7.傭兵組合
サラさんの上司である隊長のジェームスさんとご挨拶。
そんな訳で『もっと力を貸してくれ!』だとか『ぜひ兵士になってくれ!』などと引き止められたりする事もなく、案外アッサリと隊長のジェームスさんへの挨拶は終わって今に至る。
ちなみに昨日の分け前についてはジェームスさんから直接渡された。
こうして今、渡された革の袋を持っている訳で…
むふー、少し重くて思わずにやけそう。
っていうかこの革の袋ごと貰っちゃっていいものなの?
えへへ、何だか袋まで貰えるなんて得した気分だね。
あれ?報酬から袋代…さ、さっ引かれてないよね…?
さっ引かれるならこんな袋いらんわっ!!
そういやサラさんたちの分け前はどうなったのかと聞いた。
なんか私だけ貰ってサラさんに何かを渡される素振りは無かったし。
聞けば、ああやって手に入れた戦利品は個人がどうこうするわけではなく、あくまでその部隊の方の事務方の方でしっかりと処理。
そして臨時ボーナスとして本人たちに支給されるようだ。
サラさんはこのまま朝の準備に向かうらしく、宿舎を出たところで一旦別れた。
とりあえず傭兵登録をしてきて、終わったら戻ってきて朝食。
うんうん、さーてと。
とりあえず目指すのは傭兵組合の事務所だね。
旅の魔法使いアメリとして記念すべき第一歩だ!
これから始まる、記憶を新たに作ってゆく旅。
ついでに失った過去を拾い集める旅。
なんだかワクワクしてきたよ!
目指すは傭兵組合の事務所。
町の人に「場所はどこですか?」と聞くという高度な任務をこなすまでもなく、建物も大きくてデカデカと、
『傭兵組合 マルゴー辺境伯領支部 カント事務所』
なんて書かれた看板まで丁寧に掲げられていた。
町の人に聞けば教えてくれるなんて言ってたからもっとこうぶっきらぼうな隠れ家的なモノかと思ってたなー。
良かった良かった…
しっかし随分と自己主張が強い事務所だね…
両開きの戸の向こうに傭兵組合があるんだね…緊張する。
きっとさ?朝から酒を飲んでいるような柄の悪い輩からギロっと睨まれるんだ…!
足を引っ掛けられて転ばされるんだ!
「ガキは家に帰ってママのおっぱいでも飲んでな!がはは!」なんてからかわれるんだっっ!!
な、なんだこの私の逞しい妄想力は?
そういう経験があるのかな…?
控えめに扉を開けて中に滑り込もう。
目立たず目立たず…
壁の染みみたいに…いやいや、壁の染みが動いてたら怖いわっ!
こ、怖い…ドキドキする…!
勇気を振り絞って…
どわっと…この扉、思ったより軽いね。
思わずつんのめっちゃったじゃないか!
さてはて…中には疎らながらも兵士の人たちとはまた一味違う、オリジナリティに富んだ装備の人達、とな。
ふむー、掲示板を眺めたり、テーブルで紙を広げて何やら相談したり。
みーんな思い思いに過ごしている。
なんだなんだ、割と明るい雰囲気の事務所じゃないのさ!
勝手に過剰なまでに心配してただけだったなー。
と、とりあえず受付と思しきカウンターに行って話を聞いてみようかな?
き、緊張の瞬間…!
おおっ!でも受付には話しかけやすそうなお姉さん!
これは助かった…!
禿げた熊みたいなゴツい輩だったらどうしようかと…
「あっ!あっ!あ、あの…と、登録をしたいのですが…」
「はいっ、傭兵組合へようこそ!傭兵登録ですね?」
「え?あっ!は、はい…!えーと傭兵について…な、何も知らないのですが…」
「それでは簡単に説明させていただきますね!」
受付のお姉さんはペラペラと傭兵登録についての説明を始めた。
はぁスースー話を進めてくれるのは本当に助かる。
傭兵組合とはどこの勢力にも属さないフラットな団体。
日常の些細なものから魔物の討伐、盗賊団壊滅の手伝いから商人や貴族などなどの護衛。
様々なお困り事を、組合に登録している傭兵達が報酬を見返りに何でも解決してあげますよー、という団体。
傭兵として登録するにあたり、犯罪者や誰かに強制されている等があからさまに分かる時以外は特に登録に制限はない。
勿論抜けるのも自由、との事。
登録して最初の等級は最低の1。
そこから2、3と順番に上がっていく。
一応等級に上限はないらしい。
とは言え流石に依頼の難易度にも限界はあるようで、今組合に存在している最高の等級は17。
過去には20以上まで上げた強者も居るらしい。
上げまくったところで依頼の難易度には限界はあるし、二桁まで上がればそれ以上は単に『箔がつく』という程度しか意味はないようだ。
箔がつけば指名料も追加で入ってくるという『指名依頼』が来やすくなって儲かる。
1等級の依頼だと、どぶさらいや建築の手伝い、買い物の代行に草むしり、高齢者の家事手伝いに畑の手伝いなど、町の中で完結するちょっとした雑用程度。
魔物の討伐依頼みたいな荒事は基本受けられない。
その手の依頼は2等級からとの事。
なお、私の目的である『風の吹くまま気の向くまま』を実現する為には、4等級まで上げないとあらゆる国を自由に行き来する許可が下りないらしい。
弱い奴をやたらあちこちの国に出したら、魔物やら盗賊やらにやられてしまい、その国の兵士の負担になる。
なのでその辺『自分の身は自分で守る』がある程度体現出来るであろう等級が4という事らしい。
3等級だと隣町だとかお隣の領地までの護衛とかそんな感じのやつで、4等級までいくと国を跨ぐような美味しい護衛が引き受けられるらしい。
後は当たり前の注意事項。
その国において犯罪に該当する行為をしてはいけません。
誰かに頼んで依頼を代わりにこなして貰う身替わり行為はいけません。
等級の詐称はいけません。
依頼達成に失敗すると報酬は出ません。
下手すると罰金や降格も有り得ます。
ちなみに興味本位で新規登録者の登録頻度を聞いてみた。
大抵の事務所は日に何人も登録するわけではないらしい。
むしろ数日に一人新規登録者が居るかもといった程度らしい。
なお、腕に自信がある者は教官による実力の確認もして貰えるとの事。
教官自ら実力を測定、その人が1からか2からか最適な等級を決めてくれるらしい。
ただ傭兵活動は常に命に関わる事が多い。
この確認はかなり厳し目に審査されるらしく「この人は確かに1等級スタートじゃないね」とめでたく判断されれば、雑用の小間使いな1等級をすっ飛ばして2等級から始められるようだ。
確認は希望があれば随時行われる。
今日は幸いなことに教官の資格を持った人が暇を持て余しているらしい。
特に何の準備もないので即座に実力測定を行う事に同意した。
町の雑用からやっても良いけれど、私なら2等級から始められる気がした。
何より、この確認。
特にお金もかからないみたいだしね。
タダならワッと飛びつこうじゃないか!
タダより高いモノはないよっ!
あれ?悪い意味だっけ……?
差し出された登録用紙は凄く単純。
名前と種族と髪の色と瞳の色。そして得意な戦い方くらいしか書くことがなかった。
年齢を書けと言われたら何と書くべきか考えていたところだったよ。
えーとまずは名前……アメリ、っと。
次は種族、まぁ……人間族だろうかね。
髪の色は黒髪で…目の色は焦げ茶色の瞳…と。
得意な戦い方は…とりあえず魔法と杖での格闘とでも書けばいいのかな?
「あ、あの……か、書けました……!」
「はい、受理しました!それでは教官役が後から来ますので、そちらの扉から演習場に出て待機していて下さい!組合員証は確認後にお渡し致しますね!」
「あ、はい……」
受付のお姉さんがそう言って手で指し示した先には確かに扉がある。
あの扉ね…ふーん。
建物の裏手が演習場になっているのかな?
この扉はつんのめるような軽さじゃないね。
どれどれ…木剣で打ち合いをしている人達が数人居る程度か。
そこそこ広い広場なんだなー、へえ。
うわぁ…そ、それにしても何だか物凄い場違い感。
革の鎧や鉄の胸当てみたいなのを身に付けた所謂『傭兵だ!』って感じの人達の中に、一人だけ絵に描いたような使用人のちびっ子の私。
せめてエプロン外そうかな……
でも、何となくこのエプロンは外したくないっ!
……そこは元々の私のこだわりなのだろうか。
私の姿を見て第一声で『傭兵だ!』と声を上げる人は居ないだろうね。
居たら逆に聞きたい。
なぜ第一印象で私を傭兵だと思ったのかと。
邪魔にならないように建物の壁に寄りかかって壁の花になろう。
花というよりは影かもしくは染みかな…
どっちにせよ良いものではないから、どっちでもいい。
待つ以外する事のない私。
壁により掛かってぼんやり傭兵達の練習風景を眺めていた。
程なくして顔に古い切り傷がある渋くてゴツいおじさんが声をかけてきた。
「よっ!待たせたな」
うわっ!デカい!
幾多もの死線をかいくぐっていそうな、如何にも教官という感じ。
「え、あ、は、はじめまして。アメリです……」
「俺はこの事務所の所長をしてるビクターだ。よろしくな!」
握手をしてみて感じるこのゴツゴツ感。
職人のような手、嫌いじゃない。
って所長!?
そんな人が実力を見るの?
厳しそうだなぁ…
「さてアメリ。お前さんの話は昨日兵士から聞いた。フォレストウルフ30頭、それも上位種も居た群を魔法で効果的に弱らせて、上位種を倒す実力があると聞いている」
「あ、はい。え、な、何で、私のことだと……?」
昨日の今日でこんなえらい人が何故こんなちびっ子の事を?
ひょっとして暇なの?
「ははは!そんな珍しい顔に使用人みたいな見てくれをしてりゃ誰だって一発で分かる!」
「そ、それもそうでした…」
「こっちとしてはいちいち確認なんかせずとも、その凄い実績だけで2等級からはじめさせてもいいんだぞ?」
おお!いきなりなれるとな!?
と、とは言え何も確認されないでいきなりはちょっとズルい気もする…
「あ、ありがとうございます……!とは言え、ほ、他の方に変に、その、ひ、僻まれたりしても……アレなので、せ、正式な手順は踏みたいと思います…!」
「ん?律儀だな。そういうヤツは好きだぞ!よし、じゃあ魔法の実力はもう十分として、とりあえず身体強化なしで打ち合ってみるか!噂によればなかなかの使い手らしいじゃないか?」
「あ、はい!ちょ、ちょっぴり……自信があります!」
ビクターさんとそう言って演習場の中央まで行く。
ビクターさんが構えるのは木剣。
片や私は自前の木の杖。
周囲からはクスクス笑い声が聞こえてくる。
分かる。分かるよ?言いたいことはよーく分かるよ。
こんなひょろひょろのメイドみたいなちびっ子が等級目当てで無謀な戦いに挑んでいる構図にしか見えないもん。
私だって端から見たらそうだろうなって思うよ。
でもそんなクスクス連中に一泡吹かせてやりたくもある。
いたずら心に火がつく。
「そちらから来て良いぞ!」
「はっ、はい!いい、い、行きます!」
私は杖をぎゅっと握る。
こえー……圧が凄いっ!!
ビクターさんはサラさんとは比べ物にならない程に強い。
多分元手練れの傭兵だったんだろうね。
動きに全く無駄がないんだよ、この人。
私の誘いにも一切乗ってこない。
アクロバティックに動き回る私を涼しい顔をしていなすビクターさん。
それでもこんな思考を展開出来る程度には私にも余裕があるのも事実な訳で。
杖のフックみたいな部分をあえて持ち手側にし続けた理由。
余裕がなさそうに動き回っている理由。
それはビクターさんが杖のフック部分を単なる滑り止め程度の飾りと認識して貰うため。
そしてついにビクターさんがフック部分の警戒をしなくなった瞬間を私は見逃さなかった。
身体を捻って回る。
死角に入ったら杖の先端を蹴っ飛ばしてくるりと上下を持ち替える。
間髪容れずビクターさんの利き手をフックでグイッと引っ掛ける。
想定していなかった行動だったんだろう。
よしっ、ここだ!
引っかけたままバックステップで盛大に引っ張る。
そのままバランスを崩すビクターさん。
更にここっ!
杖を手放した私は宙に飛び上がりつつ胴を勢いよく捻る。
チャンスは一度だけ。
こんな不意打ちに二度目は無い。
そのまま空中で三段蹴りをビクターさんにお見舞いする。
空中胴回し三段蹴り。
勝った!
見事にクリーンヒット。
三段目の蹴りでビクターさんを地面に叩きつけるようにして私も着地。
頭上に星を散らせ、そのまま倒れ込むビクターさん。
杖を拾い上げ、杖のフック状の先端部分をうつ伏せのまま倒れ込んだビクターさんの後頭部に突きつける。
他人事みたいだ。
まるで誰かの力を借りたみたい。
勝っちゃった……
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。
ちなみに2ヶ月後くらい分まで投稿予約してあります。