44.デリクシーラ
ヤキムの町にあるカフェ『デリクシーラ』で使用人の何たるかを教えるという指名依頼を運良くもぎ取った私達。
なんだかマトモに役に立てそうで、メラメラ燃えてきてやる気に満ち溢れつつ今に至る。
そんな訳でめでたく宿探しもオマンマの心配も無くなったわけだけど。
とりあえず今日からの指名依頼扱いにするらしく、エドモンさんとフレヤさんが揃って傭兵組合に行っちゃった。
イザベラさんもそんなフレヤさん達に同行しちゃって、私は店員のねーちゃん達と『デリクシーラ』に取り残された訳で。
これは気まずい…
イザベラさんには残って貰いたかった。
とは言えフレヤさんの用心棒と考えれば、イザベラさんほど頼りになる用心棒は居ない。
なんせイザベラさんってば実は最高クラスの傭兵だもんね。
私は使用人の何たるかが身体に染み込んでいるのか、頭の中に湧いて出てくる。
けれどもだ。
リーダーシップの何たるかはどこからも湧いて出てくる気配はない。
とは言え無言でぼんやりしているのは報酬泥棒みたいだ。
えーと…
「アメリさん!ヤキムに滞在なさる短い間ですが、何卒よろしくお願いします!私はこの店でこの子達のリーダーをしているミラです!」
「ど、どうも…!」
おっ!このリーダーのねーちゃんミラさんに任せりゃ何とかなりそうだ!
ミラと名乗ったねーちゃんもといお姉さんは緑色の髪を肩まで伸ばしている青い目の美人さん。
っていうかミラさんを合わせても三人だけど、みんなすらっとした美人だ。
そういうとこにエドモンさんの趣味が垣間見えるね…
三人とも白いヒラヒラのカチューシャみたいなブリムを装着してる。
あれ良いな…私なんでなにも被ってないんだろ?
「あたしリズ!よろしく!」
「あっ、はい…!」
リズさんは焦げ茶色の長い髪を後ろで一つに纏めている緑の目のこれまたスレンダー美人。
見た目そのまま活発そうなお姉さんだ。
このリズさんはさっきも見てて思ったけど、何かにつけて行動が大雑把。
「私はノエラと言います。どうぞよろしくお願いします」
「お願いします…」
今ぺこりと頭を下げたノエラさんは明るい栗色のショートヘアの大人しそうなお姉さん。
紫色の瞳をした垂れ目と泣きボクロが印象的。
エドモンさんはこの店を良いように利用して美人を集めている事は良く分かった。
ま、まぁ自分の店だしいいのかな?
「とりあえず接客はこの三人です!後は厨房にオーナーと焼菓子や軽食を作っているエドモンの奥さんのレベッカが居ます!多分仕込みとかで暫く忙しいので、挨拶は後と言うことで!」
あ、奥さん居るのか。
じゃあこの人選とか衣装は奥さんの趣味なのかな?
だとしたらエドモンさん、ごめんね。
物凄い失礼な思い違いをしてたよ私。
そんな訳で客が少ないうちに、とりあえず紅茶の淹れ方だけでも頭に叩き込んで貰う。
所作だなんだは後回し。
その辺から来るお客様が、美しい所作とやらにピンと来ないのであれば、そんなものは後で覚えりゃいーのだ。
紅茶は最も分かりやすい味覚に直接関わってくる要素なので超最優先。
そして何と呆れた事に、この『デリクシーラ』にはちゃーんと砂時計があんの。
しかも一個とか二個じゃない、引き出しの中に結構な数。
おーいっ!!あるなら初めから使えやっ!!
多分紅茶を仕入れている商人から併せて仕入れたと思うんだけど、細かい茶葉用のものと、今日使っていた大きめの茶葉用との二種類の蒸らし時間に対応したやつ。
とんだ宝の持ち腐れである。
なんか砂が落ちるオモチャを貰ったとでも思ってたのか…?
とは言え焼き菓子作りも紅茶を淹れるのも多分一緒。
最後に求められるのは経験と感覚だ。
絶賛記憶喪失中な私でも身体が紅茶を淹れるという行為を覚えていて、それを口頭という手段でアウトプットする事が出来る。
それつまり、きっと私のこれも絶対的な経験と感覚なのだ。
そんな御託はどーでもよくて、改めて一から事細かに紅茶の淹れ方の何たるかを説明。
こーゆー時だけペラペラ饒舌になる私。
まちげぇねーよ、私の本職は絶対使用人だよ。
だって、多少どもりこそすれど滅茶苦茶生き生きするもんなー。
水を得た魚だね。
ちなみにこのカフェの焼菓子以外の軽食はパンやチーズ、その季節のフルーツやナッツ類、あとはちょっとしたサラダ。
話を聞けばこれもエドモンさんやその奥さんのレベッカさんが用意しているようだ。
話は逸れるけど、元は焼菓子の店だよ?
紅茶提供は分かるけど、軽食なんて必要か?
空腹で仕方ないからって来る店じゃないでしょ!
客のワガママ…もとい要望にホイホイ応えすぎだよ…
という訳でそんな軽食しかないから店自体も夕方には閉店するみたい。
そろそろ閉める頃だねーなんてミラさん達がそわそわし始めた頃、ようやっとエドモンさんにフレヤさんとイザベラさんが帰ってきた。
結構時間かかってたな…さ、寂しかった…!!
彼女達はとても前向きで私の言ったことを覚えようとする。
とても良いこと、向上心は大事だよ。
とても良いことだし大事なんだけどね?
何を隠そうこのカフェには必要な道具が足りない。
茶葉を蒸らすとき保温に使うティーコゼーが代用品すら無かったり、茶こしの目が粗かったり、挙げ句の果てには茶葉を瓶に入れてディスプレイしてる始末。
ティースプーンかと思ってたものは単なるスプーン。
別にそれでもみんながちゃーんと量を計れているならティースプーンなんざなんだっていい。
しかしだね、単なるスプーンは木のコップみたいなのに数本入っていて、彼女達はパッと形がてんでバラバラなスプーンを無造作に一本とっては適当にガサッと茶葉を掬っているのだよ。
どれも浅い普通のスプーン、それでティーポットあたり四杯…ま、まぁお湯の量から察するになんか奇跡的に概ね問題なさそうな量ではある。
でも計量するスプーンは何でも良くたって統一すべき。
道具も揃えて貰ってルールも決めて、紅茶をさっさとマスターしてもらって、さっさと所作に移らないと彼女達は覚えきれないぞ、これ…
「あらー、可愛いお嬢さんだこと!うふふ、私はエドモンの妻のレベッカです。夫から聞いたわぁ、よろしくね?」
店も閉めてお姉さん達も家に帰った後、厨房から出てきたエドモンさんの奥さんのレベッカさん。
グラマラスな身体をした金髪碧眼の若いマダムで、見た目も口調も最高におっとりしていた。
「『魔女っ子旅団』という傭兵パーティーのフレヤと申します。この度指名依頼だけでなく泊まるところから食事まで本当にありがとうございます!」
フレヤさんのお辞儀に釣られて頭を下げる私。
「私はイザベラ。アメリちゃんみたいにアレコレ教えられないけれど暫くの間よろしくね」
イザベラさんはこんな時もあくまでマイペース。
そのままレベッカさんと挨拶の抱擁をかわす。
「わ、私がえーと…、色々教えさせて頂く事になったアメリです…えー…が、頑張ります…!」
ある意味私もマイペースと言うのだろうか。
こちとら必死で自己紹介したんすけどね!!
「あらあらまあまあ、よろしくねぇ。しかし魔女っ子?うふふ、可愛いパーティー名ねぇ。魔女っ子はイザベラさんかしら?」
うふふ、そりゃそう思いますよねー。
私は従業員の教育をするメイドみたいな格好をした講師。
まさか私がこのパーティー名の由来になった魔女とは思わないよね、そりゃあ。
「うちのアメリは使用人としての経験だけでなく、武術をやらせても達人、生活魔法や詠唱魔法を使わせても達人級のすごい使用人なのです!」
私を自慢する時のフレヤさんはいつも「えっへん」と言わんばかり胸を張って嬉しそうにする。
むふー、フレヤさん自慢の私。
いつも嬉しくなる。
「それだけアレコレ出来るしわ寄せなのかね?アメリちゃんは絶望的なくらいオドオドしているの。だから背中を丸めてモゴモゴ喋っていても大目に見てちょうだいね?」
こ、このエルフはいちいち私を落とさないと気が済まないのかねっ!?
なんでそんな「しわ寄せ」とか「モゴモゴオドオド」とか言う必要あんの!?
こうして『デリクシーラ』での生活が始まった。
この『デリクシーラ』で厄介になるにあたって何が嬉しいかって、なんと晩御飯の席に余り物の焼菓子や軽食が出てくる事だ。
こんないい加減な紅茶を提供しているけど、焼菓子のクオリティは超一流。
尤も一流の焼菓子なんて食べた記憶はない。
それでもこの店が作り上げる焼菓子が最高に美味しいってのは分かる。
そしてエドモンさんもレベッカさんも付き合いたてのカップルみたいに仲が良い。
ちょいちょい「ひょっとして私達が居ることを忘れてんのか?」と思いたくなるほどいちゃついている。
極めつけはエドモンさんが子供のように口の周りに食べかすをこしらえた様子を見たレベッカさんがね?直接エドモンさんの口の周りをペロッと舐めとって食べかすを除去したのには、私もフレヤさんもビックリ仰天。
ウブなネンネの私達は顔を真っ赤にして俯いちゃった。
イザベラさんは照れる様子もなく、ニコニコしながら見守るばかり。
そしてそして、まるで照れる様子もないエドモンさん夫婦。
す、すげー夫婦も居たもんだ…
その夜、私達三人一部屋で寝ることに。
いつも通りフレヤさんに注文された通り絵を描いて手が空いてから、今日あった出来事をイザベラさんから聞いた。
傭兵組合に行ってエドモンさんとフレヤさんが指名依頼の手続きをしている最中、傭兵組合からイザベラさんに声がかかったようだ。
イザベラさんは現役傭兵で最高等級の17、そんな超一流の傭兵がフラッと来れば声もかかる訳で。
ちゃっかりイザベラさんも傭兵組合直々に指名の依頼という形で魔物討伐を引き受けたらしい。
「アプサライスっていうデカいだけが取り柄みたいなヘンテコな魔物よ。知らない?」
あーあれね、はいはい。
うん、さっぱり分からん。
名前も覚えにくそうだし、何も連想できない。
「ふふ、知らないって顔してるわね」
「アプ…サ?アプサイ…?」
「アプサライスよ。でっかり球体みたいな身体にでっかいギョロギョロした一つ目があってね、その球体の胴体から長い足が四本伸びてるの」
ほうほう!なるほどなるほど、益々わからん。
昆虫…ではなさそうだ…ぜーんぜん見当つかない。
っていうか気持ち悪いな!
「足はね、甲冑みたいに堅い鎧張りみたいな足をしてて、兎に角気味の悪いヘンテコな魔物よ」
「えー?そ、そんなの魔法で倒せるんです…か?」
「伊達に17等級ではないわ。私の魔法にかかればそんなヤツ余裕よ」
へぇ、さすがイザベラさんだ。
「ちなみに報酬も相当美味しいですよ。アプサライスを討伐すればヤキムで他の依頼を受けるのが馬鹿らしくなるレベルです」
「わぁ…へぇ」
机に向かって手を動かしたままフレヤさんがどえらい事を言ったよ。
これがフレヤさんの言っていた「黙っていてもあっちから良い依頼が舞い込んでくる」という状態なんだ。
凄いなぁ、等級上げるって本当に重要って事だね。
「報酬は好きにして良いわ。私もアメリちゃんみたいに欲しいものなんて無いから、フレヤちゃんに全部託しちゃう。好きに管理してちょうだい」
「任されました!とは言えこのパーティー、本当にお金を使いませんからねぇ…何か欲しいものなんかは無いのですか?」
「欲しいものって言われてもねぇ、思い付かないわね」
そんなにがっぽり稼げる実力があるってのに、イザベラさんはつくづく無欲だよなー。
服だとか宝飾品だとかにサッパリ興味を示さない。
長生きってそんな風になるのかね?
100年も生きれば立派なばーさん、そりゃ物欲なんて無くなるか…
「ちょっと何?今あなた失礼なこと考えてたんじゃない?」
「し、知りませんよ…!」
ぐぬぬ、鋭い…
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