍の魔力を感知することができる。どんなに小さな魔力でも拾い上げ、それこそ龍の魔力を取り込んだ人間の位置情報まで、使用者に伝えてくれる。
思い立ったが吉日。ユフラは寮の屋根から飛び降りた。自室まで全速力で向かい、その扉を開ける。研究資料が散乱した机を無理矢理整理し、勢いよく椅子を引いた。
「よしよし。待ってろよ〜! ボクの龍!」
その日、結局ユフラは授業に出なかった。