64.ワイバーン
エルマス夫妻や人懐っこい兵士のおじさんことセリオさんの正体を暴いてしまった私達。
とは言え今まで通りエルマス夫妻を護衛対象とし、今日も今日とて護衛の旅は続くって事で今に至る。
翌朝の満月亭の朝食は溶いた卵や鶏肉みたいな肉が具のスープ、カットされたチーズと葉物野菜に溶いた卵を焼いた焼き卵、そしてスープに浸すパン。
私達はそんな大食いではないし、本当にこれで十分。
でもよくよく考えたらさ、傭兵やるような男の人じゃこんな量だと足りなくない?
「え?量ですか?うーん、男の人にとっては物足りないかも知れませんが、その分昼も夜もしっかり食べますからね」
「そうよ?何よりチーズだって卵だって栄養価が高いんだから余計な心配ね」
「へぇー」
ふーん、そんなもんなんだ。
私達はお昼となると簡単なもので済ませちゃうけど、これが男の人とかだと私達の夕食みたいなノリの昼食を要するわけだ。
いやぁ、そう考えるとうちのパーティーに男の人はいらんな。
入れるとしても私より強い人じゃないと意味がない。
それにしても卵とチーズ…めっちゃ美味い。
「た、卵とかチーズって…良いですね」
「うちはいくらでも保存が利きますから、そのうち安いときに買い溜めしますよ」
えへへ、楽しみだ。
朝食も終わってエルマス夫妻と合流。
フレヤさんとイザベラさん、そしてバリスさんがロボロ村の傭兵組合の出張所に顔を出している隙に、私は外でシーラさんの髪を編み込みしていた。
「ホントごめんなさいねー」
うー、頭に思い浮かぶのは昨晩の失禁。
もう良いんです。
忘れて下さい、切実な願いです。
(あの…全然気配を感じませんでした)
(ふふ、私もバリスも伊達に80うん年諜報員してないからね)
ななっ、なんと!!
赤ちゃんの時から諜報員じゃないとして…二人とも百歳近くなん!?
「アメリちゃんの反応!ふふ、年齢で驚かれるのって新鮮だなー!」
「だ、だって…全然フレヤさんと変わらないので…!」
確かにカントの町で会ったミリアさんもユージンさんもそう。
娘であるフレヤさんとぜーんぜん変わんない。
「私達ハーフリングとかイザベラさんみたいなエルフはそんなもんだって誰もが知っているから、年齢を言ったって「へえ」程度の反応なの」
私からすりゃその事実がそもそも「へえ」である。
しかしなるほど…っていうかじゃあ当時の話題になったっていう魔法協会とのいざこざも当然知ってるわけか。
なんせお隣のマルゴー辺境伯領で起きた話。
諜報員の2人が知らない訳がない。
「あの…イザベラさんが昔魔法協会と揉めたって…シーラさんは当時をご存知で…?」
「お隣のマルゴー辺境伯領での事件だったし、白昼の出来事だったから…そりゃもう当時はね…ってあれ?イザベラさんからは何も聞いてない?」
何となく触れないようにしてるし、イザベラさんもその件についてペラペラ喋るわけでもない。
「何となく…本人から聞き出すのはどうかなと…」
「あれからもう70年くらい経ってるかな?アメリちゃんフレヤちゃんに言わないって事は…んー、本人の口から聞いた方がいいのかな」
「そ、そうですね…」
一理ある。
イザベラさんが敢えて口にしないんだ。
「あら、聞かれなかったから言わなかったの」なんてケロッと言いそうな気もするけど、旦那さんの話題がチラリと出たときのイザベラさん…なんか切なそうな、胸をきゅっと締め付けられるような顔をする。
「私の口から言える事は、私やバリスみたいなのが背後に忍び寄る前に確実に反応できる練習はすべきって事。夜なんかに練習に付き合うよ」
「あ、ありがとうございます!助かり…ます!」
何となく読めてきた。
旦那さんは多分魔法協会にそーゆー感じで脅された拍子に殺されたんだ。
シーラさんの髪の毛を編み込みにするのなんてすぐ終わり、私はブルット君におやつをあげることに。
「えへへ…い、いっぱい食べてね」
ブルット君、ヒーヒー言って嬉しそう!
ふふ、ドングリ大好きなんだなぁ。
よもや…ブルット君は諜報員じゃないよね?
「ただいまー!出発しますよー!」
おっ!フレヤさん!
「次はマーテラ村よ。順調に行けば今日の夜には着くわ」
「買い出しもバッチリ!よーし、行きましょう!さあブルットも行くぞー?」
ニコニコのバリスさん。
バリスさんシーラさんが諜報員だって事を忘れてしまうね。
そんな訳で次の村であるマーテラとかいう所へ向けて出発!
相変わらずのマグニエデン街道。
遭遇するのは商人や傭兵ばっか。
そしてエルマス夫妻の知人が多い事多い事。
「実際本当に商人もやってますので、同業者からも疑われていないんですよ」
「荷台の荷物もちゃんと品物が入っていますよね。どのタイミングで仕入れているんですか?」
そーだよ。
フレヤさんの言うとおり。
何だかんだ仕入れをしてる気がしない。
「皆さんの護衛が始まってからは特に仕入れてないですね。ほら、オミノスホーンブルを大量に手に入れましたし、カーライルリスだって纏まった量手に入れてますから」
シーラさん、腕を組んでウンウン頷く。
いやーハーフリングの人って本当に可愛いなぁ。
「そういえばロボロ村の中でもカーライルリスがチョロチョロしてたわね。害獣でしょ?あれ」
イザベラさんが顰めっ面するのも分かる。
単体なら可愛いけど、あんなのがアチコチチョロチョロして作物を食い荒らすと、そりゃ憎たらしいし腹も立つ。
「はは、傭兵達の暇潰しがてらの小銭稼ぎです。ほら、満月亭でも今朝のスープに入ってましたよ」
なっ!!なんとっ!!
あの肉…鶏肉じゃなくてリス肉だったのか…
うへぇ…
「へえ!案外甘い味わいと言いますか、健康に良さそうな肉でしたね?」
フレヤさんの言うとおりかも。
美味しけりゃ何だっていっか。
「それでもアメリちゃん程綺麗に仕留める、それだけじゃなく、その品質を連続でなんてなかなか難しいんですよ?魔物と勘違いするほどすばしっこいですもん」
はは、とは言えシーラさんならばいとも簡単に狩れそう。
「さあほら!どうします!?抜けるような青空で大金が飛んできますよ!」
バリスさんの言葉にイザベラさんが反応。
あっちは東の方か…なんかデッカいのが飛んでくる。
なんだあれ?ド、ドラゴン…!?
「野生のワイバーンの番ですか」
ふーん、フレヤさんの見立てならあれはワイバーンって訳か。
国によっては移動手段になるんだよね。
「大金って事はアメリちゃんの出番かしら」
え?
護衛中なのに良いの?
手出さなきゃ別に襲ってこなさそうだけど…
「傷も少ない状態であれば一匹あたり金貨7枚は下らないですよ!」
むむっ!バリスさんの許可が降りたって訳か!
「じ、じゃあ私…捕まえますか?」
「アメリさん!お願いします!今ちょうど辺りに人が居ません!好機です」
よーし!
ちょっくら良いところ見せちゃうか!
っていうか結構遠くのお空だけど、あれでっかくない!?
「か、勝てますかね…?」
「普通なら大台に乗ったパーティーがどうにか討伐って感じね」
えーっ!?イザベラさん嘘ついてないか?
「で、でかいですよ…!」
「ふふ、そんな不安そうな顔しちゃって。でかいって言ってもドラゴンの子供みたいな感じよ。ドラゴンに比べれば小さいしヒョロヒョロ」
あー…割とそんな感じの魔物なんだ…
みんな「そうだね」って顔に書いてる。
「アメリさんなら臆病風を吹かせる事はないと確信してますよ。「アメリは単騎でいとも簡単にワイバーンの番を仕留めた」と冒険譚に書きたいので、是非お願いします」
フレヤさんにそれ言われちゃうと弱っちゃうなぁ!
ワイバーンの番は直ぐに私達の近くまでやってきた。
結局眼下に居る私達をちょっとしたエサとでも考えたのか、ワッとこっちを目掛けて滑空してきた。
はは、こりゃ護衛が居なかったら町の外の移動なんて成り立たない訳だ。
っていうか並の護衛なら全力で逃げる場面か。
だって、めっちゃデカいもん!
これが小さくてヒョロヒョロって、ドラゴンはどんなにデカいんだ…
『
マギアウェルバ
緑よ緑よ
お前の遊び相手はお空の上
しなやかな腕で捕まえてご覧
無邪気な束縛
ヘカトンケイル
』
誰もいない今がチャンス。
シュルシュルと何処からともなく蔦が。
と思った次の瞬間にはワイバーンの番を捕まえる。
いやーこれ卑怯すぎるなぁ。
「いやぁ…これは…はは」
バリスさんも苦笑いだ。
シーラさんもその表情からするに、概ねバリスさんと同意見らしい。
「アメリちゃん、ちょっと離れた場所に落としなさいよ?ワイバーンは一般的に16バレル程度はあるって言われるわ」
ん?イザベラさんの言う16バレルってなんだ?
んん?文脈的に長さかな…いや、重さという線も…
フ、フレヤさーん!
「あ、ひょっとしてアメリさんは長さの単位知りませんか?」
流石フレヤさん!
私が何に困っているか見抜いてくれた!
ワイバーンはとりあえず街道から離れた場所に落とし、街道にイザベラさんとシーラさんを留守番として残す。
ワイバーンのもとへ向かう途中、フレヤさんとバリスさんから長さの単位について聞いた。
話によればこの大陸の殆どの地域では長さを測るのにバレルという単位と、ジョッキという単位を使うらしい。
1バレルはちょうど樽の高さ。
1ジョッキは宿の食堂でもよく見かけるお酒を飲む時のコップの高さ。
確かに樽もコップも町や村ならあちこちで見かける。
私は完全にはじめましてな単位だった。
私の知っている単位はメートルとセンチとミリだ。
でもフレヤさんもバリスさんも「そんな単位聞いたことがない」と言ってた。
「私やバリスさん、それだけでなく大抵のハーフリングは大体1バレルから1バレル1ジョッキ程度です。アメリさんはそうですね…1バレル2ジョッキ行くか行かないかってところでしょうか」
「そうですね、大体そんな感じでしょうね!まぁ樽やジョッキは何処へ行っても見かけるものですし、直に慣れますよ!」
「そ、そうですね…なるほど…」
まぁここまで長さが必要になる会話なんて無かったし、何とかなるかな。
しかしメートルとかじゃないんだ…不便だね。
ここまでで私は恐らく五千年前に何か関係のある出。
フレヤさんやバリスさんも知らないんだ、これ以上推測には関係してこなさそうではある。
「アメリさん、くれぐれも気をつけて下さいね。ワイバーンは口から毒を吐き出します。今回は偶然口元をグルグル巻きにされているので平気かと思います」
うおっ、こいつら毒吐くんだ…!
私はバリスさんの指示により、生活魔法で水の玉を作ってワイバーンの顔に。
そうして身悶えするワイバーンを窒息させるというなかなかアレなトドメの刺し方をした。
こうやって仕留めた死骸の方が全く傷がなくて、より高値で売れるらしい。
こんな巨大で普通の傭兵から恐れられようと、息が出来なくなると死んじゃうんだ。
身動きとれなかったら抵抗しようがないってか。
いやぁ…こんな死に方ちょっと嫌だな…
その後、速やかに私がワイバーン二匹を回収。
フレヤさんも終始ご機嫌そう。
これはスッゴい収入になる事間違い無しって事だ。
いやぁ!魔女っ子旅団、金持ちだね!
入りが凄くて出は僅か。
お金が溜まらない訳がないのだ。
お金溜まったらフレヤさんと私との小さな小屋を買うのかな。
あれ?小屋っていくらくらいするんだろ?
金貨数枚とかでは無さそうだな…
「ほらほら、ぽやっとしてないで行くわよ?」
おっと、イザベラさんに言われるまでボンヤリしてた。
目指すはマーテラ村!
今度は途中森を抜けるとか無いらしいから安心安全だね!
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。





