5.手合わせ
何だかんだ私も相当疲れていたらしく、目を覚ますと辺りはすっかり真っ暗になってしまっていて今に至る。
はぁ、寝たらスッゴいスッキリした。
余程疲れてたのかな?
そもそもあの検問所でぼんやり座っている前まで、私は一体どこでどんな暮らしを送っていた人なんだろ?
生活スタイルやリズムが分からないから、このぐっすり眠った事に対する妥当性も良く分からない。
そう言えば私のこの力が凄いのであれば、普通に考えてみれば身元なんてすぐに割れるのではないだろうかという考えに至った。
よく分からないけれど、一国の兵士を驚かせる力があるのに、誰ひとり私の事を知らないなんて事はあり得るかね?
魔物の脅威と隣り合わせの暮らしであれば、必然的に強さという物は、どーしても目立つ要素になってくる筈。
しかも、こんなお仕着せを来た使用人…見習いメイドみたいな子供。
なのに誰も知らない、そんなの不自然だよ。
自分でいうのもアレだけど、目立つ要素がてんこ盛りの欲張り状態じゃんか。
今日だけでもこんなにサラさん達を驚かせたのに、こんなハチャメチャな設定の子供が目立たないわけがないもんなぁ。
私が幼いながらも実は地位のある止ん事無い魔法使いだったとして、そんな雁字搦めの毎日にウンザリし、変装して己の記憶を封印する魔法をかけていたら?
覚えてる魔法もそんなに無さそうだし、魔力量?もなかなか少なそうだけど。
だとしても、だ。
変装する格好が使用人ってセンスはすげーな。
普通その辺の民草の格好にしない?
記憶を消すなんて、そんな魔法の記憶はないけれど、強ち見当はずれな話ではない気がしてくる。
可能性の一つとして消すことは出来ないね。
何だか不安が襲ってきて、眠れなくなってしまった。
仕方ないな、起きよう。
サラさんは…寝てるな。
起こさないように…生活魔法…私も使えるなこれ。
小さな明かり、小さな明かり…
おっ、手元を照らすくらいで丁度いいね!
という訳で!だ。
異空間に収納されている物の確認がしたかったんだよ。
っていうか生活魔法って本当に簡単。
思っただけで出来るんだー。
滅茶苦茶便利じゃんこれ!
何となくだけど、生活魔法だけじゃなくて道具の出し入れの仕方も分かった。
寝てすっきりしたら頭の中が整理整頓されたのかな?
そんな中、持ち物チェーック!
さてさて、どんな物を持ってるんだろ?
出てきた物は日中に手元に現れた木の杖。
革の袋に入ったお金。
何の絵だろ?お城?
…どこの地域で使えるのかは不明だね。
全く同じデザインの黒いワンピースと、数枚の白いエプロン。
メイド姿の予備だ。
今着ている白いネグリジェの替えと、これまた今履いている色気とは無縁な所謂カボチャパンツ数枚。
予備の服は下着まで完備って事か。
そして黒い外套が2枚。
何て言うか使用人だね…。
ご主人様の服は持ってなさそうだな?
ふーん、まぁ持ち逃げされたらオシマイだし、そんなもんなのかな?
あとは履いていたものと同じ黒い靴の予備。
木でできた食器類一式。
鉄の鍋やフライパン。
一通り揃っている調理器具たち。
ペラペラの手拭い数枚。
丈夫そうな革で出来た、ひょうたんみたいな袋。
蓋があるけど水筒だよね?これ。
何に使うのか、大小様々な地味な壺。
数枚のフワフワな毛皮。
肌掛けかな。
食料さえ揃えれば、とりあえず何とかなりそうな感じはするかな。
どうやら私は旅慣れている部類の人では無かったようだ。
旅人の持ち物というよりは、日用品を持ち歩いている使用人だね。
何より、後は鏡つきの化粧品が入っているような箱やブラシ。
ほうき、ぞうきん、石鹸、ろうそく、はさみ、針、糸、ボタン。
などの掃除や裁縫などの家事をするために必要なもの。
まごうことなき使用人だ。
ほほー、化粧品だけめちゃくちゃ充実してるな!
杖の違和感が半端ない。
この持ち物の中で杖だけ異質。
なんだなんだ?
ご主人様の武器か?
いやいや、武器って使用人に持たせないでしょ!
「ん…すっかり夜だねえ…」
ありゃま、サラさんを起こしてしまった。
ここで慌てても怪しまれるだけだ。
大人しくしていよう。
「あ、そ、そうですね…、すっ、すっかり夜になっていました……」
「んー明け方かな?おっ、アメリはやっぱり異空間収納が使えたんだね」
「た、戦ったときに杖が……あの、ど、どこからともなく出てきたので、じ…自分でもその時に知ったのですが…イマイチ取り出し方がよく分からなくて……い、今、漸く中身、確認してました……」
サラさんも生活魔法で明かりを出して天井に向かって放り投げた。
部屋がぼんやり明るくなる。
「へえ!食料とテントを用意すりゃあ何とか旅に出られそうな感じではあるねえ。街道を歩く旅になるけどね」
ある程度整備されてる街道を歩くならまぁ荷物もこんなもんか。
険しい道無き道を切り分けるような旅は確かに無理そうではある。
「記憶をなくす前のアメリは…まぁ使用人だよねこりゃ。この中で杖だけが異質だよ」
「や、やっぱりそうですよね…あ、ち、ちなみにお金を持っていたようなのですが、こ、こっ、これ…ど、どこの何というお金なのか……わ、分かりますか…?」
何やら硬貨がジャラジャラ入っているけれど、どこで使えるものなのか分からない限りはまるで何の役にも立たない。
せめてこの辺で使えるお金でありますように!
サラさん、中身を確かめてー?
…あー、首傾げちゃった!
多分見知らぬお金だこれ!
「うーん、うちの王国とか同盟国の金じゃなさそうだねえ。刻印された文字も見覚えのない文字だよ」
「そ、それじゃあ、しっ、暫くとっておく事にします……」
しょぼーんだね。
って事は、だ。
記憶をなくす前の私は、この辺りの同盟国達とは違う、どこかの遠い国からやってきたんだろうね。
何にせよ私の出所より何より、あの狼の報酬が貰えない限り私は無一文の素寒貧という事を心配すべきだね…
貯えがない素寒貧ってのは何だか心許ない。
「あ、わ、私、なれるのであれば……よ、傭兵っていうのにでもなって…せっ、世界中を旅してみようかと思います。けっ、検問所でルーカスさんも言ってましたけれど、だ、だ、第二の人生を…目一杯楽しもうかなって…」
「いいじゃないか。それだけの腕っ節があればさ、きっとどこまでだって行けるさ」
サラさんが優しく微笑む。
「ふっ、ふ、不思議なことに……き、記憶が無いことに……あ、焦りや不安が…あ、あまり無いんです。……っこの町で、暫く生活に慣れて、じゅ…じゅ、準備が出来たらと思ってます。風の吹くまま、気の向くまま…というやつです」
私の言葉にサラさんがカラカラと笑ってみせる。
そう、自由気ままな旅人。
そんな生き方も良いかもしれない。
風が吹く方へフラフラ歩いてゆく旅人…良いね。
いやあれだよ?崖の方に吹いてたりしてたら流石に風に逆らって移動するけどね?
あくまで比喩というかだね?…
「初めて耳にしたけど良い言葉だねえ!『風の吹くまま、気の向くまま』か。旅人らしい格言だね、気に入ったよ!」
サラさんの心に響いたようだ。
私もなんか好きだな、この表現。
「な、何となく頭に浮かんで、き、来ました。ど、どういう経歴を辿って生きてきたのか、わ、私……なかなか強いみたい……ですし、そんな風に……き、気ままに旅して『アメリ』としての、じ、人生をこれから作って行こうかなと…」
「詠唱魔法ばっかりは生まれつきのセンスが必要だからねえ。アメリはきっと凄い部類の魔法使いだよ。人間族は魔法との相性がマチマチだからさ、あたしらの周りもそこらの傭兵も詠唱魔法が使える人間族の魔法使いなんてのはどこかしらに抱えられてさ、なかなかお目にかかれないね」
ふうん、そんなもんなんだ…
その後互いに目が冴えてしまい、私はサラさんから女同士でないと聞けないようなデリケートな事も含めて色々と聞いた。
色々聞いている中で感じていた違和感の正体が段々と見えてきた気がする。
私は少なくともこの大陸の人間族では無さそうだという点。
月のもの一つとっても、お金についても。
月のものも私が朧気に記憶していた道具とは違うものをサラさんからみせられた。
食べ物だって私がリンゴと認識している真っ赤で丸い果実は、この大陸ではどこへ行ってもマリルと呼ぶらしい。
サラさんからヒョイと渡されて丸かじりしたマリルはリンゴの味がした。
何よりサラさん曰わく、私のような顔の作りの人間族は見たことがないと言っていた。
まるで赤ん坊のような童顔のまま、ある程度歳を重ねているようだと。
あ、赤ん坊っ!
まぁ…サラさん達に比べたら確かに幼い顔はしてるかな…
私、どこから来た人なんだろうな。
そんな疑問を解消するなんて目的が一つくらい余分にあってもいいかもしれない。
使用人のような見た目をしている謎めいた魔女っぽいよね。
実際、本当に謎めいてるんだけれど。
そんな風にあれやこれやと話をしているうちに日が昇る時間になり、サラさんと宿舎の外に出た。
外はまだ薄暗いし寒い。
でもそんなこれから始まる朝って時間が好きだ。
きっと元々の私も好きだったのが心のどこかに残ってるんだろうね。
ちなみにサラさんはこうしてよく早朝から剣の稽古をしているらしい。
不思議と私も杖を握ると戦えそうな気がしてきて、ウズウズするあまりサラさんに手合わせをしてもらう事に。
杖対木剣。
「それじゃあ来な!」
「は、はいっ……!」
初めは私から打ち込む事になっていたので、遠慮なく身体が覚えている通り身を任せて動いてみる。
それはまるで他人に身体を操られているような何とも言えない不思議な感覚。
宙返り。
軽いステップ。
フェイントからの一撃。
相手を翻弄する私。
杖を軸にして蹴りを繰り出す私。
身体能力だけで背後を取る私。
サラさんも本気の顔になって応戦した。
でも明らかに私の方が優勢だった。
ここまで杖で戦える自分が段々と気味悪く思えてきて、バックステップで間合いを取ったタイミングでスッと肩の力を抜いた。
はっきり言って異常。
こんな見てくれのちびっ子魔法使いがここまで戦えるなんて異常だと思う。
「アメリ凄すぎるよ!こりゃあやっぱりただの魔法使いの動きじゃないね!」
サラさんは上擦った声で私を褒め称える。
気がつけば宿舎の窓から覗いていたり、宿舎から出てきて観戦したりしている人達が大勢私達の手合わせを見ていた。
「つ、杖を持つと……ふ、不思議と戦える気がし、し、してたんです。……な、何というか……っ誰かに、の、乗り移られたような………奇妙な感覚、でした……」
周囲で見ていた人達の色めき立つ様子を肌で感じた。
その後、逃げるように部屋に戻り、サラさんの戻りを待った。
どうやら昨日のうちにダンさんから話があったのか、すれ違う人たちに『アメリちゃんおはよう』と声をかけられた。
私は『アメリちゃん』として認識されているのが無性に嬉しくて、自分の顔がにやけるのを感じていた。
この力が何なのかなんていう疑問はすっかり吹き飛んでいた。
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