49.旅立ちの日に
茶葉を卸してくれている商人のアドリアンさんが茶葉の納品にやってきて、良い機会だからと他の茶葉も試飲。
オススメの銘柄も美味しい!という訳で『デリクシーラ』では二種類の茶葉を採用!となって今に至る。
出立前日の夜。
レベッカさんは明日の朝、私達がいよいよ出立という事で腕によりをかけて料理を作ってくれて送迎会を開いてくれた。
三人娘も今日は早々に帰ることはなく、そのまま『デリクシーラ』に残っている。
それにしても見たことのない料理が多い!
お、美味しそう…!!
匂いの暴力が半端じゃない。
これも偏にレベッカさんが『渡りし人』だからかな?
未だ世間に疎い私にはよー分からん。
「ささやかだけどぉ」なんて言ってたけど、私には到底ささやかなご馳走には見えない。
正直第二の人生始まって一番豪華な食卓だ。
「今日まで本当にありがとうございました!お陰様で、この短期間で紅茶に確かな手応えを感じました。客足も大分伸びております。アメリさんに教育して頂けたのは本当に幸運な事でした!」
「私の作ったお菓子がより多くの人に喜ばれるわぁ!アメリちゃんから学んだ事を一過性の物にしないよう頑張るわぁ!」
えへへ、なんだか照れくさいなぁ。
エドモンさんとレベッカさん、本当にお世話になりました。
私こそ幸運だったよ。
「私達もアメリちゃんの教えを忘れないように頑張るよ!」
「そうだねー、このメイドさんの格好に恥じない程度には立ち回れるようになったし!」
ミラさんもリズさんも本当に精力的に頑張ってくれた。
「アメリちゃん、本当にありがとう。紅茶の奥深さに目覚めたよ。個人的にも紅茶に凝ってみようかと思っているの。」
ふふ、ノエミさんは特に紅茶の淹れ方に入れ込んでたからなー。
紅茶好きが増えて良かったよ。
シクシクグズグズ泣いちゃうかなって思ったけど、頑張ったんだって達成感が勝っていて誇らしい。
きっと『デリクシーラ』はもう大丈夫。
尤も、元々閑古鳥が鳴いてた店って訳でもないんだし、何よりレベッカさんとエドモンさんがせっせと作っている焼菓子が一番魅力的なんだよ。
紅茶だとか接客はそんな焼菓子を引き立てるための要素でしかない。
「こ、このカフェの一番の売りは…焼菓子だと思っています。だ、だからそんな焼菓子を引き立てるお手伝い…出来た事を嬉しく思います…」
「引っ込み思案なアメリちゃんにとっても、一人でお留守番が出来て一皮剥けたし、今回は良い機会だったんじゃないかしら?ご飯もお菓子も美味しかったし、本当に最高の依頼だったわ」
「イザベラさんの優しさに…触れられて…ほ、本当に良かったです」
誰に言われるでもなく、イザベラさんは私を心配して手を回してくれた。
そんな優しさが堪らなく嬉しかった。
からかわれても「ぐぬぬ」ってならないもんね。
「ふふ、改めて言われると照れくさいわね」
鼻をちょんと突っつかれた。
色っぽく…妖艶にって言うのかな?そんな風に笑ってる。
イザベラさんはこーゆー仕草が本当によく似合う。
でもそんなイザベラさんが私は好きだ。
「皆さん次はどちらへ行かれるのですか?」
「はい、イザベラさんの亡くなった旦那さんの故郷がお隣コーネラ子爵領の国境付近にあるヤト村にありまして、とりあえずそっち方面の依頼をと考えていたのですが、今日事務所でお隣のコンクまでの護衛の指名依頼を貰ったんです」
あー、そういやイザベラさんの旦那さんの故郷の具体的な場所までは聞いてなかったな。
まぁチンプンカンプンな私に言ったところで意味ないしね…
「ほう!護衛の指名依頼!コンクの町といえばコーネラ子爵領…北西方面ですか。マグニエデン街道は交易路ですので、きっとこれからも良い護衛の依頼がゴロゴロあるでしょう」
「そうですね、とは言えアメリの等級を考えて盗賊の討伐を狙おうかなと考えております」
ふーん、護衛依頼狙いじゃないんだ?
あれ?この間森で襲われたあれはカウントされないのか?
「あの…ヤキムにくる前に森で襲ってきた盗賊は…?」
「あー、あれ?あれはね、被害報告もなくて、誰も指名手配もされていなかったわ。その辺の破落戸の寄せ集めねきっと」
えー!?
何だか骨折り損のくたびれもうけだね。
「イザベラさんの言うとおりですね。詳しくは後程説明しますが、あれは盗賊討伐としてカウントされていません。なのでアメリさんの等級を効率的に上げるために組合で正式に盗賊討伐を受けたいんです」
「なるほど…」
ふーん、多分魔法協会のあの野郎に集められた破落戸なんだろうね。
女三人のパーティーを襲えなんて簡単な話だとでも思ったんだろう。
「えー!?アメリちゃん達、そんな物騒な奴らにも襲われるの!?」
ミラさん、ビックリしてる。
ミラさんだけじゃない。
町の中で平和に暮らしていたらまず遭遇しないよね。
「ふふ、町の外を旅するとなれば襲われる事くらいあるわ。でもね、何を隠そうアメリちゃんはこの私なんかより断然強いのよ?特にフレヤちゃんに危機迫る時なんかは童話に出てくる勇者のようよ?ねえ?」
「えへへ、そうですね…!」
フレヤさん!て、照れないでー!
「あらあら、気になるわぁ!どんな話があるのぉ?」
そんなレベッカさんの言葉に、夕食の場は私のエピソードを語る場になった。
自慢気に、そして得意気に私について語るフレヤさん。
そんなフレヤさんが嬉しくて、私も顔を赤くしながらも横槍を入れることなく話を聞いていた。
明日は早いという事で早々に部屋に戻った私達。
一通り執筆も終わり、早々に床についている。
今日ばかりはイザベラさんも晩酌はせずに寝床に潜り込んでいる。
レベッカさんの素性について、フレヤさんとイザベラさんには黙っている。
二人を信頼してないという訳ではないけどさ。
ただ、ここでその件について「ここだけの話なんですけどね!?」などと言って暴露してしまえば、冒険譚の執筆に何か影響が出るかもしれない。
万が一「ヤキムの町の某カフェの女将の某氏は何と渡りし人だったのである!」なんて書こうものなら、レベッカさんが望んでいる平和な日常は二度とこない。
これからも冒険譚に書いてはいけないような事が起きるんだろうな。
きっとフレヤさんの偉大なご先祖のマテウスさんにも書けなかったエピソードが山ほどあるんだろう。
それはマテウスさん、相棒のイサムさん、そしてイサムさんの妻のドラゴンさんの大切な思い出。
私とフレヤさんの大切な思い出か…
フレヤの冒険譚が世に出回ってから、私が言えなかったことをフレヤさんに伝えよう。
胸一杯に希望を抱え、目を輝かせて世界を旅した若かりしあの頃を二人で思い出すんだ。
「アメリさん、クスクスと何だか楽しそうですね」
あ、フレヤさん起きてたのか。
「お、起こしちゃったならすいません。いつかフレヤの冒険譚が完成したら…私とフレヤさんで「今だから言える話」みたいなので盛り上がるのかなーと…へへ」
「ふふ、そうですね。当然私達の冒険譚にも載せられないようなエピソードも数多くあるでしょう。直系の子孫の特権ですが、実はマテウスの冒険譚にもその手の到底書けないような話も書かれた手帳が残っていますよ」
なんと!
私の思考を盗み見してんのか?ってのは置いといて…
やっぱりあるんだ!!
「あ、あるんだろうなと…思ってました…!」
「本来マテウスはその手帳を自分の亡骸と一緒に燃やすよう子に伝えていたようですが、自分やイサムの大切な思い出がこの世から消えてしまうのが嫌になったようで、結局代々直系の子孫がその手帳を管理していますよ」
なんだか…その気持ちはよく分かるな…
私が死んで、フレヤさんが死んで、そうしたら私とフレヤさんという存在はフレヤの冒険譚にしか存在しなくなる。
冒険譚では書ききれない、フレヤさんとの出来事の一つ一つがこの世界から消えてしまう。
「ふふ、アメリさんは甘えん坊ですね」
胸が締め付けられる。
こういう時はフレヤさんに甘えよう。
フレヤさんの腕の中、とっても満たされた気分だ。
翌朝、フレヤさんに起こされて目を覚ますと、外はこれから白けるというような時間だった。
それでも厨房は既に稼働しているようで、焼菓子のいい匂いがしてくる。
朝、この甘い匂いと共に起きるのが楽しみだったな。
いつも通りフレヤさんの髪結いや化粧を少々。
そしていつも通り寝ぼけ眼のイザベラさんも同じく髪結いと化粧を。
10日間お世話になった部屋をしっかりと念入りに生活魔法でピッカピカにした。
はぁ…ちょっと寂しいな…
「ふふ、しょんぼりしちゃって。さては愛着が湧いちゃったのね」
「はは…そ、そうですね…」
イザベラさん、背中を撫でてくれる。
そうだね。
私はこの『デリクシーラ』に愛着が湧いてるんだ。
「アメリさんは特に、ここの皆さんと10日間濃密に過ごしましたからね。私達が長くとも10日間しかその町に滞在しないのには、長く留まり過ぎるとそういう愛着が湧いてしまうからというのもあります」
その通りだ。
これ以上滞在すれば、きっとこの店から離れたくなくなってしまう。
「フレヤの冒険譚…カフェ従業員編ばかりでは退屈になりますもんね…」
「ふふ!その通りよ!さあ、気持ちを切り替えて次の町へと行きましょう!」
いでっ!!
何も背中を叩かなくても…!!
「冒険の始まりですよ!ほらアメリさん!」
はは、フレヤさんまで叩いた!
でも今ので吹っ切れた。
階段を降りて下に向かうと、エドモンさんとレベッカさんが何やら篭を抱えて待っていてくれてた。
「ついに出立の日ですね、いつの日か『フレヤの冒険譚』が発売される日を楽しみにしています!」
「これ、旅先で食べてちょうだいねぇ?アメリちゃんもイザベラさんも異空間収納が使えるからって沢山用意したのぉ!」
わぁ!篭いっぱいの焼菓子!!
しかも二つも!!
「まぁ!ありがとう!!ちょっとずつ計画的に食べないといけないわね!!」
「ご親切にありがとうございます!いつの日か私達の名がここまで轟くよう頑張ります!」
本当に優しい人達だ。
私達の出立に先立って用意してくれていたんだ。
「うっ…ううっ!!ありがどぉ…ございまず…!!ううっ…!!」
あーダメだ。
涙が一粒零れたら、もう止まらない!!
レベッカさんが抱きしめてくれた。
ありがとう、レベッカさん。
レベッカさんのお陰で少しだけ霧が晴れたよ。
あなたとの出会いは本当に大きかった。
(あの事…誰にも言いません…)
(ふふ、ありがとぉ)
そう言ってレベッカさんは私の背中をポンポンと、子供をあやすように叩いてくれた。
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