閑話.二人の出会い
最近めっきり三人称視点で書かなくなったので、たまにはと思って書いてみました。
夢を諦めかけていたフレヤがアメリを見初めた際のエピソードです。
本編でいうと7と8の辺りです。
スーゼラニア王国、マルゴー辺境伯領の最も東にある町カント。
大陸の東西を分断するように連なる中央マークバー山脈のアルマー峡谷国境検問所に程近い国境の町でもあるカントの歴史は華々しいものだった。
数百年前までは東のユージニア王国と西のスーゼラニア王国とを結ぶ唯一の大動脈、サン・モンジュレ街道の国境の町として栄華を極めた。
しかし、新たに利便性の高い綺麗な街道が整備されると、カントの町はあっと言う間に時代に取り残された長閑な田舎町に成り下がった。
当時競い合うように建てられた住宅や商店に宿などの殆どは、今ではその姿を小麦畑に姿を変え、町の中の単なる粉挽き場の一つでしか無かった立派な風車は、今では町のシンボルとして風を受け優雅に羽根を回している。
今や国境に詰めるマルゴー辺境伯の私兵、ルート上仕方なくサン・モンジュレ街道を通らなければならない商人、千年近く経っても未だ愛されている書籍『マテウスの冒険譚』の作者であるハーフリングのマテウスの終の棲家があった町として訪れる愛好家の需要でどうにか町は保たれていた。
そんなカントの町で産まれたフレヤという一人の娘がいる。
フレヤはマテウスの直系の子孫の家系に産まれたハーフリングの娘で、今年17歳となった。
既に成人して2年経過しているが、未だに幼い頃の夢を追いかけている。
そんなマテウスの子孫であるフレヤの夢。
それは偉大な先祖であるマテウスのように頼もしい相棒と面白おかしい大冒険に出る事だった。
物心ついた頃から『マテウスの冒険譚』を親から読み聞かせられて育ったフレヤ。
娯楽の少ないこの世界において、相棒で『渡りし人』である胃世界人のイサムと共に繰り広げるハチャメチャな大冒険がフレヤの心を鷲掴みにするのは簡単な話だった。
自分もマテウスと同じく、傭兵のサポーターになり、物凄い傭兵のサポーターとして大冒険に出るんだと、幼かったフレヤは目を輝かせて勉強に励んだ。
フレヤが10歳になった頃、ついにフレヤは傭兵組合の事務所の門を叩いた。
本気でサポーターになる事についてはずっと首を横に振っていた両親も、フレヤの並々ならぬ決意や勉強に対する姿勢を見てついに首を縦に振り、フレヤはついにサポーターになった。
しかしまだ幼く実戦経験が皆無なフレヤをわざわざサポーターとして雇う傭兵は殆ど居なかった。
連日、町中で完結するお使いのような依頼や、薬草採取などの簡単な依頼を地道にこなし、信頼と実績を積むフレヤ。
そんなフレヤの真面目さに付け込み、フレヤをまるで奴隷のように扱う心無い傭兵パーティーもいた。
そんな心無いパーティーから心に深い傷を負わされ、それでも歯を食いしばって耐えてきたフレヤ。
頼もしい相棒も、手に汗を握る冒険も、どこまでも広がる大陸も、フレヤには果てしなく遠いものに感じられた。
15歳になり成人した頃から、あまり親を心配させたくないとフレヤは夢を諦めはじめていた。
既に所帯を持ち始め、堅実な生活を送り始めている幼なじみも居る中、まるで子どもの夢のような大冒険に憧れる自分を、親不孝者だと感じていた。
フレヤが組合事務所に詰め、受付から声がかかるのを待つという日課をこなすべく組合事務所へ歩みを進めていたある日の事。
退き際について思案しつつぼんやりと歩みを進めるフレヤ。
(いつまでも夢を追いかける子供じゃ居られない…お父さんとお母さんの手伝いでもしつつ誰か良い人でも見つけて…ふぅ)
道の途中で立ち止まったフレヤは空を仰ぐ。
空は雲一つなく、抜けるような青空だ。
(きっとこうして大勢のご先祖様は、マテウスに憧れ現実を思い知って、叶わぬ夢だと諦めていったんだろうな。だよね…そんな都合よくイサムみたいな人に巡り会えるわけがないもんな…)
苦笑をしつつ小さくため息をつき、フレヤは再び組合事務所に向けて歩みを進めた。
(今日もサポーターとしての仕事の斡旋は無いんだろうな…、やっぱお父さんに頼ってもっと依頼がありそうな都会に住んでる親戚を紹介して貰おうかな。居候として…少なくともこんな田舎よりは実績が積める)
そんな事を思案しつつも目的地である組合事務所が近づき、ふとフレヤが足元から視線を上げる。
何となく視界に飛び込んできた演習場に目をやる。
(諦めるにしても最後に都会でチャレンジ…ん?)
すると演習場に似つかわしくない少女がぼんやり立っているのが見えた。
少女は商館や貴族の屋敷に居るようなメイドの格好をして、自分の背丈よりも高い古ぼけた木の杖を両手で持っている。
フレヤは素通りしそうになるが、そのあまりに違和感のある存在に思わず二度見して立ち止まってしまう。
(いやいや!えっ?あ、あの子…何してるんだろう?えっ、まさか傭兵!?杖を持ってるから魔法使い?いや、どう考えてもメイド見習いでしょ…)
傭兵組合の組合員事務所の演習場。
メイドの格好をした人間の少女。
大きな木の杖を持っている。
(えー…これはどういう状況なんだろう?気になる、これは気になる!)
何もかもがチグハグな存在に興味を引かれたフレヤはそのまま演習場の柵の方へ歩みを進めた。
(迷子?暫く様子を見て、あれだったら私が声をかけようかな…同じ女同士なら警戒もされないだろうし…)
フレヤに観察されている事などまるで気がついていない人間の少女。
少女は背中を丸めてオドオドしたり、キョロキョロとあちこち見回したり、不安そうな顔になったかとおもえば事務所の壁の方へチョコチョコと移動してしまった。
(ん?移動したな…)
少女はそのまま壁に寄りかかり、心細そうな顔をしたり、急にニヤニヤとにやけ始めたり、凛々しい顔になったりと、一言で言えば完全に不審者だった。
(ふふ、何だかおかしな子だな。誰かと待ち合わせなのかな?うーん…あっ!)
演習場に繋がっている事務所の裏口からこの町の傭兵組合事務所の所長ビクターがでてきて、少女に話しかけるのが見えた。
(あ、なるほどな…ビクターさんの親戚かな?)
流石に二人の会話は聞こえてこず、フレヤはじっと少女とビクターを見守る。
「よう、フレヤ!」
柵にかじり付いて演習場を凝視していたフレヤの姿に気がついたフレヤと顔馴染みの傭兵がフレヤの背中に話しかけた。
「あ、アランさん、おはようございます」
チラリと声のした方へ視線を向けてそう挨拶すると、再び演習場に視線を戻すフレヤ。
アランと呼ばれた傭兵もフレヤの隣に立って演習場を眺める。
「なーに見てんだ…ってあれか?」
「はい、なんだか気になりません?メイド見習いみたいな人間の少女がビクターさんと何してるんだろうって」
「おお…おお?確かに…まさか手合わせするってんじゃねえだろうしな…親戚かなんかじゃねえか?」
「いえ、先ほど握手して挨拶みたいな事をしていたので…うーん、でもはじめて会った親戚って所ですかね」
「なんか距離感が親戚とは思えねえ。んー、新規登録…まぁ誰でも傭兵にはなれるしなぁ」
「はは…失業でもして親戚の伝手を頼った、雑用狙いのサポーターかもしれませんね」
フレヤとアランはジッと少女とビクターの様子を見ながら推測を口にしていた。
そんな二人の様子を見た者がチラホラと同じように演習場に視線を送り始める。
やがて少女とビクターは演習場の中央まで歩みを進め、一定の距離をおいて向かい合う。
ビクターの手には木剣、少女の手には杖が握られている。
「おいおい…まさか実力測定じゃねえよな!?嘘だろ…」
「確かに費用は掛からずに誰でも受ける権利はありますが…いきなり2等級狙いですかね?」
あまりに無謀な挑戦だとフレヤの周辺に集まっていたギャラリーも失笑している。
フレヤはこれから繰り広げられるであろう少女の失態と、それを嘲笑うギャラリーという構図を思い浮かべると胸が締め付けられる思いになり、その場を後にしようと左足を半歩後ろに下げた。
少女とビクターが動き出す。
その時、全てのギャラリーの時間が止まった。
次の瞬間、嘗て凄腕の傭兵として名を馳せたあのビクターをメイド見習いのようなナヨナヨした少女が圧倒しているという異様な光景が繰り広げられていた。
集まっていたギャラリーの様子に気がついた人々が次々と柵の前に集まっては、言葉を失ったまま異様な光景に釘付けになっていた。
フレヤは去ることをやめ、最前線でそんな少女の様子をただただ見つめていた。
最早思考することすら忘れてしまう程、少女の立ち回りは圧倒的だった。
ビクターは引きつった笑みを浮かべながら木剣で少女の攻撃をいなしている。
少女はそんなビクターを無表情で見つめたまま次々に杖を剣のように巧みに操って攻め続ける。
最早ビクターに余裕は見られない。
(す、凄い…凄い…!凄い凄い…!!)
フレヤは全身に鳥肌を立てていた。
その場で観戦していた誰しもがフレヤと同じように鳥肌を立てながらビクターと少女の手合わせをただただ見守っている。
「お、おい…こりゃあ…夢か?」
「ゆ、夢では…ないです…!」
ビクターに稽古を付けている師匠のようにビクターを翻弄する少女の姿に、アランとフレヤはそう呟く事しか出来なかった。
その時、フレヤの背後から何やら話し声が聞こえてきた。
「お、あれがダンの言ってた記憶喪失の魔法使いか?」
「だな。あんな珍しいなりだ、あの子で間違いないだろうな。しかしこれは…凄いな!」
「ダンもサラも何言ってんだって感じだったけど、こりゃ本当に『渡りし人』かもしれないぞ?」
「だよなぁ。だってフォレストウルフ30頭と?フォレストウルフの上位種を魔法でやっつけたってんだろ?」
「ダン曰くさ、上位種はあの杖で脳天ひと突きだってよ?俺たちとは違う世界の人間だよ」
「しかし記憶喪失かぁ、こりゃ傭兵やったって苦労するぜ?」
「苦労…するだろうな。なんせトムさんにまで報酬を四等分したらしいじゃないか、こりゃ悪い輩から良いように働かされて尻の毛までむしり取られるぞ?」
聞こえてきた会話にフレヤは頭の中が混乱してしまう思いだ。
(ま、魔法使い…!?だって、ビクターさんをこんなに圧倒して…それなのに本業は魔法使い?だから杖を持っているのか…いやいや!どっちも到底信じられない…しかも記憶喪失?いやいや、こんな実力を持った人の存在、すぐに特定できるはずでしょ!あの子、なんなんだ?)
演習場ではビクターと少女がまだ戦っている。
しかし少女に動きがあった。
少女は手に持っていた杖をパッとひっくり返し、フックになっている部分でビクターの手首に引っ掛け、そのまま勢いよくビクターを引っ張った。
少女はその身体からは想像もつかないような鋭いバックステップに、ビクターはバランスを盛大に崩す。
「あっ…!!」
少女が杖を手放したかと思ったと思った瞬間、その場で身体を捻りながら跳躍。
空中で回し蹴りを、それも三発も、隙だらけになってしまったビクターの頭めがけてお見舞いした。
最後の蹴りでビクターは一気に地面に叩きつけられる。
(嘘だ…嘘だ!勝っちゃった…あの子、勝っちゃった…!)
足の動作だけで地面に転がった杖をヒョイと手元に引き寄せた少女。
そのまま倒れ込むビクターに向かって杖を突きつけた。
誰もが言葉を発する事が出来ずにいた。
「勝ちました」
少女の声が聞こえてきた。
とても可愛らしい、見た目通りの可愛らしい声だった。
(この人だ…私にとってのイサムはこの人だ…!)
フレヤは興奮していた。
(これまで良い人に巡り会えなかった理由は…この人とこのタイミングで巡り会う為だったんだ…!見つけた、私のパートナー…!!)
熱狂的に盛り上がるギャラリーの中、フレヤは一人感動で涙が溢れる思いだった。
やがてビクターの口から少女は『黒の魔女っ子アメリ』という人物であると宣言された。
少女は顔を真っ赤にして事務所に逃げ込んだのち、駆け足でビクターがフレヤの元までやってきた。
「フレヤ、見つけたぞ!お前の相棒になる傭兵だ!」
「はいっ…!見つけました!あの人です…!!」
フレヤは頬を伝う涙を拭うこともせず、満面の笑みでビクターにそう返した。
「依頼で外にでる用意をして俺の部屋まで来い!必ずお前を専属サポーターとしてねじ込んでやる!」
「はい!」
そう言って事務所へと駆けて行くビクターの背中を見ながら、フレヤは隣にいたアランの声を無視して自宅へと走っていった。
『フレヤの冒険譚』が始まった瞬間だった。
ちなみに本作を書き始めた当初はこの出会い方の他に、アメリが組合事務所に入ってもモジモジオドオドして誰にも話しかけられずに突っ立っていて、朝から事務所で声がかかるのをまっていたフレヤが見かねてアメリに声をかけるという出会い方も用意してました。
そっちはアメリとフレヤの関係性が現れていて好きだったのですが、初めての出会いにしてはちょっと地味すぎたのでボツにしてしまいました。
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