407.基礎力
素直で従順な弟子ができて、なんだかんだ張り切っている私。
師匠という立場の難しさを感じつつも、ミリーちゃんに色々と見せつつ今に至る。
ミリーちゃんを弟子として取ったものの、身の回りの世話をさせるとか、うちはそういう師弟関係ではない。
ミリーちゃんは強くなりたくて私に師事している。
私という師匠はね、そんな世話なんかをさせるために弟子を取ったりはしないのだ。
なんなら寧ろ、ミリーちゃんに紅茶を淹れるのも、寝起きに髪を梳かすのも私。
ミリーちゃんの手袋も私が編んでる。
当初、ミリーちゃんは「私にやらせてください!」なんて言って紅茶を淹れようとしてくれたし、その気持ちはとても嬉しい。
しかしそこは元侍女な私。
師匠が弟子に「いや、むしろ私にやらせてください」と懇願して、弟子と師匠がペコペコと頭を下げ合うなんとも微妙なやりとりが……
これには、あの日頃から無口で感情を表に出さないアッシュトログ族の面々ですらクスリと笑ってた。
ミリーちゃんは、ある程度戦略的に動けるような兆しが見えてくるようになった。
まぁ、ひたすら研鑽あるのみって感じであるけど、それでも成長を見守るってのはなかなか面白い。
しかしちょっと頭を悩ますことも……
「何というか……テクニックこそ身に付けましたが、それ以外の下地みたいな部分に変化が見られないといいますか……」
そうなんすよ、フレヤさん。
今、二人でミリーちゃんが動きを確認している様子を眺めている訳だけど、フレヤさんの言うとおり、ベースとなる力の部分にまるで変化が見られない気がする。
「そ、そうなんですよね……。きっ、気のせいじゃない、かも……?」
「そんな数日で……」って思うかもしれないけど、それでも本当に変化がない。
小手先のテクニックを地道に身につけたり、ちゃんと効率的な動きを身につけたりし始めているにも関わらず、それ以外の部分に全く進化が見られない。
普通、ミリーちゃんくらいの強さがあれば『身のこなしが軽くなった』とか『なんかパンチが重くなった』とか、短期間でも絶対に感じられるハズなんだけど、ミリーちゃんには一切そういうのがない。
これは流石に違和感が拭いきれない。
狼人化している状態ならそもそもが強いので、まぁそれでもいいかなって思うけど、それでも違和感だし、なんか教えてる身としては不安になる。
このままじゃ『クイーンスレイヤーって教えるセンスは皆無なんだね』って思われちゃう!
「辛抱強く見守るしかありませんね。人それぞれ、成長の度合いなんて異なるに決まっていますし……」
「で、ですね……」
あの狼人化した姿で、結構負荷をかけてると思うんだけどねえ……
そんな私たちの疑問。
日頃からそんな様子をぼんやり見守っている『黒曜の灯』の面々も感じていたようで——
「ミリーさん、技術面での成長は順調なように見受けますが、基本的な身体能力の面ではどうですか?」
夕食の席でそんな風に口火を切ったのはリューシャさん。
あー……ザンダーさんやブロッケルさんも頷いてるあたり、やっぱり三人とも、私たちと感じたことは一緒なんだな。
……ここ七日間、食事も睡眠も、訓練もきちんと管理してきた。
それでも……体の反応が、まるで変わらない。
努力して学習できていることは明白なんだ。
やる気もあるし、頭の良い方だと思うし、覚えもある。
そうなんだよ、成長に時間のかかる子とは思えない。
しかし、だ。
日頃、あれだけ身体に負荷をかけているはずなのに、筋肉痛とか手足のだるさみたいなものは一切ないらしい。
『まだ七日じゃん』って言えばそこまでだけど、なんか違和感は拭いきれない。
「うーん……昔からあんま変わんないですね」
あ、本人も自覚してるパターンか。
現在の力が子供の頃に発現したのであれば、それはかなーり強かったはず。
今だって、私がアレなだけで、傭兵としては強い部類には収まっているとは思う。
いつぞや私たちが保護することになりかけた『渡りし人』のミサキさんを、一人でノルデリ村までおつかいに行かせようなんて思えない……というか、それは間接的な人殺しなのでやらないけど、ミリーちゃんなら安心して任せられるもん。
「種族差ですかね。ライカンスロープ族をはじめとして、魔人族は多岐にわたるうえに、人里離れた集落で纏まって暮らしていることが多いので、よく分からないというのが正直なところですね」
フレヤさんが首を傾げることが、私に分かるわけがないね!
まぁ……根気強く教え込むしかないね。
「それにしてもミリーちゃん、本当にアメリさんみたいに戦えるようになるものなんですか?」
むむっ!?
ナーガ族のミーヤさん。
この質問にはフレヤさんをはじめ、『黒曜の灯』の面々も苦笑いで視線を逸らしちゃった。
まぁたしかに『やり過ぎかな』と思わんでもない。
でも、どうせなら少しでも何か身につけてほしい。
ただただパンチを千回とかさせたって……ねぇ?
「出来ないって分かっていても、それでも……少しでも近づきたいんです!」
わぁ、ミリーちゃんは健気だっ!
お世辞とかヨイショじゃなくて、真剣な眼差しでそう言い切った。
「……志は高い方が良いからな」
アッシュトログ族のゴラフさんがぼそりと呟いた。
私もウダウダ考えないで、ただひたすらミリーちゃんを鍛えることに専念するかね。
更に数日が経った。
相変わらず降雪はえげつなくて、相変わらず集落に閉じこもる日々。
それでもノルデリ村方面から私との手合わせを望む傭兵パーティーが
道なき道と化してる道を来るんだから、本当に見上げたもんだと思う。
ミリーちゃんは相変わらず身体能力的な面の進歩は見られなかった。
それでもかなり技術面は洗練されてきているとは思う。
本人はそんな事は気にせず、真剣に日々の鍛錬にあたっているし、私もあまりその点について気にするのは辞めることにした。
この日、夕方に手合わせでやってきた一組の傭兵パーティーの中に、なんと等身大の二足歩行の梟になる人が居た!
バッサーと飛びながら風魔法を駆使するオウランティス族なる魔人族らしくて、フレヤさんすら知らない種族だった。
ちなみに名前はウルさんといって、変身してないときは明るめの茶髪に茶色い瞳の人間族のような見た目の青年。
ついつい夢中になって手合わせしてしまい、ウルさんが組んでいるパーティー『アレマンのそよ風』はトゥーレ集落に泊まることに。
『アレマンのそよ風』はダークドワーフ族でハルバードで戦うリラさんという女の人、ミノタウロス族で馬鹿でかい斧で戦うムッキムキのハガンさんという男の人、そしてオウランティス族のウルさんの三人組。
本当ね、精霊族や魔人族が多い北の方の地域で、しかも私と手合わせを望んでやってくる人たちね……強者が多いこと多いこと!
みんな平気で大台と呼ばれる10等級を越えてくる。
「え?鍛え方?俺のかい?」
料理を運んできたフレヤさんが、そのままウルさんに尋ねたのは、ズバリ「変身できる類いの魔人族の方の一般的な鍛え方について、何か特別な方法とかってありますか?」だ。
あまりプライベートなことなので、いくら弟子と師匠とは言えど、会って間もないミリーちゃんに根掘り葉掘り身の上話を聞くのはどうかなって、私もフレヤさんも遠慮してる。
直接は聞きづらいからこそ、フレヤさんが代わりにウルさんへ尋ねてくれた、というわけだ。
でも、ミリーちゃんは明らかに同族から鍛えられていないと私は確信してる。
なんせ、他のライカンスロープ族の戦い方について、こちらから何となく聞こうとしても、殆ど知らないのだ。
「ええ、そうなんです。うちのアメリの弟子であるミリーちゃんですが、なんかこう……助言なんかがあればと」
「んー……そうだなぁ」
フレヤさんの言葉に、ウルさんは腕を組んで天井を見上げた。
ミリーちゃんは緊張の面持ちでウルさんを見つめている。
「そういや、ミリーちゃんといったか、君は常に変身したまま稽古をつけて貰ってたよね?」
「はい!もとの姿では弱いので……」
「ひょっとして、ずっと?」
「はい、ずっとです。……考えたこともありませんでした」
うむうむ、ずっとずっと。
ミリーちゃんは元の姿だと、本当にそこら辺の村人となんら変わらない。
不思議なのは元の状態だと、身体能力は疎か、魔力すら村人レベルなのだ。
だからこそ私もフレヤさんも初見で『サポーターかな?』って思いこんでた。
「んー、まぁライカンもそうなのかは知らないけどさ、少なくとも俺らオウランティスでは、変身後の姿で鍛えるやつはいないよ」
なぬ?
そ、そーなの?
いやいや、変身した後の方が強いでしょ?
「え?そ、そうなんですか?」
これにはミリーちゃんもそう返して、キョトンとしてる。
他のみんなも、思ってもみなかった回答だったのか、そんな顔をしてる。
しかしウルさんはニコニコしたまま言葉を続けた。
「あくまで『オウランティスは!』だからね?えーとさ、変身って、ある意味、そうだなぁ……」
そこまで言うと、ウルさんは腕を組んで『うーん』と唸る。
納得のいく答えが用意できたのか、腕を組んだまま再び口を開いた。
「んー、ちょっと違うけど、まぁ乗算みたいなもんだと思って貰った方が早いんだよね」
「乗算……かけ算ですか」
今度はフレヤさんが片手にお盆を持ったまま腕を組んでそう答えた。
ウルさんはフレヤさんの方へ視線を送り、こくっと頷いた。
「そ。かけ算。たとえば、君の元の身体が『1』だとする。でも変身すると、それがいきなり『30倍』とか『40倍』にブーストされる。すごいだろ?でもその30倍の部分は、自分で鍛えた1を30倍するだけの話なんだよ」
ほほう!なるほどなるほど?
「ミリーちゃんはさ、今の姿はだとその辺の人間族の町娘と変わんなさそうだよね?」
「はい!重たいモノを持つのもちょっと……」
苦笑いで頬をポリポリとかいたミリーちゃん。
たしかにそーなのだ。
ミリーちゃんはマジでその辺の町娘レベル。
なんなら町娘の方が逞しいかもしれない。
「だよね。魔力も殆どないよね」
「はい、このままだと生活魔法も覚束なくて」
「だよね、だよね。うんうん。えーとね、変身後の強い状態じゃさ、身体へ負荷をかけるって大変なんだよ。そう思わない?」
ほほぅ……ほう!
「あの底上げされる身体能力が邪魔をしている、と?」
フレヤさんの言葉に、指をパチンと鳴らしたウルさん。
ふむふむ、狼人化すると身体能力から魔力から、全てが爆上がりする。
そのめちゃ強状態で鍛えるより、もとの人間族みたいな姿を鍛えた方が……底上げ……なるほどっ!
「その通り。まぁライカンもそうなのかは分かんないけどさ、変身後の姿ってさ、その辺の成長が極端に遅いんだよ」
「なるほどですね。サポーターの私から見ても、そんなふうに見えたので、さもありなんです」
フレヤさんもようやっと合点が行ったような顔になった。
私もその説が一番しっくりくる。
「だからさ、普通はこの弱い方の姿を鍛えるねー」
「そうなんですね……たしかに、子供の頃から強さは全然変わってないです」
そう言って苦笑いを浮かべたミリーちゃん。
まぁさ、変身後がアホほど強かったら、そりゃ人間族っぽい姿を鍛えようなんて思うわけがないよ。
っていうか……でも、そーゆーのってさ、周りの大人とか親から教わんないか?
あー……これはデリケートな話だね……
「ま、傭兵たるもの、余計な詮索はしないのが長生きの秘訣。とにかく、地道にその姿で鍛えるといいんじゃない?」
「でも……この姿、本当に弱いですよ」
「はは、そりゃその姿で鍛えたことがなけりゃ弱いさ。でも俺たちは魔人族」
ウルさんなんて、髪や瞳の配色的には、ぱっと見人間族にしか見えないもんなぁ。
「いくら人間族っぽい見た目でもさ、成長速度も、若い時期も、寿命も、身体が持っている可能性も、何もかもが人間族とは別だよ」
そう言ってニッコリ微笑んだウルさん。
ミリーちゃんも、ホッとしたような顔になった。
更にウルさんは言葉を続けた。
「俺も今年で143歳だけどさ、これが人間族なら、とっくに墓の下だろうけど、魔人族はそうはいかない」
ウルさんはたしかに、見たところ二十代前半くらいの人間族にしか見えない。
人間族で143歳なんて、そんな長い年月は生きられるわけがないし、孫すらも墓の下にいる。
「俺はさ、別に変身しなくても十分に戦える。梟人化は、まさにクイーンスレイヤーみたいに、全力で戦わないと勝てなさそうな相手と戦う時しか使わないね」
そう言ったウルさんは徐に椅子から立ち上がり、ミリーちゃんのそばまで歩みを進めると、そのままミリーちゃんの頭を撫でた。
「頑張れよ、若人。若いうちから、こーんなに良い師匠がいるんだ。きっと強くなれるさ」
「……はいっ!頑張ります!」
よしよし、これで育成方針が定まったね。
明日からは元の姿のミリーちゃんを徹底的に鍛えよう!
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。