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大罪人の旅路  作者: しらゆりトマリ
10/14

10 なし

 アリアから家庭教師の話を受けたシュレットは、龍から与えられた魔法の解凍作業をすることにした。

 元々それらの魔法はシュレット自身のものではなく、言うなれば他人のものである。どのような魔法があるのかも分からないし、どのくらいの数があるのかもまだ未知数。

 魔力に記憶された魔法を知るには、まず一つ一つ試し打ちをしていくしかない。そしてそれを経て、龍が長年習得してきた魔法がようやく自分のものになる。それ故に解凍作業なのだ。


 シュレットは王都を一度出て、近くの森にやって来た。この森は魔物がいないことから「安寧の森」と呼ばれている。その上、その他動物が生息しているわけでもないので、魔法の試し打ちにはうってつけの場所である。

 だが、絶対に人が入ってこないとも言い切れない。シュレットは森の中心辺りまで歩いて行き、周囲よりひときわ幹が太い大木の側に腰を下ろした。


「⋯⋯ふぅ」


 ここからはひたすら同じ作業の繰り返しとなる。

 今シュレットの中には、自分の魔力と龍の魔力の二つが流れている。まずはその中から一つを選び取って、魔力を放出させる。

 例えるなら引き出しを開けるのと同じことだろう。自分の引き出しには剣生成しか入っていないが、龍の引き出しの中には未知なる魔力が無数に入っている。

 次にそこから一つずつ魔法を発動させ、自分の魔力に記憶させる。これは、元からあった魔力に記憶させた方が親和性が高く、発動までのインターバルが短くなるためだ。

 こうして、発動、記憶、発動、記憶を何度も繰り返すことでようやく解凍作業が終わるのだ。

 

 解凍作業を続けていく内に、シュレットは自身の魔力への理解度が増していることに気づいた。魔力を通して、龍の経験値が徐々に身体に馴染んできているのだろう。

 そして作業を始めてから五時間が経った頃、七割ほどの解凍が終わった。

 それまでにいくつか威力が過剰すぎる魔法も見つかった。作業中、危うく森を焼け野原にしてしまいそうになることもしばしば、とにかく人前では使えないものが多々発見された。

 さすがは龍の魔法。封印された魔法に軽く匹敵する。

 しかし、他人に魔法を使わせる魔法と他人の魔力を奪う魔法だけはどれだけ探しても見つからなかった。


 その日は新しく記憶させた結界魔法で、安全地帯を作り野宿した。この森に魔物はでないのだが、念には念をだ。

 翌日、残り三割の解凍作業を急ぎで終わらせ、シュレットは王都へと戻った。



◆◆◇



 アリアに家庭教師になるように強要された日から三日後。

 シュレットは家庭教師の試験のため再びオルレイン家に向かった。しかし、そこで待っていたのはアリアの信じられない言葉だった。


「⋯⋯は? アリア、今君なんて?」

「ですから、家庭教師はなしで」

「な、なし?」

「正確には半分なしで半分ありといったところですかね。これから受けてもらうのは護衛の試験です」

「⋯⋯どいうこと?」


 まったく頭が追いついていない。一体、三日前にさんざん振り回してくれたのは何の意味があったのか。

 護衛の試験なら護衛の試験と言ってくれればそれで了承したというのに。というか家庭教師と護衛では話が別物だろう。

 

「なんで家庭教師はなしになったの?」

「先日、シュレットさんが帰ったあと神から忠告があったんです。あなたを家庭教師にしてはならない、と。だからやめました」

「そこからどうして護衛に?」

「付きっきりは無理ですけど護衛なら学園にも入れるので。家庭教師が駄目だとしたら、もうこの手しかありません」

「君はどうしても俺を学園に連れていきたいんだね」


 シュレットが言うと、アリアは彼の頭上をさす。


「よく考えてみてください。母の力を奪った犯人は聞き覚えのある声だった。それは私たちのすぐ近くにいるかもしれないということです。学園に行けば犯人につながるかもしれない」

「ってことは、今のところ君は犯人が貴族だって推測してるわけね」

「でないと説明がつかないんです。巫女の力をもつ母が真っ向から戦って負けるはずがない」

「となると犯人とはすでに見知った中で不意を打たれた可能性が高い。だから貴族か」

「そういうことです」


 たちが悪いのは貴族が星の数ほどいることだ。アルカトル王国では武勲をたてれば平民であろうと貴族の端くれにはなれた。その中からたった一人の犯人を見つけ出すのはかなり難しい。


「ん? でも待てよ⋯⋯」

「どうしました?」

「いや、ちょっと良くないこと思いついちゃったかも」


 その時シュレットは自分でも驚くほど残酷な考えが浮かんでいた。

 アリアは迷わず言う。


「話してください」

「犯人は巫女の力を奪ってくるんでしょ?」

「はい」

「そしたら多分今回もレーナが狙われるわけじゃん?」

「そうですね」

「だったらさ、レーナを囮にすれば犯人から素直に来てくれるんじゃない?」

「はい却下。ボツですねボツ。そんなことできません」

「あっはは、ひどい言われよう〜」

「当然ですよ。あなた一応姉さんの元恋人でしょう?」

「そうだけど、この世界のレーナとは赤の他人だよ」


 今の彼女とはなんの間柄でもない。自分で殺した彼女こそが自分のすべてだと、今の彼女に会ってみてよく分かった。


「まぁでも、囮にしないとしても向こうから来る可能性は高いだろうね」

「はい。なので姉さんにも護衛はつけるようにお父様にそれとなく頼んであります」

「さすがはアリア」

 

 大方それも神に言われたのだろうが、実際に実行してしまうアリアも中々の行動力である。公爵も公爵でいきなり頼まれて了承してしまうところが少し恐ろしいところだ。

 シュレットは訊く。


「ちなみに公爵にはレーナが危ないってことは言わないの?」

「言ってもわたしが動きづらくなるだけなので。言わない方向で動きます」

「ふーん。ま、それが一番いいか⋯⋯そういえばレーナの護衛には誰がつくの?」

「お父様から聞いた限りでは、公爵家に仕える騎士家系の長男がついてくれる予定らしいです」

「ほう、その人強いの?」

「少なくとも剣術ならこの国の上位に入るんじゃないですかね」

「へぇー、いいねいいね。あわよくば俺のことも守ってくれないかな」


 と、シュレットは言ってみる。するとアリアはむっと頬を膨らませて言い返す。


「シュレットさんはわたしを守るのに集中してください」

「ごめんごめん、分かってるよ。冗談だって」


 あわよくば守ってもらう、その言葉が出たことにシュレットは内心可笑しく思っていた。自分に恋人を殺させた犯人を見つけ出し、自分の手で殺せたらあとはもう何もかもがどうでもいいというのに、「守ってもらう」? 命が惜しいと言っているようなものだ。


「⋯⋯ははっ」


 シュレットは思わず苦笑した。


「⋯⋯? どうかしました?」

「いや、なんでもない。じゃあそろそろ護衛の試験について教えてくれない? 何も知らないまま護衛の試験を受けたら、今度こそ君をたぶらかした男判定にされちゃうから」

「そうですね。たしかにそれは私も困るので、一応説明はしといてあげます」

「すごい上からだなぁ」


 シュレットが呟くと、アリアは「雇い主はこちら側なのをお忘れなく」と言う。彼女の言うことはまるで正論だった。


「護衛の試験は家庭教師よりも単純です。お父様が選んだ騎士団の中でも選りすぐりの騎士に勝ってください」

「いいね、単純だ」

「絶対に負けちゃだめですよ」

「そんな圧力かけないで。本当に負けちゃう」

「はいはい。では絶対に勝ってください」

「りょうかーい」


 そしてシュレットは試験場所に足を踏み入れた。


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