13 龍の魔力―2
魔力はそれぞれが唯一無二の力であり、完全に同一の魔力は絶対に存在しない。人間であろうと獣であろうと、個々に異なった魔力が流れている。
この世に生を受けたその瞬間から、備わる魔力は替えがきかない。魔力を失った時、それはその命がなくなる瞬間に等しい。
そのため、生まれ持った魔力でない魔力を体内に入れると、いくつかの不都合が生じる。
たとえば、魔力の侵食と元来の魔力の喪失の二つだ。
「シュレットさんの場合、前者の方ですね」
シュレットの身体に魔力が流れている以上、後者はありえない。それに加えて、元々存在するものが跡形もなく消えるという現象は世界の理に反している。このため後者が起きる可能性はきわめて低い。
「ちなみにどうやって龍の魔力を取り込んだか覚えてますか?」
「龍を殺して魔石にしてから取り込んだよ」
「そうですね。他者の魔力を得るためには、ある一定の塊にして取り込む必要があります。でも、そこで問題がでてくるんですよ」
アリアはまだ小さな手をシュレットの胸の上にあてる。
「⋯⋯えっ?」
不意に心臓が強く鼓動した。
「ぐっ⋯⋯」
そしてさらに強く鼓動する。
ドクンドクンドクンとしだいに鼓動の回数も増えてくる。身体の芯から熱を帯び、異常なほど急激に体温が上がっていく。
「こ、れは⋯⋯」
「龍の魔力の侵食ですよ。今は元の魔力より龍の魔力の方が勝ってしまっている」
「どうして⋯⋯さっきまでは⋯⋯何とも、なかったのに⋯⋯」
「だ、か、ら、仮面で抑えてたんです」
水色の魔力を帯びた仮面。ということはシュレットが過去に戻ってきた時点で、そこはすでにアリアの手のひらの上だったというわけだ。
「意図して相手が分け与えてくれる魔力なら安全なんですけど、魔石ごとだと暴れ馬をそのまま放り込んだようなものなんですよ。知ってました?」
「知らない⋯⋯なぁ」
「それに龍の魔力は特別強力ですから、他人の身体に入った時点で相当暴れます」
魔力は他人の身体の、中で元の身体に帰ろうと必死でもがき暴れる。それは身体の主の意思では制御できない。なぜなら元々他者の魔力であるからだ。そして、その過程で魔力はもう一つの魔力を潰してしまう、もしくは消滅させてしまうのだ。
「あとはこの前、龍の魔法を修得するために二つの魔力のすり合わせをしたでしょう? それも少し影響してますね」
「⋯⋯安易に魔法を解凍するべきじゃなかった⋯⋯ってことか⋯⋯」
「それは、私が家庭教師の話を持ちかけたのも悪かったのでべつにいいです」
龍の魔力の侵食は想定していたのに、魔力のすり合わせに関してはアリアも気が抜けていたということか。
いや、そもそも仮面で抑えられていたから何の問題も無かったはずだ。
「何で今⋯⋯仮面を外すの?」
「学園に行くためですよ。仮面をつけたまま行ったら怪しすぎます」
「でも、龍の魔力は⋯⋯仮面が、ないと」
しかし、アリアは人差し指を振って「違いますよ」と言う。
「誰が仮面を作ったと思ってるんです? 私が直接抑え込めばいい話です」
「え、まさか⋯⋯だから⋯⋯」
「ふふ」
シュレットはアリアが最初に言った言葉を思い出す。
「私の魔力を直接シュレットさんに流し込みます」
「⋯⋯⋯!?」
「⋯⋯⋯ん」
アリアの唇がシュレットの口に触れる。
ふわりと甘い香りが漂う。
「唇を閉ざさないで」
一度唇を離してアリアは言う。
「ちょっと⋯⋯。本気なんだ⋯⋯?」
「いいから、はやく」
「⋯⋯⋯」
「はやくはやく」
「はぁぁぁ⋯⋯⋯。わかった」
一度やってしまったものは仕方がない。シュレットは諦めて魔力制御の方を優先させることにした。
自分のものではない魔力が流れ込んでくる。少し冷たいそれは、胸のあたりからじわりじわりと身体全体に広がってゆく。
アリアが口を離してくれたのはそれから五分経った後のことだった。