40.奥の手
魔法協会からの使者?が私をスカウトしに来た。
使者はフレヤさんに危害を加えてでも私を魔法協会に引き込もうとして戦いになって今に至る。
下級デーモンとやらを足止めした…とは言え、だ。
このまま魔法ばかり使ってると魔力切れが怖い。
あの下級デーモンの発するヤバさからするに、盗賊をやっつけた時の風の魔法程度で致命傷を与えられるとは思えない。
それはもう一人の自分も同意しているみたいで、詠唱する気が起きない。
でも動きが封じられてるフレヤさん達からも離れられない。
魔法協会のヤツがムカつく笑みを浮かべて下級デーモンの後ろから見学してる以上、私の行動範囲は限り無く狭い。
イザベラさんまで動けないのは痛いね…
ハイパボリカでどの程度まで魔法を防げるのか分かんないのも痛い。
同時に魔法協会のヤツも下級デーモンもどこまで高威力な魔法を使えるのかも分かんない。
仮に私の魔法で敵を沈黙させたとして…沈黙が防がれたら?
それこそ魔法協会のヤツを刺激してしまう恐れがある。
沈黙に成功して魔法を封じても、下級デーモンも魔法協会のヤツも物理攻撃に長けてる。
どっちに転がろうがフレヤさん達から離れられるキッカケにはならない。
しかも今の所致命傷は与えてない。
光の洪水で押し流して泥沼に嵌めて杭打ちしただけだ。
ここでフレヤさん達3人とフーリーちゃんにアビスランパードをかければ時間もロスするだけじゃなく魔力切れも心配になる。
とは言え私の手持ちの攻撃魔法は崖崩れの危険性を考えると殆どが愚策。
もう一人の自分には悪いけど、使い勝手がいい魔法が無さ過ぎるよ私。
下級デーモンも流石にそろそろ泥沼から出てきてしまうかも。
そもそもこの下級デーモンは魔法を使えるのか?
だとしたら何故今使わない?
魔法協会のアイツは何故静観してる?
どうする…?考えろアメリ…
「足手纏いを守りながらでは苦戦するか!調査通り広範囲魔法に特化しているようだな!その戦闘能力、益々魔法協会に欲しい!」
コイツ…この状況を楽しんでやがる。
絶対的な優位に立っているって自信…ムカつく。
下級デーモンも泥沼からジリジリと確実に出てきている。
「ふむ、フレヤというハーフリングを人質に取ってお前を操り人形にするのも悪くないな。その下級デーモンの魔法の制限を取っ払っていいんだぞ?お前はこの悪条件で有効な攻撃手段を持ち合わせていないようだ。どうする?降参か?」
魔法協会のヤツが下級デーモンのそばまでゆっくり歩みを進める。
くそ、全部お見通しだね。
「炎姫も手に入る。運が回ってきたな!」
一応奥の手のような強力な魔法はある。
威力も桁違いで真っ直ぐに魔法が飛んでいくやつ。
でも範囲が狭すぎて、律儀に直線に並んでくれでもしない限り、下級デーモンか魔法協会のヤツかどっちかにしか当てられない。
魔力消費が激しすぎて一回しか使えない可能性が高い。
下級デーモンがそもそもその奥の手で仕留められるか、もう一人の私にその自信がないのが伝わる。
じゃあ先に魔法協会のヤツを倒す?
でもイザベラさんの凄い威力の魔法が全く効かなかったんだよ?
私の奥の手なら…いやいや、ダメだ。
下級デーモンが魔法協会のヤツに操られてるとしたら制限がなくなる。
それこそ災害だ。
じゃあ魔法協会のやつ?
じゃあ下級デーモン?
あーっ!!
くそっ、どうすればいいんだ…?
『あなたを殺してしまう!この男を早く止めて!!』
ん?今の声は誰?
「ギャーギャーうるさいな…、さてどうする?お前がこちら側につくと言うのならそのハーフリングを見逃してやろう」
『言葉が通じれば…!お願い!!通じて!!私の身動きがとれないうちに早くこの男を止めて!!魔法が使えない今のうちに!!』
下級デーモンの声!?
しかも魔法協会のヤツには言葉が通じてない?
違う言語…?
っていうか何で私、あの下級デーモンの言葉が…?
いやいや、そんな事はどうでもいい!!
今の下級デーモンの理性的な言葉で勝機が見えた!
この魔法協会のヤツを殺しても下級デーモンは恐らく暴走しない!!
『あ、あなたは解放されても何もしませんか…!?』
『言葉が分かるの…!?私操られてるの!!この男を仕留めて…!!早く!!お願い!!』
やっぱりだ!
もうこの可能性に賭けるしかない!
『
マギアウェルバ
』
「ふん、俺もソイツも魔法は殆ど利かんぞ」
『
闇よ闇よ 雷よ雷よ 光よ光よ
深淵より湧き出でし混沌な渦
渦は貫きたがっている
深遠なる魔法を纏いし者に栄光を授けん
今こそ貫け お前は自由だ
破裂する牙
マギバングブラスター
』
3属性の複合魔法。
2属性複合とは比較にならない魔力消費…!!
油断してると…気絶しそう…!
魔力がどんどん吸われる…
意識が深く深くに沈みそう。
私の手からは雷を纏った光と闇の光線が、絡み合うように猛烈な勢いでうねりをあげながら魔法協会のヤツへと突き進んだ。
お願い…貫いて……!!
膝の力が抜けた。
ああ、マズい…
ここで私が力尽きるのはマズい。
もしヤツにかわされていたら私の負けだ。
「あ…あぁ…!結界が…な、なぜ…!うっ……あ…」
魔法協会のヤツは倒れた。
胸にぽっかり穴が空いていた。
あまり血が出てない、焼き切ったから?
はは…勝てた…!
危なかった…危険な賭だった。
「アメリさんっ!!!」
フレヤさん達も晴れて自由の身か…
ああ、良かった。
これで無事冒険は明日も続くんだ。
私と…フレヤさんの…
ダメだ、意識が飛びそう…
「あの…デーモン…敵意…な…い…たすけ…てあげ…」
眠い。
ああ、酷く眠い。
ーーーーーーーーーー
ユラユラ揺れて心地いい。
このまま目を閉じていたいな…
ユラユラ?揺れて?
「あっ!!あ…、えーと…」
パチッと目を覚ました私の視界に飛び込んできたのはポカポカ暖かい灰色の絨毯…もといフーリーちゃんの背中。
えーと、何だっけ?
そ、そうだ!!
魔法協会のヤツ!!
「アメリさん!!アメリさん!!」
とりあえずフーリーちゃんも止まったし背中から降りよう。
ありがとう、フーリーちゃん。
とっても暖かかったよ。
そんな事よりフレヤさん!
「フレヤさん!だ、大丈夫ですか?」
「それはこっちの台詞ですよ!アメリさん大丈夫ですか?」
「あ、えーと…ぐっすり寝れて、フーリーちゃんの背中も…暖かかったです」
フレヤさん、泣きながら抱きしめてくれた。
げへへ、役得役得。
とは言え随分と心配させちゃったみたいだ。
そりゃそうか、私まで倒れて…みんなからすればまるで相打ちみたいなもんだ。
「もう…!あのあと倒れたと思ったらそのままグーグー寝ちゃって!よ、良かった…!」
「ごめんなさいね、魔法協会に絡まれたのなんて数十年ぶりだから油断していたわ…」
珍しくしおらしいイザベラさん。
イザベラさんもこうやって過激な絡まれ方をしてたのかな。
大変だったろうな、私はもうごめんだよ。
「感動の抱擁は夜ゆっくりして貰うとして。あなた、あの下級デーモン?とやらと何かお喋りしてたでしょ?なんて言ってたの?」
しおらしさがもう終わった。
やっぱイザベラさんはイザベラさんだ。
あの子…あっ、そうか!!
「あ、あの子は…!?」
「あの子?あの下級デーモンなら魔法協会の男が死んだのと同時に霧のように姿を消したわ。さ、とりあえず歩きましょう?」
姿が消えた…!?
ま、まぁとりあえず歩くか。
「消えた?死んだ…とかではなく…?」
「うーん、私の見解としても死んだ…というよりは文字通り消えたという方が適当でした。男の方は遺体も持ち物も回収出来ましたが、下級デーモンの方は跡形もなく…」
「そうね。ふぁーっと光ったと思ったらシュンって消えたわ」
ふぁーでシュン?
分かるような分からんような…
イザベラさんの語彙力が雑魚過ぎてよく分からん。
「本当にイザベラさんの言うとおりでしたよ。遺体が残っていませんから、まるでどこかに瞬間的に移動したようでした」
メイソンさんもそんな印象なのか。
フレヤさんも頷いてるし…
「あの下級デーモンの女の子は…あの男に操られていると言っていました。沼に嵌まって身動きがとれないうちに早く…お、男を仕留めてくれと…だ、だから最後に危険な賭に出られた…と、言う具合で…」
「なるほどですね。しかしあの男『魔界』とか言ってましたね?イザベラさん、何かご存知ですか?」
マカイ?魔界…かな?
あーそういや何か言ってたなー。
魔界から連れてきたって。
そんな地域もあるんだと思ってたけど、フレヤさん知らないんだ?
「んー、聞いたことないわね…魔界から連れてきたデーモン?どっちも聞き慣れない言葉ね。まるで御伽噺じゃないの」
「私も駆け出しとは言え商人をしてますが、そんな話は初めて聞きました」
イザベラさんもメイソンさんも知らんとな。
ふーん、なんか魔法協会もつくづく胡散臭い団体なんだなー。
「デーモン…どこから…き、来たんでしょうね?」
フレヤさんだって知らないって言ってたけど、それでもフレヤさんの意見は聞きたい。
「正直…うーん、お手上げですね。マテウスの本でも出てこない類の種族ですから、それこそ未発見の大陸だとか…とは言え魔法協会がわざわざそんな大規模な船団を組んで新大陸開拓みたいな事をするとは…」
物知りフレヤさんでもお手上げ。
当然私はもっと何も分かる事は無く。
「魔法協会は…あのデーモンのいる、魔界?に行けて…こうして捕まえてこっちに、つれて来れる?」
「まぁそうなりますね。拉致して操って戦わせる…控え目に言ってもクズですね。ひょっとするとあのデーモンはマテウスの冒険譚に出てくる魔族なのかもしれません」
ため息混じりのフレヤさんに、メイソンさんも苦笑。
「魔法協会が魔族の発見どころか捕獲まで成功?ホトホト困った組織ね」
魔法協会…想像をもの凄い勢いで上回るヤバい組織なんだね…
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